健康に役立つチーズの機能は、現代社会に生きる人間を救う
チーズは、風味豊かで栄養も豊富な食品ですが、ヒトの健康を促進し、体調を整える機能も多く含んでいます。豊富なカルシウムは骨を作る機能を活性化し、ダイエット効果もあることが解明されました。
また、血圧を下げる効果にも優れています。そして、食後にチーズを食べることが虫歯予防にもなり、認知症を予防する成分も含まれているという研究結果もあります。高齢社会となった現代の私達の健康に大いに役立つ、チーズの機能について見ていきましょう。
チーズは、体調を整えるすぐれた食品である
私達人間が口にする食品は、様々な役割を持っています。その働きは、一次機能から三次機能までの3つに分類されています。
一次機能は、生命を維持するために必要な栄養素となる、炭水化物、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルなどを指します。二次機能は、その食品そのもの、あるいは成分が人間の嗜好に訴えて「美味しい」と感じさせるもので、色や味、香り、そして歯ごたえなどの食感を指します。
そして三次機能は、いわゆる特定保健用食品などに代表されるような、生体の健康を増進し、体調を整える機能を指します。三次機能が満たす健康に関わる欲求というのは、一次機能、二次機能が満たされて初めて起こるものだとされています。
チーズの成分は、水分を別とすれば、たんぱく質と乳脂肪がほぼ半々の割合で構成されており、また製造段階で塩分を加えることから、これまでは、高脂肪で塩分が多く含まれた食品と捉えられてきました。しかし近年、チーズには三次機能が多く含まれることが明らかになってきました。
※出典:雪印メグミルク |
チーズは熟成するに従って、乳たんぱく質カゼインの分子から、様々な機能を持つ多くのペプチドを生み出します。また、カルシウムを多く含んでいますが、カルシウムには肥満解消や虫歯予防の効果が期待されています。
脂肪分や塩分の高さといった一次機能の面から、高血圧の方やメタボ傾向にある方はチーズを食べることにためらいを感じるかもしれません。しかし、研究の進展により明らかになってきた、チーズの持つ三次機能についても、ぜひ知っておいていただきたいと思います。
効率的にカルシウムを摂取できるチーズは、骨粗鬆症対策に有効である
ほとんどの日本人はカルシウムが不足しています。これは、世界各国の平均から見ても顕著な傾向です。
男性 | 女性 | ||||||
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年齢 | 必要量 | 推奨量 | 平均摂取量 | 年齢 | 必要量 | 推奨量 | 平均摂取量 |
20~29歳 | 650 | 800 | 452 | 20~29歳 | 550 | 650 | 384 |
30~39歳 | 600 | 750 | 438 | 30~39歳 | 550 | 650 | 441 |
40~49歳 | 600 | 750 | 433 | 40~49歳 | 550 | 650 | 441 |
50~59歳 | 600 | 750 | 468 | 50~59歳 | 550 | 650 | 489 |
60~69歳 | 600 | 750 | 551 | 60~69歳 | 550 | 650 | 455 |
70~74歳 | 600 | 750 | 584 | 70~74歳 | 550 | 650 | 582 |
75~79歳 | 600 | 700 | 584 | 75~79歳 | 500 | 600 | 582 |
80歳以上 | 600 | 700 | 566 | 80歳以上 | 500 | 600 | 485 |
※出典:厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」、「平成30年国民健康・栄養調査」を基に当方にて取り纏め
※必要量、推奨量、平均摂取量の単位は、mg/日
ヨーロッパ大陸の飲料水が、ミネラル分の含有量が多い硬水であるのに対し、日本の水は軟水のため、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分が少ない水です。日本の土地で生産された農作物もまた、ミネラル分の含有量は少なくなっています。
また、高齢社会の到来に伴い、骨粗鬆症人口も増加しているだけでなく、過度なダイエットが原因となり、若い女性で骨量が少ない人が増えているという、現代の日本ならではの現象も見られます。
チーズはこういった問題を解決に導く可能性を秘めた食品です。少量食べるだけで多くのカルシウムを摂ることができ、また、カルシウムの吸収性は他の食品と比較しても高いことが分かっているからです。
では、なぜチーズはカルシウムの摂取、吸収に適した食品なのでしょうか?
