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赤ちゃんが人の表情を識別するメカニズム

表情を識別している赤ちゃん

小さな赤ちゃんはとてもかわいく、見かけると「かわいいね」と顔を見たくなりますよね。しかし、赤ちゃんはある程度成長するに従って、見たことのない人の顔を見ると泣いてしまう「人見知り」をするようになります。

 

赤ちゃんはどうして人見知りをするのでしょうか。赤ちゃんの顔認識について調べた実験がありますので、その実験を踏まえながら一緒に見ていきましょう。

 

赤ちゃんと表情

表情によるコミュニケーションは哺乳類全般にも見られるもので、社会を構成するのに重要な要素です。表情によって様々な情報を伝達することも出来、また、人間関係の緩衝材にもなります。

 

表情は個体と社会の維持のために必要な基本的能力とも言えます。それほど重要な能力である表情は学習ではなく、生まれつき表出することが出来る能力なのではないでしょうか?

 

発達心理学者ローゼンスタインたちは生後2時間の新生児を対象に実験を行いました。新生児の舌に苦い味や酸っぱい味の物質をのせ、どのような反応をするかを調べました。

 

すると、甘い味にはリラックスした表情、苦みや酸味には不快感のある表情といった、味に見合った表情を出すことが分かりました。この結果から、表情は生まれつき自動的に表出されるものだということが分かりました。

 

では、微笑みには微笑みで返したり、怒りや哀しみの表情の人を避けたりといったような、表情に対する反応も自動的なのでしょうか?表情に帯する反応や表情を読み取る能力も新生児期から備わっている能力なのでしょうか?

 

発達心理学者のフィールドたちによって、生後36時間の赤ちゃんが表情の変化に気付くかどうかの実験が行われました。赤ちゃんの目の前で女性が微笑んだり悲しんだり表情の変化を見せました。

 

すると、赤ちゃんは表情が変化する瞬間に特に注目したことから、生後数十時間の赤ちゃんでも表情の変化に気付くことができるということが分かりました。

 

フィールドたちは実験の際に、赤ちゃんが特に顔のどの部分に注目しているのかも合わせて記録しています。微笑みと悲しみの表情では口の周り、驚きでは目と口を交互に見ていました。赤ちゃんは表情において目立ちやすい特徴に注目しているのです。

 

ただ、この実験には問題がありました。赤ちゃんの目の前で表情を作ることから、表情の作り手の「こっちを見て」という意図が赤ちゃんに伝わってしまうことが考えられ、表情そのものに反応しているのか、表情の作り手の意図に反応しているのかが分からないという点です。

 

また、ヒトが表情を作ったのでは、機械のように全く同じ表情を作ることが出来ず、実験の度に表情が微妙に変わってしまうことも問題として挙げられます。

 

そこで、心理学者アーヘンズたちは絵の表情を使った実験を行いました。赤ちゃんが表情に合った適切な応答を赤ちゃんが示すことが出来るかを調べる事件を行いました。表情を正しく認識していれば、表情ごとに違った反応を示すはずです。

 

正しい反応を示せば、赤ちゃんは表情の意味を理解していると考えられます。しかし、この実験は赤ちゃんには難しかったようで、生後5ヶ月の赤ちゃんでは成功せず、生後8ヶ月でようやく怒りの表情に対して不快・回避といった反応を示すことが出来ました。

 

さらに、アーヘンズたちの実験にはもう一つ問題がありました。赤ちゃんは大人ほどはっきりと表情を表現できないため、赤ちゃんの表情を判定するのが難しく、実験する側に赤ちゃんの表情に関する知識が必要となる点です。

 

それに比べて、赤ちゃんの注視を調べるのは簡単です。見ているかどうかの判断だけになるので、誰でも行うことが出来ます。そのため、以降の実験では注視を基に実験が行われることになりました。

 

また、絵ではシンプルすぎて分かりにくいのではないかと考え、今度は演技の経験などのあるモデルにそれらしい表情を作って貰い、それを撮影した写真を使って実験が行われました。

 

赤ちゃんがどの表情を好むか調べるため、2つの表情写真を並べて見せ、どちらを好んで見るか調べました。

 

生後4ヶ月の赤ちゃんを対象に行った実験では、赤ちゃんは怒りや悲しみや無表情よりも、喜びや微笑みの表情を好んで見ることが分かりました。

 

