赤ちゃんに世界はどんな風に見えているのか?
赤ちゃんがニコニコと笑っていたり、私たち大人の表情を真似したりしているのを見ると、とてもかわいいと思いますよね。小さくてかわいい赤ちゃんは、いろいろな面で未発達のままこの世に誕生します。
それは視力も例外ではありません。見る力も未発達な赤ちゃんはどのくらい見えていて、どんな風に見えているのでしょうか。赤ちゃんを対象に行われたさまざまな実験を一緒に見てみましょう。
赤ちゃんはモノを区別して見ることが出来るの?
赤ちゃんがものを見ることに関する標準的な実験のやり方は、赤ちゃんの目の前にコンピューターのモニターだけを用意します。実験に集中できるよう、余計なものが視界に入らないように環境を整え、モニターも視界を遮るがごとく大きなものを用います。
そして、調べたいことを元に、様々な映像をモニターに映し、そのモニターを見ている赤ちゃんの様子をモニター下に隠してあるカメラで撮影します。その撮影された赤ちゃんの様子を手がかりに赤ちゃんの見る能力を調べる実験を行います。
赤ちゃんの実験に、「選好注視法」と呼ばれる実験があります。これは、赤ちゃんの好きなものを見つめるという性質を利用したもので、調べたい対象を2つ並べて見せ、どちらをより長く見ているか調べることで赤ちゃんの好んでいるものが分かります。
ですが、心理学の実験では、「赤ちゃんが何を好んでいるのか」ではなく、赤ちゃんの「区別できるもの」「区別できないもの」は何かということです。これは、前述の実験では、調べることの出来ないものです。
そこで、「赤ちゃんは目新しいものを好んで見て、見慣れたものには興味を示さない」という特性を利用した実験が考えられました。
まず、コンピューターに同じ絵を何度も映し出して赤ちゃんに見せ、赤ちゃんがその絵に見飽きて見なくなるまで繰り返すことによって、人工的に「慣れ」を作り出します。赤ちゃんが飽きて見なくなった頃に、新しい絵を映し出します。
赤ちゃんは新しいものに注目する性質があるため、新しい絵を見せて、新しいと感じた場合その絵に注目するはずです。新しいかどうかを判断できるためには、古い絵と新しい絵の区別が出来ていなければなりません。
この実験で赤ちゃんが新しい絵に注目すれば、古い絵と新しい絵の2つを区別することが出来たということになります。
ただし、この実験には大きな問題があります。赤ちゃんが新しい絵に注目したとして、それに新しさを感じたから注目しているのか、それとも好みのものだったから見ているのかが判別することが出来ないのです。
そればかりか、赤ちゃんが絵に注目してみているということ自体が赤ちゃんの行動からの推測にすぎない為、本当に注目しているのかさえ定かではないのです。
赤ちゃんの視力検査の方法
視力検査は、大人であれば、Cの形の図形を様々な大きさ・向きで見せて、そのCの隙間部分がどの方向を向いているのかを、どの大きさまで識別することができるのかを調べることで計測します。
ですが、赤ちゃんの場合この検査方法で調べることは出来ません。そこで、赤ちゃんの視力検査では、白黒の縞模様とこの白黒の調合によって出来る無地のグレーを用いて、行います。
白黒の縞模様とグレーの無地を並べて見せ、赤ちゃんがどちらを好んで見ているかによって計測します。赤ちゃんは、複雑な図が好きという性質を持っているため、無地のグレーよりも白黒の縞模様を好んで見ます。
そこで、縞模様の縞の太さを少しずつ細くしながら赤ちゃんに見せます。縞が細くなればなるほど、白黒の境は分かりにくくなり、グレーの無地と同じように見えるようになります。
赤ちゃんが縞模様を見なくなるということは、赤ちゃんにとって縞模様は見えなくなった為、見なくなったと推測することが出来ます。
この実験では、赤ちゃんの向かい側に検査者がいます。検査者からは赤ちゃんだけが見えるようにし、赤ちゃんが何を見ているのか、知らされない状態で赤ちゃんが左右のどちらを見ているかにだけ注目して検査を行います。
赤ちゃんに縞模様が見えなくなると、検査者の縞当ての成績も悪くなります。その成績を元に赤ちゃんの視力の限界値を調べます。
沢山の赤ちゃんを対象にこの実験と脳波検査による裏付けを元に、赤ちゃんの視力の発達について判明しました。
