なぜ勉強しなきゃいけないの?、もう勉強は嫌と思っているあなたへ
「どうして勉強なんかしなくちゃいけないの?」「勉強するのはもう嫌!」と思っている人は多いことと思います。そんな方のために、また、そう思っている子どもをお持ちの親御さんのために、勉強しなければならない理由と、勉強が嫌にならなくなる方法をお話していきたいと思います。
健康な心を育てるために勉強が必要
健康な体になるためには、食べ物から様々な栄養を摂取する必要があります。では、健康な心を育てるにはどうしたらよいかというと、ここにこそ勉強が必要なのです。勉強はまさに、心にとっての栄養素なのです。
勉強をすることで、心は豊かな想像力を手に入れます。想像力は人間にとってとても大切なものです。そもそも想像力があるからこそ、「自分の成績が伸びないのはなぜだろう」と考えることができるのです。想像力は私たちに、喜びや悲しみの感情というものを知らせてくれます。
想像力があれば、幸せの意味が分かり、自分が幸せであるかどうかということについても考えられます。そして想像力を働かせれば、善悪の判断もつき、悪や敵と対抗するパワーも生まれてくるのです。
「空腹状態になれば、自然と一つの食べ物を狙って人は争い出すでしょう。この時には勉強なんて必要ないのでは?」と考える人もいるかもしれません。確かに勉強しなくても人は戦えます。でもそのような戦いには物事の善悪に関係なく行われる、一種の動物としてのものであり、人間としての戦いとは意味が違います。
人間は一人きりでは生きていけません。集団の中で生きる動物である人間は、どうしても善と悪に対する判断基準が必要不可欠なのです。そしてこの、善と悪に対する判断基準を手に入れるには、想像力が欠かせません。
ではその想像力を手に入れるためには、勉強をするのが一番なのです。勉強をしなければ想像力が手に入らず、先ほど述べた善悪に対する判断基準だけでなく、愛情を持てない人間になってしまいます。なぜなら、想像力というのはすなわち、自分以外の人への愛情であり、他人の気持ちが分かり優しくできる心だからです。
勉強すれば、事故で愛する人を失った友達の気持ちになれるかというと、そうではありませんが、勉強することで手に入れた想像力で、その友達の気持ちに共感することは可能になるのです。
学校での勉強の中でも特に、美術や音楽、体育などは、豊かな心の育成に直結するものですから、軽んじることはできません。これらの教科だけではなく、学校で教わることの全てが、心を豊かに育てるために、絶対に必要なものだと思います。
この教科は好きだからやる、この教科はきらいだからしない、という風に偏りがあると、心の育ちにも偏りが生じます。いろいろな教科のいろいろな要素から、心は偏りなく育っていくのです。
子どもを育てるのに、食べ物さえ不自由させなければいいかというと、決してそうではありません。体は育つかもしれませんが、それだけでは心が育たず、バランスの悪い成長となります。子どもに勉強させたかったら、自分も子どもの時に勉強したから心も体も大きくなれたのだということを話して聞かせるのもいいですね。
体を育てるための食べ物は、摂る量に気をつけなければいけませんが、心を育てるための勉強は、やりすぎていけないということは決してありません。どんどん勉強させたいところですが、昔に比べて今の子どもたちは勉強したくないと思う子が多いかもしれません。
なぜ昔の人の方が「勉強したい」という強い気持ちが強いかというと、勉強できる環境が全ての人に与えられていたわけではないからでしょう。勉強したくてもできないという状況が、勉強したいという気持ちを強くさせたのです。
ですから、学校で勉強ができなくても、新聞を読みながら文字を覚えようとする人もいたわけです。それに比べて現代は、勉強できる環境に恵まれています。それなのに勉強しないというのは大変もったいないことです。
勉強できる状況にあるのに勉強しないでいると、心は健康に育ってくれません。そうすると、想像力を手に入れられないから、知識がない自分に気づくこともできません。それは周りから見て非常に不幸なことです。そんな人間にさせないためにも、子どもには勉強は必要なことなのです。
子どもがやりたがることを勉強させれば進んで学ぶようになる
