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自分の子どもをありのままに見て子育てしよう

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仲良し親子

「自分の子どもについては、親が一番よく分かっている」と口にする親はたくさんいます。子どもが幸せな人生を送ることができるように、小さいうちからいろいろ手間を惜しまず接してきたのだから、それぐらい当然、という気持ちは分かるのですが、果たして本当にそうだと言えるでしょうか。

 

子どものことは親が一番よく理解している、という思い込み

子どもの学校の友だちの母親と話したとき、自分の子どもについて細かいところにもよく気がついてすごいですねと言われた、であるとか、教師と面談したときに、自分の子どもについて最近元気がないように見えるが、何か家庭であったのか、などと聞かれたりしてびっくりしたことはないでしょうか。

 

こうした経験は誰しも覚えがあるものではないかと思いますが、こうしたことを取ってみても、子どものことは親が一番よく分かっているというのは親の側だけの思い込みでしかないことが見えてきます。

 

どうしてそんなことが起こってしまうのかを理解するには、自分の立場に置き換えて見ればすぐに分かります。親であるという立場を脇に置いて、自分は家族に自分のあらゆる点をさらけ出しているかを自問してみて下さい。

 

ほんの些細なこと、例えば、子どもに好き嫌いはいけないと言っている手前大きな声では言えないけれど、実はネギが苦手で、食事にあまり使わないようにしているであるとか、やはり誰にも言っていないけれども、親戚のある人とはそりが合わないであるとか、ママ友どうしでおしゃべりするよりも自宅でゆっくり本でも読んでいる方が好きであるとか、そういったことの1つや2つは必ずあると思います。

 

自分が周囲に内緒にしていることがあるのであれば、子どもにもそうした面があって当然ではないでしょうか。

 

同じように、他の家族のことであっても、すべてを分かっているわけではないのではないでしょうか。一緒になってから何十年も経ってから、配偶者の意外な顔を知るというようなことはよく起こります。配偶者のことで分からないことがあるのに、子どもについては何でも知っているというようなことがあり得るでしょうか。

 

このように、たとえ自分の子どもであっても、自分が知らない意外な顔であったり、親が気づいていないような内緒の顔というものを持っているものです。そういった意味では、子どもについてだけは「親がもっともよく分かっている」と言い切ってしまうのは、考えようによっては少々危険を伴うことだと言わざるを得ません。

 

子どもをよく観察することで意欲を引き出す

現在のような少子化が進展する前の時代には子どもの数がかなり多かったため、親が自分の子どもに過剰な期待をかけるようなことは起きませんでした。しかし現在では少子化が進展して一家に1人か2人程度の子どもしかいないため、それだけ親から受ける期待の度合いも大きなものになっていると言えます。

 

高校どころか小学校や中学校から名門の学校に入り、一流の大学に進学し、大企業に就職して豊かで幸せな家庭生活を築き、最終的には自分たち親の面倒もきちんと見て欲しい、といったような大変な期待を小さなころからかけられている子どもは珍しくもなくなりました。そしてそうした期待に子どもたちは精一杯応えようと日夜努力しているのではないかと思います。

 

子どもにこのような期待をかけることが悪いわけではありません。期待というのは親からの愛情の裏返しでもありますから、親が我が子にそうした期待をかけるのはある意味当然のことです。しかしながら、親からみた期待を子どもに負わせる前に、まずは自分の子どもがどういう特徴を持った子どもなのか、ということはきちんと観察しておく必要があります

 

子どもは何を好み、興味関心の方向性はどこにあり、時間を忘れて没頭できるようなものはなんでしょうか。最低限これらの質問についての答えが分からないうちは、子どもがどういった道に進むのかについて結論を出すのは控えた方がいいと思います。例えば、仮に自分の子どもが理科や数学の成績がよかったとしても、人間の身体や生き物といったものに興味を示さない子どもを医学部に進学させたりするのはどうでしょうか?

 

また、子どもは多くの人の中で競争をすることを好むでしょうか。切磋琢磨できるライバルがいると俄然頑張るような性格でしょうか。あるいは、周囲を気にせず一人で地道に何かをしているような性格でしょうか。

 

これらの質問に答えが出ないうちは、子どもを進学塾に通わせるかどうか決めるのは早いのかもしれません。もし自分の子どもが競争を好まない性格をしている場合、進学塾のような環境、すなわち何かにつけ競争競争で他の多くの子どもたちと常に比べられるようなところに置かれたら苦しさばかり感じることになってしまうでしょう。

 

親とすれば、「うちの子ならできる!」と思いたいものです。そしてそう考えることには特に問題はありません。しかしながら、子どもに何かをさせる前にその性格をきちんと観察し、自分の子どもにより適したやり方をみつけてあげることもまた親の責務であると言えます。

 

子どもの教育を考える際、一番基本的なことは何かと言えばまずその子どもを観察することになります。できるならば、学校教育の現場でも子どもを個別にきちんと観察し、どんな性格や個性を持っているのかに合わせた適切な指導をして欲しいところですが、現在の学校の状況ではそれは望むべくもないと言わざるを得ません。逆に言えば、だからこそ親が自分の子どものことをきちんと観察する必要性があるとも言えます。

 

子どもを観察しろと言っても、起きてから寝るまでずっと見張っていろというのとは違います。遊ぶときには子どもは何をしているか、していると熱中するものはなんなのか、といったことにポイントを絞ってみていれば、子どもがどういった性格でどういった個性を持っているのかが必ず分かります。

 

その上で、子どもが自分から進んで取り組み、熱中してやっているものごとに気づいたなら、それを認めて褒めてあげることが重要です。そうすれば、子どもは自分がそれが好きで熱中できるということを自覚できるばかりではなく、親が自分のことをきちんと見ていてくれるという安心感を得ます。そしてその安心感が楽しさや自信といったものにつながっていき、最終的には何かを頑張ってやってみようという前向きさや意欲の発露につながっていきます。

 

このようにして自分から意欲的に取り組むようになると、周りからあれをやれこれをしなさいと言われて何かをした時よりも格段に何かを学び取る度合いが増します。親の願望や見得などで子どもを縛ってしまうのではなく、自分の子どもをありのままに見て、褒めて、認めるというやり方を通して子どもを導いてあげて欲しいと思います。

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