チーズの成分のおよそ50%はたんぱく質ですが、原料乳の乳たんぱく質の8割を占めるのはカゼインというたんぱく質です。カゼインは、チーズ組織の中でいくつかが集まって結合し、細かい粒子状で存在していますが、この粒子(カゼインサブミセルという)をつないで網目状の構造を作っているのが「リン酸カルシウム」です。
つまり、カゼイン分子は多くのカルシウムを抱き込んで存在しており、チーズはカルシウムの宝庫なのです。
では、もう1つの特徴である、高いカルシウムの吸収性の背景には何があるのでしょうか?
カルシウム摂取に良いと言われる小魚で約30%、野菜では約19%に留まる中、チーズを代表とする乳製品や乳のカルシウム吸収性は約40%と非常に高い数値を示しています。
この理由として、まず第一に、CPPと呼ばれる成分が腸管からカルシウムを吸収するのを促進していることが挙げられます。
CPPとは、「カゼインホスホペプチド」の略で、チーズを熟成する時にカゼイン中から生み出される成分です。CPPには、リン酸化したセリンというアミノ酸が含まれており、小腸の腸管からカルシウムが吸収されるのを助けます。
また、チーズには、副甲状腺ホルモンの生産量をコントロールする働きが認められています。副甲状腺ホルモンには、骨の形成を妨げる特徴がありますが、チーズを食べた後、血液中に含まれる副甲状腺ホルモンの濃度が抑えられるため、チーズに含まれるカルシウムが骨に吸収されやすくなるのです。
もう一点は、チーズの原料乳に含まれるMBPという成分の働きです。MBPは「乳塩基性たんぱく質」と呼ばれるもので、乳に含まれる豊富なたんぱく質の中で、ほんの少ししか見られない成分ですが、骨の健康に欠かせない役割を担っています。
MBPを発見したのは、日本の乳業メーカーである雪印メグミルクのミルクサイエンス研究所です。MBPは、骨を作る骨芽細胞を増やし、同時に骨を壊す破骨細胞の働きをコントロールします。
骨の細胞に作用することで、骨のカルシウム吸収を活発にさせるだけでなく、コラーゲンを生み出す力も高めることが、様々な実験や臨床試験を通じて証明されました。
つまり、チーズがカルシウム摂取、吸収に理想的である理由は、
・分子構造上、カルシウムが非常に多く含まれている
・CPPが小腸で消化される際にカルシウムの吸収を助ける
・骨の形成を妨げる副甲状腺ホルモンをコントロールする
・MBPを含むため、骨を作る働きが活性化される
ということにあります。
チーズには、血圧を下げる働きがある
チーズには、血圧上昇を抑える効果も確認されています。これは、肺や動脈内皮にある特定の酵素(ACE)に作用して、その活動を抑える「降圧ペプチド」の働きによるものですが、これはチーズを熟成する過程で多数生み出されるペプチドに含まれています。
そもそもチーズの原料乳には、消化酵素の一種であるプラスミンが含まれています。また、乳を固形化するために添加される凝乳酵素キモシン、そして原料乳が発酵することで増加した乳酸菌からも別の消化酵素が生み出され、これらが様々な形で分解を行うことで、非常に多くの種類のペプチドがチーズの組織中に発生しているのです。
熟成したチーズに含まれる多種多様なペプチドの中から、ACEの活性を抑えるものを特定するための研究も進んでいます。
何種類かの熟成型チーズから取り出したペプチドを使い、ラットを使った実験により、そのペプチドを摂取するとどうして血圧が下がるのか、その仕組みを特定することに成功しています。
チーズに含まれるカルシウムは、ダイエットに効果がある
内臓脂肪の蓄積によって、高血圧や糖尿病などいわゆる生活習慣病が複数起こっている状態を「メタボリックシンドローム」と言います。
この状態を放置していると、心筋梗塞や脳梗塞などを引き起こす原因となる動脈硬化を進行させてしまうため、メタボの解消や予防は、現代人にとって重要な課題です。
アメリカ人でメタボリックシンドロームに該当する人の割合は非常に高く、成人の25%にも達します。この傾向は高齢者になるほど高く、60歳以上となるとメタボ人口割合は50%にもなり、アメリカにおける肥満対策の重要性が見えてきます。
日本では、厚生労働省「平成30年国民健康・栄養調査」によると、「メタボもしくはメタボ予備軍」男性では50〜59歳で54.4%、女性では50〜59歳で19%などとなっており、やはり肥満の解消・ダイエットは、性別を問わず関心の高いキーワードとなっています。