体が成長するのに食べ物が必要なように、心を成長させるには勉強が必要です。だから親御さんには、子どもが勉強するように言葉かけをしてもらいたいものです。ですが、ただ勉強しなさいと言ってもうまくはいきません。まずは子どもがやりたがることは何なのかを見つけてみましょう。
子どもに限らず、好きなことや得意なことについて勉強するのは苦になりませんし、どんどん伸びるものです。就学前の子どもでも、「この子が好む傾向は何だろう」という視点で接していれば、どんなことが好きなのか、上手にできるのかが見えてくるはずです。
うちの子は歌を歌ったりダンスしたりするのが大好きみたい、図鑑を見るのが大好きらしい、よく料理のお手伝いをしたがるわ、などということが分かってくればしめたもの。その子がやりたがることをどんどんやらせてみましょう。
「でもそれって、算数や国語など、教科的なことに結びついていないんじゃない?」と思うことでしょう。確かに歌やダンスの勉強を夢中になってやっていても、国語や算数のテストの点数が上がるわけではありません。でも、学校での成績が良ければ、大人になってから何事もうまくいくのかというと、そうではないことも多いのです。
どの教科もまんべんなく平均的に良いということは、裏を返せば、何か一つ抜きんでたものというのがないということなのかもしれません。実際、学校での勉強は卒なくこなすけれど、なかなか自分に自信が持てないという子どももいるのです。
そんな子は、勉強はあまりできないけれど運動神経抜群な子や、ピアノを弾かせたら右に出る者はいないという子など、何か一つ「これだけは負けない」というものを持っている人がうらやましくて仕方ないと思います。
我が子の中に、何か光るものを見つけたら、ぜひそれをどんどんやらせてみてください。そしてたとえ学校の先生や周りの大人たちが、そのことを軽んじたとしても、「そんなことばかりやらず勉強しなさい」などといったとしても、親であるあなたはその子の才能を信じてあげる必要があると思います。
きっと子どもはそんな親の事を誇りに思い、自分に対する自信を高めていくことでしょう。
学校の先生の悪口を子どもの前で言うと、子どもは勉強する気を失う
昔の先生たちは、今よりは自由に教えることができたのかもしれません。この子は伸びる、と思ったことについては、特別な指導を行うこともあったようです。それがもとで才能を開花させた人もいたことでしょう。
でも今は、なかなかそんなふうにできません。子ども一人一人に合った教育を行いたくても、指導以外の仕事が多過ぎるなど、とにかく忙しいのです。思うような指導ができないことも多いでしょう。結果として保護者から指導力不足だと言われたり、信頼できないと言われたりすることもあるそうです。
親も人間ですから、先生について不満を持つこともあるでしょう。ですが、どうかその気持ちを言葉にして、子どもの前で言ってしまうことはやめた方が良いでしょう。親が先生への不満や悪口を言っているのを子どもが聞くと、子どもも先生の事を信頼できなくなってしまうからです。
先生を信頼していなくては、授業に身が入るはずはありません。信頼できない先生の話をずっと聞き続けるのは、子どもにとっても辛いことですし、勉強に対するやる気が自然と失せていくのです。
「ちょっとこの先生は…」と思っていても、直接的に先生の事を子どもの前で非難するのは避けましょう。「先生はあなたたちにいろんなことを教えてくれるんだよ」などと話し、子どもが先生との信頼関係を築けるようにしてあげてください。
とはいえ、学校の先生に本当に不安を感じるという場合もあるでしょう。そんな時は子どもに言うのではなく、その先生に直接会って不安なことを話す方が良いでしょう。それが難しいなら、学年主任の先生や校長先生に相談するという方法もあります。子どもの前で愚痴を言っても何も解決はしません。
子どものテストの点数にこだわりすぎないで
子どもがテストで取ってきた点数が良ければ喜んで大いに褒め、悪ければがっかりし「もっと頑張りなさい」と励ます。よくある光景のようですが、親が取るべき反応としてはあまりおすすめできません。
