お父さんに使って欲しい子どもへの言葉

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子どもに好かれるお父さん

毎日忙しく子どもと一緒の時間をなかなか持てないと悩んでいるお父さんたちにとっては、わずか数分であっても子どもとやりとりできる時間は貴重なものです。そして、毎日ほんの数分間しか時間が取れなくても、それで自分の思いを子どもに伝えられたらどんなにいいでしょうか。ここでは、そういった場面で使えそうなさまざまな表現について見ていきたいと思います。

 

短くても子どもの心に響く言葉とはどんなものか

時に誤解している人がいますが、わりあい平易な表現でも、数分という限られた時間であっても、子どもの心に残るような言葉をかけ、人間としての成長を促すことはできます。親として自分の思いを伝えるためには何かスペシャルな表現が必要なわけでもありませんし、すごく長い時間子どもと一緒にいる必要があるわけでもないのです。

 

一番大事なのは、親が子どもにどういった気持ちを持っており、その心を言葉に込めることができるのか、という点なのです。

 

子どものことをほんとうに思ってかける親の言葉は、子どもに対していろんな効果をもたらすことができます。子どもは、親が語った言葉を知識として理解するばかりとは限りません。そこまでいかなくとも、ぼんやりと大まかに「何か大事なこと」という形で感覚としてとらえるようなやり方をすることもあります。別に国語の試験をしているわけではないのですから、それでも十分なのです。

 

親が子どものことを思い、そのためにかけた言葉は、子どもの心の成長を促す日の光のようなものです。数分間も必要とせず、たった一言でも思いを伝えることはできます。たとえ子どもと過ごす時間が短かったとしても、その短い時間の間に可能な限り多くのそうした言葉をかけてあげられれば、子どもは人間として成長することができます。

 

このように、いつも忙しくて子どもとなかなかじっくりやりとりできないというお父さんであっても、1日に何回か心のこもった言葉のやりとりをすることができれば、子どもはお父さんの存在を大きなものに感じたままで大きくなってくれることでしょう。

 

人生をよりよく生きるためには高い「自尊感情」が大事

人間が人生を生きていく上で力になってくれるものにはいくつかありますが、そのうちの1つに「自尊感情」というものがあります。自尊感情とは、自分には価値があり尊敬されるべき人間だと思える感情のことです。似たような表現としては「自己肯定感」というようなものがあります。

 

「自尊感情が高い人」というと「プライドが高い人」という誤解をしている人がありますが、これはそうではありません。プライドが高い人の中には少々からかわれただけで怒り出すような人がいます。これは実際には自尊感情が低いために起きてくる現象なのです。

 

一方、自尊感情が高い人は他人からの評価にそれほど左右されることなく、安定した感情を持っています。自尊感情が高いと困難に直面してもあきらめることなく忍耐強く努力することができますし、自分を大事に思えるぶん他の人のこともきちんと尊重できるようになります。

 

このように、高い自尊感情を持てた人は多少のことではビクともせず、世の中を堂々とした態度で渡っていくことができるようになります。これは人生を渡っていく上でものすごいプラスの財産となります。それだけ大事な自尊感情ですが、国際的な調査を行ってみたところ、日本人は他の外国人に比べて相当低い自尊感情の持ち主が多いという結果が出ているといいます。

 

親の言葉一つで子どもは自分を肯定できるようになる

育児に関する雑誌などで、子どもをこれから高度化・複雑化する世界において通用する人材に育てるには、といったような内容の特集が組まれているのをしばしば目にします。よく言われているのは、国際共通語としての英語力や、ものごとを論理的に捉えて説明できる力、どんな人とでもうまくやっていけるようなコミュニケーション力などですが、それよりも何よりもまずはこの自尊感情こそが大事になってくると考えられます。

 

グローバルな場面で日本人がうまくやっていけないという傾向が今実際にあるとするならば、その原因は英語力の低さや論理的にものを考える力の有無ではありません。むしろ、この自尊感情が低いということが決定的な要因になっているものと考えられます。

 

では、子どもに高い自尊感情を持ってもらうにはどう育てればいいのかですが、これはそんなに難しいことではありません。親が子どものことを深く愛し、子どもにそれをふんだんに注いであげるだけでいいのです。特に3歳前後までの乳幼児の時期には、厳しいしつけを無理に行うよりも、親がその子を愛しているということを子どもにも分かる形で表現することの方がよほど効果があります。

 

幼いころに親の愛情に包まれて育った子どもは、すべてのベースとなる自尊感情ががっちりと構築されていますので、その後のしつけもすんなりと進みます。反対に焦って厳しいしつけばかり行い、子どもの自尊感情がぐらぐらしているような場合は、しつけ自体にも悪い影響が及ぶ場合が多いものです。

 

古くから、「三つ子の魂百まで」と言ったりします。日本人が経験的に感じてきた、乳幼児期にどんな子育てをするかが大切という考え方を表したもので、3歳ごろまでに受けたしつけや教育、情操教育などによって作り上げられた性質や性格は大人になってもずっと影響を与えるというような意味の言葉です。3歳ぐらいまでの間に高い自尊感情を持つことができれば、それは成長してからも揺るぎない心のベースになると言えるでしょう。

 

子どもにどんなふうに愛情を伝えればいいか

毎日忙しく、時間的余裕がない中で果たして子どもに十分愛情を伝えることができるのか不安になったお父さんもあるかもしれませんが、これはそんなに難しいことではありません。いくつか具体的に例をあげて見てみましょう。

 

生まれてきてくれたことへの感謝を伝える

これは子どもが誕生日を迎えたときなど、特別の時に伝えると効果が高いやり方です。「生まれてきてくれてありがとう、おかげで僕は君のお父さんになれたんだよ」などと言われることで、子どもは自分がいることでお父さんお母さんが喜んでくれていると感じるようになります。そしてそれは子どもの自尊感情を高くします。

 

子どもは、お父さんははじめからお父さんだと思って生きています。生まれた時からそうなのですから当たり前です。こうした考え方がベースになって、親というのはすごいんだと考えるのです。

