赤ちゃんは音をどう知覚しているのか?
生後まもなくの赤ちゃんは、お母さんや周囲の大人が話すことの意味が分かっていません。そのため、話し声を音楽を聞くようにメロディーとして聞いています。そして成長するにつれて、そこから単語を切り出し、文章としてつなげ、話し言葉として意味を理解するようになっていきます。そうした過程で、赤ちゃんが音というものをどんなふうに知覚しているのかについて見てみましょう。
赤ちゃんは赤ちゃん言葉が好き
赤ちゃん言葉というと、「まんま(ごはん)」、「ねんね(寝る)」といったような言葉が代表的なものとしてあげられるかと思います。日本語の赤ちゃん言葉を調べてみると、間に撥音(「ん」)、促音(「っ」)、音引き(「ー」)が入っている三拍ないし四拍の単語が多くなっています。例えば、「あんよ(足)」、「ぽっぽ(ハト)」、「ぶーぶ(車)」といったような具合です。
赤ちゃんに対して、このような「○ん○」、「○っ○」、「○ー○」というような形式になっている音と、「○○ん」、「○○っ」、「○○ー」のように似てはいるものの形式が少し違う音を聞かせると、興味深い結果が現れます。生後4ヶ月から6ヶ月の赤ちゃんでは、どちらの音でも差が出ないのに対し、生後8ヶ月から10ヶ月の赤ちゃんでは、赤ちゃん言葉の形式になっている方の音に長い時間反応するという結果が出たのです。
こうした研究から、赤ちゃんは生後6ヶ月ぐらいを境にして赤ちゃん言葉の形式になっている音を好んで聞くということが分かってきました。
また、更に細かく言えば、「○ん○」というような言葉については、生後6ヶ月未満の赤ちゃんであっても長い時間反応を示す割合が多いのに対し、「○っ○」というような言葉については、12ヶ月近くになっても反応を示さない割合が多いというように、赤ちゃん言葉の中でも差異が認められるということも分かってきています。
こうした差について研究することで、赤ちゃんの音声知覚がどのように発達するのかを解明することができると期待されています。
しかし、近頃の傾向として、親が赤ちゃん言葉をよく分かっていなかったり、きれいな日本語でないので赤ちゃん言葉で話しかけるのは良くないと考える親もいるようです。
健常に発達している場合、赤ちゃんに対して赤ちゃん言葉を使わずに育てたとしても問題は起きないと考えられていますが、赤ちゃんの発達にアンバランスがあるような場合には、赤ちゃん言葉を使わないで育てると問題が起きる可能性があるという専門家の意見もあります。こうした点から見ると、赤ちゃんにとって理解しやすく、また赤ちゃんが好きな音である赤ちゃん言葉を無理に遠ざける必要は特にないと考えられます。
赤ちゃんは「r」と「l」を聞き分けている!?
日本人が英語を学ぶ際、発音やリスニングでどうしてもうまくできないことの1つは、「r」と「l」の区別ではないでしょうか?この二つの音は、日本語には存在しないために聞き分けるのが難しいわけですが、生後まもない赤ちゃんは、どうやらこの二つの音を聞き分けることができているようなのです。
生後6ヶ月から8ヶ月の赤ちゃんと生後10ヶ月から12ヶ月の赤ちゃんに対し、次のような実験を行います。まず、お母さんに抱かれた状態の赤ちゃんに「r」の入った短い音(例えば“rake”など)を聞かせます。そうすると、赤ちゃんははじめのうちは音に反応してそちらをじっと見つめますが、何度か繰り返すうちに飽きてきて注意を他のものにそらします。
この、音のする方をじっと見つめた時間を測り、赤ちゃんが音に飽きてきて注意を向けなくなってきたら「r」を「l」に替えた音(例えば“lake”など)を聞かせ、反応に違いが出るかを測定します。
「r」の音から「l」の音に切り替えた時、赤ちゃんがどんなふうに注意を向けるかを見てみると、生後10ヶ月から12ヶ月の赤ちゃんは、注意を向けた時間に変化が生じなかったのに対し、生後6ヶ月から8ヶ月の赤ちゃんは、「l」に切り替えた時により長く注意を向けるという結果が現れました。
つまり、生後6ヶ月から8ヶ月の赤ちゃんは「r」の音と「l」の音を別の音として認識できていたのに対し、生後10ヶ月から12ヶ月になるとそれができなくなっているのが分かったのです。
どうしてこういったことが起きるのかについては、いまださまざまな説が出されている段階です。1つの仮説として、全体機構と分析機構という考え方があります。
生後まもない赤ちゃんは、ある音声を耳にしたときにそれをそのまま聞いて記憶に留めます(全体機構)。つまり、「r」の音も「l」の音にも分析を加えたりせず、それぞれ別の音として処理をするわけです。
一方で赤ちゃんが成長して生後12ヶ月近くになってくると、日本語の音の規則に従って耳にした音声を分析し、聞いた音を処理するようになります(分析機構)。「r」の音と「l」の音の間には音としては差異がありますが、日本語としてはそこは無視されますので、大人同様赤ちゃんも音を区別しなくなっていくのではないかということです。
このようにして赤ちゃんがどのようにして音声を言葉として認識していくのかを明らかにすることは、聴覚に障害がある人や言語障害のある人を治療する方法の確立に役立てたり、母国語以外の言葉を学習する際にどうすれば効果的に学ぶことができるかを考えたりするときに役立つのではないかと期待されています。