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子供の困った行動から心を読む方法

壁にラクガキをする子供

子供が困った行動を起こした時、親はそれが心のサインである事に気付かない場合がとても多く見られます。今回は、困った行動から子供の心をどう読むのかについて見ていきましょう。

 

子供の困った行動は、今抱えている心の問題を、外にサインとして出している

親としては、子供がピンチに立たされる前に、前もって何らかのサインを察知出来れば助かるのにと思うのは当然の事です。実は、そのサインは、子供自身が知らないうちに親へ送っていることをご存知でしょうか。恐らく、サインに気付いている親は少ないと思います。

 

少ない理由は、親が「また始まった」と思ってしまうような、日常的に繰り返されている困った行動に埋もれている事が多いからです。こうした困った行動を繰り返す子供ほど、親に何かを訴えています。言い換えれば、困った行動は子供が抱えている心の問題を、外側にサインとして出しているという事になります。

 

例えば、学校が嫌になり、やがて不登校なる、非行に走る集団の仲間に入る、頻繁に嘘をつく、という困った子供は、「自分の居場所を見失っている」と考えられます。困った行動を起こすことで、子供が無意識に自分の居場所を見つけたいと無意識的にサインを出しています。

 

子供は、友達や仲間と一緒にいて、自分が友達に何かを与えているし、また、友達から自分も何かを得ていると思えるギブアンドテイクの関係でいる事で、ここが自分の居場所だと感じています。自分が一方的に何かを得ている、または、一方的に何かを与えているという事では、居場所としては成り立たない為、「与える」と「得る」のバランスが重要です。

 

不登校になってしまった子供の場合のほとんどは、「私がこのクラスにいなくても、みんなにとっては関係の無い事」と思っています。自分が学校に行かなくても、誰も困らないし、何とも思わないと感じて、自分の存在価値を見失った為に、学校という場所は、自分の居場所ではないと思うようになります。

 

不登校になってしまった子供が、再び自ら学校に行くと言えるようになるには、学校に自分の居場所を見つける事が出来た時です。子供は、学校内でのグループ、帰宅してよく遊ぶグループ、塾などのグループ、そして家庭など、一日のうちにいくつかの居場所と感じるグループの中ですごします。

 

もし、居場所が無くなってしまったと感じるグループがこの中に出来てしまったとしても、他の居場所と感じるグループに身を置いている事で救われます。その間、見失いかけていた自分の存在価値をこのグループで感じて、心の安定を保っています。

 

自分の存在価値というものは、一方的に何かを与えられている事では見出せません。これは、家庭というグループでよくある事です。親が心配するあまりに、何もかも先回りしてやってあげてしまう事が、子供の自発的行動を奪い、居場所として感じる事が出来ません。一方的な親心は、子供が存在価値を見失うばかりでマイナスでしかありません。

 

学校を始め、家庭の外のグループに自身の存在価値を見出せずにいるのに、家庭まで居場所として感じる事が出来ないとなれば、生きている中での自分の居場所が無いと感じて、最悪は自殺という結末にもなります。

 

不登校の子供は、「早くクラスに戻っておいでよ。」とか「一緒に助けてほしい。」など、クラスメイトからたくさん言ってもらう事が、学校に行けるようになるきっかけとなる場合があります。

 

これは、これらの言葉で、学校にも私の居場所があると感じられるようになるからです。多くの不登校になった子供は、このようなクラスメイトの言葉を待っているのかもしれません。

 

そのような心の状態を、読み取れずに親や教師が、「なんで学校に行けないんだ」とか「先生は早く学校に来てほしいと思っている」など言ったり、怒っても、何の効果もありません。逆に子供は、ますます心を閉ざし、どんどん居場所を失っていくばかりです。

 

子供が困った行動を起こした時には、親は過剰な手出しをせずに、子供の居場所や存在価値を見つける為の手助けをしてあげる事が先決です。

 