 

ところが、ここで自分が生まれたことでお父さんがお父さんになれたのか、ということに気づかされた時、子どもはものすごくうれしく感じます。自分は親の持ち物ではなく、親というものを作り出した一個の独立した個人なのだということを漠然と理解するからです。そしてそれが自分に価値を感じることにつながるのです。

 

「会うことができただけでうれしい」と毎日欠かさず言ってみる

毎朝、子どもに「おはよう」を言った後に続けて伝えてみましょう。「おはよう。今日も君に会えたことがうれしいよ」といった感じです。ちょっと照れくさいかもしれませんが、子どもは素直にそれを受け止めてくれるでしょう。そして、自分はただ存在しているだけで親を喜ばせることができるという感覚を得ることになりますし、親が自分のことをそれだけ大切に考えてくれているということも伝わります。

 

こんな言葉を毎日伝えるのは大仰だと思われる方もあるかもしれませんが、それは次の瞬間も今が当たり前に続くだろうと根拠なしに思い込んでいるからです。

 

世の中の出来事に目を転じてみて下さい。世界各地で、何らかの事件や事故が発生し、戦争やテロが起こり、病気が蔓延したりしています。考えたくもありませんが、自分が通勤途中に交通事故にあってしまうかもしれません。家族の誰かが通り魔にあってしまうかもしれません。子どもが階段から落ちて帰らぬ人になってしまうかもしれないのです。そうした不幸が絶対に自分や家族に起こらないと言えるでしょうか。

 

我々人間は誰しも、考えられないような幸運の積み重ねによってこの世に生を受け、そして毎日をつつがなく過ごしています。当たり前のことのようでいて、これはものすごい偶然のたまものなのです。そのことを忘れ、感謝の念を忘れてしまってはいけません。そう考えれば、子どもも、自分も、家族も、今日も無事何ごともなく生きている、ということはものすごくすばらしいことではないでしょうか。

 

つけ加えて言えば、日々手に職があり、食べ物に不自由せず、きちんとした住まいがあって家族全員でそこで暮らし安心して眠ることができる、というのは、日本に生まれた我々には当たり前に感じられることかもしれませんが、他の国について見たり別の時代を見てみれば、それは決して当たり前に得られるものではないということが分かります。

 

少し違う場所で生まれただけのことで、あるいは少し前の時代であったならば、食べ物が毎日手に入ることなど夢のまた夢で、いつ身近な人が死んでしまうか分からない、といった生活を送っていたかもしれないのです。

 

そう考えれば、毎日暖かい布団から子どもが目を覚まし、親の顔を見て「おはよう」と挨拶してくれる、それを心配せずに期待することができるというのは、それだけでものすごく幸せなことではないでしょうか。そういう人生を送れていると思った時に、すごく価値のあることだとは思えないでしょうか。

 

子どもに伝える「会うことができただけでうれしい」という言葉には、こうした幸せな気持ちすべてを込めるようにしましょう。毎日それを聞かされていれば、子どもは自分が親に大切に思われているということを感じ取って育つのみならず、同じような人生を送れることに価値を見いだすことができるようになり、何かに感謝するという気持ちを持ち続けることができる、そんな人に育ってくれると思うのです。

 

どんな時でも子どもの味方だということを宣言する

子どもが何かまずいことをしでかしてしまったり悪いことをしたことで叱った後、あるいは誰かに叱られた後に、必ずこういう宣言をすることをおすすめします。子どもが悪いことをした時にはきちんと叱ることはたいへん大事なことです。一方で、たとえどんなに悪いことをしでかしたとしても、誰が味方しなくなってもお父さんが子どものことを信じ、子どもの味方になる、ということをきちんと伝えるようにするのです。

 

これは、子どもがいい子でいないと愛さない、というような態度とは真逆で、子どものことを条件をつけずに信頼し、肯定する言葉になります。これは子どもの自尊感情を強力に下支えしてくれるものです。

 

そして、人間は信頼してくれている相手がいる時にそれを軽々に裏切ったりはしないもの。信頼してくれる親に悲しい思いをさせないようにしよう、という思いを自然に抱くようになります。親を悲しませるようなことをしても平気な子どもというのは、得てして親に信頼されていない環境下にあるものなのです。

 

子どもは親の宝だと面と向かって伝える

子どもが愛くるしく自分の腕に飛び込んできてくれたような時に自然に口をついて出れば効果満点です。「君は僕の宝物」などという言葉は、場面が違えばまるで口説き文句にすら使えそうですが、子どもは親が口にした言葉を真っ正面から素直に受け取ってくれます。ですから照れくささを感じる必要などないのです。

 

自分に子どもが何人いる場合であっても、この言葉は全員にかけて構わない言葉です。折に触れてこうした言葉をかけていれば、子どもが誰かに「君のたからものはなあに?」と尋ねられた時、迷わず「お父さんお母さん!」と答えてくれることでしょう。何か替えの効くモノではなくて、誰かとの関わりといったものを大事に感じてくれる暖かい人物に成長してくれるはずです。

 

子どもの顔を見ると疲れが取れる、ということをきちんと表現する

毎日職場から帰宅した時、家族団らんでリラックスした時など、子どもをだっこして抱きしめ、「今日は疲れたけどこうしてると疲れも吹き飛ぶなあ」などと言ってみましょう。やられた方の子どもは、親が自分を大切に思っているという感じを得るだけでなく、お父さんが自分のために毎日頑張ってくれているんだということも(漠然とでしょうが)感じてくれることでしょう。

 

とはいえ子どもは子どもですから、お父さんが疲れているからといって配慮してくれたりはしないかもしれません。しかし、心のどこかで何かしら尊敬してくれたり、感謝してくれるかもしれません。また疲れていることそのものは伝わるでしょうから、なんであればお母さんに使ってもいい言葉かもしれませんね。

 

