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0÷0の正しい解答がネット検索しても見つからないので作成した。

0÷0に終止符

小学生の子どもに「0÷0=1だよね」と聞かれて、「違う」と言っているあなたは子どもの数学(算数)の才能をダメにしているかもしれない。「0÷0=1」は100点ではないが0点でもない。つまり間違っているとは言えないのだ。

 

このサイトにはいろんな問い合わせが来る。面白そうなもの、役立ちそうなものは皆に共有した方が良いという方針で、記事にしてサイトにアップという形に出来る限りしている。今回冒頭の「0÷0」についての問い合わせがあり、ネット検索してもきちんとした解答を記述したページがなかなか見つからなかったので、記事のテーマとして取り上げさせてもらった。

 

「0÷0はいくら?」と子どもに聞かれた時、どのように回答するのが正確か以下詳しく説明していきたい。

 

前提 ~どの世界観で説明するか?~

“「0÷0はいくら?」と子どもに聞かれた時の正確な回答 ” をさっさと述べたいところだが、そもそも、0÷0はいくらで、なぜそうなるのかを知らないと、子どもに突っ込まれた時に対処できないと思うので、まずは「0÷0」の正確な解答について説明する。(というより、これが分かれば子どもへの回答は難しくないと思う)

 

そのために、まず前提を整理しておく必要がある。

 

最終目標は子どもに聞かれたときの回答だが、裏に流れている理屈を理解するにはある程度の数学的素養が必要となる。この記事では高校レベルまでの算数・数学の範疇での解説としたい。

 

何を言っているかというと、ざっくり簡単に言うと、そもそも数学とはある前提下での理論体系を説明するものである。理論体系とは、世界観と思ってもらえればよい。つまり、「こういうことをルールとしたとき(定義したとき)に、こういう世界観が見えてきますよ、広がりますよ」ということである。

 

従って、前提を変えれば異なる世界観がそこにできることになる。

 

通常、人の頭の中にはいろんな情報が入っているので、0÷0というとその情報をベースとした先入観、思い込みなどで判断してしまう傾向にあるが、白紙の状態で見ると0÷0はただの記号である。これに意味を持たせるには、どの前提下で見るか、どの世界観で説明するかということになる。

 

つまり前提の数だけ(世界観の数だけ)、0÷0の説明(解答)も存在することになる。先ほども述べた通り、この記事では高校レベルまでの数学を前提とした解答とする。高校数学を超えた範疇にもっていく議論は、この記事ではしないものとする。

 

0÷0の解答は上記の通り、どの理論体系下(前提下)で説明するかで変わってくる。高校数学までの素養で理解可能な範囲で説明する場合、専門用語で言えば、代数学か解析学で説明することになる。

 

0÷0の代数学下における説明

代数学下において、実数は実数体である。何を言っているかというと、小中高で実数という場合、実数体(実数体の元(要素))という前提で議論されている。体(たい)とは集合に所定の演算ルールを定義した体系である。

 

2つの演算(★、※)を備えた集合Kにおいて、以下の3つの公理を満たすときKを体という。

(1) Kは演算★に関して可換群を成す。

(2) Kから演算★の単位元を除いた集合K×は、演算※に対して可換群を成す。

(3)演算※は演算★に対して分配法則が成立する。

 

きちんとした定義を記述すると、記号ばかりで分かりにくいと思うので、実際の実数の集合(Rとする)の場合に、どういうことなのか見てみる。

 

実数体は、K=実数の集合(R)、★=+(足し算)、※=×(掛け算)で定義されている。上記定義の全てを、実数の場合にどういうことなのか確認していくと長くなるので、0÷0に関係する(2)の公理のみ見てみることにする。

 

実数の集合Rの場合に、(2)は「Rから0を除いた集合R×は、掛け算(×)に対して可換群を成す」となる。この文章が何を言っているのか理解するには、「可換群」というものが何なのかを理解する必要があるが、これを説明し出すと相当長くなるので、可換群の説明は割愛して、この一文と0÷0がどう関係しているのか説明する。

 

