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親の声のかけ方次第で、子供のやる気に変化が起きる

やる気を出す子供

あなたは、どのくらい自分の子供をよく見ていますか?実は、子供の事をちゃんと見ていると思っている親に限って、子供の事が分かっておらず、逆に子供が窮屈な思いをしてしまう事が多く見られます。一体どのようなことなのか、見ていきましょう。

 

「うちの子、おかしいかも?」と思う親側の偏った見方の方が危険である

ママ友がこぞって集まって話になるのは、夫の愚痴です。出かける前で妻は忙しくしているのに、夫はのんきに新聞を読んでいて何もしてくれないなどという内容です。しかし、目線を変えてみれば、新聞を取りに行ったついでにごみ捨てに行ったり、玄関の靴をすべて揃えてくれたりしてはいないでしょうか。

 

目に入った何もしない夫だけにとらわれすぎて、先入観で愚痴を言っているという事も大いにあります。実は、夫婦間だけでなく、親子の間でも同じ事が言えます。例えば、今まで友達と元気に遊んでいたと思ったら、急に1人でノートに何かを書き始めたり、何もせずぐうたらいつも寝ているような姿を親が見た時です。

 

親はこのような行動に、何か問題があるのではないかと心配してしまうでしょう。でも、この「急に」や「何もせず」と親が言い始めた時、実は親側に危険信号が出ています。親の思考が1つの見方だけにとらわれてしまっていて、冷静に他の事に目を向けていないからです。

 

本当に「急に」始めた事でしょうか?また、本当に「何もせず」ぐうたらしているでしょうか?先入観を持たずによく観察していると、急に始めたと思うノートへ文章を書いている事が、友達と交換日記をすることになって、自分の子供の順番になったから文章を書いていたのかもしれません。

 

何もせずぐうたらしていると思ったら、実は親の寝静まった頃に友達とメールのやり取りをしているのかもしれません。何もしない子供というのはいません。親がよく観察して、子供の生活場面を偏りなく見ているとその実態が分かります。

 

精神的に子供がおかしくなるのは、稀な事です。子供はじっとしていられないものですから、特に心配する必要もないです。重要なのは、親が他人の子供と比べることなく、わが子そのものの活動性を、きちんと見極めるという事です。

 

それでもなお、本当に寝てばかりいるのであれば、精神疾患を疑うよりも、まず体の具合を心配する方が先であることも、偏りない思考で子供をよく観察しているからできる判断でしょう。

 

本当にあなたの子供はやる気がないですか?

無気力、無責任、無関心、の3つを合わせて三無主義という言葉が1970年代に出来ました。さらには、無感動、無作法と5つまで言葉が増えて五無主義とも言われるようになりました。当時の若者を差して言った言葉ですが、特に無気力に関して言えば、現代の子供もあてはまる事だと思います。

 

「物事に挑戦する気持ちを無くしてしまっている子供を、やる気にさせるにはどうしたらよいか」と悩む親も多いでしょう。しかし、そのような親の気持ちに対して、応えられないと子供が感じ、自信を無くしているからやる気が失われているという事に、気づかずにいる親もまた、とても多くいます。

 

親から見た、勉強のやる気、外で遊ぶ元気さなどは、親の「勉強をやる気になってほしい」「外で元気に遊んでほしい」という一方的な希望であり、その度合いを子供に当てはめています。子供はその度合いに対して応える事が出来ない為に、やる気をなくしています。

 

やる気を感じない理由を親に尋ねると、「ゲームばかりやっているから」「テレビをぼーっと見てるから」という答えが返ってくる事があります。しかし、このような場合は無気力であるとは言えません。子供は必ず何かをやっていますし、親がやる気の無いように見える行動から、何かを得ています。

 

ですから、やる気が無く見える時に「元気を出しなさい」とか「いい加減にやる気出しなさい」と子供に声を掛けるのではなく、まずは、子供をよく観察して下さい。そして、今やっている事を受け入れ、認めてあげましょう。

 

「そのゲーム、面白そうだね」などと言ってあげることで、子供は元気づけられます。マンガばかり読んでいる子供であれば、親から見たら、何が面白いのか分からないような内容だとしても、子供にとっては生涯の宝物になるかもしれません。

 

成人を過ぎても、小さな頃、テレビで見たアニメの本を全部揃えてリビングに置き、主人公と自分を重ねて読むことで、泣いたり笑ったりして、心の居場所を見つけている人もいれば、映画ばかり見ていた幼い頃に、偶然見たカナダの映画にとても感動して、カナダ留学を目指し勉強を始めたという人もいます。