仕事を頑張って疲れて帰ってきても、家族の顔を見るだけで元気が出る、という考え方に触れていれば、その子どももまた辛かったり嫌なことがあったような時には家族の顔を見て元気を出そう、という考え方をするようになります。人間を船に見立てるならば、家族がいわば「母港」のような存在になるわけです。帰ってくるための港がきちんと見えていさえすれば、人間は勇んで冒険に旅立つことができます。どんな困難に直面してもあきらめず、忍耐強く努力することができるようになるのです。

 

甘えてくるうちは存分に甘えさせる

最近の親の中には、子どもに自立して欲しいから、といって、早くから甘えを許さず、少し突き放すように子育てをする人がいるといいます。しかしこれはちょっと考えものです。

 

特に幼いころは、子どもは親から十分な愛情を受け取る必要があります。それによって子どもは自分が受容されているという感覚を得ることになり、心が満たされます。自立心が出てくるのはその後になるのです。心が満たされていないうちに突き放されると、子どもは寂しさを埋めたくて余計に自立心の芽生えが遅くなってしまいます。逆に存分に甘えさせてあげれば、心が満たされた子どもはそのうちに自分から親との距離を離すようになっていきます。

 

子どもが無邪気に親に甘えてくれるような時期はごくごくわずかな期間です。甘えてきてくれるうちは親も存分に甘えさせ、子どもが与えてくれる幸せを遠慮なく受け取って下さい。そうこうするうちに、子どもの心に変化が現れ始め、ほうっておいても自分なりの距離感を考えるようになってくるものです。

 

子どもの好奇心や発想力、実行力を伸ばすために

散歩で道を歩いていた時、子どもが突然道路標識を指さして、「どうして『とまれ』なの?」と言い出したとしましょう。親としてはどう答えるでしょうか? 「ここは交差点で、止まらないと車にぶつかったりして危ないから」などと答えたとしましょう。すると、子どもがこう言い返したとします。「危ないのは分かるけど、人にお願いしたいなら『とまってください』っていわないといけないんじゃないの?」

 

子どもの目の付けどころやものの考え方は独特で目新しいものがあります。それは、世の中の成り立ちを理解したいという好奇心であったり、大人が持っている「常識」の縛りにとらわれない柔軟な思考のもとになるものです。

 

にも関わらず、常識に縛られたがんじがらめの頭でしか親が相手をしていなければ、子どもが持っている独特なものの考え方に気がついてあげることができませんし、「これはこういうものなの!」であるとか「それが普通でしょ」などとやってしまったら、せっかく子どもに芽生えかけた好奇心や柔軟な思考を駄目にしてしまいかねません。

 

大人のように常識にとらわれていない子どもは、自分の周りの環境を見る時に先入観にとらわれることがありません。このため、何を見ても興味深く、ワクワクしたものに映るようです。それをスポイルしないようにするには、相手をする側の大人もなるべく常識や先入観から頭を解放するように心がける必要があります。

 

そのように注意していれば、子どもの好奇心や柔軟な思考力を発展させることができるばかりか、相手をしている親の方も、子ども時代になくしてしまった柔軟な発想力を取り戻すことができることでしょう。

 

子どもの「なんで?」に対してはまず一言褒めておく

子どもが往々にしてやりがちで、しかも親の頭を悩ませる行動に「なんで?」の連発があります。「なんで海や空は青いの?」であるとか、「夕焼けになるとお日さまが赤くなるのはなんで?」であるとか、ちょっと考えただけでは答えられないような難しいことでも平気で親に尋ねてきます。

 

これに対し、特に真面目なタイプのお父さんなどはきちんと答えを返さなければと思いがちです。しかし、いつでもどんな質問にも完璧に答えられるような人はいないでしょう。きちんと答えなければという思いが強すぎて、知らないことを聞かれて答えがあやふやになったり、果ては「そういうものなの!」などとごまかしてしまうようなことはしていないでしょうか。

 

親としては適当なことは答えられないと思ってしまうのかもしれませんが、子どものこういう質問に対してすべてきちんと正確な答えを返さなければならないわけではありません。もちろん正確な答えを返してあげるのは大事で、すべてそうできれば理想的ではありますが、それよりも大事なのは、そういうちょっとしたことに好奇心を持つことや、何かに興味を持つということそのものを育んであげることです。

 

従って、子どもから思わぬ質問を向けられた時には、すぐに考え込んでしまったりごまかしたりするのではなく、まずは一言、「なかなか目の付けどころがいいね」などと、子どもを褒めてあげてるのです。そうしてあげれば、親がその質問に明確な答えを返せなかったとしても、子どもは褒められたことに満足し、ますます自分の周囲に興味を持つようになることでしょう。

 

褒めた後は自分で調べさせ、必ず結果を尋ねる

子どもの質問に対してとりあえず褒めるのはいいとして、その後どう答えるかは悩ましいところです。子どもの方は親に聞けば何でも知っているはずだと無邪気に思っているかもしれませんが、実際のところ親が何でも知っているわけではないからです。

 

こういうとき、よくものの本などで言われるのが、適当な受け答えをするのではなくて子どもと一緒になって調べるようにする、ということです。確かにそれは効果がありますし、とても大切なことでしょう。可能なら、webでちょちょっと調べてあげるのではなくて、図書館にでも行って図鑑や百科事典などで調べてみせるとなおいいのですが、毎日忙しいのにとてもそんな時間はない、という方がほとんどかと思います。

 

そこでやってみて欲しいのは、子どもに自分で調べさせることです。しかも、「分かったらお父さんにも教えて」と続けることで、その意欲を長続きさせる仕掛けをするようにします。これならば忙しいお父さんであってもできるかと思います。

 

この時、何もヒントを与えずにただ自分で調べなさいとやってはいけません。例えば公園でよく分からない植物を見かけたのであれば、子どもに植物がたくさん載っている図鑑を渡して、「この図鑑に書いてあると思うから、自分で調べてみてね。で、分かったらお父さんにも教えて」と頼むのです。この、自分で調べさせる言葉の後に結果も教えてと頼むところにポイントがあります。

