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効果が確実な子供の貧困対策を探せ!

効果的な貧困対策で救われた子供

子供の貧困対策には様々な方法がありますが、どれが最も効果的なのでしょうか?日本ではまだ、その因果関係を明らかにするための研究が進んでいません。そこで、海外で行われた3つの研究事例をご紹介します。そこには、幼児期の教育によってその後の長い人生を豊かに送る、解決のヒントが散りばめられています。

 

子供の貧困対策には何が効果的なのか調査せよ

子供の貧困問題は、長い時間をかけ世代間で受け継がれながら、徐々に大きなものになってきました。この問題解決のために手を打たずにいた場合の損失額は、実に40兆円を超えると試算されているなど、長期的に日本社会にとって大きな損失をもたらすことが分かっています。

 

ただし、これはあくまで、日本が実施する子供の貧困対策に効果が現れた場合と現状のままの差を推計したものです。貧困世帯の子供の「高校進学率と中退率が他の子供たちと同じレベルまで改善し、また大学進学率については22%改善した」場合で、あくまで仮説に基づいた話です。

 

「子供の貧困対策」と一口に言いますが、その手段は様々なものが考えられます。当座に必要な現金を支給することはもちろん、小中学生の勉強をサポートすることで高校へ進学する子供を増やしたり、親との関わりが少ない子供の相談に乗るなど、精神的な支えとなることも貧困対策の1つでしょう。

 

では、これら様々な対策のうち本当に効果があるのは一体どれなのでしょうか?子供の貧困をなくしていくために、国が費用をかけて対策を行うのであれば、最も費用対効果が高い方法を選ぶべきだ、と国民の誰もが思うところでしょう。

 

とは言え、それぞれの方法がどれだけ貧困対策に役立ったのか、その効果測定を行うことは簡単ではありません。特にわが国では、子供の貧困問題を体系的に捉え、継続的に検証する研究は長年行われてきませんでした。つまり、日本で行われている貧困対策のどれが最も有効なのかを、客観的に判断できるデータはほぼ存在しないに等しいのです。

 

一方海外では、子供の貧困対策の効果検証を、長年にわたる追跡調査を通じて行っている大がかりな研究が存在します。日本ではあくまで仮定の話であった、「子供の貧困対策によって高校の進学率や中退率、また大学進学率も改善する」ことが実証されているのです。

 

子供の貧困対策の効果測定は、長期にわたって行うべし

子供の貧困問題を把握するためには、貧困対策で得られた効果の検証を正しく行うことが必要です。効果測定で外せないポイントはどのようなことでしょうか?

 

「三つ子の魂百まで」という言葉をご存知でしょうか。幼い頃の性格は歳をとっても変わらないということわざですが、現在一般的には、幼い頃与えられた環境や経験は、その子の人格を形づくり、その人生に大きな影響を及ぼすという意味で使われています。

 

だとすると、幼児期に行われた学習支援や情操教育は、大人になった後も良い影響を与え続けているかを、しっかり検証しなければなりません。

 

例えばある短い期間、貧困家庭の子供に対して学習支援を行なったとしましょう。支援を受けている期間中はすぐにテストの点数がアップしたけれど、支援プログラムが終わった途端に元の「勉強しない生活」に逆戻りしてしまったら、その支援策は効果が薄いということになります。

 

テストの点数など数値で把握できる学力の改善や、プログラムを受けることにより一時的に家庭環境が整うことは、あくまで短期的な効果に過ぎません。その先の長い人生に与える影響が見られないということは、脱貧困の鍵と言われている高校進学率や中退率、また大学進学率を改善するまでには至らないと推測されるからです。

 

反対に、期間限定の学習支援プログラムによって、もし子供が日々学習する習慣を身につけ、さらに子供の性格形成にも役立った場合は、プログラム終了後時間を経ても効果が持続し、子供の最終学歴の向上に繋がってくるはずです。

 