男性 | 女性 | ||||||
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年齢 | メタボ | メタボ 予備群 |
他 | 年齢 | メタボ | メタボ 予備群 |
他 |
20~29歳 | 0% | 5.9% | 94.1% | 20~29歳 | 1.3% | 0% | 98.7% |
30~39歳 | 4.9% | 23.5% | 71.6% | 30~39歳 | 0% | 1.7% | 98.3% |
40~49歳 | 12.3% | 32.2% | 55.5% | 40~49歳 | 2.2% | 7.0% | 90.7% |
50~59歳 | 31.9% | 22.5% | 45.6% | 50~59歳 | 9.1% | 9.9% | 81.0% |
60~69歳 | 38.2% | 24.6% | 37.2% | 60~69歳 | 14.4% | 9.9% | 75.7% |
70歳以上 | 40.1% | 24.1% | 35.8% | 70歳以上 | 20.7% | 8.5% | 70.8% |
※出典:厚生労働省「平成30年国民健康・栄養調査」
※「メタボリックシンドロームが強く疑われる者」を「メタボ」、「メタボリックシンドロームの予備群と考えられる者」を「メタボ予備軍」と略記
チーズは脂肪分が多いため、肥満につながると思われがちですが、チーズに含まれる脂肪分には、揮発性脂肪酸や中鎖脂肪酸といった、消化の際に分解されやすいものが多く含まれているため、摂取しても肥満に繋がりにくいことが分かっています。
さらに、アメリカ・テネシー大学のゼメル教授は2004年、カルシウムにダイエット効果があることを研究で明らかにしました。
実際、肥満の人に様々な量のカルシウムを摂取してもらう実験を行ったところ、カルシウムを多く摂った人ほど腹囲の減少が認められました。
また、カルシウムはサプリメントで摂取するよりも、乳製品として摂る方が、ダイエット効果が大きくなることも明らかになりました。
この実験ではさらに、乳製品を幼児期に摂取していた人は、その後10年以上、18歳くらいになるまで体脂肪がつきにくい体を手に入れられることも明らかになっています。
これまで肥満の原因と思われがちであったチーズが、ダイエットに役立つ食品だということが証明されたわけです。
カルシウムの摂取とダイエット効果、メタボ予防との因果関係や仕組みについては、今後の研究を通じてさらに明らかになってくると思われますので、期待したいところです。
食後ひとかけらのチーズを食べることが、虫歯予防に高い効果を発揮する
WHO(世界保健機関)は、虫歯を予防する効果が高い方法や食品を4段階に分けて発表しています。
科学的に最も効果が高いのは「フッ素塗布」ですが、驚くべきことに「硬いチーズを食べる」ことが、その次に虫歯予防効果が高い方法として紹介されています。これは、「シュガーレスガムを噛む」に並ぶレベルです。
チーズの虫歯予防効果は、日本ではあまり知られていないかもしれませんが、欧米では昔から浸透しており、様々な研究が行われています。
10%の砂糖液で洗口し、食事を摂った後の状態を口内に作り出してから、5gのチェダーチーズを食べる実験では、71%の人に、歯の表面のエナメル質が溶け出すのを抑え、歯垢のpH値が上昇、食事前の状態に近付く効果が見られました。
チーズを食べるだけで虫歯予防ができるのには、3つの理由があります。
1つは、チーズ内部のカゼイン粒子を繋いでいるリン酸カルシウムの働きです。虫歯は、酸によってエナメル質が溶けることから始まりますが、すぐに再石灰化できれば虫歯には至らず、元に戻ります。この再石灰化に必要な成分が、リン酸カルシウムなのです。
酸性である口の中でチーズを噛んでいると、カゼイン分子の結合が解かれ、リン酸カルシウムが溶け出してきます。それが虫歯に繋がる歯のエナメル質の穴を塞ぐことにより、虫歯予防の効果が得られます。
2つ目の理由は、チーズの成分のおよそ半分を占める、たんぱく質カゼインそのものの働きです。
チーズを噛み砕くうちに、カゼインが歯の表面に張り付くことで、一種のフィルムのように歯を保護する効果を持ちます。食事をすることで口内のpH値が急激に下がり、エナメル質が溶け、虫歯菌がその穴に付着することを防止しているのです。