 

自分で実際にやってみると分かりますが、図鑑を使って何か分からないことを調べるというのは結構時間も労力もかかるたいへんな作業です。大人にとってもそうなのですから、移り気な子どもにとってはなおさらそうでしょう。そのときに、何も目標がないとすぐにあきらめてしまいかねません。そこで「分かったらお父さんにも教えて」と頼むことにより、調べてお父さんに報告するという目標を与えることができます。それだけやる気が続きやすくなるわけです。

 

その上で、しばらくしたらお父さんの方から「さっきのはなんて植物だったのかな?」といったように尋ねてみましょう。そして、結果の報告を受けたら、「~~っていう植物なんだね、お父さんも知らなかったな、ありがとう」といったように、子どもを褒めて感謝を伝えるようにします。

 

こういう体験を何度も繰り返していると、子どもは分からないことがあったら自分で調べるという自主性を育むことができ、ある程度のヒントを与えてあげれば自分でいろいろと工夫しようという意欲を出してくれるようになるでしょう。

 

どうでもいいようなことに気づいた時にも一言褒める

「お父さんお父さん、ドイツの国旗とベルギーの国旗って似てるよね」 子どもは、こんなふうにどうでもいいようなことに気がついては、親にそれを報告したがるものです。これに対して、「ほんとだね」程度の相づちで終わらせてしまうのは実にもったいないことです。ここはさらに、子どもが何かに気づいたということそのものを褒めてあげるようにしたいものです。

 

そうすれば、褒められた子どもは、「何かに気がつく」ということがいいことなのだ、というふうに考えるようになります。そして自分の周囲にあるものにますます興味を持ち始め、何かを観察する姿勢やものごとに気がつく洞察力、あるいは注意力といったものを育むことができます。

 

周囲に興味を抱くことで、その子どもが脳に受ける刺激は格段に変わってきます。子どもは大人とは違って「あたりまえ」といった感覚がまだありませんからなおさらです。脳に受ける刺激は多いほど子どもの頭の力が鍛えられますから、ぜひ実行してみてください。

 

いいことを思いついた子どもにはすかさず褒める

子どもと公園に散歩に行った時に、子どもがきれいな花を見つけて「お母さんに持って帰ってプレゼントしたい!」と言ったような時、そこで「なかなかいいこと考えたね」と返すことも重要です。自分の周囲にあるものごとに気づき、それをもとにして自分の行動に反映させるというものの考え方はかなり高度な部類に入る思考なのです。こういう思考は、逆に大人の方が苦手だったりするほどです。

 

すかさず褒めたのはいいとしても、実際には公園の花を摘んではいけなかったりすることもあるでしょう。それならばそれでも構いません。「この公園のお花は摘んじゃ駄目」といったようにすぐ駄目だしをするのではなく、まずはきれいな花に心を動かせる子どもの感性と、それをお母さんにプレゼントしたいという優しさをとらえて褒めること。それによって、子どもはみずみずしい感性や周囲への洞察力を育んでいくことになるでしょう。

 

子どもが悪戯を思いついた時には

子どもは好奇心が強く発想力が豊かであるために、時々あまりよくないことを思いついてしまうことがあります。そして、その思いつきを形にしたらいったいどうなってしまうのか、という誘惑に勝てず、やってしまうのがいわゆる悪戯です。

 

大人にしてみれば、悪戯は迷惑だったり腹立たしかったりするものかもしれません。しかし、悪戯そのものの結果はともかくも、悪戯をするに至るまでの創意工夫や、それを実際に形にした実行力などは評価できるものがあるといえます。そしてそうした能力はぜひ伸ばしてあげたいものでもあるでしょう。

 

しかしそんなことを言っても悪戯は悪戯、子どもはお母さんなどにこってりとしかられてしまっていることでしょう。そこでお父さんの出番になってくるわけですが、何かキラリと光るようなところがあるような悪戯や、創意工夫の力や実行力については、お母さんに内緒で子どもを褒めてあげるようにします。

 

ただし、悪戯をしたことで他人に迷惑を及ぼしたような場合にはどうしてやってはいけないのかをきちんと納得させなければいけないのは言うまでもありません。さらには、悪戯をした時にどんな結果が待っているのか、ということをそのケースからきちんと学ぶことができるように、子どもにとってのいい教訓となるように誘導してあげることも大事になってくるのです。

 

子どもがよいことをしたら大仰に褒める

「しつけ」というとどのようなものを思い浮かべるでしょうか。子どもが何かよくないことをしでかした時や、あるいはそういったことをしようとするのを止めて「駄目でしょ!」と叱りつけることを「しつけ」だと考えてはいないでしょうか。

 

子どもがよくない行動を取ったからといって、それに目くじらばかりを立てていると、子どもは自分が「駄目な子」だと感じるようになってしまい、自尊感情が低くなってしまいます。また、子どもが取るよくない行動は得てして、親が気にすれば気にするほど目立つようになるものです。

 

子どもによくない行動を取って欲しくないと思うのであれば、そうした行動に対していちいち注目するのではなく、子どもにとって欲しいようなよい行動に対して意識を向けようにするほうが効果的です。つまり、子どもがよいことをしたら、そのたびにオーバーに感じるぐらいに褒めてあげるといいのです。

 

子どもを褒めるには「すごい!」の一言で十分

大人とは違い、幼い子どものことを褒める時に技術など要りません。どんな時でも、「すごい!」でいいのです。何かをうまくやってのけ、子どもが得意そうにしている時など、とりあえずこの「すごい!」を連発しておけば子どもは嬉しく感じるものです。

 

この「すごい!」は何にでも使える便利な言葉です。子どもがなかなかご飯を食べようとしない時、一口でも食べたら「すごい!」と言ってみましょう。パジャマを自分で着れたら「すごい!」、玩具売り場で欲しい玩具をがんばって我慢した時にも「すごい!」と言ってあげればいいのです。

 

