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毒親とは?毒親の特徴、子供はどうすればいいのか?

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毒親

近年、「毒親」という言葉を見聞きすることが多くなりました。毒親とは子育てをしている間に子供の心身に悪影響を与えてしまう親の事です。今回は育てられた側からみた毒親について詳しく見ていきたいと思います。

 

「毒親=毒を持っている親」ということではない

毒蜘蛛、毒キノコなど毒がつく言葉を連想して思いつく動植物は、単体が毒を持っています。しかし、毒親とよばれる人は、一人で生活している分には特に悪影響を与えるというわけではありません。

 

家庭を持ち、親という立場になった時に、子供の心と体に日々の生活上で悪影響(毒)を与え続けてしまう人の事を言います。

 

毒親という言葉は、2001年にスーザン・フォワードが書いた「毒になる親」という本から生まれました。

 

毒親とアダルトチルドレン

毒親という言葉が世に出る前から、アダルトチルドレンという言葉があります。

 

アダルトチルドレンとは、もともとはアメリカで「アダルトチルドレン オブ アルコホリックス」と呼ばれ、アルコール依存症の親とすごし大人になった人の事を言います。

 

現在は、アルコールに限らずタバコやパチンコ、買い物などのさまざまな依存症を持つ親とすごした大人を総称してアダルトチルドレンと呼ぶようになりました。

 

アダルトチルドレンと呼ばれる人たちは、子供時代をすごした家庭環境が複雑です。

 

たとえば、アルコール依存症の父親がアルコールを飲むと錯乱し暴力などをふるったかと思えば、体内からアルコールが抜けるととても穏やかになります。

 

母親はそんな夫をなんとかしてあげたいと思い、アルコールを取り上げて夫ともみあいの喧嘩になり、ときには暴力をふるわれてもなお、母親は「私が夫を必ず助ける」と必死にこれを愛とし夫との生活を続けていきます。

 

幼い子供からみても、恐ろしいお父さんの姿を見ることもあれば、優しいお父さんに頭を撫でてもらったりすることもあるので恐怖と安堵の波が激しくなり、心も不安定になります。

 

このような父の姿、母の姿を見ながら毎日すごし、家族としてまともな生活ができないまま子供時代をすごすと、大人になってもその時のことがトラウマとなっていて人間関係もうまくいかず、常に自分の心が満たされていない状態が続くことがあります。

 

アダルトチルドレンが親になった時、自分の子供には同じようなつらい思いはさせまいと決意はするものの、実際は家族として本来あるべき環境に育ってきたことがないため、わが子の育て方がよくわからずに毒親となるケースが多くあります。

 

毒親もまた、自分自身と闘いながら生き、子育てをしているケースも多いのです。しかしながら、たとえどんな環境に育った大人であっても、小さな子供を肉体的も精神的にも傷つけてしまうことは許されるものではありません。

 

さらに、わが子を将来毒親にさせてしまうようなことがあってはならないのですが、「親というものはこういうもの」というお手本があるわけではないので、自分では子供にとって毒親になっていることに気づかないケースがほとんどです。

 

良い親とは?

これまで毒親とアダルトチルドレンとはどのような人たちなのかという事までを説明してきましたが、「アルコール依存症の親がいるから自分はアダルトチルドレンである」とか、「自分がこの親に育てられて苦痛だったから、うちの親は毒親だ」など簡単に当てはめてしまうのはいかがなものでしょう。

 

逆に、当てはまらない親でも、子供に対して無関心というケースは毒親であると言えます。俗に「ネグレクト」と言われています。

 

手をかけてあげる、そばで見守る。これが全くない状態では子供も心身共に豊かに成長することができません。その時その時の雰囲気や気持ち、行動を親子で共有してこそ育まれるものがあります。

 

しかしながら、良い親かどうかは、子供自身が感じることと世間が感じることに違いがあるし、子供が年齢とともに親に対して思うことも変化していきますので、判断するのはとても困難です。

 

無関心な親と聞いた場合、どこまでが無関心でどこまでが過干渉なのかを決めるのは、子供や時には第三者であったりするので、ボーダーラインを決めることはできません。

 

