知能とは何なのか
IQなどに代表される知能検査。知能を測る指標というとそんなものを連想する方も多いと思います。しかし近年、IQが高いのに社会にうまくなじめないといったケースが報告されてきており、IQが高いことが知能が高いことにはたしてなるのかという議論が起きています。知能を測定することは本当にできるのでしょうか。
多重知能説
精神的な障害の中にアスペルガー症候群というものがあります。これは、言語面をはじめとする学習などはむしろ一般の人よりも優れているのに、社交面での問題を抱えるといった特徴を持つ症状です。
こうした障害を持っている子どもたちに写真を何枚か見せ、どの写真を見たときに脳の機能が活発に働いているかということを磁気を使って調べるという実験が行われました。写真には、お花の柄にさりげない形で人間の顔が混じっているようなものが用意されました。
障害がない人にこの実験をすると、視線を反らしている顔を見せられた時に一番強く反応が出ますが、アスペルガー症候群を持っている子どもたちの場合はその写真を見せられてもほぼ反応を見せませんでした。
顔を見せられたときに反応が出るというのには、社会的なものごとに対してどれだけ関心を持っているのかの度合いが現れます。こういった実験により、脳の中に言語などの能力とはまったく関係ないかたちで対人関連機能をつかさどる部分があるということが分かってきました。
このように、知能は1つの指標で表せるものではなく、それぞれ別々の複数の機能に分けることができるもので、画像診断技術の高度化によって特有の機能が脳の限られた特定の部分に存在しているということが突き止められつつあります。
このことは、人間の能力が幅広い性質を持っているということを示しています。それを説明する「多重知能説」という説があり、1983年にハーバード大学の心理学者ハワード・ガードナーによって提唱されました。それによると、人間の知能は言語的知能、音楽的知能、身体運動的知能、対人的知能などあわせて7つの能力に分けることができるといいます。
アスペルガー症候群のように何らかの面で知能が劣っているケースについては、それを補完するために神経組織が組み変わってそれ以外の機能に集中的に向かうようになるため、特定の分野で高い知能を見せるような状態が出てくるのではないか、と説明することができます。
知能は遺伝するのか?
知能が遺伝するかどうかについては、一卵性の双子と二卵性の双子を比べた調査研究からヒントを得ることができます。生まれ方は双子という形で同じであっても、一卵性の場合は遺伝子の体系も同じなのに対し、二卵性の場合は普通の兄弟と同じように遺伝子の体系が異なっているからです。
1970年ごろ、アメリカのテキサス大学が二千組の高校生の双子を選び出し、数学などの四科目について試験を行いました。目的は、個人個人の成績の出方がどれだけ似通ってくるかを調べることです。
この調査においては、同じ双子であっても一卵性双生児のペアのほうが二卵性のペアよりも成績の出方が似通っている度合いが高いという結果が出ました。つまり、学習という面で見ると知能に何がしかの遺伝要素があると言えるということになります。
また、理系・文系のようにフィールドは別であっても、ある科目の成績が高ければ他の科目についても成績が高いというような遺伝的な影響があることも分かりました。つまり、いろいろな分野にまたがって影響を及ぼす「一般知能」とでも呼べるような遺伝因子(g因子)があるのではないかと推察することができるわけです。
こういったg因子が、さまざまな脳機能に関する個人差を測定する基準になり得るとする考え方もあります。
いろいろな脳の機能が一緒に機能するときに基本となる役割を果たす「ワーキングメモリ」と呼ばれる脳の機能があるのですが、240組の成人の双子についてこの機能を調べたところ、そこに遺伝的な影響が見られたとする研究があります。これは、このg因子があるということの証拠になる結果だと言えます。
こうしたことから、知能がそれぞれの環境や経験によってあぶり出されるように形成されるという説を唱える研究者もいます。人間の遺伝子には文化に関する基本的な情報が抽象的ながらすでに書き込まれており、それが生活している環境や得た経験などによってあぶり出されて具体化されるのではないか、という考え方です。
知能の差をもたらす遺伝子は?
2003年に、人間の遺伝情報に関してDNAのすべての塩基配列の解析が完了しました。これにより、それを下敷きにした遺伝データの解釈作業を進めています。そうした研究の中の1つに、知能に関連する遺伝子上の因子がどこにあるのか、ということを解明しようというものがあります。
研究者によれば、統計学的に言えば、人間一人一人に知能面での個人差をもたらす遺伝上の因子は数十個はあるのではないかといいます。人間の遺伝子には約30億個もの塩基が並んでいますが、それを標準的な配列と比較すると一塩基だけが違っていて多様性が生じていることがあります。これをスニップ(SNP)といいます。
こうしたスニップの大多数は遺伝的な特徴の変化をもたらしませんが、中には遺伝的な個人差を構成している可能性があるものがあると考えられています。このため、10万箇所ほどあるスニップを1つ1つ調査すれば、どの部分が知能の差をもたらす遺伝子なのかが分かるかもしれないのです。
研究室の実験で使われるマウスを見ても、遺伝子的にはほとんど同じ個体であっても認知機能に明らかに違いがあるなど個体差があります。人間の知能の差についてもその6割近くが遺伝に影響されているといわれ、年を取るにつれて影響度合いが増加してくるともされています。
更新日:2019/11/29|公開日:2016/03/12|タグ:知能