この「すごい!」は、親がこうしてほしいという方向に子どもを誘導するのにも利用できます。それだけでなく、たくさん駄目出しをするよりも、たくさん「すごい!」と言う方が、明らかに子どもはやる気を出して能力を伸ばしていくものなのです。

 

最高の言葉、「ありがとう」

子どものやることなすことに目を光らせ、細かく駄目出ししたり口を出したりするよりも、親が適切なお手本を示してあげ、さらに子どもに何度も「ありがとう」ということのほうが、子どものしつけはうまくいきます。この「ありがとう」という言葉はそれぐらいの威力を秘めた言葉です。それに加えて、「だからお父さんは嬉しい」という気持ちも添えて子どもに伝えることができるなら鬼に金棒です。

 

お手伝いや肩もみなど、子どもに自分が何かしてもらった時に「ありがとう」や「うれしい」というのは当然です。大事なのはそういうときではなく、子どもが何かいいことをした時に、それが自分には全く関係のない相手に対する行為であってもこの言葉を口にすることなのです。「お母さんのお手伝いをしてくれてありがとう。お父さんは嬉しいな」であるとか、「お友達に優しくしてくれてありがとう」というような具合です。

 

このように言われることで、子どもはお母さんのお手伝いをしたり友だちに優しくすることはいいことなのだ、ということを強く印象づけられます。そうなれば、そういったよい行動をさらに取ろうという気持ちが強くなっていきます。このように、「ありがとう」というポジティヴな言葉を使うことは、「お母さんの邪魔をしちゃ駄目」と言ったり「お友達に意地悪をするのは駄目」というネガティヴな言い方を使うよりもずっと効果が高いのです。

 

子どもが失敗した時にはよかった部分をクローズアップ

例えば、子どもがボールを投げようとしているのにあまり上手に行かない時、あるいはお片付けをするのはいいけれどもきちんと片づけられなかったような時、親としては思わず「そうじゃなくて、こうやって」であるとか、「そんなやり方じゃ駄目!」などと言ってしまいがちなものです。しかし、正しいやり方を教えてあげたい、という親の気持ちはよく分かるのですが、あまり叱ってばかりだと子どもはやる気を失ってしまいます。

 

子どものモチベーションを維持するためには、うまくいかなかったところに目を向けるのではなく、まずうまくやれた部分に目を向けて、それを褒めることです。うまくいったところを褒めた上で、うまくいかなかった部分についてのアドバイスをするようにするといいでしょう。

 

何かをしようとした結果うまくいかずに失敗してしまったような時でも、子どもがうまくやっていた部分などに言及して、結果は失敗したけれどもその点はよかった、ということに思い至らせてあげれば、子どもはもう一度やってみようという気になります。そうやって、子どものやる気を維持することも親の大事な役割だと言えるでしょう。

 

子どもが成長したように感じたらそこを褒める

大人でもそうであるように、子どもであっても自分が成長した点を褒められればいい気分になるものです。そして、頑張ってもっと成長したい、という意欲がわいてくるものです。

 

ですから、何かできなかったことが一人でできるようになった時や、下の子に優しく接することができたような時のように、子どもが成長したなあ、と感じたならばそれを本人に伝えましょう。このとき便利な言葉としては、「お兄ちゃん/お姉ちゃんになったなあ」というフレーズを使うといいでしょう。

 

気持ちにより添えば、子どもの心は強くなる

子どもを心の強い子どもに育てるにはどうすればいいでしょうか。こういう質問をすると、我慢できる子に育てれば心も強くなるという人がいますが、これは間違いと考えられています。心の強い子どもに育てるには、まずその子どもの心が満たされていることが大事になってきます。両親から愛されていると常日頃から感じているかどうか、そして、自分を大事にできる自尊感情の高さが育まれているかどうかが非常に重要なのです。

 

また、辛いと感じた時やくじけそうだと感じた時に、常に子どものことを支えてくれる人がいるということを実感できているかどうかも大事になってきます。「子どものことを支えてくれる人」というのは、子どものために何かをしてくれる人という意味ではなく、子どもが感じている辛さ苦しさに寄り添い、応援し、共感を示してくれるような人のことです。

 

そういった人を常に身近に感じている子どもは、どんな状態になってもくじけることがありません。自らの力で頑張ってみようと思うものです。逆に、誰にも助けてもらえないと感じている子どもは、そうした不安を解消しようとして誰かに頼ろうとばかり考えるようになります。

 

相手の境遇に共感を示し、親身になって寄り添うというのは、女性は得意ですが男性は割合苦手としている場合が多いように思われます。辛がっていたり困っているような人を目にすると、何とかして助けようという具合についつい考えがちなのが男性です。そして、自分で直接何もできないとなった時には、共感を示すというよりもあきらめてしまいがちです。このため、お父さんが子どもの辛さ苦しさに寄り添って共感を示す、というのは、簡単なようでいて結構難しいものです。

 

では、子どもに共感を示すにはどうすればいいのかですが、実はそんなに難しいことではありません。子どもが困っていたり悲しんでいたら、解決策を与えるのではなく、その困った、悲しい、という感情を共有するだけでいいのです。もっとわかりやすく言えば、一緒になって困ったり悲しんだりするだけでOKです。「ボク辛い」と言われたら、「そうだよなあ、辛いよなあ」と返すだけで十分。それが共感するということです。

 

人間というのは不思議なもので、自分が感じていることを他の人に理解してもらえるだけで再び立ち上がれるものです。心が折れそうに感じた時に共感してもらい、もう一度やり直してみる。それを何度か繰り返すうちに、困難な状況であってもそれをはねのけて前進できるような心の強さを身につけることができるようになります。

 

また、子どもが感じている辛さ苦しさに親が共感してやることで、子どもは強い心を身につけることができるだけでなく、優しさをも身につけることができるようになります。自分が辛いと感じた時や困ったと思った時に周囲から共感を示された経験のある子どもは、他の人が辛い苦しいと感じているような時にはそれに共感を示すのが当然のことと考えるようになるからです。