健康な赤ちゃんの場合、生まれてから生後6ヶ月までの間に急速に発達しますが、その視力は大人の0.2程度しかありません。その後、緩やかに発達し、4~5歳頃に大人並みの視力にまで発達します。
赤ちゃんの視力に関しては、明暗のコントラストも大きく関係しています。赤ちゃんはコントラストのはっきりしたモノでないと見えにくいのです。赤ちゃんのおもちゃに色のはっきりしたモノや、色味の強いモノが多いのはそのためです。
先ほどの検査で、視力とコントラストの関係も調べることが出来ます。縞の太さを細くしていくと共に、白黒のコントラストも少しずつ落としていきます。はっきりしないコントラストでどの細さまで見えるかを調べるのです。
その結果、月齢が上がるにつれて、1番よく見えるコントラストが、はっきりしたモノから徐々にぼんやりとしたモノに変化していきました。
生後6ヶ月頃に、1番見えやすいコントラストが大人と同程度のモノになりました。しかし、その時点でも、見える縞の太さは大人の約30~40%程度しかありませんでした。このような検査から、赤ちゃんの視力発達は生後6ヶ月頃がピークと考えられます。
また、先天性の白内障患者が生後6ヶ月で手術を行い、見えるようになっても、表情の違いなどによる顔の認識が苦手という、わずかながらも障害が残ってしまう事例もあることから、生後6ヶ月までのモノの見え方がその後の視力発達やモノの見方の形成に大きな影響を与えることが分かります。
視力発達のメカニズム
赤ちゃんは視力が悪いと考えられています。けれども、大人の目が悪いとは異なる理由で悪いと考えられています。というのも、赤ちゃんに眼鏡をかけたとしても、大人のように視力を矯正することは出来ないためです。
では、赤ちゃんの視力は何故悪いのでしょうか?4,5歳になるまで、視力が完全に発達しないことに関して、注意力の不足を指摘する見方もありますが、「見る」というのは単純な機能ではありません。見るメカニズムの発達から考えてみましょう。
私たちは、眼球を2つもっていますが、見える世界というのは1つだけです。右眼で見えた映像と左眼で見えた映像は脳で融合されて1つの映像として解釈されています。
このメカニズムには、眼球の構造が重要となります。眼球の中で最も重要な働きをしているのは、外界の光を受ける網膜です。この網膜に、ピントの合った光を送り届けるのがレンズである水晶体です。
水晶体は厚さを変えることで、光の屈折を変化させて焦点を合わせています。この水晶体の調節が上手く機能しないのが、遠視や近視で、水晶体の代わりに眼鏡やコンタクトレンズで調節を行っています。
赤ちゃんの眼球は小さいため、レンズの焦点が網膜の後ろで結ばれることになり、大人の遠視と同じ状態になります。水晶体の調節が大人並みの機能になるのが、生後4ヶ月頃だといわれています。
4ヶ月頃までに、勝手に機能が発達するのではなく、正常に発達するためには、見る経験を正しく積み重ねる必要があります。動物実験によって、この時期にピントの合わない眼鏡をかけ続けたり、見る経験が奪われたりすると、近眼になることが分かっています。
光を受ける水晶体の発達には4ヶ月と長い時間がかかります。しかし、光を受ける側の網膜の発達には更に長い時間がかかります。
網膜は、桿体と(かんたい)いう光が少なくても動くものの、細かな映像を神経に伝えることが出来ない細胞と、錐体(すいたい)という光が十分にないと機能しない代わりに、細かい映像を伝達することが出来る性質の異なる2つの細胞から出来ています。錐体は受ける光の波長が異なる3種類の細胞に分かれて色を伝達する役割もあります。
人間はモノを凝視する際に、眼の中心で見ようとします。これは細かな情報を伝達できる錐体細胞は網膜の中心に多く、桿体細胞は周辺に分布しているという網膜の性質に関係しています。錐体細胞の集まる中心の方が、細かな情報を見るのに適しているのです。
生まれたばかりの赤ちゃんの場合、錐体の発達は不十分で中心に密集しておらず、また、網膜の周辺の方が先に発達するため、赤ちゃんには眼の中心部分でモノを見るメリットはありません。
網膜の発達は遅く、3歳になっても中心部分の錐体は大人の半分程度にしか発達しないと考えられています。
網膜からの信号は中継点となる外側膝状体(がいそくしつじょうたい)を経由して、最終的に大脳皮質に送られます。外側膝状体は、情報を色・形と動きに分けて大脳皮質に送る働きをしています。この外側質状体が大人と同程度まで発達するのは9ヶ月、大脳皮質は11歳だと考えられています。