 

挑戦することを止めてしまった子供に対して、親は、今のありのままを受け入れてあげる事が大切です。誤解してほしくないのですが、この受け入れるというのは、無気力な子供を認めて受け入れましょうという事ではありません。

 

無気力で、かつ何もしないで寝ている子供はいないからです。必ず何かやっているから人間なのだと思います。それを見つけて理解し、受け入れる事に親は努める事が、子供のやる気を引き出す最善の方法です。

 

「良い子にしていても認めてくれないなら、悪い子になってやる」という子供の気持ち

小学校低学年の頃までは、良い子だったのに、高学年から悪い子になったという話もよく聞きます。小学校低学年頃までは、良い子にしていれば、親の関心は自分に向けられていました。ところが、成長してくると、良い子にしているだけでは、親の関心を自分に向けることが難しくなってきます。

 

それを子供が分かると、反対に悪い子になって親の嫌がる事をして、注目してもらおうとするわけです。例えば、自分の部屋を整理整頓せずに散らかして置いたら、親が褒めてくれない事を子供は分かっています。片づけなければ、怒られる事も分かっています。

 

だから、親の関心を引き付けたくて、どんなに怒られても片づけません。片づけてしまえば、キレイになった時点で親の関心が自分から離れてしまうからです。それを分かっているので、怒られれば怒られるほど、片付けずに散らかし放題になります。

 

しかし、子供は、悪い子になって親の関心を自分に向けたとしても、満足はしていません。本心は、やはり良い事をして親に見てほしいし、一人の人間として褒めてほしいと思っています。良い事をしていて、親が一人前の人間として褒めてくれていると感じている子供は、このような困った行動はしません。

 

では、部屋を片付けられないだらしのない子には、親はどのような対応をすればよいのでしょうか。基本的には、親はこの様子について関心を示さない事です。また、逆に親が、散らかす事意外に子供の関心を向けてあげる事です。

 

子供は親にこちらを見ていてほしいという気持ちは変わらないので、散らかすという困った行動に焦点を当てるのではなく、別方向からのアプローチを仕掛けていきます。部屋を片付ける様子が無い子供に、「あなたが片づけないなら、私が片づける」と言って、大きな袋や箱に、ごそっとまとめて散らかした物を入れて、物置などにしまってみましょう。

 

こうすると、子供は、どうしても必要な物は物置に探しに行くでしょう。そこで、いちいち取りに行く面倒くささと、欲しいものが簡単に見つからない苛立ちを経験として覚えます。

 

同時に、キレイになった部屋を見て、気持ちいいという感覚も覚えます。その時に、母親が、「部屋がキレイになるって気持ちいいでしょう?」と言ってあげると、子供は「キレイにしておけば、お母さんは自分に関心を持ってくれるのだな」ということを感じます。これをきっかけに、散らかしっぱなしという困った行動が、緩やかに改善されていきます。

 

子供が選んだ人生ならば、親はその事に責任を負う必要はない

1970年代に起きた、山岳ベース事件があります。これは、当時、学生運動や組合活動が過熱した最中に起こった事件です。連合赤軍という日本のテロ組織が、メンバーの統括を図るという名目で、警察の目の届かない山奥で、仲間同士の殺し合いをしたという事件です。

 

この連合赤軍メンバーの親達は、自殺をしたり、あるいは職を辞めるということで、子供が犯した罪の責任を取ったような形になりましたが、この結末はとても残念でなりません。

 

なぜなら、このような事件でも、万引きでも、引き起こしたのは本人ですから、本人に責任を負わせればよいのです。こんな子供に育ててしまったという責任を感じる親の気持ちも分かりますが、誰もこのような事を起こす子供に育てたいと思っていたわけではありません。

 

親は、食事を与え、衣類を与え、最低限のしつけはしているはずですし、人の物を盗んではいけないという事も教えるはずです。それでもその教えが分からない子供もいますが、全く万引きをしない子供は、親がきちんと育てたから良い子になったというわけでもありません。

 

山岳ベース事件を起こしたメンバーは、大人です。それなのに親が責任を取るというのは違います。自分達の考える思想の下で起こした事件ですから、その罪や罰を親が引き受けるのはおかしな話です。

 

社会の最低限のルールを親や教師が教えなかったとなれば、それは責任があります。でも、教えたのに教えた通りにならなかったのは、本人が悪いだけなので、責任は当人だけにあります。