 

実際に何かをしてあげられなくても、相手の大変さに心を寄せることだけはできる、ということを自然に身につけて大きくなるのです。このように、心の強さと優しさというのはセットになっているものなのです。

 

子どもの辛さに寄り添って……「できるならお父さんが代わってあげたい」

子どもが病気になってしんどそうにしている時や、怪我をして痛そうにしている時。親ならば一度はできることなら代わってやりたいと感じたことがあるのではないでしょうか。しかし実際に代わってやることもできず、何もしてやれない自分に無力感を感じたような経験のある方も多いかと思います。

 

しかし、こういう時であってもできることがあるのです。それが、子どもの苦しみに寄り添うこと。見て感じたとおりに、「できるならお父さんが代わってあげたい」と子どもに向かって言えばいいのです。言葉とともに表情や仕草も添えて、子どもの苦しさを一緒になって感じているんだということをアピールしてみて下さい。

 

どうしても時間が取れない忙しいお父さんであれば、電話越しであっても構いません。たったそれだけのことでも、子どもは少し気が楽になります。お父さんの共感の言葉は、発した本人が思っている以上に効果を持っているものなのです。

 

安心させて、子どもの不安を一発解消

子どもが初めて泳ぎの練習をするとき、高いところに上ったとき、雷や地震で怖い思いをしたとき、怖い番組のせいで夜にトイレに行けなくなったようなとき、そんな時は、お父さんとしては「お父さんがついてるから大丈夫だぞ!」と子どもを励まし、安心させてやりたいものです。

 

そう言われれば、どうして大丈夫なのか、なんてことを気にする子どもはいません。もともと子どもは親を信頼するようにできていますから、お父さんが頼もしい様子を見せて言い切りさえすれば問題なく安心するものなのです。

 

何があっても、お父さんが付いているから大丈夫だと感じることができれば、子どもはそれをベースにいろいろな怖さや不安といったものに対抗する力を得ます。そして、何度かそうやって怖さや不安に打ち勝つたびに、もしかしてお父さんなしでも自分一人で大丈夫かもしれない、という気づきを得ていきます。そうやって、怖さや不安に打ち勝てるように育っていくのです。

 

子どもがへこんでいる時には、「小さいころお父さんも苦手だったんだ」

泣いたら何でもしてもらえた赤ちゃんのころとは違って、少し大きくなると子どもは自分の思い通りにならないという経験をたくさんすることになります。欲しいものが買ってもらえなかった、かけっこで負けてしまった、跳び箱が跳べなかった……などなど、思い通りにならなかったことを受け容れるにはさらに時間がかかるものです。

 

そんなふうにしてへこんでいるところに、「何でも自分の思い通りになるわけないでしょ」などと諭してみても意味がありません。そういう時には、へこんでいる子どもの気持ちに寄り添うだけでなく、「小さいころお父さんもそれできなくて、くやしかったんだ」などと体験談を話してあげると効果があります。

 

話す内容は、昔子どものころに思い通りにならず、悲しい悔しいと思ったというまさにそのことを簡単にで構いません。ある玩具が欲しかったけどどうしても買ってもらえず悔しかった、であるとか、かけっこでビリになったのが悔しくて、誰も見てないところで毎日練習した、といったような話をしてあげればいいのです。そういう体験談を通して、誰しも思い通りにならないものがあるのだということを子どもは自然に学んでいくことになります。

 

間違ったことをした時には子どもに対してもきちんと謝る

子どもを怒鳴りつけたり、体罰を加えたりしても成長には役に立たないということが言われるようになって久しい世の中ですが、普段は理解していても、感情的になってしまったときなど、つい怒鳴ったり叩いたりしてしまった、などという親は多いのではないでしょうか。子どもが寝入ってしまった後で、あの時手を出したのはまずかった、などと後悔するのではなく、やり過ぎたと思ったときにはその場できちんと謝るようにしてみましょう。

 

子どもがやった悪いことは悪いことと教えつつも、(怒鳴ったり叩いたりといった)自分がしてしまった間違いについて、子どもに素直に謝るのです。そうすれば、子どもの傷ついた心にも効果があるばかりか、子どもはそこから大事なことを学び取ります。

 

親が謝ることで、子どもは親であっても間違うことはあるのだということを知ることになるほか、間違ったときにはたとえ相手が誰であってもきちんと謝ることが大事だということも学ぶことができるのです。親がきちんと子どもに謝ってみせていれば、その子どもは自分が間違ったと感じた時には相手が小さな子どもであってもきちんと謝ることのできる子どもに育ちます。

 

親が子どもに謝ったりしたら、子どもがつけあがって言うことを聞かなくなる、などと言う人がいますが、これは間違いです。間違ったときに謝罪するというのは勇気の要る行為ですが、親が示した勇気は必ず子どもに伝わります。むしろ、過ちがあったのに認めないという親のもとでは、子どもは正しいことをしなければならないという価値観を身につけることができませんし、親に対して不審を抱きこそすれ、尊敬の念を抱くこともないでしょう。

 

子どもが駄々をこねたら

玩具売り場などで、「買って買って!」などと言いながら横になり、買ってくれなければテコでも動かないぞ、といった態度を示す子どもの姿を目にすることがあります。こういった子どもの駄々こねは、忙しい親にしてみれば困った行いだと言えるでしょう。

 

しかしながら、一歩離れたところから観察してみると、あながち負の側面しかないというわけでもないように感じられます。見方によっては、子どもは自分の思いを通そうと必死で主張しているということにはならないでしょうか。駄々をこねるということは、言い方を変えれば、あきらめずに自己主張する気概を持っているということになります。

 

近ごろ、若者を評して「覇気がない」だとか「根性がない」、「あきらめが早すぎる」などというようなことがよく言われています。これはおそらく幼いころのしつけに原因があると考えられます。あれは駄目これは駄目と言われつけて育ったのではないかと思われるのです。何をするにしても駄目、駄目という家庭で育てば、子どもはものごとをあきらめることが習い性になってしまいます。そしてそれが高じると、最初から何かが欲しいという思いを抱かなくなるのです。