種類別の困った行動を見極め、親はそれに合わせた対応をして子供を成長させる

自分の存在価値や居場所を見失った子供が起こす困った行動は、大きく2種類に分ける事が出来ます。1つは、子供自身が問題となる行動。もう1つは、子供が他人に迷惑をかけて問題になる行動です。

 

例えば、連日寝坊して学校に遅刻するという行動は、遅刻した事による不利益は、基本的に子供自身にかかってくるので、他人に迷惑をかけているという事ではありません。一方で、家庭で母親に暴力を奮ったり、万引きをするというのは、他人の体やお店の財産を奪う事となり、他人の迷惑になる為、早急な対応が必要です。

 

このように、まずは親が、子供が困った行動を起こした時に、どちらのパターンの行動なのかを見極める必要があります。ところが、子供自身が背負う問題も、放っておけない他人に迷惑をかけてしまっている問題もごちゃまぜにして、親は「問題だ」と言っているケースは多く見られます。

 

不登校になってしまった、遅刻が頻繁であるという他人に害のない問題は、子供自身が責任を負い、自分で解決しなくてはいけないのだという事が理解できるまで放っておくことも大事です。ところが親や周囲の大人は、理想通りの子育てが出来なくなってしまう為に、とても重大な問題だと思ってしまいます。

 

しかし、見方を変えてみれば、この場合は特に重大な問題ではありません。本当の問題は、他人の生きる道を妨害したり、邪魔をする事です。1人で生きていくのではなく、他人と協力して生きていくというのが世の中です。必要以上に他人の領域に足を踏み入れる事は、迷惑であり問題です。

 

でもそれは、見方を変えれば、他人の領域に足を踏み入れることなく、尊重して、迷惑だと思われなければ、何をしても問題にならないとも考えられます。万引きや暴力は、明らかに他人に迷惑をかけていますから、親はどんな手を使ってもやめさせなければいけません。これが警察沙汰になっても止めさせるべきです。

 

誰にも迷惑をかけていないのであれば、時間がかかっても子供自身が責任を負い、そのツケを払えばいいだけです。しかし、やはり親は、そうは言っても将来を心配するのは当然の事だと思います。とはいえ、自分の事は自分で責任を負うという事は、子供も大人も関係ありません。

 

問題では無い事まで問題であるように考えてしまう親の行動こそが、子供の為にはならずに、マイナスな方向へ進んでしまう事ともあります。これは、困った行動にあるサインに対して、適切な対応をしていない事と同じです。

 

もっと自分に関心を向けてほしいから、子供は困った行動をとる

自分の居場所を見失い、また自分の勇気も抑えつけられてしまった子供は、困った行動を起こして、親や大人に、自分にもっと関心を持ってもらえるように無意識的にアピールしています。そのアピールは、具体的に4段階の困った行動に分けられます。

 

まず第1段階は、「わざと面倒くさい奴」になるような行動をとることです。見栄を張る、わざと質問ばかりを立て続けにして相手を困らせる、大事になるレベルではないものの、ちょっとしたいたずらをするなどです。良い行動ではなく、悪い行動で目立とうとして、周囲からの関心を集めようとします。

 

学校では、教師に自分に関心を持ってもらおうとする場合、周囲からも不自然だと思われるような愛想良い応対と、過度な愛嬌を教師に振りまきます。結局こうすると、大概はそのことで教師に叱られてしまいますが、逆にこれでみんなが自分に注目してくれたと考えて、自分の居場所を見つけたと思い、この行動を繰り返します。

 

第2段階では、親や教師に力を誇示して、挑戦的な態度を取るようになります。物を投げつけたり、強くドアを蹴飛ばしたりするような行為で注目を集める事に似ていますが、それよりもさらに強い反抗的な態度で、親や教師から主導権を奪おうとします。もちろん、これも居場所を得ようとして、無意識に行動をとっているものです。

 

具体的には、先生や親の言う事には従わない、怠けていてだらしのない態度をみせる、注意されても同じ事を続ける、先生や親との言い争いが絶えない、嘘をつくなどです

 