ところが、乳児の脳計測の世界的権威であるネルソンたちが生後7ヶ月の赤ちゃんを対象に行った実験では、反対に微笑みよりも恐怖の表情を好んで見たのです。

 

微笑みはお母さんがよくする受容的で肯定的な表情な為、赤ちゃんが好んで見るのは当然と言えます。では、なぜ大きくなると否定的表情とも取れる恐怖の表情を好んで見るようになるのでしょうか。

 

これは、赤ちゃんの表情に対する経験によるものだと考えられます。大人は赤ちゃんに対して笑顔で接します。すると必然的に赤ちゃんが目にする表情は笑顔ばかりとなり、笑顔の表情から表情の学習が始まります。

 

やがて、赤ちゃんは笑顔に見慣れるようになります。反対に驚きや恐怖の表情はほとんど見る機会がないため、赤ちゃんにとって珍しいものとなります。赤ちゃんには見慣れたものよりも目新しいものに注目するという性質があるため、見る機会の少ない恐怖の表情に注目するようになるのです。

 

つまり、大きくなってから恐怖の表情を好むようになったのはそれが珍しく見え、微笑みや見慣れた顔には注目しなくなったのです。

 

発達的に見てみると、生後4ヶ月頃に顔の内部に注目できるようになり、生後6ヶ月頃には視力がある程度安定し顔のパーツを見ることが出来るようになります。ですから、生後7ヶ月頃に表情を見る経験が蓄積し始めていても不思議ではありません。

 

表情の区別はどの表情から出来るようになるのか?

赤ちゃんは人間の様々な表情のうちのどの表情から表情の区別が出来るようになるのでしょうか。心理学者ヤングブラウンが生後3ヶ月の赤ちゃんを対象に、慣れを手がかりにした実験を行いました。

 

その結果、微笑みと怒り、驚きと微笑み、驚きと悲しみの表情を区別出来ましたが、悲しみと微笑みの区別が出来ないことが分かりました。

 

赤ちゃんが区別出来るようになる表情には意味があると考えられます。表情は快・不快と覚醒・眠りの次元に分けることが出来ます。この軸を基に私たちは表情を判断していると考えられています。

ラッセルの円環モデル

 

3ヶ月の赤ちゃんが区別出来た表情のペアは、この図で見ると覚醒と眠りの軸の対極の位置に当たります。このことから、表情の区別はこの覚醒と眠りの軸から始まると考えられます。

 

この軸は表情の動きも表しており、眠りの方が表情の動きが小さく、覚醒の方が大きくなっています。それにより、両極にある表情は動きの大きさの違いをもとに区別しやすくなっています。

 

反対に悲しみと微笑みのペアは、両方とも眠りの側にあり、見た目にも違いが微妙でわかりにくいので3ヶ月の赤ちゃんでは区別出来なかったと考えられています。

 

この実験は一人の表情を区別させて行われていますが、実際の表情というのは人それぞれです。真顔でも微笑んでいるように見えたり、怒っているように見えたり、豊かに表情を表現できる人もいれば、表情の変化に乏しい人もいます。

 

表情が理解できるというのは、個々の顔や表情の作り方による違いを見分けて、表情に関する情報だけを見ることが出来るということです。

 

これを調べるためには、沢山の人が作った表情を見せて見分けられるか調べる実験が必要になります。その実験を行う為には、赤ちゃんが同じ表情の個々の微妙な違いそのものを認識できていることが前提となるため、それを確認することが必要となります。

 

つまり、同じ表情でも個々によって微妙な違いがあることを確認した上で、赤ちゃんは表情の分類が出来るのかを調べるのです。

 

そこで、生後3ヶ月の赤ちゃんに、曖昧なものから大げさに見えるものまで、様々なパターンの微笑みの表情を見せて実験を行いました。ネルソンはこの実験から、赤ちゃんは大げさな微笑みの方を好んで見ることを発見しました。

 

赤ちゃんが大げさな微笑みの方を好んだということから、いろいろな微笑みの表情を区別して見ることが出来たと結論づける事が出来ます。また、同じような実験から、生後4ヶ月の赤ちゃんは恐怖の表情を区別出来ることが分かりました。

 

こうした実験結果を踏まえて、沢山の人の表情を赤ちゃんが区別出来るかを調べる実験が生後7ヶ月の赤ちゃんを対象に行われました。ネルソンたちが行った実験では、微笑みの表情と恐怖の表情が区別出来るかを調べました。