するとその先のキャリアパスにも良い影響が出るのは想像に難くありません。プログラムの費用対効果が高く、長い期間にわたり効果が持続するということになります。

 

従って、正しい効果測定にあたりまず必要なポイントは「長期間にわたって効果検証を行うこと」ですが、同時に数十年を要する効果測定の間、全ての調査対象を追跡することができるのか、という問題が浮上してきます。長期的かつ正確に効果測定を行うことができないと、これまで通り貧困対策の効果は推測するしかありません。

 

子供の貧困対策の効果測定は、原因と結果を明確にすべし

子供の貧困対策としてある政策を実行し、実際に効果があったとしましょう。その場合、その貧困対策が本当に効果を生み出したのか、それを明らかにすることは非常に難しいことです。一つの結果を導く要因は常に一つではなく、複雑に絡み合っているからです。

 

貧困家庭の子供の就学支援として、よく知られているのは奨学金でしょう。一定の学業成績を収めた子供に受給資格があるものが一般的ですが、この場合「成績がいい子供が奨学金を受け取っている」のか、「奨学金を受け取った子供の成績が上がった」のか、判別が難しくなっています。

 

従って、「奨学金受給者と非受給者の学力を比べることで、奨学金の給付効果は検証できない」ということになります。

 

また、奨学金を受けるのは子供ですが、その親の属性も「子供の学力×奨学金」に大きな影響を与えます。つまり、子供の家庭環境がどのようなものか、また共に暮らす親がどの程度教育に関心があるかによって、それぞれの子供のスタートラインは異なっていると考えられます。

 

言い換えればそれは、奨学金を受給する以前の問題です。奨学金を受給しようと考える家庭は、親が教育に対して積極的で、子供の教育機会を広げようと情報を取っていたとも考えられます。子供も、日々家庭学習を行うことが、当たり前の環境で育ってきている可能性があります。

 

「奨学金を受けている子供は、成績がいい」という相関関係はあるものの、それが因果関係とは断定できない、という状態であることが分かります。奨学金受給と学力向上の直接の関係が証明できないとなれば、それ以外に考えられる要因、例えば家庭環境を整えることに力を入れ、子供の学習習慣の定着を目指すことが必要になるかもしれません。

 

どういった要因が結果に直接寄与したのかを、正しく把握することが政策立案においては大変重要です。国の政策立案にあたっては特に、その政策が本当に課題解決に繋がるのか、また費用対効果の面についても慎重に検討するべきです。

 

効果測定の救世主「ランダム化比較試験」

政策と課題解決の相関関係を証明する、ある手法が最近の政策立案の現場で使われるようになってきました。「ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial)」と呼ばれる分析方法で、一般的にはRCTと略されています。

 

RCTは、客観的な評価が不可欠な医学などの自然科学分野で、使われてきた分析方法です。例えば新薬開発において治験を行う場合に、被験者の意思が結果に影響を与えることなく効果測定ができます。

 

そのやり方は次の通りです。まず、被験者を無作為に2つのグループに分けます。一方には新薬を投与、もう一方にはプラセボと呼ばれる有効成分を含まない薬を与え、2つのグループそれぞれに現れた結果を比べます。

 

これにより被験者の個人的資質、例えば新薬投与の効果が上がりそうな患者かどうか、また健康に対する意識が高いかなど、治験結果の客観性を損なう要素を排除することができます。

 

RCTはこれまで、子供の貧困問題のような社会科学分野の政策における効果測定では、あまり用いられてきませんでした。というのも、RCTは費用が高く、ある一定以上の人数を調査しなければならない規模の大きな手法だからです。

 

しかも、貧困など社会問題解決のための実験となれば、2グループのうち「対策を施されないグループ」を作ることは倫理的に問題があると考えられていました。

 

それでも最近は、投入資金を経済的リターンに繋げるために、政策と効果の関係を客観的に検証する必要性の高まりから 、RCTを用いた政策評価が広まってきました。

 