 

では、逆のパターンはどうでしょうか。立派に育った子供は、親も立派な大人なのでしょうか。これも違います。その子供自身が立派に生きるという道を選んだだけです。親に立派に生きなさいと言われたから、その通り立派に生きるというのは、ロボットと同じです。

 

子供が問題を起こして、親が責任を取る。子供が立派だから親が天狗になる。どちらも間違いです。無意識ですが、子供は自分の人生を自分で選択しています。ですから、親が関与する問題ではないという事を頭に置いて、子育てをしていく必要があります。

 

困った行動にだけ目を向けず、困っていない行動を意識して観察する

スポーツの世界において、選手を強くさせるには、「長所をもっと伸ばすような指導方が良いのか」「短所を直す指導方が良いのか」が常に議論されています。指導者にも考えがあるし、選手にとって指導法との相性が良いか悪いかもあるので、一概には言えませんが、どちらかと言えば、長所をもっと伸ばす指導方が効率的です。

 

なぜなら、短所を直す事は、とてもエネルギーがいる事であるし、短所ばかりに目を向けてしまうと、結局いろんな部分が平均化された個性の無い選手になってしまうからです。

 

野球のイチロー選手のバッティングフォームは、現在は振り子打法と呼ばれていますが、教科書通りのような基本打法から離れた打法の為、昔は、野球評論家などの間では、否定的な意見も少なくなかったと言います。

 

しかし、オリックスの二軍時代にイチロー選手を指導した河村コーチは、この独特な打法の短所ではなく、長所を伸ばそうとしました。そのことが、逆に短所や欠点を克服するまでの才能を開花させ、現在もなお、活躍し続けている事につながっています。

 

これは、子育てにも同じ事が言えます。親は、どうしても子供の短所が気になって仕方がないものです。「うちの子には困っている」と言う親は、まさに短所しか見えない偏った見方をしています。

 

本当に、その子は、短所と欠点だらけの長所が無い子供でしょうか。そんなことは無いはずです。親が短所ばかりを見ていて、長所を伸ばす意識が無いからです。「うちの子供は、数学が出来ない」と言う親の子供の、テスト解答用紙を見てみると、全部が出来ていないのではなくて、出来ている部分もあります。

 

計算問題は全問正解でも、図形問題が間違っていて点数が良くなかったというケースは、良くある事です。それなのに、親が出来ていないところだけを注目していれば、子供はますます自信を無くします。

 

逆に、出来ている分野に注目して、そこを伸ばすようにすれば、子供に自信が生まれ、苦手な部分の克服へもつながっていくのです。完全完璧な人間は、地球のどこを探してもいません。子供にマイナス面や困った面があっても当たり前です。

 

マイナスを問題にするよりも、良い所や可能性のある部分を見つけて伸ばしてあげる事が、最良の子育てです。こうすることで、欠点と思っていた部分は見えなくなるかもしれません。

 

子供の日記をこっそり読んでしまう親は、子供を信頼していない

「子供の日記をこっそり読んだら、私の悪口が書いてあった。悪口言われてしまうような育て方をしてきたつもりは無かったので、ショックだ」という経験はないでしょうか。

 

他にも、「いつも妹にばかりやさしいから、きっと姉の私の事は、お母さんは嫌いなはず」とか「お兄ちゃんには、何でも買ってあげているのに、弟の僕には何も買ってくれない」というような事も書かれていた経験もあるかもしれません。

 

でも、これらの悪口と思われる事でショックを受けたり、悩んだりすることは全くありません。「子供はそういう風に、物事を見ているもの」と思えばいいだけです。普段の生活で、親が子供にしているような事は、日記の材料にはなりません。

 

洗濯をしてくれた事を、「今日もお母さんが自分の洋服を洗濯してくれました」と日記に書く子供はいないと思います。それは子供にとって、母親が洗濯をしてくれている事が、当たり前と思っているからです。日記に何を書こうかと考えた時、思いつくのは悪いイメージを持った事が、子供は心に残っています。

 

しかし、それはお母さんに対して日頃思っている事の全体から見れば、とてもちっぽけな部分でしかありません。ですから、このちっぽけな部分にいちいち反応して、親がショックを受ける必要はありません。

 

むしろ問題は、子供の日記をこっそり読んでしまった親側にあります。親が子供の秘密を知りたがるのは、子供を信頼していないという事になります。ましてや、その日記を写真に撮り、証拠として残すという事は、スパイ行為と同じです。

 