視力には脳の当該部位の発達が影響しており、赤ちゃんの視力の悪さの原因は脳の処理能力が未発達ゆえのものであるため、大人のように眼鏡をかけたところで、視力の矯正はされないのです。
赤ちゃんの眼球運動
モノを見るには、見たいところに合わせて両眼を動かすことが必要です。生後間もない赤ちゃんでも眼球を動かすことは可能ですが、大人のようにスムーズに動かすことは出来ません。
OKN(視運動性眼振)という眼球運動があります。視野を横切るように動く物体を見るとき、眼が進行方向に行っては戻るのを繰り返す運動のことで、動いている乗り物の中で外の景色を見ている時などに見られる眼の動きを指します。
このOKNは脳の発達と密接な関係にあります。夫婦で乳児の視野発達の研究をしているイギリスの心理学者アトキンソンとブラディックたちは、生後3ヶ月未満の赤ちゃんのOKNを観察しました。
片方の眼にパッチを当て片眼で実験が行われました。顔の外側から顔の中心に動く運動を見たときと、顔の中心から顔の外側に動く運動を見たときのOKNを比較する実験です。この2つの動きは脳の別々の経路で処理が行われます。
これは、網膜から皮質までの視神経の構造に関係があります。視神経は分岐しており、右眼で説明すると、顔の内側の映像は網膜の右側に入りそのまま外側膝状体を通って「皮質」に繋がるのに対して、顔の外側の映像は網膜の左側に入り、「皮質」と「皮質下」に繋がっています。
「皮質下」は進化的に古く、意識にのぼる前の行動を司り、「皮質」はより高度な認識や意識的な判断などに関与します。そして、新生児は「皮質」は働かずに、「皮質下」だけが機能していると考えられています。
アトキンソンの実験では、皮質下に入る働きのある顔の外側から中心へ動く時にだけOKNは生じ、皮質に入る働きのある顔の中心から外側への動きにはOKNが生じないことが分かりました。これによって、生後3個月未満では皮質が機能していないことを裏付けることが出来ます。
皮質下だけが働くというのはどういうことなのでしょうか。この時期の皮質下は、皮質の発達を促す役割があるという見方があります。皮質下は眼球運動を使って自動的に画像を眼の中心部分に持っていく働きをするため、この動きが成長中の皮質を刺激するのです。
イギリスの研究者マーク・ジョンソンたちによると、生後1ヶ月から2ヶ月の赤ちゃんでは、周辺視野に顔を見せると、顔と眼球を動かして中心で見ようとする動きを観察されると言います。
しかし、この時期の網膜は未発達で、中心で見ることに対して意味はありません。更に脳の状況からすると、何かを見ているという意識すらない可能性もあるのです。そういう意味では赤ちゃんのこの眼球運動は非常に不思議な動きなのです。
三次元世界に生きるための見る能力
「視力」は文字や数字・絵といった二次元世界を読み取るためには必須の能力です。しかし現実世界は三次元世界なので、三次元世界に適応して生活できなければなりません。
三次元世界というのは縦と横の広がりに、奥行きという広がりを加えた世界です。手を伸ばしてモノに触れたり、目の前にある障害物を避けたりといった無意識的に行っている行為は三次元世界の見えに関連したものです。
三次元世界の見えは、身近な危険の回避に関連しています。危険に関する場面での認識は、個体の存続に関わり緊急性が高いため、幼い頃から発達するのではないかと考えられてきました。
三次元世界への適応に着目した実験があります。夫婦共に有名なアメリカの心理学者のエレノア・ギブソンとウォークは、ビジュアルクリフと呼ばれる断崖の上に硬質なガラスがはめられたものを使って実験を行いました。
この断崖の手前に赤ちゃんを置いて、断崖を渡ろうとするかを確かめたのです。このような状況に置かれた場合、大人は当然少なからず恐怖を感じます。高層ビルなどの展望室などからガラス越しに地上を眺めるときにも、恐怖を感じることがあるでしょう。
断崖の手前にはネコやネズミ・ヤギなど様々な動物の生後間もない個体や、見る経験の効果を調べるために生まれてからずっと暗闇で育てられた個体が置かれました。この実験の結果、崖を見たことのないような赤ちゃんでも、断崖を渡ろうとはしませんでした。