第3段階では、自分自身も深く傷つくのに、親や他人に迷惑をかけ続けるようになります。例えば、何事にもやる気のない態度を見せ、口を利かない、万引きをする、暴力を奮うなど非道徳的な反抗をとるなどです。

 

最後の第4段階では、無能で無気力であるという事を徹底的に装います。自分には、見た通りの欠陥がある、あるいは見た目ではわからない想像上の欠陥があると見せかけて、怠けたり、愚かな行動をとります。

 

このように、成長過程にある子供達は、居場所を見失い、勇気も抑えつけらえたりすると、段階的に困った行動を起こすようになり、どんどんエスカレートしていきます。これらのすべては、子供が自分の居場所を見つける為に無意識的に行っています。

 

第3段階まで進んでしまうと、もはや親の手には負えず、警察など第三者の力を借りなければ解決できない事態になります。ただし、居場所を見失った子供のすべてが、第3、4段階までエスカレートするわけではありません。親が普段から子供の行動に注意を払っていれば、問題のある行動なのか、そうでないのかを正しく判断することが出来ます。

 

また、問題ある行動である場合には、適切な対応をすれば、早い段階で解決する、すなわち子供が自分の居場所を見出せるきっかけが作れるようになります。

 

いたずらは「もっと僕を見て」のサイン!親は存在を否定しない態度をとること

子供がいたずらをするのは、親や先生の関心や注意の目を自分の方にむけて、それにより自分の居場所を再確認しているからです。「自分の居場所が無い」と子供は感じると、自分の居場所を見つけるための行動を起こします。

 

幼い子供は、食事中に、立ち上がっては母親の所へ近づきまた戻るという繰り返しの行動をとる事があります。するとやがて母親に、「座って食べなさい」と言われて、自分の席に戻っておとなしく食べ始めたかと思いきや、今度はお父さんに同じような事をし始めます。

 

これは、困った行動の第一段階です。お母さんやお父さんの関心を、自分に集めようとして幼いながらも無意識に行動しています。この様子を見て、親は「何しているの。早く座って食べなさい」と叱ります。しかし、子供は叱られたことで、両親が自分に関心を持ってくれたとして、自分の居場所を再認識しています。

 

また、レストランなどで席を立って他人の所へ行ってしまうのは、迷惑をかけるし、マナー違反だという事をしつけなければならないと、親は思います。だから、「静かに座って食べなさい」と叱るわけですが、ここでも子供は、静かに座って食べる事をマナーとして学ぶよりも、「他人に迷惑をかけると、両親は僕に関心をむけてくれる」と学んでしまいます。

 

この第一段階では、親は子供の存在を否定せずに受け入れている態度を取る事が大切です。例えば、お父さんが会社から帰宅します。すると、子供はお父さんの関心を自分に向けようとしてまとわりつきます。これは、「お父さん、僕はここにいるよ。ちゃんと見てね」というサインです。

 

そこでお父さんは、「ただいま。よしよし、今日も元気に過ごせたかな?」と目を見て言ってあげれば、子供は自分の居場所を認められたとして安心します。では、このような態度をお父さんが子供にしてあげなかったら、どうなってしまうでしょうか。

 

仕事が終わって帰宅した時、まとわりついた子供に「うるさいなぁ、お父さんは一生懸命働いて疲れているから、あっちにいって」と言ったら、子供は「僕はここにいる」という存在を否定されたことになります。この時、子供は一度おとなしく引き下がるかもしれませんが、しばらくするとまた同じようにまとわりついて、存在をアピールします。

 

それでもなお、お父さんが、「何度言ったら分かるんだ。あっちいってなさいと言っただろう」と叱ってしまったら、こうした行動が第2段階、第3段階へとエスカレートしてしまう原因ともなります。では、どう対応したらよいでしょうか。

 

それは、親は疲れていても、その行動から、「僕はここにいるよ」と認めてほしいのだという事に気付いてあげる事です。「疲れているからあっちへ行きなさい」や「テレビを見ているから静かにしなさい」と言うと、子供は否定されたことに重ねて、「お父さんに、僕はここにいるよと認めてほしいのに、どうしたら良いの?」と不安になります。