子供が学校に行っている間に日記を探して、こっそり読むという行為は、親が子供を信頼していない証拠です。そして、勝手に見たのに、その日記に悪口が書いてあると、ひどく落ち込み自信を無くしてしまうケースも見られます。わざわざ日記に、親の良い所を書く子供はほとんどいないと思います。

 

もし、良い事が書いてあったのであれば、それはその子にとって、とても印象に残るほど素晴らしい事だったのでしょう。また、このような日記を書いてもらえるような親は、子供の事を信頼しているという事が、子供にも伝わっているし、親も日記を盗み見るような事はしません。

 

どうしても、子供の日記が読みたい時は、きちんと子供に見せてほしいと頼みましょう。子供がそれで嫌がったら、それ以上は追求しない事です。信頼関係があれば、「私の悪口を子供が書いているのではないか」という不安はありませんので、無理に読む必要もないはずです。

 

子供が留守の間に、日記を盗み見る事は、子供に対する裏切り行為である事、また、こうした事を続けている以上、親子間の真の信頼関係は生まれません。

 

子供が落ち込んでいたら、何をしてほしいか尋ねてみる事が、自信回復への近道

子供が学校から落ち込んで帰ってきました。「どうしたの?」と親は尋ねますがはっきり言いません。でも、どうやらテストの点数が悪かったからしょげているようです。こんな時、あなたならどうしますか?

 

「お母さんが言ってる通り、普段ちゃんと勉強しないからよ。また次回がんばりなさい。同じようにならないように、勉強をちゃんとするのよ」と励ましますか?

 

それとも、「くよくよしても仕方ないでしょう?もうテストは終わったのだから。お母さんが口を酸っぱくして、勉強しなさいと言っているのにやらないからこうなるのよ。このままでは希望する高校には入れないからね。もう好きにしなさい!」と強く突き放すような言い方をしますか?

 

この場合、どちらもNGです。母親は励ましているつもりかもしれませんが、子供にとっては、実は「お母さんは、勝手なこと言っている」としか思っていません。一方的な思いを口に出して子供に伝えても、建設的な解決には至りません。それでは、どのように対処すれば、早く子供は落ち込みから抜け出せるのでしょうか。

 

このような時は、「お母さんに何か手伝ってほしい事はない?」と尋ねる事です。「何だか落ち込んでいるようだけど、お母さんに何か出来る事があったら言ってね」でも良いと思います。特に言い回しに決まりはありませんが、子供から自発的に言いたいことがあったら言わせるように導きます。

 

子供が失敗した時こそ、親は出来る範囲で協力すべきところをただ励ますだけでは、子供は「他人事だと思って勝手なこと言っている」と捉えてしまいます。しかし、何か手伝える事はあるかと聞くと、「大丈夫。この次のテストは頑張るから。だからお母さん、ちゃんと見ていてね」と答える事が出来ます。

 

この時、母親は、「分かった。応援しているね」とそれだけでOKです。また、このように、子供に「どうしてほしい?」「何か手伝ってほしい事はある?」と聞くことで、言い出しにくかった事を言いやすくしてあげる事ができます。

 

例えば、塾に行ってみたいと思っていても、お金がかかる事だからと考え、親に言い出せないでいる子供に、「何かしてほしい事はあるの?」と尋ねたら、「実は塾に行きたいんだ」と言えるきっかけになります。

 

実際、塾に行きたいと言われて、金銭的な余裕が無ければ、母親がすぐに返事が出来る事ではないと思います。こんな時は、「じゃあ、ちょっとお父さんに相談してみるね」と答えれば良いです。子供の方は、なかなか言い出せなかった事を言えたので、すっきりして、一区切り付くと思います。

 

子供の本心を確かめるためにも、「どうしてほしかったのか?」と聞くことは有効

家庭内のちょっとした事でも、心に何かやましい事を持つ子供は、あまり表情を変えずにすごしているつもりでも、核心を突かれた親の問いかけで、思わず顔にだしてしまう事があります。このような状態を、認識反射と呼びます。学校では、教師がこの認識反射を応用して、子供を助ける事があります。

 

授業中にもかかわらず、騒いでいる子供は、多少なりとも自分をもっと見てほしい、関心を自分に向けてほしいと思っています。そこで先生が、「もしかして、あなたは先生に声を掛けられたかったのかな?」と尋ねると、思わず体がビクッと反応してしまいます。まさに、これは、本音を言い当てられた事による反応です。

 