 

そう考えると、自分の子どもが駄々をこねることができるというのは、あながち悪いことばかりではないのかもしれません。駄々をこねられることそのものは困ったものですが、それだけの精神力や自己主張力を持っているのは間違いないからです。そして、その精神力や自己主張力は伸ばしてあげたい良い部分であるとも言えます。

 

そこで、子どもが駄々をこねた時には、それがうまくいかなかった時の悔しい気持ちにはきちんと共感を示してあげる一方で、何でも思い通りにばかりはいかないということをきちんと教えるようにすべきでしょう。そしてそこでもう一歩踏み込んで、子どもが自己主張をしたこと、その精神力を発揮したことについては褒めてあげるようにするのです。一見すると困った態度に見える子どもの駄々こねも、うまく使えば子どもの個性を伸ばすためのよい機会になると言えるでしょう。

 

子どもがよくないことをしたときの諭し方は

伸び伸びとした環境で育てることに勝る子どもの育て方はないわけですが、かといって、何もかも放っておけばいいというものでは決してありません。子ども自身に危険が及ぶようなことをしようとした時、あるいは、他人に迷惑や危険を招くようなことをしようとした時にはきちんとやめさせ、そういったことをしてはいけないと教え諭す義務があります。では、どういった表現を使って教えればいいのでしょうか。

 

怒った後は、心配したことをしっかり表現する

家の人の誰にも言わずに、子どもがどこかに遊びに行ってしまったというようなことはよく起こることです。先ほどまでその辺にいたはずの子どもの姿が見えない、家の中にいない、となれば、親としてはよくないことも想像して気が気ではなくなることでしょう。慌てて外に飛び出して、あたりを見回していたところ、近くの公園で子どもが遊んでいるのを見つけました。あるいは、子どもが泥だらけになって元気よく戻ってきました。ここでどんな言葉をかければいいでしょうか。

 

ほとんどの場合、「どこに行ってたの! 黙って出かけちゃ駄目でしょ!」という言葉が口をついて出てしまうと思います。短い時間とはいえ、子どもの姿が見えないことでいろいろと心配してしまったのですから、それも当然です。しかし、その後の対応が問題です。その後ずっとカリカリして怒ってばかりいると、子どもは単に怖いと思ってしまうだけで、親が本当に伝えたいことは伝わらずじまいになってしまいかねません。

 

こういう状況では、姿の見えない子どもを探していろいろと「心配」し、無事に見つかったことで「安心」し、それから「怒り」にとらわれる、という順番で気持ちが動くものと思います。このうち「心配」や「安心」は第一次感情と呼ばれる感情の動きであり、後に続いて吹き出す「怒り」は第二次感情と呼ばれています。つまり、子どもに対して本当はどう思ったかと言われれば、第一次感情である「心配」や「安心」がメインのはずなのです。

 

しかし、子どもに対して口にする言葉はどうしても第二次感情に突き動かされた「怒り」の言葉になりがちです。そして、それを聞かされた子どもは、悪いことをしたらしいという認識は確かに持つことになります。この例の場合、無断で家を出て遊びに行くことはよくないことらしい、という認識は得ることができます。しかし、それだけに終わってしまいます。

 

そこで、ただ怒るだけでなく、その後で「お父さんは心配したんだぞ」などときちんと伝えるようにしましょう。そういう言い方をされれば、お父さんは単に怒っているのではなくて、自分のことを心配に思ったんだな、ということが子どもにも伝わります。

 

そうなれば、子どもはさらに親に心配させてしまうようなことをするのは悪いこと、という認識も得ることができます。何も言わず遊びに行くということだけでなく、親に心配をかけそうなこと全般に対してよくないことだ、というより広い教訓を得ることにつながるのです。

 

自分を主語に据えて、悲しく感じているという表現を使う

子どもがよくないこと、例えば他の友だちに危険が及ぶようなことをしてしまったり、ほほえましいとは言えないような嘘をついたりといったことをしてしまうことがあります。こういうときにも、単に叱るのではなく、もう一歩踏み込んで言葉を伝えておく必要があります。

 

こういうことを子どもがしてしまった時には、それを単純に禁止するだけでは似たようなことをまたしてしまいかねません。ここは子どもの良心を刺激して、自分がほんとうに悪いことをしてしまったんだという反省の念を抱かせる必要があります。そしてそのために効果があるのが、「お父さんは悲しい」というような言葉です。

 

子どもが悪質なことをした時、「もう絶対にそんなことをしちゃ駄目だ!」と叱りつけるのは簡単です。しかし、それに「君がそんなことをしたのでお父さんは悲しい」と言ったように、親自身を守護に据えて悲しみを伝えるようにすると、子どもは親を悲しませてしまうようなことをしたんだと深く反省することになります。単に叱りつけるよりもよほど効果が高いのです。

 

子どもを幸せにするために大事なこととは

子どもを育てている親が、その子どもに願うことといったらたった一つ、子どもが幸せになって欲しいということではないでしょうか。どのようにすれば、子どもに幸せな人生を手に入れてもらえると思いますか?