ヒトは生まれてすぐには自分で移動できない上に、見る経験を奪って育てることも倫理的に出来ないため、生後6ヶ月頃になってようやく同じ検証を行うことができます。しかし、移動能力に依存した実験では、ヒトの見る能力の成立時期が正確に得ることが難しくなります。
そこで、ボールなどが自分に向かって飛んできたときに身体を反らしてぶつからないように避ける防御反応を利用して実験が行われました。ギブソンの弟子のバウアー達は目の前にボールがぶつかってくる状況を作り出し実験を行いました。
すると、生後1週間の赤ちゃんでも防御反応が見られました。しかし、この実験結果にギブソンの弟子でバウアーの後輩のヨナス達は迫ってくるボールの上側の輪郭線が膨らんでいくのを目で追った為に身体がそったのだと主張しました。
他にも生後1週間で三次元世界が見えることを疑問視する理由があります。そもそも映像を受け取る網膜自体が平たい二次元の世界なので、三次元世界は見るものというよりは、さまざまな二次元の映像を元に頭の中で作り出されるものといった方が正しいのです。
三次元を見る手がかりに「両眼視差」があります。両眼は右と左に離れているため、2つの眼から入る景色には微妙な違いがあり、対象と自分との距離が変わればこの差も変わります。
両眼視差は眼球をしっかりと一点に固定し、右眼と左眼を順番に手のひらで隠して風景を見ることで簡単に体験することが出来ます。目標となる風景を決めて目印として片方の指を風景に合わせて立てると右眼と左眼で微妙に異なる景色が見えるのが分かります。
遠景と近景では近いほど差が広がります。この映像の差から立体感や対象との距離が頭の中で計算されます。
両眼視差の成立をステレオスコープを使った実験でバウアーは生後1週間でもステレオスコープの立体映像に手を伸ばして反応することを発見しました。ステレオスコープとは、3D映画などを見るときに用いるもので、両眼視差を利用した右眼用と左眼用の映像を同時に流して、スコープをかけてみるとその映像が立体的に見えるというものです。
その一方で、ブラディックたちはステレオスコープで立体に見えるものと見えないものを見せたときの赤ちゃんの脳波を調べることでより厳密な実験を行いました。
すると早くて2ヶ月、通常で3ヶ月以降で、立体に見えるか見えないかで脳波に違いが見られるようになりました。両眼視差の成立には個人差があり、正確になるのは生後3~4ヶ月頃だと言われています。
両眼視差の成立には左右それぞれの眼の中心に上手く映像が入るよう両眼を上手く連動させる必要があります。より近くのものを見るときほど両眼は連動して内側を向くようにできていて、これを「輻輳(ふくそう)」と言い、だいたい生後2ヶ月ほどで正確に出来るようになります。
斜視はこの連動が上手く出来ない病気で、輻輳の障害が立体の見えに影響を与えることが、両眼視の発達研究の大家であるブリッチたちの実験で分かりました。
斜視の赤ちゃんに斜視を矯正する眼鏡をかけて、立体を見る視力検査を行ったところ、生後4ヶ月頃までは正常の赤ちゃんと同じ程度の成績だったのですが、生後4ヶ月を境に急激に悪くなっていきました。
このことから、斜視という特殊な眼球の動かし方の影響は、生後4ヶ月以降に現れることが分かりました。それ以降の立体の見えは眼球の動かし方に合わせて発達していくため、不十分な輻輳に合わせて見えるようになっていきます。
片眼だけを使って立体を見る手がかりに「運動視差」と呼ばれるものと、「絵画的手がかり」と呼ばれるものがあります。
「運動視差」とは、電車やバスなど動いているものから外の景色を見たときに、近くの景色の方が遠くにあるものより速く大きく動いているように見えることです。
赤ちゃんは運動視差を使って物体を区別することが出来るのか、スウェーデンの発達心理学者ホフステインたちの実験から見てみましょう。
赤ちゃんに3本の棒がある映像を見て慣します。この3本の棒は同じ距離にありますが、真ん中の1本だけ赤ちゃんの動きに合わせて左右に動くように作られ、運動視差によって真ん中の棒だけ遠くにあるように見せています。
次に、止まっている3本の棒の映像を2種類見せます。1つは3本とも同じ距離に置いたもので、もう1つは真ん中の棒だけ運動視差の距離に合わせて遠くに置かれた映像です。
