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双子の研究を通して見えてくるもの!人間の形質における遺伝要因、環境要因、エピジェネティクスの影響

双子

人間の形質に、遺伝と環境がどの程度影響しているのかを調べるために、双子を活用した研究が行われています。また、遺伝要因、環境要因とは別のエピジェネティクスという考え方も近年注目を集めています。双子の研究で何が分かるのか詳しく見ていきましょう。

 

双子研究の意義

双子研究は3種類ある

双子についての研究は、

①双子の研究

②双子のための研究

③双子による研究

の3種類があります。

 

「双子の研究」とは、双子はなぜ生まれるのか、双子は単胎児や三つ子以上と何が異なるのか、双子のきょうだい関係の特異性 etc.といった、双子そのものについての研究です。

 

「双子のための研究」とは、双子の親に対する支援のあり方、双子ならではの悩みの解決策 etc.といった、双子とその家族・関係者が抱える悩みを解決する研究です。

 

「双子による研究」とは、双子を分析することで、人間(双子に限らず全ての人間)の形質(性格、能力 etc.)に遺伝と環境が、どのようにどの程度影響しているかを明らかにする研究です。

 

「双子の研究」、「双子のための研究」は、双子をサポートするための研究と言えます。一方「双子による研究」は、遺伝的に特殊性がある双子を手段・方法として活用する研究と言えます。

 

本記事では、「双子の研究を通して見えてくるもの」というタイトルからも推察できる通り、「双子による研究」に関する内容がメインとなります。

 

「双子による研究」から遺伝要因、環境要因をあぶり出す必要性

そもそも、ある形質が、生命現象の最も基盤となる要因である遺伝子の影響を受けているのか、受けているならどの程度なのかを科学的に明らかにすることは、生命科学の重要なテーマです。

 

そして、そのためには、人間の場合、双子の分析を手段とするのが基本となっています(双生児法)。

 

また、人間の形質の遺伝要因、環境要因が明らかになることは、言うまでもなく、研究者だけではなく一般人にとっても有用な情報となり得ます。

 

例えば、性格A、性格Bの遺伝要因、環境要因の影響度が、性格A「遺伝:90%、環境10%」、性格B「遺伝:50%、環境:50%」であったとします。

 

そうすると、性格Aをしつけなどで変えようとしても効果が得られる可能性は低いですが、性格Bであれば可能性があるといったことが分かります。

 

人は、日々何かしらの行動を行い、何かしら成長していると考えられますが、1日24時間という有限時間の中で、効率的効果的な優先順位付けが見えてくるかもしれません。(科学的に実証されている事実をどう活用するかは、人それぞれですので、上記はあくまで例です)

 

双子の分析の詳細は後述しますが、基本的な考え方は次の通りです。

 

一卵性双生児は遺伝子を100%共有するのに対し、二卵性双生児は50%となります。しかし、生育環境はほとんど同じです(後述しますが、厳密には同じ部分と違う部分を分けて分析します)。

 

従って、ある形質に対して、双子間の類似性を比較した時に、一卵性双生児の方が二卵性双生児より上回っていれば、遺伝的影響が大きいということになります(実際は厳密に数値ではじき出します)。

 

つまり、人間の形質における遺伝、環境の影響を、双子の類似性を活用して統計的に推定するのです。

 

双子研究には双子のレジストリが重要となる

言うまでもなく、「双子による研究」を行うためには、膨大な双子のデータが必要となります。統計的傾向を算出する必要があるため、最低でも100組、海外では数千組のデータによる研究も存在します。

 

従って、必要となるデータを取得するためには、双子の人たちのリストはもとより、双子の人たちに実際に様々なことを協力してもらう必要性が出てきます。

 

容易に想像できる通り、1つの研究を行うだけでも、莫大な資金と膨大な作業量(労力)が必要となります。

 

東京都中野区にある東京大学教育学部附属中等教育学校は、世界でも珍しい「双子学校」です。

 

70年以上、双子の研究を行っており、双子の生徒を確保するために入学試験に双子(or三つ子)の募集枠を設けているほどです。毎年、生徒数(1学年120人)の2割程度が双子(or三つ子)の生徒です。

東京大学教育学部附属中等教育学校に通う双子の生徒

 

双子の生徒を活用して、特に学校教育における遺伝要因、環境要因(素質か学習か)を明らかにし、一般の教育現場にフィードバックすることを目的としています。

 

また、世界中の双子研究者たちは、研究に協力してくれる双子たちを登録するシステム「双生児レジストリ」の構築を行っています。日本でも、大阪大学や慶應大学などが、双生児レジストリの構築を行っています。

 

双子の定義

双子の定義について、ここで押さえておきたいと思います。

 

「同時に生まれた2人の子供」という理解が一般的かと思いますが、同時に生まれることは物理的にあり得ず、多くは数分程度の時間差を持って出産されます。また、稀ですが、数時間、数日〜数十日の時間差で生まれる場合もあります。

 

ギネス記録では87日差という記録があり、非公式な記録では95日差というのがあります。

 

なぜこのような長時間差の記録が存在するかというと、昔は出産前に双子というのが分からなかったため、1人生まれて終わりと思っていたら、もう1人お腹の中に残っていて、後から気付いて取り出されるということがあったからです。

 

また、片方の発育が芳しくない場合などは、母体にとどめて成長してから分娩ということもあります。

 

出産のタイミングが深夜になると、日をまたいで生まれる場合もあるため、その場合は誕生日が異なる双子となります。また、大晦日の深夜に日をまたいで生まれると、誕生年が異なる双子となります。

 

以上のようなケースもあるため、双子を厳密に定義するなら、「同時期に発育して生まれた2人の子供」という定義になります。

 

双子と一言に言っても、いくつか種類があります。

 

まず、一卵性双生児と二卵性双生児という分類があります。一卵性双生児は、1つの受精卵が2つに分かれるのに対して、二卵性双生児は、2つの卵子が排卵されたところに別々の精子が受精して生まれたものです。

 

一卵性双生児において、受精卵がなぜ2つに分かれるのかというメカニズムは解明されていません。

 

自然な妊娠・出産の場合、双子ができやすいかどうかは人種によって差があり、多い順に並べると黒色人種、白色人種、黄色人種の順となります。日本における一卵性双生児の出生率は約0.4%、二卵性双生児の出生率は約0.5%となっています。

 

また、絨毛膜と羊膜の数による分類もあります。

 

お腹の中の赤ちゃんと羊水はいくつかの膜で包まれており、最も内側が羊膜、そのすぐ外側が絨毛膜となっています。2絨毛膜2羊膜、1絨毛膜2羊膜、1絨毛膜1羊膜の3パターンが存在します。

2絨毛膜2羊膜、1絨毛膜2羊膜、1絨毛膜1羊膜

 

絨毛膜の内側に羊膜が存在するため、2絨毛膜1羊膜は物理的に発生しません。

 

まず、二卵性双生児は、2つの受精卵がそれぞれ着床するため2絨毛膜2羊膜となります。一卵性双生児は、2絨毛膜2羊膜、1絨毛膜2羊膜、1絨毛膜1羊膜のどのパターンも存在します。

 

受精卵の分裂が比較的早い日数(受精3日以内)に起これば、それぞれが子宮内の離れた場所に着床しやすいため、2絨毛膜2羊膜になります。

 

分裂がもう少し遅くなると(受精4日~7日)、着床してから分裂するため、羊膜は別々で絨毛膜は1つとなり、1絨毛膜2羊膜となります。分裂が更に遅いと(受精8日以降)、羊膜も1つとなり、1絨毛膜1羊膜となります。

 

一卵性双生児における各々の割合は、1絨毛膜2羊膜が約75%、2絨毛膜2羊膜が約25%で、1絨毛膜1羊膜は稀にしか発生しません。

 

2絨毛膜2羊膜は、一卵性双生児の場合と二卵性双生児の場合がありますが、胎盤が2つあるため、一卵性双生児であっても二卵性双生児と間違いやすく、産科医でも二卵性双生児と伝えてしまうことがあります。

 

また、先に取り出された方を便宜上、第一子としています。双子は胎内でしばしば位置を変えるため、自然分娩でどちらが先に取り出されるかは偶然によります。また、帝王切開においては、どちらを先に取り出すかの規則性はありません。

 

明治時代までは、より長時間母体内にいたという理由で、後から生まれた方を第一子とする慣習も存在しましたが、1874年の太政官布告で、先に取り出された方を第一子とする法的基準ができたため、現在も先が第一子として扱われています。

 

人間の形質における遺伝的影響、環境的影響をはじき出すための科学的手法

双子の類似性から人間の形質の遺伝的影響、環境的影響を分析するための統計的基礎

双子の類似性から、双子に限らず一般の人間の形質が、どのくらい遺伝の影響、環境の影響を受けているかを分析する(論理的に導き出す)には、統計学の基礎的な理解が必須となります。

 

中心となる概念は、高校数学で習う「相関」、「分散」、「共分散」の考え方です。具体的な分析手法の前に、まず、分散について簡単に復習しておきましょう。

 

「分散」は忘れてしまったという人でも、「平均値」、「中央値」、「最頻値」は覚えている、知っている人も多いかと思います。これら3つは、日常生活でもよく目にする値で、一般の人々に浸透している値と言えます。

※中央値:小さい順に並べた時の真ん中の値 / 最頻値:出てくる頻度が最も高い値

 

例えば、「小6男子の平均身長」、「日本人の年収の中央値」、「AKBの総選挙で1位の人(投票数の最頻値)」という具合です。

 

これら3つの値は、その集合(集団)の1つの代表値です。従って、男女の違い、日本とアメリカの違い、去年のAKBと今年のAKBの違いというように、集団間の比較をする場合にはある程度役立つかもしれませんが、あくまで代表値なので集団を表しているわけではありません。