 

ここで大事なのは、幸せは「手に入れるもの」ではなく、「感じるもの」だということです。例えば、ある子どもが大人になってから経済的・社会的に成功し、裕福な人生を送れるようになったりひとかどの人物になれたとしても、そのことを幸せであると感じることができなかったとしたらけっして幸せになることはできません。

 

大事なのは、どうやって子どもを幸せにするかではなく、どうやって子どもを幸せを感じられる人にするかです。自分の人生の中に幸せを見つける感覚の鋭さを持っていれば、その人はちょっとしたことにでも幸せを感じて生きていくことができるでしょう。他の人から見たら何でもないことであっても、そこに幸せを見いだすことができるようになるのです。

 

メーテルリンクの代表作に「青い鳥」という作品があります。2人兄妹のチルチルとミチルが、幸福の象徴である青い鳥を探しに行くという物語。この物語の中で、二人は「思い出の国」「夜の宮殿」「未来の王国」などを旅しながら、そこで「幸福の精」や「喜びの精」と顔を合わせることになります。そして二人からはじめましてと挨拶された「幸福の精」や「喜びの精」は、僕たちはいつだって君たちの周りにいるんだよと笑うというくだりがあります。

 

このくだりが表しているように、人間というものは、自分の近くにいつも幸福や喜びを抱えているのに、それに気づけていないものです。そして、それに気がつくことができるようになるためには、ものごとに感謝する、といった経験をよりたくさんすることが一番ということです。

 

アメリカ先住民のある首長が語った言葉に、「朝起きたら、太陽の光と、おまえの命と、おまえの力とに、感謝することだ。どうして感謝するのか、その理由がわからないとしたら、それは、おまえ自身の中に、罪がとぐろを巻いている証拠だ」という言葉があります。

 

人は、ものごとに感謝できるほど、幸せだと感じることができるようになります。そうした力を持っていれば持っているほど、人生を幸せだと感じながら過ごすことができるようになります。自分の子どもに幸せを感じる力をたくさん持たせること、それは一番の子育てだと言えないでしょうか。

 

まずは毎日の衣食住に感謝する

日々きちんと三度三度の食事を取れるということ、毎日暖かい布団の中で眠れるということ、常に暖かい衣服を着ることができるということ。こうしたことは、ともすればそのありがたみを忘れてしまいがちなことがらです。大人でさえも当たり前だと感じ、時折忘れてしまうのですから、子どもがそうしたありがたみを感じることができないのもある意味では当然なのです。

 

毎日快適な衣食住にきちんとありつくことができるということを、当たり前のことだと感じてしまっているのはもったいないことだと言えます。それをありがたいことだと感じ、感謝をすることができれば、子どもが感謝を覚える機会を格段に増やすことができるからです。

 

子どもに毎日の衣食住を感謝させるためには、まずは親がお手本を見せることです。毎日ご飯を食べる時に「今日もご飯が美味しいね」と子どもに話しかけてみてはどうでしょうか。夜寝る時に、「ふかふかの布団で寝れるのは幸せだよね」と言ってみてもいいでしょう。まずは親がそうしてみせることで、子どもの心にも自然とそうした感謝の心が芽生えるのです。

 

周囲のさまざまなことに幸せを見いだす

毎日の衣食住以外にも、自分の周囲にあるさまざまなものに幸せを見いだすことができれば、たくさんの幸せに囲まれた人生を送ることができるようになります。

 

例えば、よく晴れた日に空を見上げれば、美しい青い色が目に飛び込んできます。さわやかな風が吹いていれば、何ものにもかえがたいすがすがしさを味わうことができます。小鳥の鳴く声に耳を傾けていればこちらの気分まで軽くなりますし、雨が降ったら降ったでそのときにしか味わえない風情を目にすることができます。

 

こうしたことは、毎日の暮らしや仕事に追われるようにしているうちにはなかなか気づくことができないようなちっぽけな幸せかもしれません。しかし、アンテナさえ鋭くしておけばいつもこうした幸せに囲まれていると感じることができます。せめて、子どもと同じ時間を過ごす時ぐらいは、こういったちょっとした幸せを感じ取ってみるようにしてはどうでしょうか。

 

こうした幸せを感じ取ろうとするだけでなく、そのことを口に出して子どもと共有してみましょう。そうすれば、子どももこうしたちょっとした幸せに目を向けることができるようになり、さまざまなものに感謝して暮らすことができるようになってくれるはずです。

 

その日嬉しく感じたことを教え合う

自分の身の回りにある小さな幸せを感じ取り、それに感謝できる心を育てるために、楽しいと感じたこと、うれしかったこと、幸せだと思ったようなことを、家族で毎日教えあってみてはどうでしょうか。

 

さわやかな風を感じた、幼稚園で発表したら褒められた、夕焼けがきれいだった、おやつや晩ご飯がすごく美味しかった、さっきの番組は面白かった、お友だちからプレゼントをもらって嬉しかった、などといったほんのささいなことで構いません。毎日家族でそれぞれに小さな幸せを列挙していくことで、自分の周囲に溢れている幸せを見つけるアンテナを鋭くすることができ、またそれに感謝する心を養うことができます。

 

またそればかりか、子どもの話す内容を聞いていれば、今どういったことに興味関心があるのかということを把握することができるという副次効果が得られます。子どもを寝かせる時に、ほんの数分でいいので時間を取って、試してみてはいかがでしょうか。

 

子どもの心をつかめる強力な言葉とは

お父さんだけが子どもの心をつかむことのできる、短いながら強力な言葉があります。それは「お母さんにはないしょだよ」という一言です。子どもは何かを秘密にするということが大好きだからです。

 

子どもと公園を散歩している途中、ちょっとしたお菓子をあげて、「お母さんにはないしょだよ」と付け加えてみて下さい。こんな他愛のないことでも、子どもにとってはお父さんと何かの秘密を共有できたということで、ありきたりの散歩がものすごく楽しいことに変化するのです。

 

「秘密を共有する」と言っても、何もなにかよくないことをしなければならないというわけではありません。どんな些細なことでもいいので、「お母さんにはないしょだよ」とやってしまえばいいのです。散歩中に目立たない場所に咲いているきれいな花を見つけた、というようなちょっとしたことを、お父さんと子どもの二人だけの秘密にしてしまう、といった具合です。

 

とは言っても、子どもはそういった秘密をずっと内緒にしておくことはできないものです。たいていの場合、家に帰るやお母さんに向かって「お父さんにはヒミツね。実は……」とやってしまうのが関の山ですが、それはそれで子どもにとってはたいへん楽しい行為になるのです。このように、「お母さんにはないしょだよ」という一言は短いながらものすごい魅力を持った言葉ですので、時々スパイス的にちりばめてみてはいかがでしょうか。

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