例えば、「子供が一人。夫が無職で妻が働いて生計を立てている。」というケースの場合はどうでしょうか。この言葉だけであなたはどのような家族環境を想定しますか。

 

「きっとリストラにあって、次の職を見つけずに家でゴロゴロしているのだろう。奥さんも大変だ。母親が子供と一緒にすごす時間が少ないのはかわいそうだ。」と想像した人もいるでしょう。

 

このように、普通は父親が働いて、母親が子供の面倒を見る比率が高い方が、子供にとって良いことであると思い込んでいる人々は、上記の父親が悪い親という認識でいます。

 

でも、実際は最近珍しくなくなった専業主夫という形をとった父親が子供の面倒はもちろん、家事も引き受けている状態であれば、母親が仕事で帰りが遅くなってしまっても、子供にとっては一緒に遊んだり、家の仕事も頑張っている良い父親となります。

 

また、母親は仕事を頑張っているということが子供なりに理解できているのであれば、それが自然で家族の形であることがあたりまえとなります。

 

ですから、毒親やアダルトチルドレンという言葉も含めて、良い親・悪い親の定義は世間に流された私たちが、勝手に作り上げてしまっている部分もあります。そして、その作り上げたものに翻弄されているとも言えます。

 

たくさんの情報に流されていないか?

このように、世間と当人とでは感じ方や考え方が違うことと同じく、嗜好、嗜癖、うつなど、最近区別されずに使われていることが多く見受けられます。

 

嗜好の域を超えたお酒に飲まれてしまう飲み方をしている人は、簡単に嗜癖があると言われ、うつという言葉に関しても、うつっぽい、プチうつ、新型うつなど日常生活で不安な気持ちや落ち込んでしまうことが続いていることを表すために使われています。

 

1991年に公開された「羊たちの沈黙」という映画で使われ流行したサイコパスという言葉も、変質者の総称のようにくくられてしまった時代もありました。元々の意味は、人を殺めてしまっても罪悪感もないような精神病質者のことを言います。

 

しかし、嗜癖やうつ、そしてサイコパスは、本来は深刻な精神疾患の一つであり、適切な医療を受けることが重要です。現在も苦しんでいる人がたくさんいます。テレビや書籍などで本来の意味を見失った言葉だけがひとり歩きをして、気軽に使われてしまうような言葉になってしまい、本当に苦しんでいる人はさらに心を痛めているかもしれません。

 

逆に、日常生活レベルでこのような言葉が使われることで、溜め込んだストレスが和らぐ効果があるのも事実です。悩んでいる友人に「あなた、少しうつっぽいんじゃない?」と声をかけただけで、自分自身が心身の異常に気付き、認めて医療機関に行き早期に治療を受けるきっかけになることもあります。

 

毒親には、本来は早急に医療機関への受診やカウンセリングなどの対応が必要な人もいます。すでに治療中で抗うつ剤などを服用していても、家庭での理解者がなく、適切なケアが行われていない場合は、虐待のような悪い形となって子供に影響を与えてしまうようになります。

 

また、気軽に使える言葉は時には「あいつはきっとうつだから、大事な仕事は預けない方が良い」などのレッテル貼りの材料にもされてしまいます。気軽に使えてしまう分、一度ついた悪いイメージを払拭しようとする為に結局は心身が弱り、医療機関を受診するようなことにもなってしまいます。

 

難しいことではありますが、このような言葉の上辺だけに流され、振り回されることなくコミュニケーションをとる中で、その場に合わせた解釈ができる力が現代社会には必要なのかもしれません。

 

メディアによって救われた人々もいる

毒親は悪いというイメージがすっかり根付いていますが、毒親の中でも本人は毎日必死で子育てをしているのにうまくいかないと悩んでいる方も多くいます。

 

料理が苦手ではなくて、食材の管理が全くできない。調理中の食材が頭からなくなってしまい、これはどんな料理をするための物だったのか思い出せない人もいます。

 

食事の支度ができない毒親の下で育つ子供は、栄養のバランスがとれていないために、骨がもろく骨折も多い、外食に頼りすぎてしまい肥満になるなど体の成長に悪影響を及ぼします。