特に、開発経済学や労働経済学といった、経済学の分野で頻繁に見られます。しかしこれは海外に限った話であり、日本ではまだ、子供の貧困問題の領域でRCTを用いた効果検証はほとんど行われていません。

 

もちろん海外の研究結果は、日本の子供の貧困問題にそのまま当てはめて考えることはできませんが、ある貧困対策を行った結果、長期的にどのような効果が見られたのかを知ることは、我が国の子供の貧困問題解消のためのヒントになるはずです。そこで、アメリカで行われた3つの貧困対策と追跡調査をご紹介します。

 

子供の貧困対策、海外の研究事例①:ペリー就学前プロジェクト

自由遊びを通して子供の自発的な学びを促す

アメリカのハイスコープ教育財団が1962年〜1967年に、ミシガン州の幼稚園で貧困家庭の子供にある特別な教育プログラムを行いました。RCTを用いて行い、さらにそれから約50年を経た現在もなお、当時の子供たちの追跡調査をすることで、プログラムの長期的な効果測定を行っています。

 

この研究はペリー就学前プロジェクトと呼ばれ、子供の貧困対策の効果測定としては最も知られた存在です。

 

ペリー就学前プロジェクトでは、アフリカ系アメリカ人の中から対象者として、当時3〜4歳の子供123人を選びました。低所得であり、いずれも今後学力の獲得が困難と認められる子供たちです。ちなみに3歳の時点で、対象の子供の約半数には父親がいませんでした。

 

その子供たちをRCT手法に則ってランダムに2グループに分け、うち1グループにだけ幼児教育プログラムを施し、その効果測定を行いました。

 

与えられた就学前教育プログラムは非常に上質なものでした。2年間のプログラムは月曜日〜金曜日の週5日制で、毎日午前中に2時間半行われました。子供5〜6人あたり1名の教師が配置され、「自発的な学び」を重視した活動をするのと同時に、家庭訪問を毎週、1回あたり1時間半もの時間をかけて行いました。また子供の保護者を集めたグループミーティングも毎月開催していました。

 

子供たちの「自発的な学び」は4つの段階を経て得られる仕組みとなっています。まず最初に、おもちゃや家具、様々な道具など、生活の中にある物を使って遊びを考えてもらいます。すると、具体的な物を元に色々と考えることを学びますが、それはその後抽象的イメージについて理解することにも繋がってきます。

 

次に、物を使って遊んだことを振り返ってもらいます。このボールを掴んだらどうなって、投げたらこうなったなど思い出す作業で、自分なりに情報を整理することが理解力の向上に繋がります。

 

そして、その次の段階では、よりよい遊びができるように自分たちで工夫を始めます。ここで大切なのは、教師が介入しすぎず、あくまで子供のペースで考え、答えを探させることです。自分たちを取り巻く世界を理解していくプロセスには欠かせない作業だからです。

 

最終段階は解決策を見出すことです。子供たちが遊びを始めると、往々にして失敗することがありますが、それこそが学びのチャンスだという考え方です。

 

例えば洗剤を使ってシャボン玉遊びをするとしましょう。洗剤に水を加えすぎるとシャボン玉がうまく膨らまず、割れてしまいます。また、ストローを使って吹こうとして、誤って吸い込んでしまうなど、うまくいかないことが数多く起こります。そうした失敗を踏まえて、シャボン液の濃さを学んだり、ストローの正しい扱い方をマスターしていきます。

 

全ての段階において、教師は見守りに徹します。子供の自発的な学びが生まれるよう、指示・命令ではなく質問を繰り返すことで、子供の自由な考えを引き出すことが教師の役割とされていました。

 

ペリー就学前プロジェクトは足掛け7年間の幼児教育プログラムでしたが、その後も追跡調査が精緻に行われています。参加した子供が3歳〜11歳までは毎年、その後も14歳、15歳、19歳、27歳、40歳と定期的に追跡調査が実施され、現在は50歳時点のデータを分析しています。

