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弁証法を活用して、思考力と精神力をセットで強くする

弁証法を活用する女性

自分の意見が否定されても、矛盾を感じるようなことがあっても、折れない心や思考力が身についたら、どんなシーンにおいても、それが活かされて次なるステップにつながる自信にもなります。今回は、メンタルと思考力の関係性について見ていきましょう。

 

感情と意見は別物と割り切った議論を重ねて、思考力をアップさせる

互いの意見を否定したり、あえて対立意見を言って矛盾を引き出し、そこからさらなる上の次元で意見をまとめていく議論の方法を弁証法と言います。この方法で思考力をアップさせるには、意見を言い合うパートナーとの信頼関係が大変重要となります。

 

いくらトレーニングとはいえ、否定される方も否定する方も嫌な気分になります。しかし、これはトレーニングだとして割り切って、上機嫌に明るくアンチテーゼ(直接的な正反対の意見の事)を出すことをまずは優先します。明るく否定されれば、相手も気分を害さずにその意見を受け入れてくれます。

 

このように、意見は否定的であっても、雰囲気は対立しているようにしない心がけをすることで、感情に流されずに意見を受け入れることができ、精神力も鍛えられます。そして、質の良い意見を出し合う事が出来て、高次元での意見の統合が可能となります。

 

トレーニングを続けて、感情と意見は別物であるという思考をワザ化させることが出来れば、常に気分は安定して、意見の本質を見極める事が出来ます。

 

弁証法を用いた議論は、ヨーロッパではギリシャ時代から用いられています。例えば、「恋とは何か?」を対話編にした「饗宴」という哲学書でも、著者のプラトンとソクラテスの騒がしい意見の言い合いの後、仲良く酒をのみ交わしている事が書かれています。このように、感情と意見は別物であるという事は、伝統として現代に受け継がれています。

 

聖徳太子の教えである、「和を以て貴しとなす」が今も日本人の心に受け継がれていますので、争わずに互いを尊重し合おうという受動的な態度を好みます。否定的な意見を言う人を待つような議論はあまり受け入れられません。

 

しかし、現代社会で新しいアイデアを生み出すには、相手の気分を損ねないような気配りを持ち合わせながらも、積極的に否定的で対立的な意見を受け入れなければなりません。この弁証法を用いた思考力をワザ化する事は、日本流の弁証法をマスターする事であると言っていいのです。

 

残念なことに、現実にはNOが言えない上司や、NOと言われたことを受け入れられない部下など、まだまだ保身的な考えの人が多い日本です。しかも、NOが言えないどころか、考える事まで部下に押し付けてしまう上司もいます。

 

日本流の弁証法を広めるには、上司のような立場の方が、NOと理由をもってはっきり言えて、どうすればよいかを提示出来る事が必要です。

 

経営学者のピーター・ドラッカーが書いた著書の中に「自分が他人の時間を奪うようなことをしていないか?」と問う内容の文章があります。この問いを習慣的に部下に聞いて回る上司の話です。これは、積極的に自分に対しての否定的な意見を受け入れるチャンスを自ら作り、柔軟な精神力と思考を手に入れるための効果的な方法です。

 

また、これにより部下も、NOといわれたり反論されたりすることは、人格をも否定されたと思うのは、あくまで自身の思い込みであって、もっと良い意見を出すためのステップであるとポジティブな思考へと変化していくことが理想です。

 

現在は、否定されるとすぐカットなる子供も大変多い状態です。これでは、いくら能力があっても、良好なコミュニケーションを築くことまでに到達できない為、能力が発揮できません。弁証法のワザ化は、子供時代から否定的な意見を言われてもカッとならないようにするところから始める事が大切なのかもしれません。

 

子供時代から現実を受け入れる精神力を鍛えて、弁証法的思考力の基礎をつくりあげる

弁証法を使う議論を苦手とする日本人に追い打ちをかけるように、現代では向上心も薄れつつあります。弁証法は、出し合った矛盾から、更に次元の高い物を生み出そうとする運動です。更なる上を生み出そうとする議論は、向上心が無ければ成り立ちません。

 