 

実験に先駆けて、改めて赤ちゃんが様々な人の微笑みや恐怖の表情を区別出来ていることを確認し、その上で実験が行われました。

 

まず、赤ちゃんに3人の微笑みの表情を見せて慣します。すると赤ちゃんは、個々の微妙な表情の違いを無視して微笑みの表情そのものに慣れることが出来ました。その後、恐怖の表情を見せると赤ちゃんは恐怖の表情を区別することが出来ました。

 

次に、3人の恐怖の表情に赤ちゃんを慣してから、微笑みの表情を見せて区別出来るかの実験を行いました。すると、赤ちゃんは微笑みと恐怖の表情の区別が出来ませんでした。

 

同じような結果は他の実験でも確認されています。心理学者キャロンの実験で4人の微笑みと驚きの表情のモデルを使って、区別出来るかを調べた実験です。生後8ヶ月の赤ちゃんは微笑みと驚きのどちらに慣れても、表情を区別出来たのに対し、6ヶ月の赤ちゃんは微笑みに慣れたときは区別出来ても、驚きに慣れたときは区別が出来なかったのです。

 

なぜこのようなことが起きるのでしょうか?そもそもこれらの実験は、赤ちゃんの性質とその性質を用いて実験なため、対象に対して「本来の慣れ」つまり目新しさが同じであることが前提条件となります。

 

しかし、表情の区別の実験では赤ちゃんが生活環境において、自然となれているものが題材となるため結果がややこしくなってしまうのです。

 

特定のものを見せて慣し、テストで別のものを見せ、注視時間が長くなるかどうかで区別の有無を確認します。ですから、微笑みの表情のように慣れているものを「慣れ」で使い、恐怖や驚きの表情のように見慣れていないものをテストの時に使った場合、目新しさが際立ち区別がしやすくなります。

 

反対に、恐怖や驚きのように普段見慣れていないものに慣し、微笑みの表情のように赤ちゃんが元々慣れているものをテストに使った場合では、赤ちゃんは本来その表情にも慣れているため目新しく感じにくいため注視しないことから、区別が出来なかったという結果になってしまうのです。

 

赤ちゃんが表情を目にする頻度が異なり、珍しさや慣れに違いが出来るのは発達上自然なことです。さらに、このような現象は表情の見分けがつくようになり、好みの表情の違いがでてくる生後7ヶ月頃に起きると考えられます。

 

その時期を過ぎると珍しい表情に対する経験と、慣れた表情に対する経験が同じくらいになるため珍しいと感じる表情がなくなっていきます。生後8ヶ月の赤ちゃんがどちらの表情を使った実験でも区別することが出来た事からもそれが分かります。

 

表情認識には経験の有無が重要となります。虐待などの経験が表情認識の発達に深刻な影響を与えることを明らかにした研究もあります。

 

アメリカの心理学者ポラックたちが3歳から5歳の虐待を受けた子供と養育放棄された子供を対象に、表情を見る能力を調べた研究があります。

 

実験の結果、養育放棄された子供は表情を「悲しい」表情だと判断しがちになり、虐待された子供は表情を「怒り」の表情と判断しがちになることが分かりました。さらに、虐待を受けた子供は、悲しみや嫌悪の表情の区別が出来にくいことも分かりました。

 

養育放棄の子供は親の「悲しみ」の表情、虐待を受けた子供は親の「怒り」の表情を見る機会が多かったと推測されることから、目にする機会が多い表情に表情判断が影響を与えると考えられます。

 

さらに、表情認識の結果を比べたところ、虐待を受けた子供よりも養育放棄された子供の方が成績が低くなることが分かりました。これは、養育放棄された子供は親との関わりが少なくなり、表情に対する経験が少ないことが原因と考えられます。

 

表情がないことが与える影響はコミュニケーションや表情認識だけにとどまらないことが、フランスのパスカリスの研究室が繰り返し行っているお母さん顔を好むかどうかを調べる実験の結果からも分かっています。

 

本来、赤ちゃんはお母さんに接することが多いため、お母さんの顔を好む傾向にあるのですが、うつ状態のお母さんの赤ちゃんはお母さん顔を好む効果が出なかったというのです。うつ状態のお母さんは無表情になりがちですが、表情のない顔を赤ちゃんが見続けることは顔の学習や親子の結びつきを阻害する可能性があります。