3つ目の理由は、チーズを噛むことで大量の唾液が分泌されることです。
歯のエナメル質は、日々の食事などで「溶ける→再生(再石灰化)する」ことを繰り返しています。唾液には口内を殺菌する成分が含まれ、歯の表面を洗って酸性に傾きすぎた歯垢のpH値をコントロールする役割があるため、歯の再石灰化のためには欠かせないものとなっています。
食後に食べるチーズの量は、ひとかけらで十分だと言われています。気軽な虫歯予防法として、日頃の歯磨き習慣に加えて、オーラルケアに取り入れてみてはいかがでしょうか。
チーズに含まれる認知症予防の有効成分の研究が進んでいる
発酵食品が健康に与える影響は、これまでずっと注目されてきましたが、研究の進展により、高齢社会となった日本で暮らす私達にとって見逃せない効果が発見されています。
高齢化の進行で、認知症の患者数は急速に増加しています。2012年には65歳以上の高齢者7人に1人が認知症患者でしたが、2025年度にはこれが5人に1人の割合まで増えると見込まれており、社会的にも注目を集めています。
また、認知症を発祥する原因や効果的な治療法は、いまだ発見されていないのが現状でもあります。
キリンビール株式会社の研究グループは2015年に、認知症の一つであるアルツハイマー病を発生させると推定されるメカニズムに基づいて、発症予防に効果がある成分の特定に成功しました。
人間は歳を重ねると、脳内に老廃物が溜まっていきます。この老廃物はアミロイドβと呼ばれ、認知機能を低下させると考えられているものですが、これを体内から除去してくれるのが免疫細胞のミクログリアです。
ですが、ミクログリアで除去しきれなかった老廃物は徐々に脳内にこびりついていき、最終的には脳の神経細胞の情報伝達を阻害し、認知機能に障害が生まれるのです。
そこで、アルツハイマー病の発症を予防するには、ミクログリアの動きを活発にすればよいと考えた研究グループは、チーズに含まれる様々な成分のどれが、老廃物の除去を効果的に行うか、また脳内の炎症を鎮めることができているかについて、実験を行いました。
ちなみに、研究対象にチーズが選ばれたのは、昔から「発酵食品は老化防止、認知症予防に効果あり」と巷で言われていたからです。
この研究の結果、2つの有効成分が特定されました。それは、白カビタイプのカマンベールチーズから抽出された「オレイン酸アミド」と、青カビタイプのチーズから抽出された「デヒドロエルゴステロール」という成分で、どちらもチーズを熟成する際に作り出されるものです。
チーズは、熟成する段階で非常に多くの成分を生み出していますが、今後の他の研究の進展により、この研究のように、ある役割を担う成分が他にも特定でき、チーズに含まれる個々の成分の特性を明らかにすることも期待できると思います。
チーズと同じ乳製品であるヨーグルトには、機能性商品ブームが到来
牛乳など、哺乳動物の乳を使った加工食品と言えば、チーズの他にヨーグルトが広く親しまれています。どちらも乳を原料とし、乳酸菌の力で発酵した食品です。また、健康に良い食べ物であるという点も共通しています。
ところが近年、機能性に優れたヨーグルトが登場するようになり、チーズとは違う位置づけで存在感を増しています。
スーパーマーケットなどでヨーグルトの売場を見てみると、インフルエンザなどの感染症予防の効果を謳ったものや、肥満対策になるものなど、様々な側面から健康に役立つ「機能性ヨーグルト」商品が増えていることに気付くことでしょう。
これらは、プロバイオティクスと呼ばれるビフィズス菌やガセリ菌などを利用したものです。
チーズも、健康に役立つ様々な機能性を持っており、それらは熟成中にたんぱく質カゼインを分解することによって得られます。
つまり、チーズを食べる目的は、カゼイン分解によって生まれたアミノ酸や機能性の高いペプチドを、良質なたんぱく質を摂ることによって体内に取り込むということになります。
一方ヨーグルトは、ヨーグルトそのものに含まれる乳酸菌やビフィズス菌などを体内に取り入れることで腸内環境を整えることが目的の食品であると言えます。つまり、チーズとヨーグルトは、同じ原料でありながらも、健康面から見ると食べる目的が違っているわけです。