厳しい競争社会の中で生き残っていくには、自らを変化させ、向上心を持って行動しなければなりません。

 

かつての日本は、最近の書店でよく見かける、向上心やモチベーションを高めるためのマニュアル本などは存在しなくても、もっと学んで豊かになりたいという気持ちが強かったはずです。気を強く持たなければ生きていくことも大変でした。

 

現在の五千円札の肖像画にもなっている樋口一葉は、とても成績が優秀でしたが、家が貧しかったために、学校を辞めるしかありませんでした。病気により24歳でこの世を去りましたが、独学で勉強を続けて小説家になりました。この時代は学校に行きたくても行けなかった人はたくさんいました。

 

では、現在は誰でも中学校までは学校に行けるようになったのに、向上心が薄れているという事態が起きているのはなぜでしょうか。それは、子供時代から十分に満たされていて、危機感が無くなってしまったからです。かつてのように、成功しなければ生きていけないような状況になることがほとんどなくなってしまいました。

 

日常生活レベルにおいてのプレッシャーを感じる事が無くなってしまったので、矛盾も発展もなくなってしまったのです。ですから、突然沸き起こった重圧に耐えられなくなる人が増えています。

 

幼い頃から、自分の考えを否定されたり、矛盾に出会い、さらなる高次元での自己解決に至るまでの経験をたくさんすべきです。

 

また、向上心が薄れた原因のもう一つに、親の過保護があります。現実は厳しいと、経験からすり合わせて学ばせるのは親の仕事です。それなのに、厳しさを子供が体験する前に、その芽を摘み取ってしまう事が多くあるので、いざ現実の厳しさを感じると挫折してしまう人間が増えています。

 

もちろん、幼い頃はやりたいと思った頃を存分にやらせることもとても重要だと思います。しかし、中学生ぐらいからは自力で現実を向き合うような環境が必要です。

 

社会は子供同士、大人同士、親子間でも矛盾や否定的な意見や問題がたくさん溢れています。これを受け入れて生き抜く術の基礎を築き育てる事は、親の責務です。メンタルの強化無しに、思考力の発展はありません。

 

強い精神力が持てるようになれば、自信や余裕が生まれてきて、時間の使い方も上手になります。

 

今までの思考では出来ないと感じていたことも、弁証法的思考がワザ化されていたら、どうしたら成し遂げる事が出来るかを柔軟に考えられる思考力があるので、身を削るような事や、無駄な事も省いたり見極めたりしてやり遂げる事が出来るようになるのです。

 

テクニックをいくら知識として知っていても、それを自分自身が使いこなせないのであれば、何の意味もありません。魚釣りに例えていうと、魚を釣る方法を教えてもらい、それを練習して身につける事が出来れば、自ら魚を手に入れる事ができるのに、人から釣った魚だけをもらっているようなものです。

 

魚だけを欲しがっているだけでは、自らの思考力も向上心も育ちません。逆に言うと、魚の釣り方を身につけた人、ヒット曲を連発した歌手を育てた人など、自分が得た知識やワザを使って新たに何かを生み出した人は、困難や矛盾も自力で乗り切る事が出来る強さも身についています。

 

思考のワザ化は、表面的なノウハウだけを覚えるのではなく、ワザ化させるまでの精神力を磨き、さらなる高次元を目指す事で身につきます。

 

量質転化の法則で、完全なる思考のワザ化を目指す

みなさんは、自転車に補助輪無しで乗れるようになるまでにどのくらい転びましたか?何回も何回も乗っては転んでを繰り返してやっと乗れるようになった方も多いのではないでしょうか。そして、乗れるようになる瞬間というのは、徐々にという事ではなくて突然転ばずにまっすぐこぎ進める事ができたという感覚ではないでしょうか。

 

これまでの練習の中にいる事を量的変化と言い、練習をたくさんして、ある日突然出来るようになる変化を質的変化と言います。たくさんの練習で身につけたことが、出来るようになったという事は、自身の中で完全に自転車乗りをワザ化できたという事になります。こうしてワザ化されたものは、一生モノです。

 

このように、あらゆる分野で量的変化は質的変化を伴っているということを、弁証法の中では「量質転化の法則」として位置付けられています。

 