自分に関心を持ってほしいと思って起こす困った行動が、エスカレートしてくると、ちょっとしたいたずら程度の行動が、今度は教師に対して挑発的な態度へ変化していきます。このような時に、「もしかしたら、あなたは先生に負けたくないと思っているのかい?」とか、「先生をやっつけたいの?」と言うと、同様に体がビクッと反応してしまいます。

 

隠そうとしても、体は正直ですから、尋ねてその子の本心も確かめる事が出来ます。親も同じように家庭で応用する事ができます。子供が少し困っている様子を見せたら、「お母さんに何かしてほしかったのかな?」と尋ねてみましょう。その通りだとすれば、子供の体は、平気だと見せかけていても、反応してしまいます。

 

この様子を見て親も、子供の本心が分かりますし、良いタイミングで勇気づけてあげる事もできます。ただし、このような子供の反応を、的確に読み取る為には、普段から子供の様子をよく観察していなければ不可能です。子供の目を見ずに、違う事をしながらよそを向いて話しかけている親には、子供の変化に的確な対応はできません。

 

しかし、普段からきちんと子供に向き合って、どういう時に子供はこんな反応をするのかを観察していれば、子供の変化を読み取る事も難しくはありません。また、これが出来るという事は、子供の反応を客観的に見る事の出来る人であると言えます。

 

親子間の距離が近すぎて、当事者としてでしかいられない親は、普段から子供に何を言っているかも、子供がどんな反応をしているのかも覚えていません。これでは、適切な対処をする事はできません。少し距離を置くことで、微妙な子供の変化を感じるようになる事が重要です。

 

大切なのは、行動の原因を探る事ではなく、「どのような目的があって、その行動をとったのか」を分析する事です。これを忘れず、子供を観察していれば、子供が今望んでいる言葉をかけてあげる事はそんなに難しい事ではありません。

 

「それは駄目」「頑張れ」「早く○○して」は、子供の勇気を損なう言葉

いじめを苦に自殺してしまう中学生や高校生のニュースがなくなる事はない現代、悲しい思いや、やりきれない思いを抱える人も多いと思います。この種類の事件は、当事者だけではなく、いじめたとされる加害者側にも大きな傷を残します。なぜ、それを分かっていても、いじめはなくならないのでしょうか。

 

1つは、相手を思いやる気持ち、外側、内側関係無く、傷に対する想像力が欠けているからだと考えられます。いじめを解決する為の方法として、学校でよく実践されている事で、「ロールプレイ」という方法があります。舞台に立ち、いじめる役割の子供と、いじめられる役割の子供が、お互いに役割を交換し合って演技します。

 

日本語で「役割演技」とも呼ばれます。頭の中だけでは、いじめる側が発する言葉や行為が、どれだけ相手を傷つけているかはなかなか分からないものです。しかし、相手の立場に体全体でなって考える事が出来るロールプレイを行う事で、それが分かるようになるのです。

 

小さな子供を、子供よりも高い位置から見下ろすように叱りつけている母親は、子供がどれだけの恐怖を覚えるか、理解していない場合があります。子供と同じ背丈になって、大人を見上げた時、巨人のように見えます。子供がこのような位置から、母親に上から怒鳴られたら、子供はたまらないという事が実感できるでしょう。

 

これと同じ事を、不登校で悩む母親に集まってもらい、実践してもらうと、学校に行かなくなった子供の立場を理解する事ができます。学校に早く行ってほしくて、励ましのつもりで言った言葉を、親の役を演じる人に言ってもらい、子供の役になった自分で実感してみます。

 

そうすると、励ましのつもりで言った言葉が、実は逆効果で、勇気さえもくじかれてしまう事が分かります。「学校に、どうして行かないの?このままでは、出席日数も足りなくなって進級出来ないよ。卒業もできなくなってしまう。」と言われたら、子供はますます自分自身を嫌いになります。

 

そこからさらに、どうしたら良いかを、ロールプレイで探っていきます。無理をしてでも、母親が笑顔でいてくれるだけで、子供は勇気付けられ、少しずつ前進していくという事も、理解できます。

 

ロールプレイで子供の立場を理解すると、普段何気なく子供に言ってしまう、「それは駄目」「頑張れ」「早く○○して」の3つの言葉は、言ってはいけないという事も分かります。宗教評論家である、ひろさちやさんは、著書「まんだら人生論」の中で、頑張れという言葉について、次のような事を書いています。

 