 

つまり、ある集団を見た時、いろんな人(物)がいるわけですが、そのような多様性は無視する値なのです。それに対して、ある集団の多様性を表す値が「分散」です。

 

分かりやすく具体的に見ていきましょう。「日本国民1人1人の収入」を例とします。日本は資本主義のため、国民1人1人の収入は、かなりバラついているのが現状で、平均値、中央値、最頻値などでは実態を表しているとは言い難いです。

 

実態をよく表しているものとして、まず分布があげられます。これは、国民1人1人の収入を図示(グラフ化)したもので、まさに実態そのものです。

所得金額階級別世帯数の相対度数分布

 

そして、このようにバラついている状態を示す指標(値)が、「分散」なのです。数学的には「 V=\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}\left(x_i-\overline{x}\right)^2 」となり、「各人の収入( x_i )と平均収入( \overline{x}$ )の差の2乗の平均」であり、まさにバラつき状態を表しているのが分かるかと思います。

 

言うまでもなく、ある集団に属する人のいろいろな値(収入、テストの点数、身長、・・・)は、バラつくのが通常です。従って、日本では目安として平均値、中央値、最頻値などが採用されている場合が多いですが、それらの値ではほとんど目安になっていないに等しいと言えます。

 

にもかかわらず、それらの値がよく使われるのは、日本国民の数学リテラシーの問題と言わざるを得ません。

 

世の中の現象を理解する上で、実態をよく表している「分散」を用いるのは自然であり、有効でもあるため、高校数学で詳しく習うようになっています。

 

そして、分散を用いることで理由を探ることもできるのです。(これを「分散分析」と言います)

 

ある集団に属する人の値がバラつくのは、言うまでもなく何かしら理由があります。例えば、学業成績であれば、遺伝、しつけ・教育、努力、運など様々な要因が関わっています。

 

遺伝(生まれつきの能力)は高いのに努力しない人、努力するのに運に恵まれない人など、いろいろな人が存在します。各要因は、低い人から高い人までいろいろ存在し、その組み合わせは無限となります。

 

そのように考えると、1人1人の学業成績がいかなる理由でそうなったのか、そこに原則や法則性など探るのは、不可能ではないかと思われます。

 

しかし、統計学を使えば、集団全体として見ると、どの要因の寄与率(インパクト)がどの程度なのか(ex.一番関係している要因はどれか)分かるのです。それは、全体の分散を各要因の分散の和(足し算)として表すことができるからです。

 

先ほどの学業成績の例で、

学業成績=遺伝+しつけ・教育+努力+運+その他

というように、個々の要因が何か分かっていて、各要因間に関連がない場合(数学的に言うと「独立事象」)、

V学業成績=V遺伝+Vしつけ・教育+V努力+V+Vその他

となるのです。(Vは各々の分散(variance)を表します。証明は後述します。)

 

これが「分散分析」であり、「重回帰分析(説明したいものを、複数の要因のそれぞれに、どの程度の重みづけをして合算すれば一番よく説明できるかを分析する手法)」も基本的に同じ考え方です。

 

ここまでが、高校数学で習う「分散」の簡単な復習になります。

 

双子の類似性から人間の形質の遺伝的影響、環境的影響を分析する分散分析の考え方

先ほどの学業成績の例のように、ある形質(身長、IQ、運動能力 etc.)が、遺伝による影響が大きいのか、環境による影響が大きいのかを判明させることは非常に興味深い命題です。

 

例えば、遺伝要因が100%のAという形質があった場合、生まれた後に何をしても向上しないことになります。むろん100%というのは極端な例ですが、遺伝要因x%、環境要因y%の程度によって、やるべきアクションを絞るという考えができるため、効率的効果的なアクションを選択することが可能となります。

 

これを分析するために、有効かつ入手可能なデータの1つが双子のデータなのです。

 

人間の遺伝子は2万数千個と言われていますが、一卵性双生児は2万数千の遺伝子が全て基本的に同じタイプであり、二卵性双生児は平均して50%の遺伝子が同じタイプとなります。この双子に特異な事実をベースに、人間のある形質における遺伝的影響、環境的影響を分析することが可能となります。

 

どのような考え方で分析を行うのか、概観を簡単に見ていきましょう。

 

人間のある形質t(身長、IQ、運動能力 etc.)が遺伝要因gと環境要因eの和からなると考えることにします。(形質tには遺伝要因gと環境要因eが関与しているということを、和の形式で表すことにします)

t=g+e

 

多くの人(N人)のデータを集め分散を計算してみます。

$$\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}\left(t_i-\overline{t}\right)^2=\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}\left(g_i+e_i-\overline{g}-\overline{e}\right)^2$$

※ \(\overline{t}\) , \(\overline{g}\) , \(\overline{e}\) は各項目の平均値

 

ここで見やすさのため、平均値からの隔たり(数学的には「偏差」という)をt、g、eと置き直すことにします。つまりt、g、eは、形質、遺伝要因、環境要因それぞれの値ではなく、集団の平均値からの隔たりとなりますが、t=g+eは引き続き成立します。

 

すると、分散の式は以下のようになります

$$\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}{t_i}^2=\frac{1}{N}\sum_{n=1}^{N}\left( g_i+e_i \right)^2$$

 

さらに見やすくするために、「i=1〜N」を記入しなくても意味は分かるため、以下のように略記することにします。

$$\frac{1}{N}\sum t^2=\frac{1}{N}\sum\left(g+e\right)^2$$

 

右辺を式変形すると以下のようになります。

$$\begin{align} \frac{1}{N}\sum t^2 &= \frac{1}{N}\sum\left(g^2+2ge+e^2\right) \\[12pt] &= \frac{1}{N}\sum g^2+\frac{2}{N}\sum ge+\frac{1}{N}\sum e^2 \end{align} $$

 

ここでΣgeは「遺伝環境間相関」と呼ばれるもので、その名の通り、遺伝要因と環境要因の関係を表すものです。この値は、0の場合もありますが、0でない場合もあり、形質tによって値が決まってきます。

 

例えば、「t=体重」として考えてみると、遺伝的に太りやすい素質のある人は、環境的にも太りやすい行動(食べ過ぎるなど)を取りやすい傾向にあるような気がするため、この場合は遺伝環境間相関は0ではない気がします。

 

一方、「t=身長」として考えてみると、遺伝的に高身長の素質のある人が、環境的にも高身長となる傾向は無いような気がするため、この場合は遺伝環境間相関は0のような気がします。

※あくまで、遺伝環境間相関が0の時もあり、0でない時もあるというイメージ理解のための例です。体重、身長の遺伝環境間相関の本当の値は計算してみないと分かりません。

 

ここで、Σge=0(遺伝環境間相関は無い)と仮定します。

 

今、分析の考え方を説明しているため、最もシンプルなケースで話を進めていくことにするわけです。Σge≠0となる場合は改めて導入すればよく、実際はコンピュータで計算するため、シンプルに考える等にこだわらなくても計算されます。

 

Σge=0と仮定すると、

$$ \frac{1}{N}\sum t^2 = \frac{1}{N}\sum g^2+\frac{1}{N}\sum e^2 $$

となり、遺伝の分散と環境の分散の和となります。

Vt=Vg+Ve

 

次に双子の分散を考えます。双子の一方をt1、もう一方をt2というように添数(インデックス)表示で表すことにします。

t1=g1+e1 , t2=g2+e2

 

ここで、先ほどの1人の場合の分散とは違い、変数が2つになるため、「共分散」で考えます。共分散も高校数学で習いますが、1変数の分散を2変数に拡大した概念で、1/NΣt1t2で表されます。1変数の場合(t1=t2=t)は、1/NΣt2となり、通常の分散になります。

 

共分散1/NΣt1t2は、形質t1が起こる時、形質t2も起こる傾向があるのか否かという、2つの変数の類似性を表しています。

 

具体的にt1、t2を双子の身長として考えてみると、双子の一方が身長が高い(低い)時、もう一方も高い(低い)というように、t1、t2の類似性が高い場合、t1t2は正の値の積(負の値の積)となるため、共分散1/NΣt1t2は正の値の和となり値は大きくなります。

 

逆に、t1、t2の類似性が低い場合、t1は正だがt2は負、もしくはt1、t2共に正(負)であっても近似しない値となり、t1t2は負の値(正×負)、正の値(正×正、負×負)をランダムに取ることになるため、共分散1/NΣt1t2は正の値、負の値で相殺され、値は0に近い(絶対値が)小さい値となります。

 

このように、共分散はお互いの類似性の度合いを表しているのが分かります。

 

双子の共分散を遺伝要因、環境要因で式変形していきます。

$$ \begin{align} \frac{1}{N}\sum t_1 t_2 &= \frac{1}{N}\sum\left( g_1+e_1 \right)\left( g_2+e_2 \right) \\[12pt] &= \frac{1}{N}\sum\left( g_1 g_2+g_1 e_2+g_2 e_1+e_1 e_2 \right) \\[12pt] &= \frac{1}{N}\sum g_1 g_2+\frac{1}{N}\sum g_1 e_2+\frac{1}{N}\sum g_2 e_1+\frac{1}{N}\sum e_1 e_2 \end{align} $$

 

前述同様、遺伝環境間相関は無いと仮定すると、Σg1e2=Σg2e1=0となるため、

$$\frac{1}{N}\sum t_1 t_2 = \frac{1}{N}\sum g_1 g_2+\frac{1}{N}\sum e_1 e_2$$

 