自転車の練習の場合、恐らくは何度転んでもそれを見守る両親を始め大人達が、「あきらめないで」とか「もう少しだからがんばろう」とかポジティブな発言をして応援してくれたでしょう。しかし社会においては、ポジティブな言葉ばかりかけられるような環境ばかりではありません。

 

大人になるにつれて、何回同じことをしても出来ないからと、あきらめを覚えてしまいます。また、あきらめろという言葉をかけられることもあります。

 

それでもこの量質転化の法則が頭に入っていれば、あきらめの声に対して強く反論が出来るのです。反論してさらなる上の次元を目指すという事は、まさに弁証法を活用した思考のワザ化に向けて進んでいます。

 

10回で習得できる人もいれば、100回練習しても出来ない人もいます。質的変化が起こるまでには個人差があります。それは誰にもわかりません。量質転化の法則を知っているなら、100回練習してもできない人が、10回で出来るようになった人を見て、「自分にはセンスがない」とあきらめる必要もなく、ただ努力を続けてその時を待つだけです。

 

あきらめるという行為は、思考力もそこで自ら停止させてしまう事になります。量質転化の法則に関係した著名人のエピソードがあります。

 

まず、元プロテニス選手でスポーツキャスターの松岡修造さんは、「100回叩くと壊れる壁があったとする。でもみんな何回叩けば壊れるかわからないから、90回まで来ていても途中であきらめてしまう。」と言っています。初めから困難という壁が100回で壊れて道が開けるのなら、100回まで必死に数えて叩き続けるでしょう。

 

でも、みんな何回壁を叩けば、道が開けるかわからないから、90回あたりでもう無理だとあきらめてしまいます。でもそこで、あきらめずに壁を叩き続ければ、道は開けると信じて叩き続けることが、量質転化の法則を知っていれば出来るのです。

 

元トヨタ自動車名誉会長の張富士夫さんも、かつての元トヨタ自動車副社長の大野耐一さんの下で働いていた際、毎日毎日わからないことだらけで指導をしてもらいました。ところがある日、いつものように大野さんに指導をしてもらおうと歩いていると、ふと「自分で考えてやってみようか」と思い引き返したといいます。

 

これがうまくいって、それ以降はほとんど大野さんに聞きにいかなくてもできるようになりました。大切なことは、回数ではなく、自分は必ず成し遂げる事が出来ると信じる事です。こうした中で、一度できるようになれば、ワザ化として習得した証です。その瞬間から思考の枝が勢いよく広がっていきます。

 

自分が不器用だと思う人ほど徹底的に努力をするので、思考をワザ化しやすくなる

どうしても、器用と不器用に分けて自分をどちらかの枠にはめてしまいます。器用な人は、たくさんのワザを身につける事ができますが、器用だという事を自身が思い、量的変化の期間を設けないと、完全な質的変化が起こらずに能力が十分に発揮できないこともあります。

 

それに対して、自分は不器用だとして徹底的に練習を繰り返しながら質的変化の時を待つと、本番では器用な人よりも素晴らしい能力を発揮することがあります。

 

野球のボールを投げる技術で、シンカーと呼ばれる曲がりながら落ちていくボールを投げる方法があります。元ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の投手コーチの山田さんは、このシンカーを選手時代に身につけるのに3年かかりました。

 

若い頃の山田さんは、数々の変化球を投げて素晴らしい成績を上げていましたが、ある時スランプに陥り、新しい変化球を覚えてスランプを打破すべく、シンカーを投げる練習を始めようと思いました。

 

そして、当時シンカーを投げて活躍していた先輩の足立光宏さんに教えてほしいと頼んだら断られたそうです。それで自ら研究し続けて3年かかったのです。

 

断られた時、しばらくは足立さんを山田さんは恨んだそうですが、後から、足立さんが、「山田のシンカーが誰にもまねできないボールになったのは、自ら考え、研究して試行錯誤したからだ。もし、俺が教えていたらあのようなシンカーにはならなかったはず」と言っていると聞き、感謝の気持ちに変わったそうです。

 

