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なぜ中学受験をするのか?

家庭教師と勉強する小学生

「中学受験」と聞くと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。友達と遊ぶ暇を惜しんで毎日塾に通う小学生や、受験校をめぐって火花を散らす教育ママの姿を思い浮かべる人も多いでしょう。「小学生のうちから塾に通わせるのはかわいそうだ」、「親が子供に押し付けているのだろう」という声も聞こえてきそうです。

 

世間のイメージのように、「中学受験」は親に押し付けられた子供たちが嫌々しているものなのでしょうか。なぜ彼らは「中学受験」を選択するのかについて、様々なデータや歴史的な背景を交えながら紹介していきます。

 

東京都では7~8人に1人が中学受験をする

中学受験というと地方ではあまりなじみがないかもしれません。しかし、首都圏や関西圏、一部の地方都市部では中学受験をする子供たちが身近に存在します。全国には、2017年現在で775校の私立中学校が存在します。その約4割の305校が、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県に集中しています。

 

また、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、和歌山の2府4県の関西圏には156校、約2割の私立中学校があります。首都圏と関西圏を合わせて461校、約6割の私立中学校が集中しています。

 

文部科学省「学校基本調査」によると、2017年度の全国の中学1年生の生徒数は1,088,187人で、そのうち公立中学に通うのは998,502人、私立中学に通うのは79,648人、国立中学に通うのは10,037人となっています。

 

全国平均だと私立または国立の中学校に通っている生徒は8.2%ですが、首都圏の東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県だけを見ると14.1%になります。更に東京都だけで見ると25.7%となり、約4人に1人が私立または国立の中学校に通っています。

 

また、関西圏2府4県では10.0%、広島、高知でも私立や国立に通う生徒が多く、11.5%、20.8%となっています。地域によって差はあるものの、私立や国立中学校に入るために中学受験を経験する子供たちが一定数存在するのです。

【2017年度 中学1年生の生徒数】
地域 全体 公立 私立 国立 私立&国立
の割合
全 国 1,088,187 998,502 79,648 10,037 8.2%
北海道 42,317 40,903 984 430 3.3%
青 森 10,804 10,490 153 161 2.9%
岩 手 10,631 10,423 48 160 2.0%
宮 城 19,754 19,135 460 159 3.1%
秋 田 7,802 7,658 0 144 1.8%
山 形 9,590 9,456 0 134 1.4%
福 島 16,573 16,169 266 138 2.4%
茨 城 25,672 24,297 1,215 160 5.4%
栃 木 17,522 16,988 374 160 3.0%
群 馬 17,570 17,007 427 136 3.2%
埼 玉 62,314 59,088 3,057 169 5.2%
千 葉 53,085 49,676 3,258 151 6.4%
東 京 100,081 74,374 24,787 920 25.7%
神奈川 75,158 66,536 8,323 299 11.5%
新 潟 18,604 18,034 208 362 3.1%
富 山 9,314 9,040 114 160 2.9%
石 川 10,176 9,929 88 159 2.4%
福 井 7,109 6,980 129 0 1.8%
山 梨 7,319 6,833 326 160 6.6%
長 野 18,936 18,230 343 363 3.7%
岐 阜 18,587 17,956 463 168 3.4%
静 岡 33,406 31,254 1,752 400 6.4%
愛 知 69,506 65,890 3,205 411 5.2%
三 重 16,273 15,411 718 144 5.3%
滋 賀 13,722 13,036 566 120 5.0%
京 都 22,165 19,110 2,924 131 13.8%
大 阪 75,659 68,117 7,102 440 10.0%
兵 庫 48,719 44,539 4,067 113 8.6%
奈 良 12,259 10,522 1,581 156 14.2%
和歌山 8,064 7,183 741 140 10.9%
鳥 取 5,073 4,830 112 131 4.8%
島 根 5,987 5,758 89 140 3.8%
岡 山 17,145 16,144 821 180 5.8%
広 島 25,012 22,143 2,466 403 11.5%
山 口 11,581 10,944 408 229 5.5%
徳 島 6,259 5,980 127 152 4.5%
香 川 8,953 8,410 303 240 6.1%
愛 媛 11,307 10,797 351 159 4.5%
高 知 5,764 4,567 1,057 140 20.8%
福 岡 45,014 42,260 2,392 362 6.1%
佐 賀 7,838 7,226 452 160 7.8%
長 崎 12,184 11,431 610 143 6.2%
熊 本 16,176 15,512 504 160 4.1%
大 分 9,748 9,319 269 160 4.4%
宮 崎 10,121 9,317 636 168 7.9%
鹿児島 15,102 14,278 622 202 5.5%
沖 縄 16,232 15,322 750 160 5.6%