運動視差で見ることが出来ていれば真ん中の棒が遠くにある映像と、先に見て慣された映像は同じに見えるはずです。反対に運動視差が使えなければ、すべての棒は同じ距離にあるように見えるため、3棒の棒が同じ距離に並んでいるものの方が、先に見て慣された映像と同じに見えるのです。
実験の結果、生後3ヶ月の赤ちゃんは真ん中の棒だけ後ろにある映像を慣れた映像と同じと判断しました。大人と同じように運動視差による距離感を元に映像の違いを区別することが出来たのです。
「絵画的手がかり」と呼ばれるものは、遠近法と同じで手前にあるものは大きく見え、遠くに行くほど小さくなるというものです。
「エイムズの窓」と呼ばれるだまし絵を赤ちゃんに見せて、この手がかりの見えを調べた実験があります。
「エイムズの窓」という絵は片側をつぶしたような、向かって右側の窓枠は小さく、左側の窓枠は大きく見えるように描かれたものです。大きい方が実際よりも近く見え、反対に小さい方は実際より遠くに見えます。
片眼の方がこの手がかりは見やすいため、生後7ヶ月の赤ちゃんの片眼にパッチを貼り、目の前にこの窓の模型を置きます。大小の窓はどちらも赤ちゃんから同じ距離になるように置きます。
すると赤ちゃんは、大きな窓枠の方を積極的に触ろうとしました。赤ちゃんは絵画的手がかりを元に、大きい窓枠の方が近くにあるように見え、触りやすく感じられたのです。
三次元世界を見る能力は現実世界に適応するにおいて必要不可欠な能力です。そのため、このような多岐にわたる手がかりを元に三次元世界を見ると考えられます。
距離や角度が変わっても同じモノだと認識できるのは何故?
世界の風景というのは刻一刻と変化しています。その上、私たちがほんの少し動いただけでも網膜に入る風景の映像の大きさや形は変わるので、静止したままモノを見続けることは出来ません。
網膜に映った映像は本来絶え間なく揺れ動いているはずですが、現実では映像が揺れ続けていることも、それで酔ってしまうこともありません。
これは「恒常性」と呼ばれるもので、眼に入った多様な映像を、意識にのぼる前に頭の中で補正する仕組みです。
眼に入るモノの大きさは、自分と対象物の距離によって変化します。近くにあるものは大きく見え、遠くにあるものは小さく見えます。しかし、だからといってモノそのものの大きさが変化したようには見えません。これを「大きさの恒常性」と言います。
モノを見る向きや角度によって、モノの形は変わります。しかし、変化した大半の部分を無視して、常に変わらないわずかな特徴からそれが同じモノであると判断して見ることが出来ます。これが「形の恒常性」です。
三次元世界を見るためにはモノは常に同じ大きさと形を持っていなければならないので、ヒトは外界を網膜に映った映像そのままに見るのではなく、その大きさや形を意識する前に脳で変換処理が行われているのです。
バウアーが行った「大きさの恒常性」の実験があります。まず、30センチ四方の立方体を赤ちゃんから1メートルの距離に置いて見せます。その後、距離を3倍の3メートルにして同じ立方体と距離の分大きさを3倍にした立方体を置いて見せます。
網膜に入る映像としては3倍の大きさにした立方体の方が元の立方体と同じように見え、元の立方体は3分の1の大きさになります。この実験の結果、生後2ヶ月の赤ちゃんは網膜上の大きさが同じに見える大きい立方体の方ではなく、違うように見えるはずの元の大きさの立方体を同じ立方体と判断することが出来ました。
新生児の実験で有名なスレーターによる実験で、大きさと形の恒常性が新生児でも存在することを示す実験もあります。
大きさの恒常性の実験では、同じ物体をさまざまな距離に置いて慣れさせた後、距離を変えた同じ物体と大きさの違う物体を見せます。すると赤ちゃんは大きさの違う物体を区別することが出来たのです。
形の恒常性の実験では、1つの物体を様々な角度で見せて慣れさせ、その後見たことのない角度で別の物体と一緒に見せました。この実験でも赤ちゃんは別の物体を区別することが出来ました。
恒常性の複雑さを調べるために実物と写真で恒常性の見えは異なるのでしょうか?現実世界である三次元世界に適応するために必要な恒常性は、二次元世界である写真に対しても同じように成立するのでしょうか。