 

追跡調査結果より、40歳になっても持続するプラス効果があると判明

プログラムを受けた子供たちの40歳の時点での調査結果が以下になります。3歳〜4歳の2年間だけ受けた幼児教育プログラムが、その後の人生の様々な面で大きな影響を与えていることが分かります。

ペリー就学前プロジェクトにおける40歳時点での主な調査結果

 

教育面ではどのような効果が見られたでしょうか?グラフを見て分かる通り、5歳時点・14歳時点そして高校卒業時の調査ではそれぞれ、教育プログラムを受けた子供たちと受けていない子供たちに大きな差が生まれています。つまり、プログラム終了後高校卒業時点まで、長期的に効果が持続していることが実証されているのです。

 

収入面での結果を見てみましょう。ここでは40歳時点での年収や仕事に就いている人の割合、そして20代の頃の生活保護受給状況について比較していますが、教育プログラムを受けた人と受けなかった人との間には明確な所得の差が生まれていることが分かります。

 

ちなみに、40歳の時点での年間所得の中央値(対象となる人々を年収が多い順に並べた時、ちょうど真ん中に来る人の所得額)は、プログラムを受けた人で約2万ドルであったのに対し、プログラムを受けなかった人の中央値は約1万5000ドルにとどまっており、その差は5000ドルとなっています。

 

20代中盤の頃の生活保護受給率が半分以下になり、40歳の時点の就業率も14%の差が生まれています。

 

教育・経済両面で効果が確認された幼児教育プログラムですが、その他にも目に見える差を生み出しています。

 

教育プログラムを受けた人の中で、40歳までに5回以上逮捕された人は36%、子供をもうけた人は57%、そして「家族と良好な関係を築いている」と感じる人は75%いました。いずれも、教育プログラムを受けなかった場合との割合の差が見て取れます。

 

つまり、貧困を解消すると犯罪率が改善、少子化にも歯止めがかかり、さらに健全なコミュニティが機能することが期待できると言えます。

 

言い換えれば、子供の頃の貧困が教育や所得の差を生み出し、大人になっても抜け出せない世代を超えた貧困が、データ上でも証明されたことになります。

 

学業・所得を改善する鍵は、IQではなく「非認知能力」

ペリー就学前プロジェクトで幼児教育プログラムを受けた人と受けなかった人、それぞれのIQ(知能指数)スコアを、プログラムを受け始めた3歳から10歳まで調査したところ、驚くべきデータが明らかになりました。

 

教育プログラム開始直後ほぼ同じだったIQスコアは、その後3〜4年の間急激に差が開きました。ところが徐々に両者の差は縮まり、8歳を過ぎる頃にはほぼ同じレベルに収束したのです。幼児教育プログラムを受けたからといって、IQがずっと高いままにはならないということです。

ペリー就学前プロジェクトにおけるIQの推移(男性)ペリー就学前プロジェクトにおけるIQの推移(女性)

 

IQには差がないにも関わらず、なぜその後の学業や仕事、収入面にここまでに差が生まれるのでしょうか?

 

この点に着目したのは、シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授です。2000年にノーベル経済学賞を受けたヘックマン教授は、幼児の頃に教育プログラムを受けた人たちはなぜ、人生の様々な面で良い影響を受け続けているのかを細かく分析しています。

 

分析を行うにあたってヘックマン教授は、幼児教育によって影響を受けると思われる、人間の持つ要素を4つ抽出しました。それは、

①学力

②暴力や非行などの問題行動

③学習意欲

④その他(非認知能力など)

です。④の非認知能力とは、学力では測れない個人の特性のことで、意欲や協調性、我慢強さなどのことを指します。

 

子供が将来働く時、その所得や仕事の状況(定職の有無など)に最も影響を及ぼすのは①〜④のどれなのか、統計を用いるなど科学的に分析を行いました。その結果、④の非認知能力が与える影響が、最も大きいことが明らかにされました。IQスコアが最終学歴や所得に影響しなかったのは、ここに理由があったのです。