前述の通り、遺伝要因については、一卵性双生児では全て同じ、二卵性双生児では50%同じであるため、

$$ \frac{1}{N}\sum g_1 g_2 = \left \{ \begin{alignat}{2} &\frac{1}{N}\sum g^2 & \hspace{10pt} & \text{(一卵性双生児)} \\[12pt] &\frac{0.5}{N}\sum g^2 & \hspace{10pt} & \text{(二卵性双生児)} \end{alignat} \right. $$

となります。

 

次に、1/NΣe1e2について考えます。

 

環境要因とは、成長環境、親のしつけ・教育、経験、・・・などですが、双子といえども全く同じ行動、経験をしているわけではありません。従って、環境要因は、共有環境要因(common)と非共有環境要因(unique)に分けられます。

e1=c1+u1 , e2=c2+u2

 

共有環境要因の定義より、c1=c2となるため、c1=c2=cと置きます。

$$\begin{align} \frac{1}{N}\sum e_1 e_2 &= \frac{1}{N}\sum\left( c+u_1 \right)\left( c+u_2 \right) \\[12pt] &= \frac{1}{N}\sum\left( c^2+c u_1+c u_2+u_1 u_2 \right) \\[12pt] &= \frac{1}{N}\sum c^2+\frac{1}{N}\sum c u_1+\frac{1}{N}\sum c u_2+\frac{1}{N}\sum u_1 u_2 \end{align}$$

 

ここで、共有環境要因、非共有環境要因の定義より、cとu1、cとu2は無関係であり、またu1とu2も非共有環境(双子の各々に独自の環境)の定義より無関係であるため、1/NΣcu1=1/NΣcu2=1/NΣu1u2=0となります。

$$\text{∴} \hspace{5pt} \frac{1}{N}\sum e_1 e_2=\frac{1}{N}\sum c^2$$

$$\text{∴} \hspace{5pt} \frac{1}{N}\sum t_1 t_2 $$

$$= \frac{1}{N}\sum g_1 g_2+\frac{1}{N}\sum e_1 e_2 $$

$$= \left \{ \begin{alignat}{2} &\frac{1}{N}\sum g^2+\frac{1}{N}\sum c^2 & \hspace{10pt} & \text{(一卵性双生児)} \\[12pt] &\frac{0.5}{N}\sum g^2+\frac{1}{N}\sum c^2 & \hspace{10pt} & \text{(二卵性双生児)} \end{alignat} \right.$$

 

ここで、一卵性双生児の共分散をCovMZ、二卵性双生児の共分散をCovDZと表記すると(Cov:covariance(共分散)、MZ:monozygotic(一卵性)、DZ:dizygotic(二卵性))、

$$ \begin{align} & CovMZ= \frac{1}{N}\sum g^2+\frac{1}{N}\sum c^2 \\[12pt] & CovDZ= \frac{0.5}{N}\sum g^2+\frac{1}{N}\sum c^2 \end{align} $$

 

遺伝要因の分散1/NΣg2、共有環境要因の分散1/NΣc2についての連立方程式と見て、これを解くと以下のようになります。

$$ \begin{align} & \frac{1}{N}\sum g^2= 2(CovMZ-CovDZ) \\[12pt] & \frac{1}{N}\sum c^2= 2CovDZ-CovMZ \end{align} $$

 

このようにして、双子の形質の共分散(一卵性双生児の形質の共分散、二卵性双生児の形質の共分散)のデータがあれば(データを集めれば)、双子に関係なく人間の形質における遺伝の影響度、環境の影響度を求めることが可能となるわけです。

※むろん、データ数は多ければ多いほど精度が高まるため、前述の通り、研究協力してくれる双子を登録する双生児レジストリなるシステムが構築されています。

 

さらに、分散のままでも良いのですが、単位の問題を解消しておくとより便利です。

 

上記の通り、双子の共分散が分かれば、遺伝、環境の影響度が分かるわけですが、例えば、「身長の遺伝分散、環境分散」と「体重の遺伝分散、環境分散」では、単位が異なるため比較ができないという問題が生じます。

 

むろん、同じ形質に対しての比較であれば意味はあります。(ex. 10歳の時と15歳の時の身長における遺伝分散・環境分散の比較、日本人とアメリカ人のIQにおける遺伝分散・環境分散の比較 etc.)

 

しかし、異なる形質間の遺伝、環境の影響度を比較する場合は、意味がないため不便です。そこで、異なる形質間でも遺伝要因、環境要因を比較できるように調整することが肝要です。

 

つまり、これも高校数学で習いますが、共分散ではなく「相関係数(=共分散/全分散)」で考えるのです。

 

全分散をVARt、相関係数をrMZ、rDZと表記すると、

$$ \begin{align} & {VAR}_t= \sqrt{\frac{1}{N}\sum \left(t_1\right)^2\times \frac{1}{N}\sum (t_2)^2} \\[12pt] & rMZ=\frac{CovMZ}{VAR_t}\hspace{15pt}rDZ=\frac{CovDZ}{VAR_t} \end{align} $$

となります(という定義です)。

 

遺伝要因、共有環境要因の割合をそれぞれ求めると以下のようになります。

$$ \begin{align} & \frac{\frac{1}{N}\sum g^2}{VAR_t}= \frac{2(CovMZ-CovDZ)}{VAR_t}=2(rMZ-rDZ) \\[12pt] & \frac{\frac{1}{N}\sum c^2}{VAR_t}= \frac{2CovDZ-CovMZ}{VAR_t}=2\hspace{2pt}rDZ-rMZ \end{align} $$

 

また、遺伝でも共有環境でも説明できない部分である非共有環境要因の割合は、一卵性双生児の相関が完全一致しない割合ですので、

$$\frac{\frac{1}{N}\sum u^2}{VAR_t}=1-rMZ$$

となります。

 

\frac{1}{N}\sum g^2/VAR_t は遺伝で説明できる割合であり「遺伝率」と言います。同様に、\frac{1}{N}\sum c^2/VAR_t は「共有環境率」、\frac{1}{N}\sum u^2/VAR_t は「非共有環境率」と言います。

 

このように、ある形質の分散(相関係数)を、遺伝分散(遺伝率)、共有環境分散(共有環境率)、非共有環境分散(非共有環境率)に分解して考えるのが、双子の類似性から遺伝と環境の影響について分析を行うスタンダードな考え方になります。

 

ここでは分析の考え方を説明するために、手計算でも理解可能な最もシンプルな場合で説明しましたが、実際はコンピュータ計算のため、どのように分析するか、どのくらいの要因に分解するかは、何を分析するかといった目的と取得可能なデータを勘案して設定することになります。

※知りたい未知数と同じ数の独立した連立方程式を立てられるデータが取得できれば、数学的には解くことは可能です。

 

身長やIQなど、ある形質に対して遺伝要因、環境要因が、どの程度関与しているかを分析する考え方を見てきましたが、人類の興味としては、ある形質が別の形質と遺伝的、環境的にどのように関係しているかも知りたくなってくるところです。

 

例えば、

・英語の成績と数学の成績の間の遺伝と環境の関係

・運動能力、身長、IQの間の遺伝と環境の関係

といった具合です。

 

このように変数が増えると分析も複雑化してきますが、「多変量解析」という数学的手法により解くことが可能です。ただし、手計算ではほぼ不可能な領域であり、考え方の説明も膨大なボリュームになるため、ここでは割愛します。

 

双子研究から明らかになっている事実

双子の類似性のデータ分析により、人間の形質における遺伝的、環境的影響を探ることができ、その考え方の概要を見てきました。ここでは分析により明らかになっている事実をいくつか紹介したいと思います。

 

IQ、学業成績の遺伝的影響、環境的影響

双子による研究で最も強固な知見が蓄積されているテーマはIQ(知能)です。複数のメタアナリシスが行われていますが、1つ紹介すると以下の通りです。

※メタアナリシス:複数の研究結果をさらに統計的にまとめ上げ、より高い見地から行った分析。エビデンスレベルとしては最高となる。

【知能における双生児相関と遺伝率、共有環境率、非共有環境率】
  一卵性
双生児
二卵性
双生児
遺伝 共有環境 非共有環境
児童期
n=2680
0.74
n=1089
0.53
n=1591
0.41 0.33 0.26
青年期
n=4934
0.73
n=2222
0.48
n=2712
0.55 0.18 0.27
成人期初期
n=3075
0.82
n=1498
0.48
n=1577
0.66 0.16 0.19

nはペア数 ,(出典:C.M.A.Haworth et al.「The heritability of general cognitive ability increases linearly from childhood to young adulthood.」)

 

見て分かる通り、1万組以上の双子のデータ分析で算出されています。IQの遺伝率は41%〜66%となっており、全分散の40%以上が遺伝要因によることが分かります。

 

また、IQを測定する知能検査は、もともと学校への適応度を診断するために開発されたものであるため、学業成績についても以下の通り、遺伝率が高い結果となっています。

【学業成績における双生児相関と遺伝率、共有環境率、非共有環境率】
一卵性
双生児
二卵性
双生児
遺伝 共有環境 非共有環境
0.747
n=23085
0.551
n=28460
0.4 0.361 0.253

nはペア数 ,(出典:A.R.Branigan, K.J.McCallum, J.Freese「Variation in the Heritability of Educational Attainment: An International Meta-Analysis」)

 

見て分かる通り、IQ、学業成績は遺伝の影響、共有環境の影響が大きく、その2つで70%〜80%を占めています。共有環境とは、教育やしつけなど家庭環境が占める割合が大きいものです(特に子供が小さいうちは大きい)。

 

従って、人によってはショッキングな事実と感じるかもしれませんが、遺伝も家庭環境も子供(本人)がコントロールすることのできない要因です。本人が頑張って勉強するといった努力など(非共有環境要因)で、IQ、学業成績が向上する可能性は極めて少ないということが分かります。

 