 

こんなときは、「疲れているから、お父さんの肩を叩いてくれる?」と、子供に役割を持たせることで、良い方向に子供の成長が促されていきます。どうしても見たいテレビは、子供が寝た後に見るように録画しておいて、子供の相手をしてあげる事も大切です。こうすることで、困った行動はエスカレートせずに済みます。

 

大きくなった子供は、親が一番関心のある事に対して困った行動を起こす

学校に通う年齢になってからの子供の困った行動は、親が一番関心を持っている事の領域の範囲内で起こされる場合があります。例えば、不登校の子供は、親が学校の先生である事が多く、非行に走る子供は親が警察官であることも少なくありません。

 

教育専門家でもある学校の先生の子供は、しっかりしているというイメージを周囲の人間は持っています。警察官の子どもに対しても同様で、悪い事など決してしないというイメージがついています。ところが、先生の子供が不登校になったり、警察官の子供が非行に走ったとなれば、立場上、親のメンツがたちません。

 

しかし、このような行動も、たいていの場合は、親の関心を自分に向けさせる為の行動です。先生の子どもが不登校になると親は困る事も、警察官の子供が非行に走ると親が困る事も、無意識的にも意識的にも子供は知っていて起こします。

 

子供は、親が一番大切にしている価値観に対して、反発した時に初めて同じ土俵の上に立ってくれると分かっています。

 

親が精神科医や、心理カウンセラーの子供にノイローゼが多いのも同例です。このような例を、子供が部屋を片付けなくて悩んでいる家庭に当てはめてみても、同じようなことが言えます。

 

家の中の整理整頓に対して、無頓着気味な母親のいる家庭の方が、子供が自ら部屋をきれいにしている事が多いものです。逆に、いつも子供の部屋を見て、「汚い部屋だね。何回片付けなさいと言われたら気が済むの。」のと叱っている母親を持つ子供ほど、整頓せずに散らかっています。

 

その原因は、不登校になる事と同じように、無意識的に親を困らせようとして行動を起こしているからです。お母さんは、物がきちんと収納されていないと気が済まないきれい好きだから、部屋の物をきちんとしまわず、出しっぱなしにしておく事が、お母さんの一番嫌がる事だと子供は知っています。

 

だから、それが無意識的にお母さんの嫌がる行動となって表れるので、部屋を散らかし放題にします。その心の奥には、こうすれば、お母さんはもっと自分に関心を持ってくれるのではないかという意識が働いています。しかし、根底にはこのような意識があっても、困った行動として現れるのは、無意識な行動なので、子供に責任はありません。

 

ここが難しい所で、子供が親から良い評価をもらえなくなったと感じたら、逆に、悪い評価をもらってでも親の関心を引こうとします。悪い評価につながる困った行動は、親に関心を持ってもらうための、子供にとって苦肉の策なのです。

 

このような変化は、普段から子供の様子をよく観察しておくことです。これは、困った行動が、これ以上エスカレートしないようにする為のとても重要な事です。

 

問題の無い時にこそ、親は子供に関心を持っている態度を見せて、心を安心させる

食事中に立ってうろちょろすることに対して、「ちゃんと座って食べなさい」と、たいてい親は叱るわけですが、ここで注意しなければならない事があります。それは、この困った行動が自分に注目してほしいというサインである時、親は出来るだけ注目しないように努める事です。

 

叱られると、子供は、食事中にうろちょろしたり、他人に迷惑を掛ければ、親は自分に関心を持ってくれるのだと思い、この行動を繰り返します。言い方を変えると、「困った行動をすれば、お父さんやお母さんは、あなたの方に関心を向けてあげますよ」と親が教えてしまっている事と同じです。

 

ですから、このような行動には、親は関心を向けない方が良く、逆に、適切な態度を取っている時にこそ、関心を向けてあげるべきです。子供が良くない行動をした時には、叱ったり声をかけますが、きちんと座ってお行儀良く食事をしている姿に対して、声をかけて、関心を持って接する事は少ないのではないでしょうか?