実は、「Rから0を除いた集合R×は、掛け算(×)に対して可換群を成す」という文章には、いくつかの情報が含まれているが、「Rから0を除いた集合R×の全ての元(要素)で割り算(÷)が可能」という情報も含んでいる。

 

つまり、0以外の実数(2,107,4.8,2/5,-\sqrt 7,\pi など無数にある)で割るという行為は定義されているが、0で割ることはそもそも定義されていない。

 

従って、実数体においてはゼロ除算(0で割る)という数式を考えること自体がありえない。つまり、ゼロ除算を考えるというのは、「定義をきちんと読んでいないだけ」ということになる。

 

つまり、代数学下では、「0÷0という数式は存在しない(定義していない)」という解答になる。

 

ちなみに、小学校の算数の教科書には、(通常では欄外もしくは巻末に)その旨記載されていた記憶がある。「0で割るという演算は定義されていない」というようなワーディングで。(今の教科書は不明)

 

なお、生徒から質問があった際に、小学校の教員や塾の講師で、たまに「0で割ってはいけない」と教えている方がいるが、厳密に言うと間違っている。「割ってはいけないではなく、存在しない」である。 禁止(存在しているがNG)ではなく、存在しないである。

 

流れとしては以下のような教え方が厳密である。

生徒:0で割るといくらになるの?

先生:0で割るという行為は存在しないのだよ。

生徒:何で存在しないの?

先生:それを説明するには大学の数学を勉強しないといけないから、今は言えないんだよ。○○くんが中学、高校と行って大学で理学部数学科に入るか、中学、高校、大学の数学まで頑張って今から勉強すれば分かるよ。

 

0÷0の解析学下における説明

解析学においても実数は実数体なので、むろん0÷0(0/0)は定義されていないが、極限の略記で0÷0(0/0)と記載することがある。

 

解析学というのは、高校数学で微積分(微分積分)といわれているカテゴリーである。解析学には、極限という概念がある(というより、そういうものを作って、どのような世界観が見えるか議論する)。 文系でも理系でも高校に入ったら皆習う概念である。

 

極限とは、ある関数f(x)とある数aを定めた際に考えることのできる概念で、xaに近づけた時にf(x)が近づく値を「xaに近づけた時のf(x)の極限」と言い、「 \lim_{x \to a} f(x) 」と記述する。

注1) 「 \lim_{x \to a} f(x) 」と「f(a)」は厳密には同じではない。例えば、f(x)=1/x とした場合、「 \lim_{x \to 0} f(x) 」は存在するが「f(0)」は存在しない。このようなケースが多々あるので、極限(近づけると何に近づくか)という概念が存在する。

注2)定義のくせに「近づける」というようなアバウトな表現を使用しているが、アバウトではなく厳密に極限を定義するには、ε-δ論法というものを使用する必要があり、説明が長くなるのでイメージ定義とした。

 

先ほど述べた通り、解析学では0÷0(0/0)という記載が存在する。

 

解析学においては、厳密ではないが稀に以下のように記述することがある。

\lim_{x \to a} f(x)=0,\lim_{x \to a} g(x)=0 の時に、「 0/0=\lim_{x \to a} f(x)/g(x)

この略記において、0÷0(0/0)を考えることが可能となる。

 

前述の通り、解析学においても実数は実数体なので、0で割るという行為は定義されていないが、上記の略記が存在する(1/0=∞ というのが頭の片隅にある方も多いと思う)。

 

この略記は説明の通り、「0で割る」ということではないので注意願う。この略記は、極限「\lim~」で0÷0(0/0)の形になるものは存在するということである。例えば、\lim_{x \to 0} \frac{e^x-1}{x} とかである。

 

結論から言うと、解析学下では、「略記 0÷0(0/0)の値は関数f(x)、g(x)に依存する」という解答になる。

 

上記定義に従えば、解析学下において0÷0(0/0)は考えることは可能だが、0÷0(0/0)を定義するには、2つの関数が必要となる。この定義学を無視して、(数式をこねくり回す、屁理屈こねて)0÷0は1だとか、無限だとか、定まらないとかネット上で議論されているのが検索して見受けられた。言うまでもなく、前提を無視した議論は本質的ではない。