「がんばる」は、「我張る」の音便です。(音便とは、発音の便宜性を図るために、語中や語末で起こった音の変化の事)本来の意味が、もし我意を張る事というのであれば、相手に対して頑張れとは言わない方が良いでしょう。

 

では、努力するという言葉はどうでしょうか。現代社会において、努力を強調する事がとても多いと思います。「努力は必ず報われる」という言葉もよく聞きますが、努力しても努力しても、報われない人や、どうにもならない人もいるという事を、私達は忘れてはいけません。

 

だから、「あせらず、ゆっくりとご精進なさってくださいね」という表現が良いのではないでしょうか。

 

子供に対して、「一流の高校に入り、一流の大学に入り、そして就職したら、誰よりも早く出世してい欲しい」と親は思っています。言い換えれば、競争社会の中で、我が子には勝者になってほしいという事です。それは、裏返せば、他人を踏みつける事であり、親のエゴイズムな願望であります。親が子供に与えるものは、速度計ではなく、方位磁石です。

 

ひろさちやさんが伝える通り、頑張る状態ではなく、勇気さえもくじかれた子供に、頑張れという言葉ほど残酷な物はないという事、また、早く早くとせかすことは良くない事を、親は一番理解していなければならない立場なのです。

 

子供が無くした自信を取り戻すには、自己評価を高めることから始める

詩人、萩原朔太郎さんの「死なない蛸」という詩があります。水族館で飼育されていた蛸(たこ)ですが、地下室で飼育していたので、いつしか蛸がいるこの水槽を係員に忘れられ、餌も与えられずに放置されていました。蛸は、空腹に耐えきれず、自分の足を食べ始めます。足を全て食べ終えた後に、今度は自分の内臓を食べ始めました。

 

しまいには、自分で自分を全て食べてしまった蛸が姿を消します。蛸がいたはずの水槽は空っぽです。しかし、姿は見えなくなっても、蛸が生きていたという事実、忘れられたという恨み、飢餓感など、蛸の魂は生き続けているという内容の詩です。

 

画家の司修さんは、故郷にいた時は、自分の絵が一番だと思っていたのに、上京してみたら、自分より素晴らしい絵を描く人間がたくさんいると感じ、劣等感でいっぱいになったそうです。そんな悶々とした時代に出会ったのが、この「死なない蛸」だったと言います。

 

そして、この詩を読んだ後、自分の中に力が湧いてきて、「目には見えないけれど確かにある物」を描いていきたいと感じたそうです。

 

不登校になった子供達にも、この詩に出てきた蛸と同じような事が言えます。学校の教室には、確かにその子の席がありますが、いつも空席です。しかし、学校に対するその子の気持ちは、毎日学校に通う子供達よりもずっと強く、その席に存在していると考えられます。先生やクラスメイトからも、見捨てられたとも思っているかもしれません。

 

不登校の子供達は、学校に行っていない事に対して、深く傷ついています。そして、自分は失敗した駄目な人間だとも思っているので、自分の全てに自信を無くしています。自分のこれからの人生に対して一番不安を抱いているのは、他ならぬ本人です。このままずっと、家にいるわけにはいかない事は、本人が十分分かっています。

 

このような時の子供自身が付ける自己評価は、最低です。自信を出来るだけ早く回復させてあげるには、親が、子供自身の自己評価を上げられるようなサポートをする事です。家の手伝いをさせる事も効果が期待できます。また、本人の得意な事が思い切りできるような環境を整えてあげるのも良いと思います。

 

得意な事が上達すれば、自分にも胸を張って出来る事があると感じるので、自己評価を高める事が出来ます。このような感情を認識できるような方向に、親は子供を導く事が大切です。

 

不登校になった子供の価値観は、思考の視野が狭くなっているので、学校に行き、クラスメイトと一緒にいる事だけに価値があると錯覚しています。それは、不登校の子供を抱える親も、同じ傾向があります。

 

学校やクラスメイト一緒にいること以外にも、いろいろな価値観が存在して良いという事に、子供も親も気づいた時に、自分は失敗した人間であるという認識から解放されます。もちろんそうではなく、本人の目標を学校に行って友達と仲良くして、勉強もできるようになるという事にするのは良い事だと思います。それは親の希望でもあるからです。

 

しかし、不登校という事実は、子供自身の問題であるので、親はとにかく子供の自信を回復させる為のサポートに周る事を徹底するよう努める事が重要です。

 