(出典:文部科学省「平成29年度 学校基本調査」)

 

森上教育研究所発表のデータによると、2017年2月1日に首都圏の1都3県で中学受験をした人数は3万7017人。この数を1都3県の公立小学校6年生の在籍者数で割った「2月1日受験率」は約13.0%でした。首都圏では7~8人に1人が2月1日に中学受験をしているのです。

 

なぜ2月1日が基準日になるかというと、この日が東京における中学受験解禁日だからです。御三家を初めとする本命校を子供たちは受験します。複数校受ける子供もいますし、2月1日に本命校の受験がない子供もいますが、目安としてこの日が選ばれています。

 

ちなみに、中学受験における「御三家」とは、男子校の御三家「開成」「麻布」「武蔵」と、女子の御三家「桜蔭」「女子学院」「雙葉」を指します。

 

中学受験の倍率と学校間のアンバランス

現在、首都圏では2月1日の受験者数を、中学受験全体の募集定員が上回る現象が起きています。1つの理由として、2008年9月に起きたリーマンショックが上げられます。景気が後退し、学費のかかる私立中学を避ける傾向が顕著になったのです。

 

2015年以降は少しずつ盛り返していますが、依然として2月1日の受験者数を、1都3県の私立中学募集定員が上回る状態は変わっていません。中学受験も学校を選ばなければどこかに入れる「全入時代」に突入しました。

 

このような現状は、受験生にとっては好都合に見えますが、現実には難しい側面があります。中学受験では、受験生1人が4~5校を併願します。学校側は、入学辞退者を見越して多めに合格者を出す傾向にあります。そう考えるとより合格しやすいように見えますが、それでも首都圏全体での中学受験倍率は2倍強になります。

 

また、人気のある学校は競争が激しくなり、そうでない学校は定員割れを起こすというアンバランスが起きています。定員割れを起こしている、または起こしそうな学校は、ライバル校への生徒の流出や入学辞退を想定して、一層多めに合格者を出します。

 

その結果、受験生の学校選びの基準となる「結果偏差値」は下がり、翌年の人気は更に下がってしまうのです。人気のある学校はより人気に、人気のない学校はより生徒の獲得に困難を強いられるというアンバランスが広がっているのが現状です。

 

しかし、受験生や保護者にとっては、人気は低いけれどよい教育をしている「穴場な学校」を探し出すチャンスでもあります。学校に足を運び、我が子に合う学校を探すことが中学受験の鍵を握っていると言っても過言ではありません。

 

「脱ゆとり」でも中学受験に挑戦する理由

公立の中学校に進学する場合、一般的に中学受験なしに全員が進学することができます。それにも関わらず、中学受験をする層が一定数いる理由は何なのでしょうか。

 

要因の1つに国の「ゆとり教育」路線の強化があります。公立中学校では、2002年から「ゆとり教育」路線が強化されました。土曜授業が廃止され、授業時数は削減されました。その結果、より高度な教育を受けさせたいという保護者たちは、公立中学校を避けるようになります。その受け皿となったのが私立中学校でした。

 