 

産後うつは誰にでも起こりうるものであること、比較的多く見られることから家族や地域のサポートがお母さんのためにも赤ちゃんのためにも欠かせません。

 

表情判断には経験を積むことが大切です。赤ちゃんが経験を積む場所は家庭です。親子の繋がりは子供の情緒の発達は勿論、顔や表情の認識の発達にも重要なものです。

 

核家族化によるサポート不足が心配される現代ですが、より良い家庭環境・子育て環境の確保のために、家庭内・近隣住人・地域支援のサポート実現が必須だと言えるでしょう。

 

大人と同じような見方が出来ること・出来ないこと

赤ちゃんは顔周りの髪型などのわかりやすく区別が出来る部分や、顔の目立つ部分に注目して顔を見ています。では、赤ちゃんが大人と同じような顔の見方が出来るようになるのはいつ頃からなのでしょうか?

 

発達の変化が見られ始めた生後7ヶ月頃を中心として、大人の見方と比較を行いながら、出来ることと出来ないことを考えてみましょう。

 

大人は顔の表情と声色を結びつけています。微笑みには微笑みの声、怒りには怒りの声が結びつき、それと矛盾するような微笑みの顔に怒りの声の人を見ると不安になるなど違和感を抱きます。

 

こうした表情と声色の結びつきの認識も生後7ヶ月頃には出来るようになることが心理学者フィリップスの実験から分かっています。微笑みと悲しみの表情が一致しているものと矛盾しているものを赤ちゃんに示すと、赤ちゃんは一致しているものに注目したのです。

 

もうひとつ大人と同じ見方をしているのかを調べるために行われた実験があります。私たち大人は、逆さまになった顔は顔認識が難しくなります。これは、顔特有の認識ができているから起こる現象で、顔認識が未熟な赤ちゃんでは起こりません。

 

そこで、ネルソンは生後7ヶ月の赤ちゃんが逆さまの顔を認識するかどうか調べるために、まず微笑みと恐怖の表情を見せて恐怖の表情に注目することを確認した後、今度は同じ微笑みと恐怖の表情を逆さまにして見せました。すると、恐怖の表情に対する注目はなくなりました。

 

同じ実験で脳波の計測も行いました。恐怖の表情を見たときに1番強く反応を示し顔を認識していましたが、逆さまにすると脳波の反応が弱くなりました。これらの結果から赤ちゃんも逆さまの顔は顔だと認識することが難しいことが分かりました。

 

このように成長発達と共に大人と同じように顔を見ることが出来るようになってきている赤ちゃんですが、まだまだ出来ないことがいくつもあります。

 

1つは大人のように顔の一部分の特徴ではなく、全体の印象で判断することです。生後38時間の赤ちゃんは視力の発達が未熟であまりよく見えていないこともあり、目立ちやすい特徴で顔の表情を判断しています。

 

視力が徐々に発達してき生後6ヶ月でも、赤ちゃんは顔の目立つ部分で表情の判断をしていることが心理学者ホロビッツの生後6ヶ月の赤ちゃんを対象にした実験から分かっています。

 

ホロビッツは生後6ヶ月の赤ちゃんに、顔の部分を入れ替えた表情を見せる実験を行いました。赤ちゃんに驚き顔を見せて慣れさせた後、3種類の顔を見せて表情の区別がつくかを調べました。

 

赤ちゃんに見せたのは①通常の恐怖の表情、②驚き顔をベースに目だけ恐怖の表情の合成顔、③驚き顔ベースに口だけ恐怖の表情の合成顔の3種類です。実験の結果、赤ちゃんは①恐怖の表情顔と②目だけ恐怖の表情を驚き顔と区別しており、目の周りの変化によって表情を区別していることが分かりました。

 

もう1つは表情を肯定や否定といった意味カテゴリに分類して見ることが苦手だということです。心理学者ルーデマンは肯定的な表情(微笑み・赤ちゃんをあやすときなどにする驚いたように見せる表情)と否定的な表情(怒り・悲しみ)の表情をそれぞれ見た目にわかりやすい表情とわかりにくい表情を用意して赤ちゃんに見せました。

 

赤ちゃんは複数の肯定的な表情に慣れた後、否定表情を見せられ、肯定否定で表情を区別出来るか調べられました。複数の種類の表情に慣れたことによってわかりにくくなったのか、生後7ヶ月の赤ちゃんは区別することが出来ませんでした。