また、機能性ヨーグルトの浸透によって更に、人間の健康維持に果たす役割が大きく異なってきていましたが、チーズにも機能性商品の波が押し寄せてきています。
完成したチーズに、ヨーグルトと同じようなプロバイオティクス菌を練り込んだ、機能性チーズが登場することで、チーズとヨーグルトは同じ土俵で戦う時代を迎えたと言えるでしょう。
体調を整える様々なプロバイオティックチーズの出現
先ほども述べたように、近年の研究の進展により、チーズの分野でも機能性商品の開発が進められ、プロバイオティックチーズが登場してきました。
チーズの製造においては、原料乳を乳酸発酵させるために菌(スターター)を添加させます。ここで、スターターにプロバイオティクス菌を多く配合することで、チーズを食べた体の調節機能を整える効果が期待できるのです。
プロバイオティックチーズの研究を行っているフィンランドのグループの報告によれば、熟成型チーズ内のプロバイオティクス菌の数は、製造7ヶ月後でも1gあたり100万個と非常に多く生き続けており、チーズの味も劣化していませんでした。
また、従来の製法の熟成チーズにみられる、血圧を下げる効果があるペプチドも存在していることが確認できました。
また、酸素がないチーズの組織内は、空気に触れると死んでしまうビフィズス菌などを、生きたまま腸に届けるのに適した環境です。そこで、通常の製法で作ったチーズにプロバイオティクス菌を練り込む方法も提案されるなど、新しい機能性チーズの開発は本格化の様相を見せています。
利用法が広がっているホエーを捨てるのはもったいない!
乳のうち、チーズの原料として使われるのは、乳たんぱく質の8割を占めるカゼインです。残り2割はホエーたんぱく質と呼ばれるもので、これまでの長いチーズ製造の歴史の中では、乳を凝乳酵素で固め、水分を排除する段階で、不要分として廃棄されてきました。
しかし、ホエーたんぱく質に含まれる成分は、筋肉を増やす効果が高いロイシンやイソロイシンといった分岐鎖アミノ酸が多く、その機能性からも高度な二次利用が期待されていました。
これらのアミノ酸はBCAAと呼ばれ、筋力アップの他、疲労回復や持久力の向上に効果があると言われ、トレーニングをする人の体作りには欠かせないものです。
そこで、通常の濾過紙では不可能な、ホエーたんぱく質の微細な粒子を残すための特殊な膜を使い、ホエーたんぱく質の濃度を高めた乳の開発がスタートしました。濃縮乳を使って作ったチーズには、通常よりも多くのホエーたんぱく質を含ませることが期待できるからです。
その結果、ホエーたんぱく質濃度が34%の「WPC34」という業務用のホエーパウダーが生まれ、その需要は急増しています。チーズ製造に用いられるのはもちろん、アイスクリームなどの乳製品の製造において、脱脂乳と同じように利用されています。
また、「WPI90」という、ホエーたんぱく質濃度が90%以上の製品も登場し、ハムやドレッシングを製造する際、乳化剤として広く用いられています。
これは、濃度を高めた濃縮乳が、卵白のようによく泡立ち、乳化作用を持っているからであり、高コストな卵白の代用品として食品加工に利用されるに至ったというわけです。
また、濃縮乳を製造する手法が確立されたことにより、特定の病気を持つ人向けの機能性チーズを作ることが可能になりました。
サルコペニアは、加齢や病気の影響で筋肉量が減ってしまう症状ですが、こういった機能性チーズを摂取することで、効率的に筋肉量の保持が図れると期待されています。
チーズ以外でも、チーズのホエーを有効利用した食品が登場しています。例えば、濃厚な甘味が特徴の“チーズドリンク”や、ヨーグルトやフルーツに添えても美味な“ホエージャム”などは、日本でも手に入るようになりました。
また、人間向けだけでなく、飼料の分野にもホエーの高度利用の波が押し寄せています。食糧の残りかすを使った飼料を「エコフィード」と呼びますが、食品のリサイクルを通じた資源の有効活用という視点だけでなく、飼料の自給率を上げるという意味でも重要な取組みと位置づけられています。
そんな中、茶殻を原料に、ホエーを加えてから発酵させて作る飼料が開発されました。茶殻だけを与えていた時と比べ、牛が喜んで食べるようになり、また飼料の栄養価や整腸作用の面でも向上しました。
この飼料で育てられた牛を、地域のブランド牛として地域振興に役立てていく取組みも広がっています。