発達心理学者のクックは3ヶ月児を対象に、実際の物体と写真に撮った物体を見せて、慣れるまでにかかる時間の比較実験を行いました。
まずは実際の物体を、慣れの間同じ方向で見せ続けた場合と、方向を変えて見せる場合とで慣れの時間を比較しました。
恒常性が成立していない場合、方向が異なり、見た目が違う物体を、1つの同じ物体だと認識し解釈するのに時間がかかるため方向が変わったモノに慣れるのは難しくなります。
恒常性が成立していた場合は、方向に関係なく1つの物体として認識することが出来る為、同じ方向で見たときと慣れの時間は変わらないはずです。
実験の結果、方向が同じ場合も、方向を変えた場合も、慣れにかかる時間は同じだったので、恒常性の成立を確認することが出来ました。
二次元世界となる写真に撮影した物体でも同じように比較実験が行われました。すると、二次元の場合、角度を変えると慣れに時間がかかることが分かりました。恒常性は三次元世界を基に発達し、二次元での恒常性は成立しにくいのです。
大きさの恒常性は視差の発達とも関係があります。ヨナスの弟子のグランルッドによる実験で、生後4ヶ月の赤ちゃんを視差が十分に発達している赤ちゃんと、そうでない赤ちゃんに分け、大きさの恒常性の成績を調べると視差の発達している赤ちゃんの方が恒常性の成績が良いという結果が出ました。
顔の見方の発達も恒常性の発達と関係があります。ヒトの顔も向きや角度によって見えが変わったり、髪型の違いでも変化したりしても同一人物だと認識できるのは、そのためです。
赤ちゃんはさまざまな形を区別出来る能力を持っている
左右対称は宗教画や原始的絵画のモチーフなど人類の遺産の中にも多数見られます。そして、生後10ヶ月の赤ちゃんは対象軸の多い図形を好むことが心理学者ハンフリーによって報告されています。
図形に慣れる時間を調べたハンフリーの実験で、生後4ヶ月頃、左右対称図に慣れるのが分かり、生後4ヶ月というのは左右対称図を見るに当たって重要な時期だということが分かりました。
慣れが早い要因の1つとして、自然界にも左右対称のモノは多く存在するため、赤ちゃんがすでに沢山の左右対象物を目にしたことで見飽きているとする見方もあります。
顔認知の権威であるオーストラリアのロッズたちの研究で生後5ヶ月以降の赤ちゃんは、平均的な顔はすでに見飽きており、平均的な整った顔よりも、平均から離れた変わった顔を好んで見ることが明らかになっています。
心理学者フィッシャーたちが生後4ヶ月の赤ちゃんを対象に行った図形の区別実験では、また違った特徴が明らかになりました。垂直左右対称図形に慣れた場合では図形の区別がしやすかったのに対し、図形を横にした水平左右対称図形ではこの効果は消えてしまったのです。
左右対称図形が慣れやすく区別しやすいことから、左右対称図形というのはさまざまな図形を見る際に雛形のような働きをすると考えられます。
左右対称図形が横になることで効果がなくなったのは、左右の広がりと上下の空間の捉え方が異なることが要因として考えられます。子供が上下はすぐに覚えられるのに、左右は覚えるのが難しいのはそのためです。
また、私たちは左右の広がりに均一性を感じる一方で空間の上下を上と下で別々に捉えている節があります。上下逆さまになると違うモノに感じられ違和感を抱くことがあり、それを顕著に現すのが、「サッチャー錯視」と呼ばれる逆さ顔です。
輪郭や髪かたちはそのままに上下反転させた顔に、目と口を逆さにして貼り付けた顔で、逆さの状態で見ると特に何も感じないのに、逆さにして正しい顔の向きにすると、途端に違和感のあるいびつな顔になります。このような上下の把握が生後4ヶ月頃に認識され始めると考えられます。(スマホで閲覧の方は、スマホを逆さにして確認してみてください)
図形を見るとき、私たち大人は様々な形を区別することが出来ますが、実はこれは意外と難しいことで、三角にしろ、四角にしろ、正三角形・正四角形もあれば、二等辺三角形や長方形などさまざまな形があるからです。
そして、その図が三角形なのか四角形なのか、はたまた五角形なのかそれ以外なのかを区別するためには、全体像を把握する必要があります。1つの角や線だけに注目すると、それがどんな形をしているか見分けることが出来ません。
アメリカの有名な認知発達心理学者クインたちが線を見る際に、関係のない要素を無視して見ることが出来るかを、生後3ヶ月の赤ちゃんに行いました。