 

それは、親側で当たり前の事だからと思っているからです。でも、この適切で当たり前の事をしている時にこそ、「今日は、ちゃんと座ってご飯を食べていて、良い子ね」と声をかけてあげれば、ちゃんと座ってご飯を食べたら、親が注目してくれたのですから、子供は困った行動をとる必要が無くなります。

 

こうすると、自分がきちんと座って食事をすれば、お母さんは満足してくれる事を学びます。私達は、病気になってこそ初めて健康であるありがたみを知ります。それは、体が自由に動く事や、やりたい事が出来る事を普段の生活では当たり前だと思って過ごしているからです。当たり前の事に関心を向ける事など後回しです。

 

ところが、病気になると、体は動かないし、やりたい事も出来ません。そこで初めて、健康でいられる素晴らしさに気が付き、もっと健康に注意しておけばよかったと後悔します。この事と同じで、子供が良い行動を普段の生活でしている時こそ、注意を払ってあげることが必要です。

 

そうすれば、子供は、わざわざ困った行動をとらなくても、普段の平穏な生活から、充分な関心を親が持ってくれていると感じて過ごすので、エスカレートする事もなくなります。

 

子供が挑戦的な態度を取ってきたら、親は妥協案を提案し、勝敗をつけさせない

親や先生などに対して、子供が困った行動を起こしても、自分の思うような関心を持ってくれなかったと感じると、次に子供は、反抗的かつ挑戦的な態度で、親や先生と主導権を争うような態度を取り始めます。つまり、大人に対して戦いを挑んでくるということです。

 

小学校高学年以上になり、親が自分の事に対して全く関心を持ってくれないと感じると、憎まれ口をきくようになります。例えば、食事中に「こんなご飯、まず過ぎて食えない。これなら僕が作ったほうがマシだよ」という感じです。

 

さらには、「お母さんは、料理を作るのが仕事なのに、家族にはもっとましな料理を食べさせてくれなきゃ困る」という、母親に対して挑戦的な態度を取る時があります。こんな事まで言われたら、母親も黙っているわけにはいかず、「文句あるなら自分で作りなさい!」と言ってしまいます。

 

すると子供は、「それなら作ってやろうじゃないか」となり、売り言葉に買い言葉で主導権争いが始まります。母親は、こんな時はぐっと我慢して一歩離れたところから、「お母さんは料理があまり得意ではないのよ。だから、自身があるならたまにはお母さんにおいしいご飯を作ってくれる?」と言ってみましょう。

 

すると、子供は、小学校高学年以上となれば、意地でも何とかして作ってやろうと思い行動に出ます。でも、出来上がった物がおいしいとは限りません。しかし、それでも親は、間違っても「まずくて食べられない。これならお母さんが作った物を黙って食べてる方が良い」などと言ってはいけません。

 

そんなことを言うと、主導権争いが激しくなるばかりです。おいしくなくても、「なかなか上手ね。おいしい」と言ってあげましょう。

 

また、子供が「ゲームソフトを買ってほしい」と言ったとします。母親は、「駄目。この前も買ったばかりでしょう。」と言います。すると今度は、子供が「じゃあ、自分のお小遣いで買うからいいよ。今度のお年玉でお金返すから、お母さん、今お金貸して。」という態度を取り始めます。

 

またいつもの事が始まったと母親は思うので、「いつもあなたはそんなこと言って、今まで一度もお金を返したことが無いでしょう?いつも嘘ついてばっかりね」と言うと、子供は「じゃあもういい。勝手にするから」とどんどん口論になっていきます。どこの家庭も、よくあるパターンかもしれません。

 

このような場合には、子供に妥協することを教えてあげます。勝負をはっきりつけてしまうと、どちらか必ず傷つきます。しかし、これを子供と母親が引き分けとする決め事を作れば、どちらも傷つくことはありません。

 