2012年には「ゆとり教育」路線は転換され、「脱ゆとり教育」へと舵を切りました。教科書は3割近く厚くなり、主要5教科の授業数も3年間で約23%増加しました。2012年の新学習指導要領では中学校3年間の授業時数を、主要5教科で1925時間、全教科で3045時間と定めています。

 

では、私立中学の授業時数はどうなっているのでしょうか。中学校3年間の授業時数の合計は、東京の名門進学校海城で3888時間、神奈川の浅野で3780時間、奈良の東大寺学園では3564時間です。名門進学校でなくても私立中学では、同様の授業時数を確保しています。公立の中学校と比べて500時間から800時間近くの開きがあります。

 

実は、「ゆとり教育」路線は1981年から始まっており、1980年までと2012年の学習指導要領と比べると300時間以上の授業時数の差があります。

 

公立中学校が「ゆとり」「脱ゆとり」と右往左往する間も、私立中学校は理念を持って教育を進めてきました。私立中学校の歴史と伝統に裏打ちされたぶれないカリキュラムが、教育への高い意識を持った保護者たちを惹きつけているのです。

 

ライバルの多い環境で学力を伸ばす

中学受験を経た生徒が集まる私立または国立中学校と、公立中学校の違いを生徒の学力という点から見てみましょう。

 

地方では、公立の中学校に進み、県内の進学校を目指す生徒が大部分です。したがって、学力の高い生徒も一定数存在し、互いに切磋琢磨しながら学力を高めていくことができます。

 

一方、首都圏、特に東京都では、4人に1人が私立または国立の中学校に進みます。小学校時代の学力上位層の4分の1が、公立中学校には初めから存在しません。中学受験をしなかった生徒の中にも優秀な生徒はいますが、彼らは入学当初から自分と同じくらいの学力で切磋琢磨する仲間の大多数を失ってしまいます。

 

また、学力にばらつきがあり、上位の生徒がさほど多くない公立中学校では、授業の内容をより低く設定する必要があります。学力上位の生徒にとっては、授業内容を理解することはたやすく、必死になって努力しなくてもある程度よい成績はとることができます。

 

学力上位層にとっては、公立中学校というライバルの少ない環境で過ごすより、自分と同等または上位の生徒が多い私立中学校で過ごす方が、3年間でより学力を伸ばすことができると考えられます。

 

私立中学校には歴史と伝統がある

私立の中学校にはそれぞれに個性的な生い立ちがあります。江戸時代の私塾として始まった学校、明治時代に旧制中学校として誕生した学校、大正時代に7年制高校として設置された学校などです。武蔵、成蹊、成城学園、学習院は、国からの要請を受けて私立の7年制高校として設置されました。

 

戦後、それまでは小学校までだった6年間の義務教育が、中学校までの9年間に延長されました。その結果中学と高校が分断され、小学校卒業後の4~5年間の教育を担ってきた旧制中学や、7年間の教育を担ってきた7年制高校は変化を求められました。

 

戦後、麻布や灘のような旧制中学は高校を設置し、中高一貫教育を開始しました。武蔵や成蹊などの7年制高校の多くは、中学と高校を設置して一貫教育を続けながら、更に大学を併設しました。

 

このように、私立の学校は、国の要請や時代の流れによって、変化し続けてきました。その生い立ちや変化が学校の伝統となり、独特の教育理念や方針を打ち出す基盤になっています。

 

中学受験文化はなぜ生まれたのか?

「中学受験文化」が生まれた背景には、1960年代から全国で導入され始めた公立高校の「総合選抜制度」や「学校群制度」があります。これらの制度の下では、生徒は自分の意志に関係なく進学する高校を振り分けられました。学校間の学力差は標準化され、名門と呼ばれていた学校の伝統は薄れ、自分の学校に対する誇りも薄れていきました。

※総合選抜制度:各高校の格差を無くすために、学力や住所を基準に入学する高校を振り分けるシステム

※学校群制度:複数の公立普通高校で作った「学校群」内の学力が均等になるように、合格者を振り分けるシステム。「学校群」を選べる点が総合選抜とは異なる。

 