つまり、大手塾、大手予備校などがよく掲げている「努力は実る」といったようなことが起こることは極めて稀で、努力して勉強しても、効果的な方法など工夫して勉強しても、いい大学に受かる可能性はかなり低いのが現実です。

 

できることといえば、本人ではなく親が学業成績を高めるような教育やしつけをすることぐらいです。

 

ショッキングに感じる人もいるかもしれませんが、科学的に実証されている事実のため事実は受け入れるしかありません。(※遺伝についての言及をすると、エピジェネティクスを持ち出して反論する人がたまにいますので、エピジェネティクスについての考察も後述します)

 

ただし、「勉強するのはムダ」ということとは、話が違うことに注意しておきます。

 

義務教育の定義「社会生活を営む上での基礎的知識・教養を培う」にもある通り、教育を受けて勉強することは、日本で生きる上で必要不可欠です。(少なくとも法治国家日本では、法律でそのように定められています)

 

言うまでもなく、現代社会は膨大な知識の上に成り立っており、その社会に適応し社会生活を営むための知識を誰かに教えてもらう必要があります。それが教育であり、最低限必要な教育が義務教育です。

 

つまり、教育を受けて自分のものとして消化するための勉強は必要であり、(少なくとも義務教育範囲の勉強は)国民全員がしなければならないこととして法律で定められているのです。

 

勉強はムダではなく、最低限の勉強は国民の義務となっていますが、同じように教育を受けても、どの程度のレベルに到達できるかは、遺伝で4~6割程度、遺伝と親の教育・しつけなどで7~8割程度規定されているということです。

 

しかし、先入観や思い込みを排除して自然に考えれば、これは明らかなことです。

 

例えば、なわとびを跳ぶことは多くの人ができますが、あやとびや2重跳びができない人は既におり、5重跳びは多くの人ができません。勉強に関しても自然に考えれば同様で、努力すれば平等に向上すると考える方が不自然です。

 

収入の遺伝的影響、環境的影響

知能、運動能力、性格など人間の様々な形質は、遺伝の影響が50%程度あるものがたくさんあることが実証されています。そうすると、人生も遺伝により大きく左右されてしまうのではないかという疑問が生じるかと思います。

 

そこで、人生において重要となるものの1つである収入について、遺伝の影響、環境の影響を見ていきたいと思います。

 

収入は、景気や会社の業績など、個人ではコントロールできない要因で大きく左右します。また、親がお金持ちであれば親の七光りにより、収入的にも有利になることもあります。

 

前者の影響が大きいのであれば、非共有環境が大きいということになりますし、後者の影響が大きいのであれば、共有環境が大きいということになります。

 

収入における遺伝、環境要因についても多くの研究が行われていますが、年齢まで考慮した興味深い研究を1つ紹介します。

 

山形伸二(九州大学)、中室牧子(慶應大学)、乾友彦(RIETI)は、20歳~60歳までの非学生である日本人男性双子1006人について分析を行い、収入の遺伝、環境の影響度を明らかにしました。その結果が以下になります。

収入における遺伝率、共有環境率、非共有環境率

 

グラフで示されている通り、就職し始める20歳~25歳では遺伝の影響(20~30%程度)よりも共有環境の影響(60~70%程度)が大きく上回っていますが、年齢が上がるにつれて共有環境の影響が小さくなり、遺伝の影響が大きくなっています。45歳くらいで遺伝の影響が最大、共有環境の影響はほぼ0となっています。

 

これは、初めて職に就く時は、親のアドバイスやコネ・ツテなどに影響を受けることが多いため、収入も連動して影響を受けると考えられます。

 

しかし、年齢が上がると自分の能力で判断されるようになり、仕事の能力は様々な能力が複合化したものですが、能力の多くは遺伝の影響が50%程度あるため、遺伝の影響が上がってくるものと考えられます。

 

なお、前述の通り、これは男性双子の分析のため、結果についても男性(双子に限らず一般男性)に限った話です。

 

女性の収入に関しては、婚姻状況、出産時に仕事を辞めるか否か、辞職後いつどのように再就職するか etc.により大きく異なり、適正な分析に複雑さ困難さを伴うため、上記研究の分析対象からは外されています。

 

IQの遺伝率は年齢と共に増加する

IQの遺伝、環境による影響を先ほど説明しましたが、遺伝の影響が児童期41%、青年期55%、成人期初期66%と、年をとるにしたがって上がっていることが分かります。逆に共有環境、非共有環境の影響は年齢とともに減少しています。

 

この現象に疑問を持つ人は多いと思います。

 

人間は生まれてから、親からいろんなしつけを受け、いろんな経験をして成長していきます。そう考えると、生まれてすぐは遺伝子の産物であるとしても、成長するにしたがい環境的影響(共有環境、非共有環境)が大きくなっていくのではないか、と考える人も多いのではないでしょうか。

 

つまり、成長とともに遺伝的影響の割合が減少し、逆に環境的影響の割合が増加するのではないかという疑問が出てきます。

 

しかし、実際はそうではないということをデータが示しています。むろん上記の研究だけではなく、多くの研究結果も同様の結果となっています。

 

つまり、人間は生まれてから様々な経験をして、学習すればするほど、環境の影響によって遺伝的素質が薄まるのではなく、環境の影響を介して自分の遺伝的素質を具現化していくということです。

 

また、詳しくは後述しますが、環境にも遺伝的要因が大きく関与していることが実証されています。そのことも遺伝的影響が成長とともに増加する原因の1つとなっています。

 

環境にも遺伝的要因が関与している

前述の分散分析の解説では、人間の形質に影響する要因を遺伝要因(g)、環境要因(e)に分け、環境要因(e)をさらに共有環境要因(c)、非共有環境要因(u)に分けて考えましたが、実際はこれらの要因間も複雑な影響関係にあります。

 

分散分析の考え方の概要を説明するため、シンプルなケースで説明しましたが、実際は多変量解析をコンピュータで行うため、そのようなことも考慮して分析されています。

 

環境にも遺伝的要因が関与しているとはどういうことかと言うと、例えば「親にほめられる」という養育環境は、親が子供に働きかける刺激と捉えると環境ですが、そもそも親にほめられる行動が出やすい子供であると捉えると子供の持つ遺伝的素質となります。

 

実際、双子の分析により、このような現象が存在することは多くの研究で明らかになっています。

 

環境の中でも、親の子育てについては最も多くの分析が存在しており、それらをメタアナリシスした研究も多く存在しています。その1つを紹介すると以下になります。

【子育てのスタイルにおける遺伝率、共有環境率、非共有環境率】
年齢 子育てのスタイル 遺伝 共有環境 非共有環境
0~5歳 ネガティブ 0.19 0.58 0.23
ポジティブ 0.07 0.67 0.26
6~17歳 ネガティブ 0.32 0.34 0.34
ポジティブ 0.16 0.33 0.51

(出典:R.Avinun, A.Knafo「Parenting as a Reaction Evoked by Children’s Genotype: A Meta-Analysis of Children-as-Twins Studies」)

 

表に示す通り、6〜17歳の子供に対する

・ポジティブ子育て(愛情、尊重、計画性、理解etc.)を引き起こす要因は、遺伝16%、共有環境33%、非共有環境51%

・ネガティブ子育て(強制、厳しい規律、無関与、悪影響etc.)を引き起こす要因は、遺伝32%、共有環境34%、非共有環境34%

です。

 

子育てという親の養育行動であるため、共有環境要因がある程度大きく機能すると考えがちですが、実際は3割程度であり、むしろ遺伝要因と非共有環境要因で7割近くを説明するという、おそらく多くの人の予想に反する結果となっています。

 

環境にも遺伝的要因が関与しているという事実は、双子のデータ分析だけではなくGCTA(全ゲノム複合体形質分析)でも明らかになっています。

 

2578人を対象とした研究(R.A.Power et al.「Estimating the heritability of reporting stressful life events captured by common genetic variants.」)では、ストレスの大きい出来事の遺伝率を分析しています。

 

その結果、病気、知人の死、強盗被害など、本人自身の行動とは無関係に生じると考えられる出来事でも26%は遺伝的要因となっています。

 

また、離婚、失業、お金や法律の問題など、本人自身の行動に依存すると考えられる出来事で30%が遺伝的要因という結果で、遺伝率に大差はなく、出来事の本人関与に関係なく3割近くは遺伝的要因という結果になっています。

 

強盗に遭うことに遺伝が26%も影響していると言われても、にわかには理解しがたい人も多いかと思いますが、科学的な分析結果がそうなっているため、エビデンスのない一個人の考えVS.強固なエビデンスを有する分析では、後者の信憑性がはるかに高いのは言うまでもないことです。

 

人間の形質におけるエピジェネティクスの考察

遺伝的要因やDNAについて話をすると、「エピジェネティクスを知らない無知な主張」といったような内容の見解を示す人が少なからず出てきます。言うまでもなく、本記事はエピジェネティクスの研究結果等も勘案の上で記述しています。

 

上記のような見解を示す人の中には、エピジェネティクスを誤って理解or過大解釈している場合が多いようです。

 

そこで、エピジェネティクスの基本的な部分を解説した上で、エピジェネティクス研究の解釈、エピジェネティクスの位置付けなどについて解説していきます。

 

エピジェネティクスとは(エピジェネティクスの定義と定義の歴史)

エピジェネティクス(epigenetics)の「epi」は「上に」「後で」という意味の接頭語で、「genetics」は「遺伝学」という意味です。従って、エピジェネティクスは「遺伝子の上に付加されたものについて研究する学問領域」という意味に言語的にはなり、大きく外れてはいません。

 

しかし、実際の語源は異なります。イギリスの生物学者ウォディントンにより1942年に、「エピジェネシス(後成説)」と「ジェネティクス(遺伝学)」の混成語として作られたのがエピジェネティクスです。