 

しかし、生後10ヶ月の赤ちゃんは、見た目にわかりやすい表情であれば否定と肯定を区別することが出来ました。否定・肯定の区別は生後10ヶ月頃に形成されると考えられます。

 

表情の根本的な情報は否定(回避すべき危険)と肯定(状況が安全であること)の結びつくため、生きていくために重要な情報となるため生まれつき区別出来るに違いないと研究者たちに考えられていました。

 

しかし、このように表情の区別の形成にはおよそ生まれてから10ヶ月という期間を要することが実験で明らかになりました。では、表情は実際に行動の判断指標になるのでしょうか?それを調べるために行われた「社会的参照」と呼ばれる現象の研究があります。

 

生後7ヶ月頃から、赤ちゃんはお母さんの顔色をうかがいながら周りの状況を判断するようになります。お母さんの顔色や表情を基に目の前の状況が安全かどうか判断しようとしているためです。

 

お母さんがリラックスしていたり、微笑んだりしていれば安全で、反対にお母さんが緊張したり不安げにした表情の場合は危険のサインとして次の行動の判断基準としています。

 

お母さんの表情によって本当に赤ちゃんの行動が変化するかギブソンの弟子のキャンポスとソースたちは実験を行い確かめました。ギブソンが発明した「視覚的断崖」と呼ばれる装置を使った実験です。

視覚的断崖の装置

 

「視覚的断崖」とは、断崖の上に硬質なガラスがはめられたもので、見た目には断崖に見えるものの、ガラスの上を渡ることが可能です。本来、高さを知覚できる赤ちゃんは、この崖の手前で断崖を渡るのを躊躇(ちゅうちょ)します。

 

しかし、お母さんの表情によってその後の行動が変わったのです。生後12ヶ月の赤ちゃんは、断崖の向こうにいるお母さんが不安げな表情をしていると、断崖を渡ろうとしませんでしたが、お母さんが微笑んだのを見ると、危険を無視して断崖を渡りだしたのです。

 

様々な実験結果から、経験が蓄積され始めた生後7ヶ月頃に表情を見る仕組みはおおよそ完成しているということが推測されます。また、この頃、情緒面や身体面の発達も活発となり、はいはいをし始める頃ということもあって、表情によるコミュニケーションは身に迫る危険回避のために重要なものとなり始めます。

 

実際的な必要性から、生後7ヶ月頃から表情の区別や、否定・肯定表情の判別などが急速に発達すると考えられます。

 

生物の身体的な男女差

赤ちゃんは微笑んでいる女性の顔を好んで見ることが多い傾向にあります。「うちの子、若いお姉さんが好きなのよ」という会話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

 

性別の判別というのは子孫繁栄のための基本能力として表情と同じく非常に重要な情報です。性別を識別できるようになるのは、表情を区別出来るようになるのと、ほぼ同じ頃です。

 

生物における男女の形態的な違いは性的二型と呼ばれます。動物ではクジャクの雄のように雄の方が鮮やかな姿をしているなど、身体的特徴から男女を見分けることが容易な生物も少なくありません。

 

では、ヒトに近い種ではどうでしょうか。たとえば、ゴリラとチンパンジーはヒトと同じ霊長類に属していますが、雌雄(しゆう)の体格差に大きな違いがあります。

 

ゴリラはシルバーバックと呼ばれる雄のボスが群れを率いており、シルバーバックは雌と種が異なるのではないかと思うほどの体格差があります。その一方でチンパンジーは雌雄の差はほとんどありません。

 

雌雄の体格差はその種のもつ社会的構造に関連があります。ゴリラは、一頭の雄(シルバーバック)が多数の雌を率いる一夫多妻制で、雌の交尾権は雄が独占的に持っているのに対し、チンパンジーは雌雄が複数いる集団社会で雌も雄の決定権を持っているため、基本的に乱交型です。

 

体格差には睾丸の大きさの違いが関係しています。動物行動学者でサルの研究をしている榎本知郎は、この2つの関係を検討し、睾丸の大きさはチンパンジーがゴリラを上回ったことから、チンパンジーは子孫を残すための競争を力ではなく、精神の量で行っていると解釈しました。

 

ヒトの睾丸の大きさはゴリラとチンパンジーの中間に位置するため、ヒト本来の婚姻形態もゴリラとチンパンジーの中間で緩やかな乱交であると予測できると榎本氏は話しています。