まず、赤ちゃんに点で書かれた縦線の図を見せます。どのような図かというと、等間隔に4×4で並んだ四角に縦線に見えるように左から1列目と3列目は黒、2列目と4列目は白とそれぞれ色をつけます。
この図を何度も見せて飽きさせた後、実線で書かれた縦線と横線を見せ、点線の隙間を無視して線として見ることが出来るかを調べました。点線と実線を同じ線として見ることが出来ていれば、点線の縦線と実線の縦線を同じと判断して、横の実線だけを違うモノだとみなすことが出来ます。
反対に点線と実線を別々のモノとして見ていた場合は、実線の縦線と横線のどちらも点線の縦線と別物だと判断するはずです。実験の結果、3ヶ月赤ちゃんでも点線と実線は同じとみなしており、線の縦横方向で区別できることが分かりました。
同じ3ヶ月の赤ちゃんを対象に、線と三角形を区別できるかどうかを調べる実験が、心理学者ミレウスキによって行われました。まず、同じ大きさの黒丸を3つ、等間隔に一直線上に並べた図を赤ちゃんが飽きるまで何度も見せて並べます。
その後に、同じ大きさの黒丸3つを用いた2種類の図を見せます。1つは、黒丸同士の間隔を狭めた直線上に並べた図で、もう一つは、丸の位置を変えて三角形状に並ぶように配置した図です。このうちの三角形だけを直線と区別することが出来るかを調べました。
慣れの時と実験の時で、形に無関係な手がかりを基に区別することがないよう位置の工夫がなされました。実験の結果、3ヶ月の赤ちゃんは三角形を違うものだと区別することが出来ました。
乳児の認知発達の古典的研究を行うボーンスタインたちは、生後4ヶ月児を対象に、三角形を使って更なる実験を行いました。その実験の前段階として、赤ちゃんが三角形の方向の区別が出来るかを調べる実験を行い、わずかな方向の違いも認識できることが確認されました。
実験では、線の位置に赤ちゃんが注目するのを慣れの段階から防ぐため、三角形を様々な角度で見せて慣れさせました。赤ちゃんはそれぞれの三角形の違いが分かっているので、同じ方向で見るときよりも時間はかかったものの、三角形の図に慣れることが出来ました。
慣れとの区別を調べるテストとして、慣れの時とはまた違う方向の三角形と、全く別の形を赤ちゃんに見せました。その結果、赤ちゃんは三角形を同じ、別の形を違うと判断し、赤ちゃんが形を基本として区別が出来ることが明確になりました。
スレーターたちは生後2日の赤ちゃんを対象に、三角形と十字架を区別する実験を行いました。まず、輪郭線の太さや角度を変えた一方の形に飽きさせ、その後、角度と太さを変えた同じ形と、もう一方の形を見せ区別出来るかを調べました。
その結果、赤ちゃんは、慣れた形と別の形の区別をすることが出来ました。しかし、十字架と三角形では図の中心部の横線の有無で区別することが出来てしまうため、実験として不十分なものとなりました。
赤ちゃんの形を見る能力は高く、それを示すものとして主観的輪郭線を見る能力があることが挙げられます。4つの円をそれぞれ縦に2個、横に2個ずつになるように置きます。その円をそれぞれ4分の1ずつ切り落とします。切り落とす箇所は、左上の円は右下、左上の円は左下、右下の円は右上、右下の円は左上です。
すると、4つの円の手前に1つの正方形があるように見えます。この正方形の輪郭線は四隅にあるだけです。客観的には四隅以外に存在しない輪郭線を頭の中で主観的に構成することによって正方形が見えるようになります。この頭の中で構成された線が主観的輪郭線です。
この図の中で、1つの切り取られた円だけに注目してしまった場合、正方形を見ることは出来ないため、全体を見ることが必要となります。生後3ヶ月の赤ちゃんはこのような見方が出来るのかを調べた実験があります。
円の向きを1つでも変えると、主観的輪郭線は見えなくなります。主観的輪郭線が見える図とそれ以外の図の差は歴然ですが、見えない図同士は大差がないように見えます。これを利用した実験です。
実験では、主観的輪郭線が見える図に慣れさせて、主観的輪郭線のない図を見せる場合と、主観的輪郭線のない図に慣れさせて、別の主観的輪郭線のない図を見せる場合の2種類行うことで区別の違いを調べました。