時間がかかるという事は、決して悪い事ではありません。試行錯誤した時間が、精神と思考の質もとても良い物にして、総合的な面を持ち合わせた絶対的なワザとなって身につくのです。長い期間をかけて習得した技術は、何年たっても忘れません。

 

質的変化の瞬間は、量質転化という言葉を知っていなくても、「努力は必ず報われる」と信じて積み重ね続けられた人だけが味わう事の出来る時間です。同じ事の繰り返しは先が見えず、無意味で時間がもったいないと思っていたことも、弁証法という哲学の法則が基になっていると思えば、前向きな気持ちで取り組むことが出来ます。

 

会議においても、リーダーとなる人が、難しい問題に直面しても、量質転化の法則に基づく信念を持ちメンバーを励まし続ければ、事態は好転へと動き出します。

 

ただし、量をただこなしていくだけでは質的変化は起こらないという事は、頭に入れておかなければなりません。

 

質的変化を起こすには、「こうしてみたらどうなるだろう?」と試行錯誤して、その分だけ失敗して糧にすることが出来るか否かにあります。見た目は変わり映えのない繰り返しに見えても、失敗を糧にすることで、実は思考回路の枝は一本ずつ増えています。

 

この繰り返しで、質的変化が確実に訪れます。「努力の人」とも呼ばれる発明家のトーマス・エジソンが発明した数々の物は、失敗無しでは今日までの発展はありません。

 

電球の発明に関しては、何千というあらゆる素材を使い、テストしては失敗する繰り返しでした。ただし、数々の失敗も同じ方法での失敗ではなく、素材を試して起きた問題点を調べては次の実験にフィードバックしていきました。

 

同じことの繰り返しでも、少しずつ色を加えていくような気持ちで努力を続けて行くと、ある日「出来た!」という瞬間が訪れます。この時の感覚や感情を忘れないように繰り返すことで、体全体にインプットされます。こうしてワザ化が確実となっていきます。

 

それでもなお、社会は「量より質」を優先的に求めがちです。時間や期限が限られているのでこの考え方を否定するわけではありませんが、質を求める以前の段階でのある程度の量的経験は必要だと思います。

 

1つの原因は5回掘り下げ、真の原因を追究することで、思考の質が高まる

対立や矛盾は絶対的だと思い込むと、原因と結果も1セットでしか見る事が出来なくなってしまい、それ以上の発展もなければ、互いに排除し合うだけにしかなりません。しかし本来は、原因と結果の先に、さらに先の原因があり結果があってというような広がりがあります。

 

例えば、政府に問題がある国があり、国民にかかる負担がとても重いとします。政治が悪いのは、政府の責任ですが、この政府が、国民の選挙で選ばれた人達で成り立っているのであれば、「政治が悪いのは政府の責任」でもあり「政治を動かす人達を選んだ国民の責任」でもあるのです。

 

やがて、この流れを変えるべく、国民が選挙で政治にかかわる人間を変える事になり、政府にとっても良い風が吹きます。このように、「対立や矛盾は絶対に固定されて変化しない」という見方をせず、「対立や矛盾は、発展して変化する相対的なもの」として見る考え方を弁証法では「対立物の相互浸透」の法則と言います。

 

トヨタの生産方式に「なぜを五回繰り返せ」というものがあります。表面的な原因だけを見つけて結論付けるのではなく、最低5回は掘り下げて原因を探り、真の原因に辿り着くという方法です。具体的な例は次の通りです。

・家の中が突然真っ暗になった⇒一次原因はブレーカーが落ちたから。

・なぜブレーカーが落ちたのか⇒二次原因は家で契約している電気使用量を大幅に超えたから。

・なぜ大幅に超えるほどの電気を使用したのか⇒三次原因は冬期間でエアコンと床暖房を常時つけているところに、洗濯機とIHクッキングヒーターをつけて、電気ポットの使用を同時に行ったから。

・なぜ、このような使用をしてしまったのか⇒四次原因は洗濯機はいつも深夜に動かすのに、この日に限って朝方動かしてしまった。IHクッキングヒーターは、お弁当を作る日だったので、朝ごはんの調理とお弁当のおかずの調理を同時進行で行っており、フル稼働だったから。電気ポットは、家族に温かいお茶を出したかったから。