 

動物の中でヒトの男女差は中程度に位置することが分かりましたが、顔限定で考えたとき、男女の違いはどれくらいあるのでしょうか。化粧や服、仕草などの情報がなく顔だけでも男女の判別が出来るのでしょうか。

 

中央大学文学部心理学研究室の山口真美教授たちは、実験のために男性と女性の平均顔をCGで作りました。様々な顔の形態を平均化することで個体差をなくし、典型的な顔に作り替えた上で、性別の判別がつくかを調べるためです。

 

髪型の情報は除き、日本人の20代の男性・女性それぞれ26名の顔の色・形の情報をコンピュータに入力し平均化して、男性の平均顔、女性の平均顔を作りました。さらに、男女全員の情報から中性顔も作りました。

 

実験では日本人大学生に写真を1枚ずつ見せて、男女どちらに見えるか判断して貰ったところ、男女の平均顔はそれぞれ正確に区別されることが出来ました。しかし、年配の人や海外の人たちに見せると、判別は難しく、海外の人たちには男性の平均顔が女性に見えてしまうようで、文化の違いも顔の違いに表れていると考えられます。

 

顔の男女の区別の判断基準

年配者や海外の人は平均顔の男女の区別がつきにくかったのは、ヒトには自分と同じくらいの年齢で同じ文化圏の顔は区別しやすく、年の離れた顔や別の文化圏の顔は区別しにくいという法則があります。

 

これは、これまでにどんな顔を見てきたかという経験による影響が大きく、自分の国の自分と同世代のヒトの顔を見る経験が多くなりがちなことに起因しています。

 

ところが、年齢によって顔の特徴は変化します。第二次性徴が表れる頃になると男女の違いは明確になる一方、歳を重ねると皺やたるみにより、今度は男女の区別がつきにくくなります。

 

また、女性の場合世代によって化粧の仕方も変化するため、男女を区別するための手がかりは世代ごとに微妙に異なります。

 

同じ文化圏の人の方が区別しやすいのは、化粧の仕方はもちろん、人種によって体格なども異なることが影響しています。たとえば、アジア系の男性は、欧米系やアフリカ系に比べて小柄な傾向にあります。

 

「体格が小さく頬が丸く声が高い」といった子供に似た特徴を持つことを、生物学者モンタギューは「幼児化(ネオテニー)」と呼び、幼児化は女性とアジア系の人種によく見られるとしています。

 

アジア系の「幼児化」によって、女性よりも骨格が発達している男性が、子供歩区なることにより骨格の未発達な女性に近づき、結果としてアジア系の男性の顔が女性っぽく見られる原因に繋がっています。

 

山口真美教授は合成顔を使って、今度は日本人の男女の顔は顔のどんな特徴から区別することが出来るのかを調べる実験を行いました。男女の平均顔の間で目・鼻・口・輪郭といった顔の様々なパーツを取り替えCGで処理した合成顔を1枚ずつ大学生に見せて男女どちらに見えるかを判断する実験です。

 

実験の結果、眉か輪郭の入れ替えが影響を与えることが分かりました。眉が性別判断の鍵となっているのはアジア系特有の結果のようで、イギリス人を対象にした同じ実験では、眉の効果はこれほど表れませんでした。

 

眉のシンボル性が強いのは、幼児化と関係があり、アジア系の男女は骨格や形態的な特徴の違いが小さいため骨格以外の手がかりとして分りやすい眉を性別判断の手がかりとして使っていると考えられます。

 

さらに、アジア系の眉は色が黒いため顔の中で目立つため目につきやすい材料として、判断基準の手がかりになるという特徴もあります。

 

ここまでの実験は、日本人の顔を日本人が判別するという方法で行われました。では、顔を見る経験もバイアスもない第三者であるコンピュータに性別判断させた場合、どのような結果になるのでしょうか。

 

この実験では、男らしい顔男らしくない顔など様々な顔を準備し、顔の特徴を数値化してコンピュータに入力して、現実にいる様々な顔を、その特徴からどの程度正確に男女の区別が出来るのかを調べました。

 

年齢と人種は日本人の20代の顔に統一して実験が行われました。男女各50名の顔の眉・目・鼻・口・輪郭などの長さや角度といった情報を入力し、この情報から男女の区別を行うことが可能かを調べました。