親だけでなく、子どももテストの点数にこだわる時がありますが、その場合はもっと注意が必要です。子ども自身が自分のテストの点数を気にしているのではなく、むしろ親がどう思うのかを心配している場合が多いからです。もしかしたら子どもの本心としては、多少の点数の上下なんて大きな問題ではないのかもしれません。
どうして親は子どものテストの点数が気になるのでしょうか。それはきっと、子どもの将来が心配だからでしょう。このまま成績が悪ければ、高校に入れるのだろうか。就職できるのだろうか、と。
でも、学校での成績が良ければ将来安泰かというと、そううまくはいかないこともあります。逆に、小さい時は勉強嫌いで、勉強以外の事にばかり夢中になっていたという人が、大人になってから大成功を収めたという話もたくさん聞きますね。
学校でいい成績をとっているということは、大人が決めた「これが良いこと」というものをクリアしているということでもあります。残念なことですが、その「これが良いこと」ということがクリアできていないと、問題視されることもあるのです。テストの点数が低かったり、先生に反抗したりすると、問題児だと思われる場合もあります。
それが本当に正しいことなのかといわれると、疑問符が付きます。テストの点数が悪くても、教科以外のところで素晴らしい才能があるかもしれませんし、先生に対して反抗する子どもは、裏を返せば自分というものをしっかりと持っている子どもなのかもしれません。ですから、子どものテストの点数にばかり目を向けてはいけないのです。
だからと言って、学校に行かなくてもいいとか、学校での勉強は意味のないことだとかいうことではありません。日本には義務教育というものがありますし、今の時代、高校卒業程度の学力は、どの職業につくにしても必要とされています。
それに、中卒ということが引け目に感じられるくらいであれば、高校には行っておくべきでしょう。もちろん、何の考えもなしに、みんなが行くからといって高校や大学に進学するのも困りものですが…。
どんな本でもOK!飛ばし読みでもOK!もっと気軽にどんどん本を読もう
学校で教わる授業はさておき、やはり読書は子どもにはさせたいものです。本からは学べることはたくさんありますから、これも勉強の一つと言えるでしょう。
「本をもっと読ませたいけれど、どんな本が良いのかわからない」と思われる親御さんもいらっしゃいますが、本のジャンルは何でもいいのです。逆に、親が「これは読んではいけない、これを読みなさい」とあれこれ口出しする必要はないのです。あまり子どもに適さない本を子どもが見つけたとしても、不思議と子どもはあまり興味を示さないものです。
本の良さは、情報を得ると同時に、自分の頭で考えることができるという点にあります。同じ情報を得る方法でも、テレビの場合は、考える間もなく情報が次から次へと入っていきます。たくさんの情報をなるべく早く得たいときには、テレビはとてもいい道具ですが、考える余裕を与えるという点では、本の方が勝っています。
本は、情報を得ながら考えることができるので、想像力が養われていきます。想像力は、子どもの心を健康に育てるために、なくてはならないものです。想像力があるからこそ、他人の心が分かる人間になれるのです。
大人が、「これはちょっとあなたには難しすぎるのではないの?」と思うような本を子どもが読んでいても、一向にかまいません。その本の全てを理解することはできなくても、飛ばし読みをしながら分かる部分だけを読んでいるのだとしても、頭の片隅に残る部分が一つでもあるなら、それでいいのです。
最近は、大人でも面白いなと思える絵本や、色遣いの美しい絵本がたくさんありますね。幼い子どもにとって、そんな美しい絵本を見ることは、それだけで心が刺激されるはずです。まだ小さいからと言わず、どんどん本を見せてあげましょう。もっと気軽にたくさん本を読ませて、本の世界を子どもに教えてあげてほしいものです。
一度本の世界の楽しさを知った子どもは、大人が言わなくても自分から本に親しむようになります。「読みなさい」と言われたわけでもないのに、何時間でも本に没頭する子どももいるくらいです。そんな風に集中して本を読むことができたり、いろいろなことを考えたりできる子どもになれば、親は勉強についての心配をしなくてもよくなってくると思います。