 

生物の発生には、古くは「前成説」、「後成説」の2つの考えがありました。

 

前成説とは、卵などの中に既に生まれてくる生物の小さい形の子が存在しており、それが大きくなるという考えです。一方、後成説とは、生物の身体は形の無いところから新しく構築されていくという考えです。

 

現在、前成説は否定されており、後成説が広く認められています。しかし20世紀中頃の時点では、1つの受精卵からいろんな細胞や組織がどのようにして出来上がるのかといったメカニズムは解明されていませんでした。

 

そこで、ウォディントンが「遺伝情報が表現型を示す過程において、周辺環境とどのように影響し合うのかという概念」という意味で、「エピジェネティクス」という語を発表しました。

※表現型:遺伝子情報が形質として表現されたもの

 

しかし、読んで分かる通り、後成説のメカニズムの説明になっているのかどうか、ぼんやりし過ぎて分かりません。

 

ウォディントンがエピジェネティクスを発表した1942年当時は、遺伝子がDNAであること、DNAの役割などは解明されていなかったため、抽象的で分かりにくい定義になったと推測されます。

 

ウォディントンは理解を促すために、1957年に「エピジェネティック・ランドスケープ」という概念図を用いて再度説明を試みます。

エピジェネティック・ランドスケープ

 

エピジェネティック・ランドスケープは、ボールが細胞、ボールの位置が細胞分化の状態を示します。

 

奥が高く、手前が低くなっており、その間に谷がいくつかあります。一番奥にボール(細胞)がある状態が全能性(どんな細胞にも分化できる状態)、手前に転がり落ちたボール(細胞)は分化した状態で、血液細胞、神経細胞、皮膚細胞などを表します。

エピジェネティック・ランドスケープにおける細胞分化の様子

 

分化した細胞は、基本的に別の細胞になることはできませんが、これを手前の谷にいったん落ちると別の谷に移ることはできないということで図示しています。

 

また、細胞分化は全能性から分化状態の一方通行であることを、ボールは高い位置から低い位置にしか転がらないということで図示しています。

 

ちなみに、ノーベル賞受賞で有名になったiPS細胞は、手前の谷に落ちこんだボール(細胞)から、奥のボール(細胞)を作る作業ですので、重力に逆らった驚くべき発見というのが直感的に分かります。

 

エピジェネティクスの定義は、ウォディントンの発表以降、少しずつ変化してきています。現代的には、デビット・ナンニーの定義を組み込んだ方が理解しやすいかと思います。

 

ナンニーは、ウォディントンとは別の視点で、エピジェネティクスの概念を考えていました。

 

ウォディントンは、発生という動的現象に着目してエピジェネティクスを考えていたのに対し、ナンニーは、細胞分裂しても性質が維持される安定的現象に着目してエピジェネティクスを考えていました。

 

つまり、分化した細胞の性質は安定しているため、エピジェネティクスも安定的な概念であり、そのメカニズムは細胞核の中に存在するとまで仮説を立てていました。

 

まとめると、エピジェネティクスな状態は、発生・分化のプロセスでは変化するが、分化すると安定的になるということです。

 

このように、時代の流れに伴い様々な定義がされており、研究者によっても見解が微妙に異なっているのですが、2008年に提案された以下の定義が、現時点では歴史的な定義を総合的に取り入れたスタンダードと考えて良いでしょう。

 

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列の変化を伴わない染色体における変化によって生じる安定的に受け継がれうる表現型(もしくは表現型を研究する学問)である。

※人間に限らず生物を構成する基本単位は、細胞です。人間の細胞(1つの細胞)は、細胞核の周りに細胞質が存在し、それらを細胞膜が包んでいます。細胞核には遺伝情報が保存されています。

具体的には、細胞核の中にある染色体、染色体の中にあるDNA、DNAの中にある塩基で遺伝情報が構成されています。DNA内の塩基は4種類存在しますが、この4種類の塩基の並び順(塩基配列)が遺伝情報となります(塩基がどの順番でどのくらいの長さ並ぶかの違いで情報を構築しています)。

 

高校で生物を選択していない人が、このエピジェネティクスの定義を読んでも、おそらく理解できないと思います。そこで、イメージしやすいように具体的な事例を挙げて説明します。

 

第二次世界大戦末期の1944年~1945年に、オランダではドイツ軍による食糧封鎖が行われました。オランダ西部では、1人あたりの摂取カロリーは1日1000キロカロリーを下回り、飢餓状態となり、2万人以上が死亡しました。その飢餓の中、妊婦もたくさんいました。

 

赤ちゃんが母親のお腹の中にいる期間は約9ヵ月で、胎生前期、胎生中期、胎生後期に分けることができますが、胎生後期に飢餓を経験した赤ちゃんの出生時体重は極度に低く、十分な栄養が取れるようになっても小さく病弱な子が多い傾向にありました。

 

一方、胎生前期に飢餓を経験した赤ちゃんは、中期・後期に成長が追いつき、正常体重で生まれてくる子が多い傾向にありました。

 

しかし約50年後、疫学的分析が実施され、驚くべき結果が出ました。胎生前期に飢餓を経験した人は、高血圧、心筋梗塞などの生活習慣病の罹患率が高かったのです。つまり、生まれる前の環境状態が、50歳になっても健康に影響しているということになります。

 

戦争中の飢餓という非日常的な環境であったことが関与しているのではないか、といった考察をする人もいるかもしれませんが、それは違います。

 

イギリスの疫学者バーカーの研究で、平時の場合でも、胎児期の環境が大人になってからの健康状態に影響を与えるということが分かっているのです。

 

バーカーが、母体内で低栄養にさらされ生まれた赤ちゃんと、大人になってからの疾患の関係について、疫学的調査を行った結果、母体内で低栄養にさらされるほど、高血圧、糖尿病などの生活習慣病のリスクが高いことが分かったのです。

 

この現象は、胎児期に栄養が十分でない状態を経験すると、低い栄養でも生きていけるよう身体が適応したと解釈されています。つまり、大人になって標準的な栄養を摂ってしまうと、低栄養に対応した身体のため、栄養過多になってしまい生活習慣病のリスクが上がるということです。

 

このような現象が起こるメカニズムとして、身体(身体の細胞)のどこかに低栄養状態の記憶が記録されたと考えられますが、何十年という長期間もの間、細胞の中で維持されるものとは何なのでしょうか?

 

まず、遺伝ではありません。遺伝的な形質は、父・母から精子・卵子を媒介して子へと受け継がれるものですが、受精後の胎児期の環境の話のため、遺伝は無関係です。

 

では、胎児期の低栄養という悪環境により、DNA(具体的にはDNAの塩基配列)に異常が発生したのでしょうか?

 

これも違います。化学物質や放射線がDNAの突然変異を起こすことはありますが、栄養状態が悪いくらいでDNAに異常が発生することはありません。

 

遺伝でもなくDNAの塩基配列変化でもない細胞内の何かが変化し、長期間に渡り維持している、これは一体何なのでしょうか?

 

これが、エピジェネティクスなのです(ではないかと考えられているのです)。

 

もう一度エピジェネティクスの定義を見てみましょう。

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列の変化を伴わない染色体における変化によって生じる安定的に受け継がれうる表現型(もしくは表現型を研究する学問)である。

 

つまり、遺伝でもDNAの塩基配列変化でもない細胞内の染色体における何らかの変化で、長期間維持しているものということで、上記のオランダ飢餓のようなケースが当てはまるのです。

 

ウォディントンのエピジェネティック・ランドスケープの図で説明すると、ボールが手前の谷に落ちこんだ状態(細胞が分化した状態)では、エピジェネティクスな状態は変化せず、分化した形質が安定的に受け継がれていきます。

エピジェネティック・ランドスケープでボールが手前の谷に落ちこんだ状態

 

一方、ボールが転がっている状態(分化途中の状態)では、エピジェネティクスな状態は少しずつですが変化する場合があります。細胞は少し手前のエピジェネティクスな状態を記憶しながら分化していくのです。

エピジェネティック・ランドスケープでボールが転がっている状態

 

エピジェネティクスの重要な特徴として、「細胞分化の途中では変化する場合があるが、細胞分化が完了すると安定的に維持される」という点が挙げられます。

 

なお、すでにお気づきかと思いますが、「エピジェネティクス」という言葉は、1つの概念であると同時に、関係する現象、研究分野など多義的に用いられます。また、「エピジェネティクスな状態(orエピジェネティック状態)」というように形容詞的にも使用され、「エピジェネティクスという現象が関与する」といった意味になります。

 

エピジェネティクスのメカニズム

エピジェネティクスの定義は分かったけれども、具体的にどのようにして発生しているのか疑問の方も多いと思いますので、エピジェネティクスのメカニズムについて説明していきます。

 

エピジェネティクスのメカニズムを理解するには、遺伝子やDNAの基本的知識について理解しておく必要があるため、必要最低限の内容をまず説明したいと思います。

 

ご存知の通り、人間の身体のほとんどは水分(年齢によって変わりますが50%〜80%程度)ですが、その次に多い成分はタンパク質で20%程度を占めます。タンパク質は人間の身体を構成している主成分で、人間の身体の中には約10万ものタンパク質が存在します。

 

我々の身体の部位は、形や性質、働きなどが異なりますが、これはタンパク質の違いによるものです。

 

タンパク質はアミノ酸という物質が結合してできており、自然界には何百種類ものアミノ酸が存在しますが、人間のタンパク質を構成するアミノ酸は20種類です。20種類のアミノ酸が、どういう順番でどのくらい結合するかによって、異なるタンパク質ができあがります。

 