子供のやる気と能力を引き出すには、親は自尊心を理解する

子供に対する悩みで一番多いのが、やる気が感じられず無気力、勉強しない、成績が悪いという内容です。やる気と成績は、子供の自尊心と密接に結びついています。そこを理解していない親が多く見られます。子供は子供なりの「自分はこういう人間である」という自尊心があり、そこを評価してほしい、認めてほしいと思っています。

 

ところが、自尊心の存在を理解していない親は、「もっと勉強しなさい」「こんな成績では、良い高校に入れない」などと怒ってしまいます。こうなると子供は、「どうして自分の事を分かってくれないのだろう」とジレンマを抱え、さらには自尊心も傷つくので、どんどんやる気を失っていきます。

 

自尊心をしっかり持っている子供は、成績も良い子が多いです。このような子供は、初めから他人と競争するわけでもなく、自己ペースで勉強をする事が出来るので、他人がどのくらいの点数なのかは気にならず、怯える事もありません。

 

テストの結果を見て、「あれだけ頑張ったから、この成績だ」と努力や成長を高く自己評価出来ます。成績が下がっても、勝負事として捉えているわけではないので、落ち込むこともなく、自発的な勉強に取り組む事が出来ます。勉強に対するエネルギーが消失する事もありません。

 

いつも自分から能動的に勉強するので、勉強の能率も上がる事になります。このように、自尊心は子供にとってとても重要です。やる気もなく、勉強もしない子供は、親が気付かないうちに、自尊心を傷付けている可能性があります。

 

親は、子供が自分自身を大切にして、自分を尊敬できるように気配りをし、育てていく事が、子供のやる気と能力を引き出すための必須条件でもあると言えます。

 

家で親子が穏やかに過ごす事で、不登校から抜け出す決心がつくきっかけになる

不登校の子供は、子供自身が学校へ行こうと決心しない限り、絶対行けるようにはなりません。小学校4年生の時に、担任の先生とトラブルがきっかけで不登校になった子供の話を例に挙げます。

 

忘れ物に対してとても厳しい指導をしていた先生ですが、その事を気にしすぎて、その子は学校に行く途中に何度も、鞄の中身を確かめずにはいられなくなってしまいました。5年生になって、担任は替わりましたが、学校に行く気配はありません。母親が心配して、声を掛けましたが、「これは僕の問題だから」と言うだけで、登校しません。

 

そこで、この母親は、子供の言った事に納得し、できるだけ良い親子関係を保つことを心がけました。学校へ行かない子供と、楽しく仲良く過ごすようにしました。この良い関係をずっと保ち続けて行き、何かあって一日登校した時に、親のとてもうれしい気持ちを伝えてあげる事で、子供は勇気づけられ、自信を回復していきました。

 

登校が出来た事の喜びを子供に伝える事は良いのですが、また学校に行ってほしくて、驚かす、力ずくで学校に連れて行く、泣き落とす、何か買ってあげると言って物で釣る事は、最悪な方法であり、してはいけません。親がする事は、本人が学校へ行こうと決心しやすくなるような環境を作るということです。

 

どうしたら自分から学校へ行くと言うようになるのかを考えて、親は過ごします。本人の決心ではない方法では、長続きはせず逆効果となります。またこれは、いつでも家で親子が一緒に過ごす事というわけではありません。ある程度、親子関係が穏やかになって、それが保たれたら、強制ではない範囲で、家の仕事を手伝ってもらう事も効果的です。

 

なぜ、勉強をさせる事ではなく、家の仕事を手伝う事が効果的なのでしょうか。それは、子供の心に、自分も家族の一員であり、家族として関わりを持っているという認識が育つからです。学校に行くことが出来ない自分を、何も出来ない役立たずな人間だと子供は思っているので、その意識を変えてあげます。

 

家の仕事を手伝う事で、親からは、ありがとうや助かったと感謝の言葉が出るので、子供は、こんな自分も、家族の為に役立つ事が出来たと、自信を持つ事につながります。そして、高い自己評価を付けるきっかけにもなります。

 

親が一番心配している事は、勉強が遅れてしまう事でしょう。「とにかく自宅で勉強だけはして頂戴」とお願いするような言い方をしてしまいがちです。しかし、勉強をするしないは本人の問題です。勉強をしているだけで、家族の為に役立っているとは考えられません。学校に行ってほしいのであれば、子供の自信を回復させることを最優先に考えましょう。

 

出来ない事を語るより、少しでも出来た事だけを褒めて、子供の元気を回復させる

著名な経営学者であるピーター・F・ドラッカーの「コップの水理論」をご存知でしょうか。コップの半分に水が入っています。これを、「もう半分しかない」と思うか、「まだ半分も入っている」と思うかで、その後の思考変化の方向性が違ってくるというような内容です。