 

幼児教育プログラムは、16倍の費用対効果を誇る優良な政策投資案件

ペリー就学前プロジェクトが、学問や仕事だけにとどまらず、その後の長い人生にわたりプラスの効果を生み出すことが分かりましたが、これだけ手厚い教育プログラムを行うとなると、かなりの費用が見込まれるはずです。たとえプログラムの効果が確認されたとしても、費用対効果の面でもメリットがなければ、実施する意味はなくなってしまいます。

 

ここで、ペリー就学前プロジェクトの費用対効果分析を見てみましょう。プログラムを実施するためにかかった費用と、その結果どれだけの社会的効果があったかを比べたものです。

ペリー就学前プロジェクトにおける公的な費用対効果分析結果

 

この表は、税収や生活保護などの社会保障給付など公的収支への影響についてまとめたものです。教育プログラムにかかった費用は一人当たり約15,000ドルですが、その結果収入が増えると税収も増え、生活保護など公的サポート費用は減り、犯罪が減ることによる取り締まりなどのコストも削減されます。

 

リターンの合計は約19万5000ドルですので、投資額に対する効果は約13倍と非常に大きいものであることが分かります。さらに、これに個人の所得増分約4万9000ドルを加味すると、費用対効果は約16倍にも膨れ上がります。

 

つまり、幼児教育を政策的に実施することは、個人の仕事や収入の状況だけでなく、長期的に国や自治体の財政にもプラスの効果が期待できるということです。

 

子供の貧困対策、海外の研究事例②:アベセダリアンプロジェクト

ペリー就学前プロジェクトがスタートした10年後の1972年に、ノースカロライナ大学のフランク・ポーター・グラハム子ども発達研究所は「アベセダリアンプロジェクト」を始めました。ペリー就学計画と同じく、ランダム化比較試験(RCT)の手法を用いた先進的な研究として非常に有名です。

 

同じRCTですが、アベセダリアンプロジェクトでは、対象とする子供の年齢とプログラムの時間数がペリー就学前プロジェクトと異なっています。平均生後4.4ヶ月から小学校入学まで、5年もの間毎日8時間の教育プログラムを受けてもらいました。

 

対象となったのは、1972年から77年にノースカロライナ州オレンジカウンティで生まれた新生児を持つ111家族です。親の学歴や所得の状況から、今後社会的また経済的に恵まれないと思われる家庭環境の子供たちを抽出しています。

 

参加者はほとんどがアフリカ系アメリカ人で、その多くは収入が無く、また参加した子供の7割以上は、実の親と同居していませんでした。

 

参加した111組を、RCT手法に則って無作為に2つのグループに分け、一方には週5日のプログラムを5年間にわたって実施しました。絵本やゲームなどを通じて言葉でやりとりする力を育むなど、言語力に重きを置いたプログラムが用意され、非常に充実した教育内容となっていました。

 

プログラムが行われるチャイルドケアセンターは毎朝7:45から夕方17:30まで開いており、無料のスクールバスを運行するなど園から離れた地域に住む子供への配慮も行き届いていました。また、保護者対象の子育て懇談会も開催していました。

 

5歳から8歳までは、さらにグループを細分化しました。0歳〜5歳でプログラムを受けた子供、受けなかった子供のそれぞれ半数が、3年間の特別教育プログラムの受講生として選ばれました。特別教育プログラムは隔週で、先生が家庭か学校に出張し、主に小学校の補習授業が行われました。

 

その結果、対象となった111人の子供は4つのグループに分かれ、

①0歳〜8歳まで継続して教育プログラムを受けた子供

②0歳〜5歳までプログラムを受けた子供

③5歳〜8歳までプログラムを受けた子供

④一度もプログラムを受けなかった子供

に分類できるようになりました。

 