 

「略記0÷0(0/0)」と言ってもピンとこないと思うので、いくつか例を挙げたい。

 

■例1

f(x)=\sin x , g(x)=x とすると、f(x)/g(x)=\sin x/xx \to 0 の時に 0/0型の極限になる。

つまり、0/0=\lim_{x \to 0} \sin x/x である。

\lim_{x \to 0} \sin x/x=1 なので、0/0=1となる。

 

\lim_{x \to 0} \sin x/x=1 の証明は高校数学レベル(大学受験レベル)で可能だが、説明が長くなるので割愛する。

※言うまでもないが、\lim_{x \to 0} \sin x/x=1 なので、\lim_{x \to 0} 2\sin x/x=2 となる。むろん、\lim_{x \to 0} 100\sin x/x=100 である。つまり、0÷0=1、0÷0=2、0÷0=3、・・・、0÷0=100、・・・というように、いろんな値を取る場合がある。

 

■例2

f(x)=1/\log x , g(x)=1/x とすると、f(x)/g(x)=\frac{1/\log x}{1/x}x \to \infty の時に0/0型の極限になる。

つまり、0/0=\lim_{x \to \infty} \frac{1/\log x}{1/x} である。

\lim_{x \to \infty} \frac{1/\log x}{1/x}=\infty なので、0/0=∞となる。

 

\lim_{x \to \infty} \frac{1/\log x}{1/x}=\infty の証明は高校数学レベル(大学受験レベル)で可能だが、説明が長くなるので割愛する。

※言うまでもないが、上の f(x) , g(x) において、0/0=\lim_{x \to \infty} g(x)/f(x)=\lim_{x \to \infty} \frac{1/x}{1/\log x}=0 となる。つまり、0÷0=∞の場合もあるし、0÷0=0の場合もあるということである。

 

というように、持ってくる関数で0÷0(0/0)の値は変わる。 従って、安直に0/0=1とするのはよくバカにされているが、100点ではないが0点でもない。

 

もしかしたら、あなたの子どもが「0÷0=1だよね」と言っているのは、証明はできないが(理由は説明できないが)、神秘的な数覚(数学の感覚)で直感的に何かを感じ取っていたのかもしれない。それを頭ごなしに「違う」ということで、数学の才能が閉じこもってしまっては残念に思うのである。

 

ここで重要となるのは、子どもと大人では頭の中に入っている情報が異なるという点である。大人の場合、「1÷0=∞」という情報が頭にある人もいるかと思う。このような情報をベースにいろいろ考える可能性があるのは否めないかと思う。しかし子どもはそんな情報は頭にないので、純粋な疑問や神秘的な数覚で回答している可能性がある。

 

いずれにしても正しい解答を理解した上で、状況に応じて、どういう風に成長して欲しいか、それに応じて学習指導していく必要があるかと思う。適切な対応を行えば、高橋洋翔君※1のような天才的な数学の才能を持った子どもに育つかもしれない。(※1:数学検定2級の最年少記録を持つ小学1年生。数学検定2級は目安として高校2年のレベル。昨年12月に各種メディアでニュースになったので、ご存じの方も多いと思う)

 

まとめ

■「0÷0」の解は、高校数学までの素養で説明できる範囲では、代数学か解析学で説明することになり、各々以下の通り。

・代数学下では、「0÷0という数式は存在しない」

・解析学下では、「略記0÷0(0/0)の値は定義関数f(x)、g(x)に依存する」

 

■「0÷0はいくら?」と子どもに聞かれた時に、正確な回答を返すためのポイントとなるフレーズは以下の通り。(フレーズをベースに、どのような喋り、コミュニケーションで返すかはその場の状況で文章構成してほしい)

・0で割るという行為は存在しない。

・0÷0=1とか2とかという場合も考え方によってはある。

・きちんと分かるには、大学数学を勉強する必要がある(つまり高校数学の素養が必要)。

 

※記事作成協力:NPO法人イー・プロフェス 三村彰裕氏(数学に関する主な経歴:早稲田大学大学院理工学研究科数理科学専攻修士課程修了、専門は整数論)

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