 

掃除やゴミ捨てがまともにできずに家が不衛生となり、片付けを教えられないために子供も整理整頓がわからないまま学校へ通うので「だらしない子」というレッテルを貼られてしまいます。

 

こうようなケースの毒親は、料理や掃除がとても苦手ということに悩みながら子育てしているだけなのに、育てられた子供は大人になると「自分は毒親に育てられた」と思いながら生きるようになります。

 

子供時代の家庭環境が影響して、大人になってからのコミュニケーションが難しくなり、アルコールやギャンブル依存症となってしまい毒親となります。そしてやがてアダルトチルドレンを育ててしまうというスケールの大きな悪循環を引き起こしてしまいます。

 

少し前までこのような毒親や子供は、成すすべもなく肩身の狭い思いをしてきたこともありましたが、最近はある芸能人が同じような症状に悩んでいたことをメディアで告白したことから、様々な媒体で情報が広がっていき、一連の症状は「発達障害」と呼ばれ世間に知られるようになりました。

 

このことで、料理や掃除がとにかく苦手だと思い悩んでいた毒親は、自分もそうなのではないかと思い、医療機関を受診した結果、発達障害と診断されるケースも多くなりました。少々例えは悪くなるかもしれませんが、こうして「発達障害」という言葉のシェルターができたことで、それに守られる人が増えました。

 

自分は発達障害という病名がついた症状だったのだと気持ちが少し楽になることで、自分自身を認めて、上手に障害と付きあえるような工夫を日常生活の中でしていこうと工夫し始めます。

 

家庭環境も不穏な空気が変わり、家族の理解やサポート力が増えて絆も深まります。社会全体としては発達障害に対しての認知、理解度は決して高い状態とは言えませんが、理解してくれる人間が増えるということで毒親というレッテルが無くなって救われていく人も多くなりました。

 

発達障害を持つ親に育てられた子供は、もしかしたら世間でいう普通の家族とは違う生活を送っているのかもしれませんが、家族の絆が深まれば子供は自分が家族の一員としてできることを模索し精神的にも大きく成長していきます。

 

たくさんある情報に流されてしまうケースもあれば、その情報で認められて救われる人たちもいます。

 

毒親が悪いと考えるよりも、あなた自身はどうしたいのか?どうなりたいのか?

毒親と呼ばれる人やその家族が、発達障害と診断されたことで生活が変わっていくように、生活環境や価値観、考え方一つで人の人生は何通りもの道ができていきます。

 

生まれたての赤ん坊は自分自身で道を選ぶことはできませんが、母の臭い、母の母乳の臭いは嗅ぎ分けることができるといわれ、本能だけで行動していてもその環境の中で必死に生きています。

 

幼少期は体全体でたくさんのものを感じ取り、些細な喧嘩をしながら友達との距離感を覚え、大人社会へ通じるコミュニケーションの基礎を築きあげます。学生になればそこにたくさんの得た知識が加えられて、それぞれ生活環境は違うにしても歩む道は選ぶことができます。

 

万人に与えられた平等なことは1日24時間、1年365日ということくらいですから、一人一人の環境や人生が違っていて当然のことです。

 

それを、「毒親に育てられたおかげで私の人生もうまくいかない」として毎日過ごしているのは、人の人生まで平等にしてほしいと言っていることと同じではないでしょうか。それは現段階の最先端の技術を使ってもできないことではないかと思います。

 

親のせい、会社のせいなど何かのせいにして生きていくことも、自分の精神的な安定のためにも必要な事なのかもしれません。でも、自分ではコントロールできない何かのせいにしてばかりでは、前進はありません。

 

「あなたは何をしたいのか?」「あなたはどうなりたいのか?」と問われた時に、あなたから出る言葉が誰にも左右されないあなた自身の意思であるということに早く気づいてほしいと思います。

 

今、毒親に育てられたという認識があるのなら、毒親にならない方法はあなたが子供時代に通った道を通らなければいいだけです。その道を決めるのも進むのもあなた自身です。毒親という言葉に、あなた自身が埋もれてしまってはいけません。

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