アベセダリアンプロジェクトでは、プログラム終了後にも定期的に追跡調査を行っています。15歳、21歳の時点における調査結果からは、算数(数学)・言語領域の学力テスト結果、IQスコアが高いままであることが明らかになっています。

 

また、教育プログラムを受けた子供たちは留年率が低く、大学への進学者数も大幅に増加していました。プログラムを受けなかった子供の大学進学率は14%に留まる一方で、プログラムを受けた子供の進学率は36%を記録し、実に22%も改善されています。

 

次に30歳時点の調査結果を見ると、教育プログラムを受けた子供達の大学・大学院修了者の割合は、プログラムを受けていない子供のおよそ4倍である23%となっています。

 

最終学歴に大きな差がついていることもあり、経済的にも大きな違いが現れています。教育プログラムを受けた子供達のうちフルタイムで働く人の割合は、プログラムを受けなかった人より20ポイント以上高い75%です。

 

一方で、一定期間生活保護を受けていた人の割合はわずか4%となっています。プログラムを受けていない人のうち2割が該当することと比較すると、教育効果の大きさが分かります。

 

それでは、国や自治体の財政に与える影響はどうでしょうか?30歳時点の調査結果からは、納税者1人あたり2.5ドルの支出抑制効果が明らかになりました。子供の貧困対策としての教育プログラムを実施した結果、仕事の条件が良くなり所得が増えることで、社会保障給付など政府の支出が抑えられたことがその理由です。

 

幼児期に教育プログラムを受けることにより、将来の仕事や所得がより良いものとなり、結果的に国・自治体の収支にもプラスとなることが、ここでも証明されました。中西部のミシガン、南東部であるノースカロライナのどちらで行われた研究でも一定の成果を上げたことから、子供の貧困対策の普遍性も導くことができます。

 

子供の貧困対策、海外の研究事例③:シカゴハイツ幼児センター

気鋭の経済学者が主導する大掛かりなプロジェクト

ペリー就学前プロジェクトとアベセダリアンプロジェクトが、幼児教育の効果をRCT手法で測定した先駆者的存在だとするならば、「シカゴハイツ幼児センター」は最新鋭の研究であると言えます。

 

2010年に始まり、現在も進行中であるこのプロジェクトを主導するのは、シカゴ大学経済学部長のジョン・リスト教授です。今年49歳になるリスト教授はこれまで、様々な領域でRCT手法を使ったフィールド実験を行ってきました。例えば子供の成績の上げ方や寄付の増やし方、社員の生産性の上げ方など、その研究内容は非常に先駆的なものばかりです。

 

社会科学におけるRCTのフロントランナーとして注目されるリスト教授は、今や世界中から注目される存在となり、2015年には「トムソン・ロイター引用栄誉賞」(経済学部門)を受賞しています。これは、近い将来ノーベル賞を受賞する可能性が高く、各分野で研究のリーダーと目される研究者が選ばれる賞です。

 

リスト教授によれば、小規模学級や教師の学歴重視、また教育への支出拡大など、アメリカでこれまで良いとされてきた教育レベル向上のための対策は、十分な効果を見せておらず、高校卒業率だけでなくテストの得点も上がっていません。

 

どんな対策が教育の質の向上に効果があるのかを特定するために、実際の教育現場を舞台に実験をすることにしたというわけです。

 

シカゴハイツ幼児センターは、非常に大掛かりなプロジェクトです。まず、この実験のためだけに、2つもの幼稚園を建設しました。

 

幼稚園が作られたシカゴハイツは、シカゴ市の南にあり、2015年時点の人口は約3万人です。その8割が黒人やヒスパニックといった有色人種で占められており、シカゴ市平均(黒人・ヒスパニックの構成比約33%)を大きく上回るなど、シカゴの中でも貧困層が特に多い地域となっています。

 