実験の結果、生後3ヶ月の赤ちゃんは、主観的輪郭線のある図とない図は区別することが出来ましたが、主観的輪郭線のない図同士は区別が出来ませんでした。この結果から、赤ちゃんは一部が切り取られた円の向きで見分けているのではなく、主観的輪郭線の有無で見分けていることが分かります。
主観的輪郭線が見える図を見るとき、私たち大人は2つの図形の前後関係を仮定して見る傾向があります。この図でいうと、正方形が手前にあり、円の一部を隠しているように感じます。
赤ちゃんも大人と同じようにこのような立体的な見方をしているのでしょうか?ブラディックの弟子のコンドリーたちが、生後4ヶ月と7ヶ月の赤ちゃんを対象に実験を行いました。
まず、主要的輪郭線の図を何度も見せ飽きさせます。その後、1つの完全な円と、1つの欠けた円を見せます。大人と同じように図を立体的に見ていた場合、四角形の後ろに完全な円があるように捉えていることになるので、欠けた円の方を珍しがって見るはずです。
反対に立体的に見ていなかった場合は、欠けた円を見たそのままに捉えているため、完全な円の方を珍しがって見ることになります。実験の結果、7ヶ月の赤ちゃんは欠けた円の方をよく見ていたため、この頃には大人と同じように主観的輪郭線に完全な円を見ていたことが分かりました。
主観的輪郭線を用いた実験がもう1つあります。ハンガリーの著名な発達心理学者チブラが行った実験で、アヒルが主観的輪郭線の手前や後ろを横切って泳いでいく映像を見せるというものです。
四角形は手前に存在しているように見えるのでアヒルはその後ろを隠れて横切るのが自然な形です。そのため、アヒルが手前にあるはずの四角形を横切る映像では不自然に感じるはずです。
この実験は生後5ヶ月と8ヶ月の赤ちゃんを対象に行われました。すると、8ヶ月の赤ちゃんは、後者の不自然に見える映像に驚いて注目する様子が観察されました。赤ちゃんは見慣れないものに注目する法則があることも踏まえて、生後8ヶ月児はこのような映像を日常生活で見慣れておらず、不自然と感じていることが推測されます。
生後間もない赤ちゃん特有の見え方
赤ちゃんに、「周囲が同じで中身が違うペアの図」と「周囲が違って中身が同じペアの図」を区別出来るか調べた実験があります。たとえば、「外側は両方四角で、片方に三角、もう片方に円を描いた図」と「片方は四角、もう片方は円で、それぞれの中に三角を描いた図」です。
実験の結果、生後4ヶ月児は、「周囲が同じで中身が違うペア」と「周囲が違って中身が同じペア」の両方を同様に区別することが出来ました。しかし、生後1ヶ月児は、「周囲が違って中身が同じペア」は区別出来たものの、「周囲が同じで中身が違うペア」は区別することが出来ませんでした。
中身の図が小さくて見えにくく、区別出来なかった可能性を考慮して、周りの枠を外して中の図だけを見せて区別出来るかを確かめる実験も行われました。その結果、中身だけになった場合では、生後1ヶ月児もそれぞれの図を区別することができ、中身が違う図が区別出来ないのは視力と関係ないことが分かりました。
生後間もない赤ちゃんは、お母さんが髪型を変えたり、眼鏡を外したりしただけでお母さんを判別できなくなることがあります。これは、顔の中にある特徴よりも、目につきやすい特徴でお母さんを区別しているから生じると考えられています。
これらは「枠組み効果」と呼ばれるもので、赤ちゃんは囲われたものを見ると、周囲にばかり目がいきがちで、中身が区別出来なる現象を現しています。実際、「枠組み効果」が消失する時期と、髪型に関係なくお母さんの顔を判別できるようになる時期はほぼ一致しています。
では、「枠組み効果」で顔の中身に注目していないはずの赤ちゃんが、親の顔の動きを模倣することが出来るのは何故なのでしょうか?
実験の結果、「枠組み効果」をなくす効果が分かっています。「周囲が同じで中身が違うペアの図」の中身を点滅させて見せたところ、生後1ヶ月の赤ちゃんでも中身に注目して、違いを区別出来るようになったのです。
動きがあれば見え方も変わることから、顔の中で、目や口、舌が動いていることで赤ちゃんは注目することが出来、模倣が出来たと考えられます。
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更新日:2023/05/31|公開日:2018/02/09|タグ:赤ちゃん