 

不登校の子供に対する親の考え方にも、同じような事が言えます。例えば、中学校3年間で、学校に行くことが出来たのは2回だったという結果に対し、「2日しか学校に行けなかったね」と嘆くか、「よかったね。ゼロではなくて2日も学校に行けたのよ」と笑顔で喜ぶかで、子供の心は全く違う変化になります。

 

これは、不登校になった子供は、まずは自信の回復と、勇気を持てるようになる事から始めるという事を考えた時、とても重要なポイントになります。1日も学校に行かなかった事と比べれば、学校の雰囲気を味わったというだけでも随分違います。ゼロはどこまでもいつまでもゼロですが、ゼロよりも1、1よりも2という事実は残ります。

 

では、全く学校に行かなかった、ゼロの子供に対して、親はどう考えたら良いでしょうか。「中学生になると、親を嫌ったり、距離を置いたりする事が多い時期なのに、一緒に過ごせてよかったな」と考えたら良いと思います。そんなの無理矢理な考え方だと思う方もいるかもしれません。

 

しかし、こんな話があります。子供の非行や不登校で悩む母親の集まりがあり、その席で、子供が難病に苦しんでいる母親が、「毎日、我が子が息をしているか確かめて、今日も生きていてくれたと思い過ごしている私に比べたら、皆さんはとても幸せに見えます」と語ったそうです。

 

マイナスな観点から物事をみてばかりでは、親の悩みは尽きません。現状をいかなる時でも、肯定的に考えるような意識を親が持つ事で、それは子供にも伝わり、元気になっていきます。親としても、学校へ行かない事を悲しむより、この時期をどうすごそうかと考えた方がずっと楽なはずです。

 

子供の成績UPを願うなら、出来た事だけを親は喜んであげる事

子供のやる気を引き出して、成績を伸ばす為の効果的な方法は、出来た事を評価して、子供と一緒に喜ぶ事です。子供が努力して成績が上がったら、「よく頑張ったね。お父さんもお母さんも嬉しい」と褒めて親も喜びます。

 

ところで、子供に「よく頑張ったね」と褒めた後、「次はもっと頑張ればもっと成績が上がるよ」などと言っていませんか?この「次はもっと頑張ろう」という付け加えが、子供のやる気を無くしてしまう原因になっているのを、気づかない親が多いのです。

 

例えば、いつもテストで65点くらいの子供が、勉強して85点を取って帰ってきたとします。子供は嬉しいし、褒めてほしくて、「見て!85点取ったよ」と答案用紙を自慢げに見せに来るはずです。

 

そんな時に、「すごい!頑張って勉強してたものね。嬉しいな」とだけ言って終わればいいところを「もっと頑張れば、次は100点取れるよね」と言ってしまいます。親は「もっと」をつけて励ませば、次のやる気につながると思っていますが、この言葉を聞いた時点で、子供からは「よかったね」という言葉が打ち消されて「もっと頑張れば」が心に残ります。

 

そして、「こんなに頑張ったのに、もっと頑張らなくちゃいけないのか」と逆にそれがプレッシャーに感じてしまい、点数も、85点取った事より、100点にあと15点足りなかったという所を親に指摘されたと考え、叱られた気になります。この積み重ねが、子供の思考をマイナス化させてしまい、やる気を損ねる原因になります。

 

「よかったね。嬉しいよ」という言葉で留めておけば、子供は「やった!お父さんもお母さんも喜んでくれた。次も頑張って喜んでもらおう」というプラス思考を維持できます。このことは、勉強に限らず、不登校の子供に対しても同じような事が言えます。

 

不登校になった子供が、ひと月に2回学校に行けたのであれば、「2日も学校に行けたじゃない!すごいね。お母さん嬉しいよ」と、評価して喜ぶだけにします。「来月はもっと行けるよね?」と付け加えると、2日行けた事ではなく、行かなかった日数の方が多い事を非難されているように感じて、破れかけた殻にそのまま閉じこもってしまい、逆効果です。

 

「もっと成績UPしてほしい」「もっと学校に行ってほしい」の「もっと」は親から言われてではなく、子供が自ら感じてこその事です。もっと良くなってほしいと願う親の気持ちは当然の事ですが、それを抑えて、出来た事だけを喜んであげる事が、親の「もっと」を叶える近道である事を、忘れずに子供と向き合ってほしいと思います。

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