シカゴハイツ幼児センタープロジェクトで重視したこと

この研究プロジェクトでは、過去の2つの研究結果なども踏まえ、3つの柱が設けられました。

 

一つ目は、長期にわたる追跡調査の実施です。これまで行われた研究では就学前の教育効果が大人になっても持続することが指摘されているため、シカゴハイツ幼児センターの園児たちの追跡調査も行うことにしています。

 

二つ目は、「認知能力」と「非認知能力」を伸ばす教育プログラムをそれぞれ実施して、効果の比較を行うことです。
※「認知能力」とは、学力やIQなどに代表される理解、判断、計算、論理などの知的能力。「非認知能力」とは、学力では測れない個人の特性のことで、意欲、協調性、忍耐力などの能力。

 

シカゴハイツには2つの幼稚園を作りましたが、片方では認知能力に特化したプログラムを行い、もう片方では非認知能力を伸ばすプログラムを行なっています。ペリー就学前プロジェクトにおいて、非認知能力を高めることが貧困対策に有効だとされたことを検証するためです。

 

三つ目は、親の教育です。子供の貧困の原因は家庭にあるため、いくら幼稚園で高度な教育を受けても、家庭環境が整わなければ十分な効果は見込めません。そのためシカゴ幼児教育センターは、参加メンバーの親を対象とした「ペアレント・アカデミー」を開講しました。

 

ペアレント・アカデミーは、2週間に1回、90分の講義を受ける9ヶ月コース、全18回のプログラムとなっています。貧困家庭が対象であるため、受講生は元々教育に対する意識が低い人たちばかりです。従って、参加を促すため、何かしらの「ご褒美」を与えることにしました。

 

何パターンか用意されたご褒美の中には、1回参加すると「参加賞」として100ドルをプレゼントするものの他、子供の宿題提出や成績に応じた「報酬型」のご褒美など、親が家庭で子供の勉強を促すための仕掛けになっているものもあります。

 

ただし、そのご褒美をすべて手渡してしまうと、すぐ無駄遣いされてしまう危険があるため、渡し方についても工夫されています。受け取り方法は2種類設定して、現金で支給されるグループと、強制的に貯金されて子供が高校に進学する際にようやく引き出せるグループとに分け、それぞれのグループごとのデータ比較も行いました。

 

シカゴハイツ幼児センターの調査方法も、過去の2つの研究と同様にRCTを用いています。より正確でバイアスのかかっていない結果を導き出すため、より多くの候補者の中からプログラム受講者を選ぶことにしました。

 

そのためにまず、地域内の対象となる家族への周知徹底を図りました。例えば、プログラム内容を記載して参加を募るダイレクトメールの送付や説明会開催など、より多くの人にシカゴハイツ幼児センターで行われるプログラムに興味を持ってもらう機会を数多く設けたのです。

 

その結果、参加希望者は1000名を超えました。ここから抽選で、ランダムな受講生グループを決め、この調査の正確性を高めることができました。

 

親への教育が非認知能力を高め、成果を生み出す

シカゴハイツ幼児センターのプロジェクトは、子供への教育と親への教育、この2本柱で進められています。従って、教育プログラムの成果についても「子供」「親」の両面から検証する必要があります。2010年に始まったばかりで、現在進行形のプロジェクトですが、主だった結果は次のようになっています。

 

まず、子供への教育プログラムは短期間で成果が現れました。プログラム開始4ヶ月ですでに、認知能力・非認知能力とも伸びが確認されています。この傾向が証明されれば、子供の貧困対策は、リターンが短期間で得られる良い政策ということになります。

 

次に分かったのは、親への教育プログラムによって最も伸びたのは、子供の非認知能力だということです。もちろん認知能力の向上も認められましたが、子供向けの教育プログラムの方が認知能力を伸ばす効果が認められています。非認知能力は、将来社会人として成功するために大切な要素であり、この結果は見逃せません。

 