・なぜ、洗濯機を朝方に動かしたのか⇒五次原因は、洗濯機はお風呂の残り湯を使用したかったのに、深夜になってもお風呂に入っていた家族がいたため、動かせなかったから。

 

このように掘り下げて原因を探ると、原因に対しての結果はいくらでもあり、対応策もその分だけ浮かんでくることが分かります。原因と結果は互いに作用しあっているのです。また、このように具体的に掘り下げる事で、物の見方が柔軟になりますので、思考幅が広がります。

 

人間関係においても、話し合う事でお互いが考えや行動に影響を受けて成長していきます。ホンダの創業者である本田宗一郎さんと、独立して製材業を営んでいた藤沢武夫さんが出会い、ホンダを大きくしていきました。天才と呼ばれるような技術者である本田さんは、自らも技術者として技術面を仕切り、藤沢さんは、会社経営一式を取り仕切りました。

 

更なる技術の発展には開発費用がかかります。また、経営を考えれば、利益を求めていかなければならないので、この場合対立関係にあってもおかしくないのですが、2人の固定されない柔軟な思考と互いの信頼が、世界的企業へと発展したホンダの基礎を築き上げたのです。

 

お互いに、自分の考えが間違ってもいないし、相手の考え方も受け入れる気もない状態となってしまうと、もうそこから先の発展もなく思考も広がりません。「対立物の相互浸透」の法則を活用する事は、そのような固定的な考えを無くして、さらなる発展を目指すためにはとても有効です。

 

否定の否定をして、新しい思考の突破口を開く

例えば、何種類と存在する卓球のサーブのうちの1つを極めてきたおかげで、これまで勝ち進んできた選手が、ある日、そのサーブを見事にレシーブし返してきた選手が現れたために、動揺してしまった事もあり、初戦敗退をしてしまったとしましょう。自分が負けてしまった事、これが第一の否定です。

 

レシーブが出来る選手に勝つにはもう、今までの攻め方は通用しませんので、これまでの事を否定します。これが第二の否定です。もっとたくさんのサーブを極めて、相手の動きを読んだ攻め方に変えてみたり、レシーブさせることで次の攻めを考える方法もあります。

 

このように、否定の否定をして、後退したり回り道をしたり、違う道を選んだりするけれども、必ず前に進んでいきます。前に進むために、違う道で全力で頑張る事を「否定の否定」の法則として弁証法では示しています。違う道を進んだことで、自分の思考にはなかった新しい事が発見できて、前に進む原動力となります。

 

現在、福岡ソフトバンクホークスの内野手である内川聖一選手は、日本の野球界で右打者史上最高打率記録保持など数々の成績を残しています。内川選手はもともと打球位置が前寄りでした。しかし、その打球点では、打てないコースもあります。この打てないコースそのものが第一の否定です。

 

内川選手は今までの打球位置よりも10センチ単位で後ろ寄りになるように研究と練習を重ねていきました。これは、今までのやり方を否定した第二の否定になります。こうして、高打率の成績につながっていったのです。否定の否定という弁証法的な思考法が実を結んだといえます。

 

ただし、否定の否定だけでは問題は解決せず、思考開花もありません。否定の否定にすごい努力があっての事です。弁証法的に言うと、「否定の否定の法則」と、量は質に転化していくという「量質転化の法則」を組み合わせて試行錯誤した結果です。ワザ化されるまで必死に練習をし続けたということです。

 

弁証法は、Aという意見とBという意見が異なっている時、お互いを否定したり矛盾を出し合ったりしながら、さらなる高次元でCという結論を出したり、A1 やB1を作り出したりする議論方法です。議論ばかりではなく、アマチュアやプロなど身分や生活環境に関係無くあらゆるシーンで活用できます。

 

私達が思考力アップを図るには、成長し続けていく上で必ずぶち当たる矛盾や否定の壁を、乗り越えたり壊したり、工夫をしてとにかく前進することです。そのためには、あきらめてしまうことだけはNGです。

 

あきらめずに考え続けて、思考がワザ化されるその時まで、努力し続ける精神力の強さも、弁証法を知っていれば持つことができるのです。

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