 

この実験の結果、ヒトが判断したのと同様に、眉や口などの特徴から85%程度の確率で顔の男女を識別できることが分りました。イギリス人を対象にした同実験でも同程度の結果が出たことから、判断者の文化の違いを除いたとき男女分類の精度には人種差はなくなったことも分かりました。

 

今度は顔の男らしさ、女らしさを調べるために、男性平均顔、女性平均顔と、中性顔の間の色や形の差をそれぞれ二倍強調した男女の強調顔をCGで作りました。しかし、男性、女性それぞれの特徴を単純に強調しただけでは男らしさや女らしさは倍増しませんでした。

 

では、男らしさ、女らしさとは顔のどの特徴にあるのでしょうか。山口真美教授らは、さらに実験を続けました。先ほどコンピュータに男女識別させた20代男女各50名の顔それぞれの男らしさ、女らしさを20代大学生に評価させどんな特徴を持つ顔が男らしい、女らしい顔と判断されるかを調べました。

 

実験の結果、男性では骨格的な特徴、女性では顔の部分的な特徴と、男女で顔の男らしさ、女らしさの評価に関わる顔の特徴が異なることが分かりました。この実験で男らしい、女らしいと評価された上位10名を男女別に平均化し、男らしい平均顔と、女らしい平均顔を作りました。

 

女性の顔の場合は、上唇が薄く、眉山が外側にあり、繭の縦幅が短く、眉の面積が小さく、眉尻の下がっている顔が女らしい顔とされ、眉周辺が顔の女らしさの判断に関係していました。

 

男性の場合は、眉と目の間の距離が短く、顔の横幅に比して口が大きく、目と目の間の距離に比して顔の縦の長さが長く、目の縦幅に比して眉が長い顔が男らしい顔とされ、顔の輪郭や骨格に関係する特徴が男らしさの判断に関係しています。

 

赤ちゃんは顔の男女識別が出来るのか?

男女の顔の区別は表情の区別と同じく、個々の顔の違いを無視して分類することが求められます。さらに、大人の実験からも分かるように文化による違いも大きいことが分かります。

 

では、赤ちゃんの場合はどうでしょうか。日本人の赤ちゃんを対象に、個々の顔の違いを無視して男女の区別が出来るのかを山口真美教授らは実験を行いました。

 

この実験では、まず一人の男性もしくは女性の顔写真に慣れさせ、その顔と同性の別人と異性の別人の顔写真を見せて、区別出来るかを調べます。

 

赤ちゃんが顔の男女を区別出来る場合は、異性の別人は同性の別人よりも大きく異なって見え、反対に区別が出来ない場合は、同性も異性も等しく違って見えるということになります。

 

実験は、男女平均顔と男女強調顔を用いて行いました。赤ちゃんは男性平均顔もしくは、女性平均顔に慣し、その後、男性平均顔に慣れた場合は、女性平均顔と男性強調顔を見せ、女性平均顔に慣れた場合は、男性平均顔と女性強調顔を見せてテストを行います。

 

このとき、平均顔を用いるのには理由があります。慣れさせた平均顔と異性の強調顔の違いは同程度になるように、顔それぞれの特徴や色、形を調整して作っているため、男女のカテゴリという概念を知らずに見れば同じように感じるように出来ています。しかし、男女の性別の違いに注目することが出来れば、異性の強調顔だけが異なって見えるのです。

 

実験の結果、生後8ヶ月の赤ちゃんは顔の男女識別を完全にすることが出来ました。その一方で、生後6ヶ月の赤ちゃんでは男女識別が不十分で、男性平均顔に慣れるか、女性平均顔になれるかで結果が異なりました。

 

女性の顔に慣れた場合、テストで見せた異性(男性)の顔を同性(女性)の顔よりも長く見ており、性別の識別が出来ていました。しかし、男性の顔に慣れた場合では、テストの異性(女性)と同性(男性)を見る時間が同じになり、性別の識別が出来ませんでした。

 

この結果は、表情の区別の実験結果と似ています。微笑みと恐怖の区別と同じことが、顔の男女識別でも起こっているのでしょうか。だとすれば、赤ちゃんは男性と女性とで顔に対する慣れが異なり、男性の方が珍しいと感じているのでしょうか。

 

慣れの実験では特定のものに慣れ、その後テストで新しいものを見て珍しさを感じ注視時間が長くなることが必要です。

 