なお、ペアレント・アカデミーの報酬を、どういった方法で受け取るかで分類した2つのグループを比較したところ、効果に違いは見られませんでした。子供の貧困対策には、親への教育プログラムが役立つということが証明されました。

 

また、家庭の貧困レベルや親の資質などに問題がある方が、教育プログラムの効果が大きくなることが分かりました。一般的に、所得が平均に届かないとか、母親の年齢が低いといった要素は、親子の関わりが希薄になり子供の学習サポートも期待できないなど、貧困に陥るリスクと捉えられています。

 

しかし、親への教育プログラムの効果が大きいとなれば、世代を超えて繰り返される貧困解消の手がかりになるかもしれません。

 

最後に、非認知能力が元々高い子供ほど、教育プログラムの効果が出やすいことが明らかになりました。

 

子供は生まれてから順を追って、発達段階に合わせて非認知能力を身につけていきます(エリクソンのライフサイクル論)。非認知能力とは、自分でやってみようという意欲や、社会規範を理解して自制できる力のことですが、これは周りの大人との関わりの中で自然と受け継がれていくものです。

 

まず非認知能力を身につけ、それから学童として教養や知識を学んでいくというプロセスをたどることが重要ですが、貧困家庭の子供たちは親との関わりが不足しているため、非認知能力の第一段階である基本的信頼(親との愛着関係)が、欠けたまま成長してしまう場合も見られます。

 

しかしその中でも、生まれ持って非認知能力が発達した子供は、教育プログラムという機会を得られれば、すぐさま吸収して成果に繋げられることが証明されたことになります。貧困対策を行うにあたっては、まず第一に子供の非認知能力を向上させる施策を行うことが必要ということです。

 

子供の貧困対策として、幼児教育プログラムは効果大である

海外で行われた研究とその検証結果から、わが国は何を学ぶことができるでしょうか?

 

シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、年齢ごとの教育投資額と、それに対する見返りをまとめました。見返りとは、教育投資の結果得られる社会的効果のことで、例えば所得の増加やそれに伴う税収増、生活保護受給者が減ることによる社会保障費の削減などが挙げられます。

 

ヘックマン教授の分析によると、「教育的投資は早ければ早いほど投資効果が高い」ということが分かりました。また、子供の貧困対策の効果は、その後の長い人生にわたって持続することも、ペリー就学前プロジェクトやアベセダリアンプロジェクトの追跡調査から証明されています。

 

貧困家庭に生まれた子供に対し、教育的投資を行うことは、決して福祉的観点だけで捉えられないものです。将来の国や社会にとって有効な投資であるという側面も、忘れてはなりません。このことはヘックマン教授も述べています。

 

学力だけでは測れない、やる気や我慢する心、そしてコミュニケーション能力といった非認知能力の大切さも、私たちは学ぶべきでしょう。

 

非認知能力を伸ばすには、親への教育的アプローチが欠かせない点、また「非認知能力→認知能力」の順に身につけられるような教育プログラムを実施することによって、より良い成果が得られる点にも注目したいところです。

 

同時に、わが国の子供の貧困対策に、そのまま取り入れて同じ効果が得られるとは限らないということも強調しておきたいと思います。子供の貧困対策は、優先度の高い政策課題として取り組むべきものですが、並行して日本に合った貧困対策を明らかにする研究にも力を注いでいく必要があります。

 

確かに、政策のどの部分が改善効果に直接繋がったのかを、証明することは容易ではありません。子供の貧困対策の研究先進国であるアメリカでさえも、客観的な裏付けなしに貧困対策を実施して失敗した例があるほどです。

 

それでも子供の貧困問題にはメスを入れなければなりません。一時的な教育面での効果にとどまらず、仕事や収入に長期的な効果をもたらすことが期待できるからです。社会的な投資として、大きなリターンが見込めます。

 

子供の貧困問題解消は、将来の日本財政を改善するだけでなく、子供たちが人として豊かな人生を送り、より良い社会を生み出すことに繋がるのです。

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