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TPOにあわせた振る舞いのできる子どもは頭が良くなる

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礼儀作法

一口に子どもと言ってもいろんなタイプの子どもがいて、行儀良い振る舞いがきちんとできる子どもと、そうした振る舞いがまるでできない子どもとがいます。こうした差はどんなことに基づいて現れてくるのでしょうか。

 

行儀良い振る舞いには頭のよさが現れる

その場の必要にあわせて行儀良い振る舞いができる子どもと、そうできない子どもがいたとして、なぜそのような差が出てくるのでしょうか。そう尋ねると、親や家族のしつけがいいんだろう、という声が聞こえてきそうです。子どもが行儀良く振る舞えるかどうかには確かにしつけがかなり大きな影響を与えるのですが、それ以外にも、実はその子どもの「頭の良さ」も大きく影響してくるのです。

 

「行儀良い振る舞いができる」と「行儀が良い」は同じことのようで実は少し違っています。「行儀が良い」というのはマナーや節度があり礼儀正しい状態を指す言葉です。「行儀が良い」子どもというのは大騒ぎしたりせず、言葉や行いの面でも下品さのない子どものことです。一方、「行儀良い振る舞いができる」というのは、場面や状況などに応じて礼儀正しい態度を取ることができるということです。つまり、「行儀良い振る舞いができる」子どもというのは、子ども同士の時ははしゃいでいても、友だちの親や先生などが来たらきちんと居住まいを正して挨拶ができるような子どものことになります。

 

どこが違うのか、という質問が出そうですが、「行儀が良い」だけの子どもは、子どもたちだけでいてもいつも礼儀正しく、まるでどこかのお貴族さまのような態度を崩しません。こういう子どもは保護者から見たら非常にいい子に見えるかもしれませんが、子どもたちの間ではあまりに堅苦しいので仲間の輪から外されてしまいます。

 

一方、「行儀良い振る舞いができる」子どもであれば、子ども同士の時にはきちんとうちとけてはしゃぐことができ、しかし必要な場面ではきちんとした行動をとることができます。こうした子どもは自分の置かれている立場をきちんと把握できるわけですから、「頭がいい」ということになります。

 

「行儀が良い」だけの子どもはイコール「頭がいい」とは言えません。なぜならば、その場面にふさわしい態度というのを適切に切り替えているわけではなく、どんなときにもただ礼儀正しいだけだからです。行儀が良いというのは大変大事なことですが、どんな人の間にいてもどんな場であってもそうした態度を崩さないというのは逆に問題とも考えられます。

 

仮にその子どもが上流階級の人としかつきあう必要がなく、周りには礼儀正しい人しかいない、というのであればそれでもいいかもしれません。しかしそうした状況は現実的ではありません。普通に一般社会で生きていくときにそんな態度を取っていたら、高慢ちきだとか、少し頭がおかしいんじゃないかなどといった評価をされかねません。

 

逆に、周りに行儀の悪い子どもたちしかいないような環境だからといって、その子どもまで芯から行儀良い振る舞いができなくなってしまったら、それはそれで問題です。

 

「行儀良い振る舞いができる」というのは、自分が置かれた状況に応じて態度を切り替え、いま必要とされている態度や行い、マナーといったものがどんなものなのかをすぐに見極め、使い分けることができるということです。これは優れた観察力があり状況判断に長けているということになります。この、観察力と判断力という2つの能力は、高度な学習を行う際にたいへん大事になってくる能力で、知性や頭の良さを決定づけるものです。

 

時々、いい大人なのにTPOにあわせた振る舞いができなかったり、言葉遣いがいつも粗野な人がいます。こうした人は教養に欠けるだとか育ちが悪いと言われたりしますが、行儀良い振る舞いのできない子どもは最終的にはこうした大人になると考えられます

 

このように、自分が置かれている状況をきちんと判断し、立ち居振る舞いをきちんとすることのできる能力は、その人の頭の良さや教養の高さ、育ちの良さといった要素が端的に表れる部分だと言うことができます。

 

行儀の悪い子どもは損をする

行儀良い振る舞いのできない子どもというのはやはり時々いるのが現状です。例えばきちんとした挨拶ができなかったり、目上の人に対してもまるで友だちに対するような言葉遣いしかできなかったり、何かを教わるときにふさわしい態度を示せなかったりする子どもは時々います。

 

こういう場合には、親も行儀をわきまえておらず、子どもが教わることができなかったのだろうと思ってしまいます。行儀の良さというのは基本的に家庭でのしつけでしか身につかないものですから、教わる機会に恵まれなかったという意味でこういった子どもはかわいそうだと言えるでしょう。

 

また、ピアノ教室などの芸術的な習い事の場合、行儀が悪かったり礼儀がなっていない子どもに対しては必要以上にものを教えない、といった先生が多いともいいます。よほど天賦の才に恵まれているでのもない限り、必要以上の部分まで先生が踏み込んで教えてくれるかどうかというのが行儀や礼儀の善し悪しにかかっているとなれば、やはり子どもが行儀良くできるかどうかで大きな差が出てくると言わざるを得ません。

 

子どもが行儀良く振る舞えるにはしつけが重要

ではどうすれば行儀良い振る舞いができるようになるかですが、家の中でまで敬語を使うようにさせたり、下品な言葉遣いをする友だちとつきあうのをやめさせるようなことまでは必要ありません。

 

大事なのは、家にいるときや友だちどうしで話をしているときにはくだけた振る舞いや言葉遣いであっても、必要なときにきちんとした振る舞いや言葉遣いをすることができるように、いわばTPOに見合った立ち居振る舞いができるようにしつけをしておくことです。

 

とくに子どもが女子の場合、周りの子どもの態度に影響を受けやすいという特徴もありますので、こうしたしつけをきちんとしておくことはたいへん大事になってきます。そのようにきちんとした態度が取れるような子どもは観察力や判断力が磨かれ、頭の良さにもつながっていきます。

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