その観点から考えると生後6ヶ月の赤ちゃんはすでに女性の顔に慣れており、女性の顔に珍しさを感じなかったために、女性の顔に慣れ、テストで男性の顔を見た場合は、珍しさが際立ち、逆に男性の顔に慣れ、テストで女性の顔を見た場合、すでに女性の顔に慣れているため、さほど珍しさを感じなかったということになります。

 

このことから、生後6ヶ月と生後8ヶ月の違いを表すことが出来ます。生後6ヶ月頃に女性の顔に対する経験が先行して成立し、その後男性の顔に対する経験が後を追うように積み重ねられ生後8ヶ月頃に成立します。

 

男性の顔と女性の顔の不均衡は赤ちゃんを取り巻く環境を考えてみると納得がいきます。女性であるお母さんは、出産後、家にいて赤ちゃんのお世話をします。しかし、男性であるお父さんは働き盛りで家にいないことが多く、赤ちゃんと接する時間は少なくなります。

 

更に、お母さんが仕事へ行き、保育園に預けられることになった場合も、赤ちゃんに関わる保育士は女性の方が圧倒的に多く、赤ちゃんは男性に接する機会が少なくなります。そのため、赤ちゃんは男性の顔よりも女性の顔に対する経験の方が先行して積み重なり、成立するのが早くなると考えられます。

 

赤ちゃんは何故人見知りをするのか?

生まれて半年後の赤ちゃんの顔認識は経験に基づいて形成・成立するため、この頃の赤ちゃんの発達過程を調べることで、赤ちゃんがどのような経験を積んだかが分かります。

 

顔というのはそれだけで社会的な属性を示す刺激で、それを学習していく過程で社会との関わりを構築していくという意味でも社会的なものなのです。

 

人見知りという現象が起きるようになりますが、この人見知りというのも顔認識の発達に非常に重要なものです。

 

おじいさんやおばあさん、男性の顔を見て泣く子供が多いです。最近は若いおじいちゃんおばあちゃんも少なくはありませんが、そもそもお年寄りは、皺やたるみ、白髪などその形態が特徴的でお父さんお母さんとは大きく異なります。

 

核家族化が進む昨今、おじいちゃんおばあちゃんに接することなく育つ赤ちゃんも少なくはありません。普段から、おじいちゃんおばあちゃんの姿を目にすることが多ければ特異性は目立ちませんが、接することなく育った場合、特異性は大きく目立つこととなり、赤ちゃんが泣いてしまうのも無理ありません。

 

男性の顔はおじいさんおばあさんの顔ほど特異性はないものの、女性ばかりの環境で育った場合、女性にはないひげやごつごつした輪郭・骨格などが赤ちゃんの目に珍しく映ってもおかしくありません。赤ちゃんが見たことのない珍しいものを見て泣くというのが人見知りの基本構造です。

 

珍しいから泣くという人見知りは、珍しいから注目した恐怖の表情の実験とほぼ同時期に生じる現象です。ではなぜ、片方は泣くという拒絶の反応になり、もう片方は注目になったのでしょうか。

 

実はこの2つには大きな差異はなく、コインの裏表のようなものだと考えられます。珍しい顔を見て驚くということは同じですが、その時の赤ちゃんの気分や状況などで、たまたま注目になったり、拒絶になったりするのです。

 

気分が安心であれば注目、不安であれば拒絶になると考えられますが、その時の気分がどちらになりやすいかというのは、その赤ちゃんの性格によるところが大きいといえます。

 

人見知りの強弱は見たことのないものに対して動じないタイプか、拒絶反応を示すタイプかという生まれ持った性格に左右されると考えられます。

 

また、赤ちゃんの人見知りに影響を与える要員として、「社会的参照」が挙げられます。赤ちゃんの気分はお母さんがその未知のものに対してどういう反応を示しているかに左右され、お母さんの反応次第で赤ちゃんのその後の行動にも変化が現れます。

 

赤ちゃんの人見知りは顔だけでなく、声にも生じます。声と顔の情報は生後7ヶ月頃に一致するようになり、この頃から同一人物の顔と声をセットで認識するようになるため、聞き覚えのない声に対して人見知りが生じるようになります。

 

核家族化がこれ以上進まないように社会ぐるみで育児をすることにより、老若男女に関わるようになれば赤ちゃんの人見知りにも変化が現れると考えられます。

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