このタンパク質の合成を管理しているのが遺伝子です。遺伝子は、どのようなタンパク質を作るかというタンパク質の設計図です。そして遺伝子は、DNAの中に入っています。

 

DNAを理解するためには、細胞の構造についての理解が必要です。

 

人間の身体は、約60兆個、種類にして200種類以上もの細胞でできており、細胞は人間を構成する基本単位です。人間の細胞(1つの細胞)は、細胞核、細胞質、細胞膜でできており、細胞核の中には染色体が存在します。

細胞の構造

 

染色体はいくつかの物質でできていますが、その中に核酸の一種であるDNA(デオキシリボ核酸)があります。つまり、DNAとは化学物質で、その中に遺伝子(タンパク質の設計図)が入っています。

染色体、DNA

 

DNAの構造は、糖(五炭糖)とリン酸が結合した物質の2本の柱の間を塩基が並んでおり、塩基を足場とする螺旋階段のような形状となっています。塩基は、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)の4種類で、AとT、CとGが各々ペア(塩基対)になっています。

DNAの塩基対

 

この塩基の並び(塩基配列)が遺伝子です。つまり、筋肉や内臓、血液、免疫などを作るのに必要なタンパク質の設計図は、4種類の塩基の並び方によって決定されているのです。

 

さて、遺伝情報は、細胞核内の染色体内のDNAに入っていますが、タンパク質の合成は細胞核の中で行われるのではなく、細胞質で行われます。そこで、細胞核内のDNAの遺伝情報を細胞核外の細胞質へ伝えるメッセンジャーがRNA(リボ核酸)という物質です。

 

つまり、DNAの塩基配列をRNAがコピーし、RNAが細胞核を出て、RNAの塩基配列の情報を基にタンパク質を作ります。

DNA、RNA、タンパク質の関係(中心教義)

 

DNAは、AとT、GとCの塩基対が鎖となったものですが、人間の細胞1個の中には約60億もの塩基対が入っています。細胞核の中には46本の染色体があり、DNAの鎖は46個に分かれて存在します。

 

46本の染色体は、44本の常染色体と2本の性染色体からなり、常染色体は1番染色体×2本、2番染色体×2本、…、22番染色体×2本となっており、同じ染色体が2本ずつ22組存在します。性染色体は、男性はX染色体とY染色体、女性はX染色体が2本となっています。

 

Y染色体に入っている情報は、男性を決定する情報で、人間を規定する遺伝情報は、1番染色体、2番染色体、…、22番染色体、X染色体に入っている塩基対であり、約30億(約60億÷2)の塩基対となります。これをヒトゲノムと言います。

 

ゲノムとは、ある生物を規定する遺伝情報の総体で、人間の場合はヒトゲノム、豚の場合はブタゲノムというように呼びます。従って、「ヒトゲノム=人間を規定する遺伝情報の総体=人間を規定するDNAの塩基配列(約30億塩基対)」となります。

 

実はヒトゲノム(約30億塩基対)のうち、遺伝子(タンパク質の設計図)は約1%程度です。つまり、DNAの塩基配列において、遺伝子の領域と遺伝子ではない領域があり、遺伝子ではない領域の方がはるかに大きいのです。

ヒトゲノムにおける遺伝子の領域

 

ゲノムと遺伝子を似たようなものと誤解されている人も多いですが、ゲノムのほんの一部が遺伝子なのです。

※ゲノム、遺伝子、DNAは混同しがちなので、今一度復習しておきます。

・ゲノム:人間を規定するDNAの塩基配列

・遺伝子:DNAの塩基配列のうちタンパク質を構成する部分(アミノ酸配列を指定している部分)

・DNA:デオキシリボ核酸という化学物質

 

従って、塩基配列において遺伝子の領域は飛び飛びに存在しますが、遺伝子の領域の数は約2万数千です。(人間の遺伝子は2万数千個と言われるのは、このためです)

 

遺伝子領域の塩基対の数は、約30億×約1%=約3000万となりますが、いくつかの塩基対が集まらないと情報(タンパク質の設計図)として成立しませんので、そのような塩基対の集合体の部分が約2万数千個あるということです。

 

では、ヒトゲノムにおいて、遺伝子ではない領域はムダなのでしょうか?

 

プラモデルに例えると分かりやすいのですが、遺伝子はタンパク質の設計図(アミノ酸の配列情報)ですので、プラモデルの個々の部品に該当します。しかし、部品だけがあっても、プラモデルを完成させることはできません。

 

どの部品とどの部品を接着させて、どこに配置させるかという設計図が必要となります。ヒトゲノムも同様で、どの遺伝子をいつ、どこで、どのくらい働かせるかといった情報もヒトゲノムには記録されているのです。

 

約2万数千個の遺伝子は、各々異なる発現コントロールを受けており、どのような遺伝子が発現しているかによって、細胞の形態や機能が規定されています。

 

遺伝子の発現はいろいろありますが、エピジェネティクスのメカニズムを理解する上で最低限必要なことを説明します。

 

最も重要なのは、遺伝子の近くに存在するコントロール領域です。コントロール領域は、その遺伝子をRNAに転写するかどうかを決めています。

 

コントロール領域は、遺伝子のすぐ近くにあるプロモーター領域とやや離れたところにある制御領域に分けられます。

遺伝子、プロモーター領域、制御領域

 

RNAへの転写とは、DNAをテンプレートとしてRNAを作成する酵素「RNAポリメラーゼ」が、遺伝子の上を移動しながら塩基配列情報をDNAからRNAへコピーするプロセスです。

 

それを行うためには、まずプロモーター領域にRNAポリメラーゼが引き寄せられ、活性化される必要があり、それを調整するのが転写因子です。つまり、転写因子は、転写のスイッチなのです。

プロモーター領域、RNAポリメラーゼ、転写因子

 

さらに、転写をコントロールしているのは転写因子だけではありません。制御領域の状態も、転写に大きく影響しています。この制御領域の状態こそが、エピジェネティクス修飾であり、具体的には「ヒストンの修飾」と「DNAのメチル化」です。

 

人間のDNAは、そのままの状態で染色体の中に存在するのではなく、ヒストンという円筒状のタンパク質に約2回巻き付いたヌクレオソームという構造を作って存在しています。

ヌクレオソーム

 

つまりDNAは、1個目のヒストンに約2回巻き付いたら、少しそのままの状態になり、次に2個目のヒストンに約2回巻き付いたら、また少しそのままの状態になり…と繰り返し、数珠のような状態で存在しています。

 

ヌクレオソームが多数連なってできたものをクロマチン(クロマチン線維)と言います。染色体は、このクロマチンが折りたたまれたものです。

クロマチン

 

1つの細胞核内には46本の染色体があり、従ってDNAの鎖も46本あります。46本のDNAの長さは総和(総延長)は約2mです。一方、細胞核の直径は約5μm(1/200mm)です。

 

このように小さな細胞核内に、約2mのDNAがもつれずに収納されているのは、クロマチンの状態でコンパクトに折りたたまれて存在しているからなのです。

 

しかし、ヒストンはDNAをコンパクトにまとめるだけではなく、様々な酵素により化学修飾を受け、転写をコントロールする役割も担っています。ヒストンの修飾にはいくつか種類がありますが、重要なのはアセチル化とメチル化です。

※アセチル化:アセチル基(-COCH3)が結合されること / メチル化:メチル基(-CH3)が結合されること

 

アセチル化を受けたヒストンの近くに存在する遺伝子は、転写が活性化されます。一方、ヒストンがメチル化を受けると、転写が活性化される場合と不活性化される場合があり、説明にはヒストンの構造の理解が必要であり、かなり複雑になるため、ここでは割愛します。

 

DNAのメチル化は、DNAの4つの塩基のうちシトシン(C)のみがメチル化を受ける修飾で、シトシンがメチル化すると転写が不活性化されます。

 

まとめると、エピジェネティクスは、特定の遺伝子を働かせるか止めるかのスイッチのオン/オフの機能であり、代表的なものとして以下の3つがあります。

①ヒストンがアセチル化されると、遺伝子発現が活性化される

②ヒストンがメチル化されると、遺伝子発現が活性化される場合と不活性化される場合がある(詳細は割愛)

③DNAがメチル化されると、遺伝子発現が不活性化される

 

エピジェネティクス研究の事例とエピジェネティクスの論理的解釈の仕方

ゲノムあってのエピジェネティクス

生命の設計図と例えられるゲノムは、個人の中では同一であり、生まれてから変化せず、人為的に変えることはできません。一方、エピジェネティクスは、基本的に安定したものですが、時として変化することもあります。

 

つまり、ゲノムは不変ですが、エピジェネティクスは可変という特徴があります。この特徴のみを取り出して、「遺伝子(ゲノム)は変えられる」「人生は変えられる」etc. といった内容の見解をよく目にしますが、過大解釈が過ぎると言えるでしょう。

 

エピジェネティクスがゲノムに取って代わるといったような、大きなインパクトを持つとは現状では考えにくいです。

 

そもそも、全ての情報はゲノムに内包されており、エピジェネティクスに関与するものも例外ではありません。エピジェネティクスは、ゲノム情報の読み出しメカニズムの1つに過ぎません。

 

つまり、ゲノムあってのエピジェネティクスであり、ゲノムとエピジェネティクスは対等関係ではありません。

 

例えるなら、ゲノムは本で、エピジェネティクスは付箋やマーカーです。膨大な情報が入った本(ゲノム)があり、「この部分は読む」「この部分は読まない」といった付箋(ヒストンの修飾)やマーカー(DNAのメチル化)がされているイメージです。

付箋とマーカーによるエピジェネティクスのイメージ

 