当然、生徒や保護者からは不満の声があがります。学力が高い生徒や教育に熱心な保護者たちほど公立を避け、私立を選ぶという結果になりました。特に私立の学校が多かった東京都ではその動きが強く、自分の意志で進学校を選びたい、より高度な教育が受けたいという優秀な生徒たちの多くが私立の学校へ進学していきました。

 

高度経済成長期による好景気も影響し、私立へという風潮が高まりました。高校から私立に進むのではなく、中高一貫教育をしている私立中学校への需要が高まり、「中学受験文化」ができあがっていきました。

 

その結果、1980年代後半には優秀な生徒たちを失った公立高校は、東京大学合格者数でも私立高校に抜かれてしまいました。また、1990年代には更にその差は広がっていきました。

 

東京都では、1982年に学校群制度が廃止され、1994年にはグループ選抜制度が廃止されましたが、私立への流れを止めることはできませんでした。その後、「ゆとり教育」に対する不安から、私立への進学を望む生徒や保護者が増え、受験ブームが加速していきます。

※グループ選抜制度:複数の公立普通科高校を「グループ」に分け、合否を判断する入試システム。グループ内で第1、第2希望を決められる点が学校群制度と異なる。

 

中学受験ブームにより奮起した公立高校

受験ブームによって、公立高校は私立高校に押されがちでしたが、近年では名門校を中心に勢いを盛り返しています。2001年、石原慎太郎都知事は都立高校改革に取り組み始めました。進学重点校を定めた結果、2010年頃からの日比谷高校、西高校などの進学実績はめざましく伸びています。

 

公立名門高校校だけでなく、中高一貫校も存在感を増しています。2008年には千葉県のトップ校である県立千葉が一貫校化し、27倍という驚異的な志願倍率を記録しました。2011年には、都立初の中高一貫校である白鷗が、1期生で5人の東大合格者を出し、「白鷗ショック」と騒がれました。

 

公立高校や公立中高一貫校もそれぞれに努力し、優秀な生徒が進学するようになっています。2010年度には公立高校授業料無償化が始まり、公立への追い風となっています。特に、公立中高一貫校への人気の高まりは、お金の問題さえなければ中高一貫教育を受けさせたいという保護者の願いが表れていると言えます。

 

「一般道路」を選ぶか、「高速道路」を選ぶか

少子化が進む現在において、私立中学は決して楽な状況にあるとは言えません。公立の名門進学校が進学実績を伸ばし、私立が先駆けて進めてきた中高一貫教育を公立校が取り入れ始めました。そんな状況でも時代の要請に応え、私立中学は様々な工夫をしています。

 

公立校が実力を伸ばし、力をつけてきてもなお、私立には需要があります。公立中学校を「一般道路」に、私立中学校を「高速道路」に例えてみましょう。どちらも同じ目的地にたどり着くことができるのは同じです。

 

しかし、一般道路の場合には高速道路に比べて時間がかかります。時には渋滞に巻き込まれて、高速道路を使った場合よりも何時間も時間がかかることもあるかもしれません。時間だけでなく精神的にもイライラすることもあるでしょう。時間がかかるからと途中で諦めてしまうこともあるかもしれません。

 

高速道路を使えば、より早く目的地に着くことができます。その分いくらかお金はかかります。それでも一度知ってしまった高速道路を使うことの有益さや快適さは、簡単に手放すことのできるものではありません。

 

一方、一般道路を使うことの良さもあります。ゆっくり進む分、車窓からの景色をゆっくり眺めることができます。そうすると新たな発見があるかもしれません。目的地以外の場所にも気軽に立ち寄ることができます。そこで出会った人と新たな縁ができるかもしれません。

 

高速道路という道路ができたということは、生活者にとって新たな選択肢が増えたということです。学校選びでも同様に、選択肢が増えるということは、保護者にとっても子供にとってもうれしいことに違いありません。

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