家畜にホエーを与える工夫は、ヨーロッパでは既に行われています。パルミジャーノ・レッジャーノチーズで有名なイタリア・パルマは、生ハムの産地としても知られています。
パルマでは、パルミジャーノ・レッジャーノの製造過程で排出されたホエーを豚に与えており、ここで育てられた豚は「パルマ豚」として、美味しい生ハムの原料になるのです。
これまで産廃として捨ててきたのが信じられないほど、ホエーの利用法は多岐にわたっています。さらに、昨今の健康志向の高まりで、脂肪分の少ないチーズを求める声が増していますが、低脂肪チーズの開発にもホエーが一役買っています。
まずは、脂肪を減らしてもチーズのなめらかな口当たりを実現するために、原料乳を固めた後余分な水分を除く工程で、水分を一定量残す方法が編み出されました。
そして、減らした脂肪分の代わりとして細かくしたホエーたんぱく質を加える方法も考えられています。こうすれば、低脂肪に加え、ホエーの持つ筋肉増強効果も加わることになります。
これ以外で脂肪分を取り除く方法としては、原料乳の段階で遠心分離機にかけるやり方も考えられており、今後開発が更に進んでいくでしょう。
そして、研究開発の進展に伴って、低脂肪チーズの風味や舌触りが格段に向上することが期待されます。機能と美味しさの両立も夢ではないのです。
科学技術の進展により課題を克服し、ますます進化するこれからのチーズ
長い歴史を持つチーズも、時代背景や科学技術の進歩を反映して変わりつつあります。また、これまでチーズづくりの障壁とされてきた問題についても、解決の糸口が見つかってきました。
例えば、チーズづくりの初期の段階で原料乳に添加する乳酸菌には、天敵とされるウイルスが存在します。
一般に「ファージ」と呼ばれるこのウイルスに感染すると、菌を溶かし、うまく発酵できない状態となり、場合によっては菌が死滅してしまいます。したがって、ファージ感染を防ぐことがチーズ製造業者の命題となってきました。
そんな中、遺伝子工学の分野でのファージ感染対策が進展を見せています。まず、ファージへの耐性を持つ乳酸菌の開発が進められ、商品化には至っていないものの、作り出すことに成功しました。
また、ファージに感染した場合、自分で死ぬことができる乳酸菌の開発も成功間近となっています。
ファージに感染して溶けてしまった乳酸菌は、チーズ成分の分解を行わなくなります。つまり、チーズの熟成がストップしてしまうのですが、このことを利用してチーズ製造を行おうとする人たちもいます。
チーズは生き物であり、そのままでは食べ頃を超えても熟成がどんどん進み、匂いは強くなり、風味が変わっていってしまいます。そこで、一番美味しい時期で乳酸菌をファージに感染させます。チーズの熟成を止めることにより、食べ頃を逃さないようにする画期的な方法が開発されたのです。
さらに研究が進めば、この手法を使って、菌が溶けた後に放出されるたんぱく質分解酵素を、最適のタイミングで出す乳酸菌を選んでファージ感染させるなど緻密なコントロールが行えるようになります。
より美味しいチーズを追求する人間の飽くなき熱情が、形になる日も遠くはないでしょう。
その一方で、いまだ日本で製造が認められていない、伝統的なチーズもあります。それは、無殺菌乳を使ったチーズです。
日本では、国産のチーズはすべて、加熱殺菌した原料乳を使うことが義務づけられていますが、これは、異常な発酵をしたり、流通段階で食中毒の原因菌が繁殖する危険性があるからです。
ですが近年、乳牛の飼育環境が向上したことにより、搾乳段階で微生物が混入するリスクが減ってきました。
加熱殺菌をせずともチーズづくりに利用できる、質の良い乳も増えてきており、フランス、イタリアなどヨーロッパの一部の国では、無殺菌乳が原料のチーズも製造されるようになっています。
日本の酪農もまた、技術、環境ともに向上し、日本産の乳は高品質になりました。そしてついに、北海道のある牧場から、無殺菌乳が販売されるようになりました。近い将来、無殺菌乳がチーズの原料として認められる期待が高まっています。
春の若草など、栄養たっぷりの牧草を食べ、のびのびと放牧された牛の乳は、爽やかな草や花の香りをまとっています。そんな乳をそのまま使って作られたチーズの味わいは格別です。
そんなフルーティーな日本産チーズを楽しめる日が来るのも近いことでしょう。