「この部分読む」という遺伝子発現活性化の白付箋、「この部分は読まない」という遺伝子発現不活性化の黒付箋、黒マーカーがされているのです。(ヒストンの修飾⇒活性化、不活性化 / DNAのメチル化⇒不活性化)

 

しかし、付箋やマーカーの場所(エピジェネティクスな状態)が変わっても、本の内容そのもの(ゲノム)が変わるわけではありません。

 

マスメディアや本・雑誌の見出しやタイトルは、キャッチーなものが多く、ゲノムや遺伝子理論からエピジェネティクス理論へのパラダイムシフトといったようなことをミスリードしている感が否めませんが、エピジェネティクスの定義をきちんと理解していれば、過大解釈が起こることは、まずないかと思います。

 

違いがあるからといって原因とは限らない

一卵性双生児においては、ゲノムは100%同一ですが、エピジェネティクスな違いはどのくらいあるのかを解析した研究があります。

 

3歳〜74歳までの80組の一卵性双生児のリンパ細胞などから採取したDNAについて、エピジェネティクスな状態の差異を解析したところ、年齢の若いペアよりも年齢の高いペアの方が、エピジェネティクスな差異が大きいという結果が出ました。

3歳と50歳の一卵性双生児ペア間のエピジェネティック値(メチル化、アセチル化量)の比較

 

ただし、この研究からは統計的な違いが示されているだけで、エピジェネティクスな違いが一卵性双生児のきょうだいに、どのような影響をもたらすのか、もしくはもたらさないのかは分かっていません。

 

つまり、一卵性双生児のきょうだいにおける形質の違いの原因が、エピジェネティクスによるものなのかどうかは分かりません。

 

証明できなければ真実と言えない

前述したオランダの飢餓のケースのように、胎児期における環境要因が成人後の病気の発症に関係するという報告は多数存在します。

 

体内のどこかの細胞に記憶が残っているわけですので、エピジェネティクスが関与している可能性は十分考えられます。しかし、現時点では、確実な証明はされていません(証拠がありません)。

 

仮にエピジェネティクスが関与していると仮定して、どの細胞のエピジェネティクス変化が原因かを特定する必要が出てきます。

 

エピジェネティクス変化が少数の遺伝子のみで認められるなら、片っ端から調べていけば何とかなるかもしれません。しかし、多数の遺伝子のエピジェネティクス状態に違いがあれば、どれが原因なのかを特定するのはたやすいことではありません。

 

人間に関して、これらの解析を行うだけのサンプルを集めるのはほぼ不可能なため、動物実験となります。かなりの数の実験動物が必要ではありますが、やろうと思えばできないことではありません。

 

しかし、研究論文としては、あまり見当たらないのが現状です。ネガティブな結果が出ると、論文報告されない傾向にあるため、どのくらいの数の研究が行われたのかは不明です。

 

つまり、論文発表を見る限りでは、エピジェネティクスが関与しているのではないかと思われる現象でも、皆が納得する証明をするのは簡単ではないようです。

 

健全な好奇心と適正な懐疑心を持って、冷静に判断する必要がある

エピジェネティクスの定義自体が広範であるため、「全ての遺伝子発現のコントロールには、何らかの形でエピジェネティクスなコントロールを受けている」と解釈することも可能と言えます。

 

仮に、そのゆるい解釈を受け入れると、全ての生命現象にはエピジェネティクスが関与しているという考えも間違いではありません。

 

しかし、それでは何も言っていないのと同じなので、やはり原因であるとか強く関与しているといったことを証明、発見する必要があると思いますが、それが難しいのが現状のため、何でもかんでもエピジェネティクスにする傾向があるように思えます。

 

例えば、風邪をひいた時の天気が悪かったとします。天気が悪いという要因が、風邪をひいたことに全く関与していないとも言えませんが、それを言い出すと何でもかんでも関与していることになるのと同じです。

 

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とエピジェネティクスの例を考えてみましょう。PTSDとは、事故や災害などの突然の心的外傷、または児童虐待のような慢性の心的外傷により、不安やフラッシュバックなど日常生活に支障をきたす症状が持続する精神疾患です。

 

このPTSDにエピジェネティクスが関与しているとする見解があります。

 

エピジェネティクスの定義が広範なため、否定するのは不可能ですが、強く関与しているのか、関与していないとは言えないレベルなのか、というところが論点です。

 

まず、記憶や学習にはエピジェネティクスが関与していることが分かっています(むろん、エピジェネティクスだけではありません)。

 

また、生後すぐの子ラットの実験で、愛情貧しく育てられた子ラットは、いつまでもストレス耐性が弱く、エピジェネティクスの制御によるものであることが分かっています。

 

この2つの事実から、PTSDにはエピジェネティクスが強く関与しているという仮説が存在します。

 

妥当のようにも思えますし、仮説を否定するエビデンスはないですが、疑い深く考えてみる必要があるように思えます。

 

そもそも、エピジェネティクス情報のゲノムへの刷り込みには、特定のタイミングが重要である可能性が高いです。

 

子ラットの実験は、生後すぐの育成についての研究であり、オランダの飢餓のケースのように、胎児期に低栄養を経験して生まれた赤ちゃんは、成人後、生活習慣病になりやすいというバーカー仮説というものがありますが、胎児期というタイミングがキーとなる現象です。

 

生まれてからの環境の影響、ましてや成人後の事故や災害での心的外傷が、エピジェネティクス状態を変化させるのでしょうか?議論の余地が十分にあるように思えます。

 

従って、PTSDにエピジェネティクスが、どの程度関与しているのか、前述の2つの事実から判断するのは難しいと言えます。

 

仮に、PTSDにエピジェネティクスが強く関与しているとして、人間のどの細胞にどのような変化が生じるからPTSDが発症する、というのを調べるのは簡単ではありません。

 

研究が進めば、エピジェネティクスの強い関与が証明されるかもしれませんが、現時点では夢物語と言わざるを得ません。

 

生命現象の原因は複数あることが通常で、原因と主原因は同じとは限らない

ある事柄が分かっていると言っても、分かっているのレベルはいろいろあります。

 

エピジェネティクス現象で、現時点で最も詳細に分かっているのは、植物の春化現象です。植物の春化現象では、非コードRNAに始まり、ヒストンの修飾がどのように進展していくかが時系列も含めて明確化されています。

※植物の春化現象:春に花を咲かせる植物の多くは、冬の低温暴露が花成の条件となっています。この、低温状態によって花成促進される現象を「春化現象」といいます。人為的に低温状態にさらすことで、冬を越さなくても花成させることができ、これを「春化処理」といいます。

 

ここまで詳細に分かっているのは、様々な変異体を利用した解析ができているからで、このレベルであれば良く分かっていると言っても過言ではないでしょう。

 

しかし、その他の現象、例えば、女王バチの発生、記憶への関与、プレーリーハタネズミの一雌一雄制などに関しては、エピジェネティクスが関与しているのは分かっていますが、エピジェネティクスが原因(エピジェネティクスだけで説明できる)と考えるのは過大解釈です。

 

これらの実験は、ヒストンのアセチル化やDNAのメチル化を薬剤などで攪乱すると、ある現象が生じたり・生じなかったりするものです。

 

従って、ヒストンのアセチル化やDNAのメチル化が、それらの現象に関与していることは間違いないですが、分かるのはそこまでで、それ以上のことは分かりません。

 

そもそも、生命現象は、複数の原因(理由)やメカニズムが関与しているのが通常です。従って、エピジェネティクスだけが機能して成り立っているわけではありません。

 

分かりやすくイメージしやすいように、現象を屋根、原因やメカニズムを柱と考えてみてください。生命現象が、エピジェネティクスを始め、いろんな柱で支えられていると考えるのです。

生命現象とその原因やメカニズムとの関係図

 

実験によって、薬剤などである機能を阻害させたり失活させるということは、一本の柱を低くしたり無くしてしまう状況を意図的に作り出すことです。従って、無くそうとした柱が、屋根を支える重要な位置にあった場合(大黒柱の場合)、屋根(生命現象)は崩れ落ちることになります。

生命現象とその原因やメカニズムとの関係図(薬剤などである機能を阻害させた場合)

 

エピジェネティクスに限らず多くの化学的メカニズムが、非常に多くの生命現象(屋根)の柱になっているため、多かれ少なかれ関与しているのは事実です。むしろ、関与していない生命現象を挙げる方が難しいかもしれません。

 

しかし、エピジェネティクスの柱を無くしたところで、他の柱で支えられていて生命現象(屋根)は崩れ落ちないことが多いです。

エピジェネティクスの柱を無くしても生命現象が崩れない場合のイメージ図

 

エピジェネティクスとの関係が良く分かっている現象とは、エピジェネティクスが大黒柱となっている現象で、そうした事例はエピジェネティクスが重要な役割を果たしているため、いわゆる面白い現象として取り上げられる傾向にありますが、そのような事例は現時点ではあまり多くない状況です。

 

いずれにせよ、エピジェネティクスは柱になっている場合は多いですが、大黒柱(主原因)であるかどうかは別問題です。

 

相関関係があるからといって、因果関係があるとは限らない

エピジェネティクスが非常に多くの生命現象に関与しているということは、非常に多くの病気とエピジェネティクスも何かしら関係があることになります。しかし、繰り返しになりますが、「エピジェネティクスの異常が、多くの病気の原因である」ということとは話が別です。

 

病気の人の細胞と健常者の細胞を比較してみると、エピジェネティクス状態に違いがあることが多いです。従って、病気とエピジェネティクスには、何かしらの相関関係があるとは言えますが、因果関係があるかどうかは話が別です。

 

病気によってエピジェネティクスの状態が変化した(病気がエピジェネティクス異常の原因)かもしれませんし、エピジェネティクス異常が病気の原因の1つだとしても、主原因(大きく影響する原因)ではないかもしれません。

 

また、エピジェネティクス異常は全くの偶然(病気とエピジェネティクス異常は無関係)かもしれません。

 

むろん、エピジェネティクス異常が病気の主原因かもしれません。

 

相関関係と因果関係を正しく理解していただくために、「相関関係はあるが、因果関係はない」という分かりやすい例をいくつか示したいと思います。

 

①全くの偶然

「アメリカにおけるノルウェーからの原油輸入量」と「車と電車の衝突事故における運転手死亡数」は相関関係にあります。また、「アメリカ・メイン州の離婚率」と「マーガリンの1人あたり消費量」も相関関係にあります。

「アメリカにおけるノルウェーからの原油輸入量」と「車と電車の衝突事故における運転手死亡数」の年次推移
「アメリカ・メイン州の離婚率」と「マーガリンの1人あたり消費量」の年次推移

 

グラフを見ると明らかですが、驚くほどきれいな相関関係になっていますが、これらが全くの偶然であり、因果関係ではないことは説明するまでもないでしょう。

 

②第3の変数(交絡因子)の存在

国立教育政策研究所「全国学力・学習状況調査」とスポーツ庁「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」より、体力がある子供は学力が高いということが分かっています

 

しかし、説明するまでもなく、子供に運動をさせて体力がついたところで、学力が上がる可能性は低いでしょう。

 

このケースでは、体力にも学力にも影響を与える第3の変数(経済学では「交絡因子」という)が存在すると考えるのが妥当でしょう。

体力にも学力にも影響を与える第3の変数(交絡因子)

 

③逆の因果関係

警察官の多い地域では、犯罪件数が多い傾向にあることが分かっています。しかし、警察官が多いことが原因で、犯罪件数が多くなった、と考える人はあまりいないでしょう。

 

このケースでは、犯罪件数が多いことが原因で、警察官の人数を増やして犯罪を減らそうと試みたと考えるのが妥当でしょう。

犯罪件数と警察官の人数の関係

 

このように、相関関係があっても「全くの偶然」「第3の変数の存在」「逆の因果関係」という場合もあり、必ずしも因果関係とは限らず、むしろ因果関係となる場合の方が少ないと言えます。

 

上記の例は、相関関係と因果関係は異なることを明示する分かりやすい例のため、間違う人は少ないと思いますが、実際の生命科学の研究現場では相当複雑になってきます。

 

エピジェネティクス異常が病気の主原因であると特定するには、「エピジェネティクス異常をピンポイントで正常化する薬を使ったら、病気が治った」というような証拠でもなければ、断定することはできません。

 

骨髄異形成症候群(MDS)という病気があります。MDSは、エピジェネティクスな状態に影響を与える薬が治療に有効であり、認可もされており、広く利用されています。

 

MDSとは、骨髄中の異常な造血幹細胞が増殖して、正常な血液細胞を造るのを抑制してしまう病気で、血液がんの1つです。正常な血液が十分に造られないため、貧血、白血球減少などの症状が現れます。

 

MDSにおいては、遺伝子の突然変異だけではなく、がん抑制遺伝子の制御領域におけるDNA高メチル化があることや、DNAのメチル化を制御する遺伝子がMDS発症に関係することなどが分かっていました。

 

そのため、DNAのメチル化がMDS発症に関与しているのではないかと考えられ、DNAメチル化阻害剤「アザシチジン」を治療に使用することが考案されたのです。

 

MDS患者にアザシチジンを投与すると、貧血改善、骨髄中の異常細胞の減少といった好反応を生じるケースが多く出ました(全ての症例で好反応が出たわけではありません)。

 

DNAのメチル化とは、エピジェネティクス修飾の1つであり、DNAがメチル化されると遺伝子発現が不活性化されるのでした(ということを思い出してください)。

 

つまり、「DNAのメチル化によって、ある遺伝子の発現が不活性化され、MDSが発症しているため、アザシチジンでメチル化が阻害され、その遺伝子の発現が活性化(正常化)されたので、効果があった」と考えるのは早計なのです。

 

上記の「ある遺伝子」というものは現時点では見つかっていませんし、アザシチジンのどのような作用メカニズムが治療効果につながっているのかも分かっていません。エピジェネティクスの状態に作用したのではなく、別の分子メカニズムで作用した可能性も否定できません。

 

このようなケースでも、因果関係と断定はできず、因果関係であることを証明するのは、相当難しいと考えた方がよいでしょう。

 

しかし、「因果関係と断定できない」ということは事実なので問題は無いですが、因果関係ではないもの(ただの相関関係)を因果関係と誤解釈しているケースが多いのが現実であり、こちらは問題です。

 

これは、相関関係しかないのに因果関係と思い込んでいる人が多いという話ではなく、データ分析を専門とする企業や専門機関などが、相関関係しかないのに因果関係と思い込んで、ビジネスなどに活用しているというレベルの話です。

 

2016年1月8日、ウォール・ストリート・ジャーナルは「ビッグデータに潜むバイアス、米規制当局が警告」というタイトルの記事を掲載しました。

 

米連邦取引委員会が、企業や専門機関などに対して、ある警告を発したというもので、その内容は「相関関係であっても因果関係があるとは限らない」というものでした。

 

いわゆる大企業や専門機関のほとんどが、ビッグデータを活用しているのが現状ですが、導き出した結果が間違っている場合が多く、意味の無いデータを意味があると言っているというのです。

 

米連邦取引委員会は、「ある企業では、経済状況や返済履歴にほとんど関係ない要因を用いた信用リスク分析によって、信用リスクの度合を予測して、それを根拠に取引するかどうかを判断している」という事例を紹介しています。

 

ビッグデータは、相関関係を見つけることはできるが、その相関関係が意味のある関係(因果関係)であるかどうかは教えてくれず、誤った分析(というよりも、分析結果の誤った思い込み)により、国民のチャンスを奪ってしまう危険性があることに、米取引委員会が警鐘を鳴らしたのです。

 

エピジェネティクス自体のメカニズムにおいても、分かっていないことが多い

先に述べてきた通り、多くの生命現象に、エピジェネティクスは何かしら関与していますが、どの程度関与しているか、どのように関与しているかは分かっていないことが多いです。

 

しかし、そもそもエピジェネティクス自体のメカニズムにおいても、分かっていないことが多いのが現状です。

 

例えば、細胞分化のプロセスで、ある遺伝子では特定のDNAメチル化が生じ、その遺伝子が巻き付いているヒストンも特定の修飾を受けるようになります。しかし、どのようにして部位特異的なDNAメチル化やヒストン修飾のパターンが確立していくのか、というメカニズムはほとんど分かっていません。

 

また、分化した細胞において、細胞分裂のプロセスでは、エピジェネティクス状態はほぼ安定的に維持されますが、DNA複製時にいったん離れたヒストンがDNAに再結合する時、ヒストン修飾が維持されるメカニズムは分かっていません。

 

また、非コードRNAの役割についても、分かっていないことがたくさん存在します。

 

イメージとしては、プレイヤーとプレイヤーが何をするのかは、ある程度分かってきていますが、個々のプレイヤーがゲノム上のどの位置でどのように働くのかについては、ほとんど分かっていません。

 

現状におけるエピジェネティクスの位置付け

エピジェネティクスの定義、研究事例などから、エピジェネティクスに関して何が分かっているのかを説明してきましたが、一言で言えば「分かっていないことだらけ」ということになるかと思います。

 

エピジェネティクスに関する論文数の経年推移を見ると、2000年前後あたりから急速に増加していることが分かります。

エピジェネティクス関連論文数の年次推移

 

概念(定義)が初めて発表されたのは70年以上前ですが、本格的に研究が始動したという意味では、まさに始まったばかりの分野なのです。

 

まだ試行錯誤の段階であり、先行研究を利用して整合性を確認し、方法論などの妥当性を検証している段階と言えるでしょう。使用している方法もまちまちで、必ずしも一貫した結果が得られているわけでもありません。

 

しかし、科学とはそういうものだとも言えます。

 

様々な結果が蓄積され整理されて、確実な知見が固まって、専門書などの書籍ができて、一般の人はその結果を知ることになります。その過程では、確かかどうか分からない研究報告が点在する段階があるものです。

 

また、生命科学の特徴として、研究が進めば進むほど、各論的な知識が蓄積していく傾向があります。

 

物理学などにおいては、各論的な知識が蓄積すると、統一的な理論や原理が導かれ全貌が明らかになる場合がありますが、生命科学においては、そういうことはあまりなく、各論の集積が全貌と言える分野なのかもしれません。

 

だからこそ、1つ1つの各論にとらわれすぎることなく、基本をしっかり押さえ各論を正しく理解する必要があると思います。

 

科学の成果がメディアで紹介される時、バラ色の将来的な内容で紹介される場合が多いように感じます。わざわざネガティブな解釈を紹介する必要性もないということなのか、販売促進のためにインパクトを重視しているのかもしれません。

 

エピジェネティクスについても、このような傾向は否めません。

 

むろん、いろんなことが解明されて明るい未来となる可能性も0ではないですが、現時点では、エピジェネティクスが関与している可能性のある現象はもとより、エピジェネティクスの基盤や仕組み自体においても、分かっていないことが多いのが実際のところです。

 

エピジェネティクスを専門に研究している研究者であれば周知なことでも、一般の人には過大解釈で認識されていることが多いように感じます。

 

現時点で、エピジェネティクスを過大解釈するのは思考としてはイロジカルであり、夢物語の域を出ないと言わざるを得ません。いろんな可能性は十分ありますが、夢を持つことと、証明されていない夢を事実と誤認識することは、違うということに注意が必要です。

※記事中の「現時点」「現在」などの表現は、記事公開日()時点を指します。

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