「ゲームを買ってほしい」と言って来たら、「いくらするの?それであなたは今、お小遣いいくらもってるの?」と質問して、「ゲームは1万円くらいするけれど、今持っているお小遣いは、3千円しかない」と答えが返ってきたとします。

 

母親は、「あと7千円くらい足りないんだね。じゃあ、もう少しお小遣いを貯めて、5千円になったら、残りの5千円はお母さんが貸してあげるから、少しずつ返してね」と言って妥協案を提案してあげます。こうして、お互いに譲歩し合って解決策を見つければ、どちらも傷つくことはありません。

 

主導権争いは、親が一方的に勝ってしまうケースが多く見られますが、実はこれは、子供が傷つき、さらなる困った行動へエスカレートさせてしまい、逆効果になります。

 

子供が親に挑戦的な態度を取った場合は、親は一歩離れて時間を作る

親子で主導権争いをしている時には、お互いがとても感情的になっています。どちらかが引き下がれば解決するはずなのに、どちらも負けてはいけないと思ってしまっているからです。

 

親側は、「ここで引き下がったら、親の立場がなくなる」、「家で一番偉いのは親であることを、態度ではっきりさせておかなければならない」といろいろと理由をつけて合理化して、ますます感情的になります。

 

子供側も、「ここで負けたら、一生、親の言う事を聞いていなくてはならない。だから、絶対負けられない」と思っているので、引き下がるどころか、ますますヒートアップします。その結果、困った行動がエスカレートしていきます。

 

このような場合には、親側で一度その場を離れる事をおすすめします。親子で互いに感情的になっていたのでは、いくら話し合おうとしても無理です。そこで、親がその場から少し離れてみます。

 

しかし、捨て台詞をはいて離れるのではなく、冷静になって理由を話して離れます。「あなたと話している暇はない」と言って離れたのでは、逆効果です。「あなたと話し合うのも大事だけれども、どうしても用事があるから」と落ち着いて理由を話してからその場を離れます。

 

急に用事が出来た事に不自然さを感じるような状況であれば、「トイレに行ってくるから、時間を少しちょうだい」と言って、トイレにこもるのも自然で効果的です。10分もトイレの中にいれば、気持ちも落ち着くでしょう。子供も、苛立つ原因の人間が目の前からいなくなれば、同様に落ち着いてきます。

 

そして、落ち着いてきたなと感じたら、慌てず引き分けとなる作戦を考えます。子供が言っている事をじっくり検討して、どのような妥協案を提案するか考えます。イライラしたままでは妥協案など見つかりませんし、白黒つけたがるような主導権争いがエスカレートすると、やがては家庭内暴力へと発展する恐れがあります。

 

10分と言わず、3分でも離れていれば、お互い落ち着くことが出来ますので、最低3分はその場を離れているように、親は努めてください。捨て台詞を吐きたくなる気持ちは分かりますが、親側がここはグッとこらえて、「ちょっと待っていてね」と言ってその場を離れ、間を作る事が大切です。

 

反社会的な事をすれば、親が困る事を子供は無意識的に知っていて行動する

困った行動がエスカレートすると、やがて罪を犯し、あるいは不道徳な行動をして、自分も傷つき親や先生を困らせるようなります。こうすることで、親や先生に復讐をしようとしています。非行に走れば、成績が落ちて先生にも目をつけられます。親も同時に痛手を負います。

 

子供が万引きをするのも、たいていは復讐の為です。万引きをしたら、自分が傷つくのは自分が良く知っていて行為に走ります。それにもかかわらず行うのは、これにより親が一番傷つくのを知っているからです。

 

子供が万引きすれば、当然親の所へ連絡が来ます。すると、親は「うちの子に限ってそんなことをするなんて」とびっくりして、非常に傷つきます。

 

子供は、それを狙って万引きや窃盗をする事もあります。親に限らず、このことで先生に対しても復讐や仕返しをしようと考えています。今まで親しくしていた先生と自分との間に問題が発生して、距離が出来てしまうと、その先生を困らせて仕返ししようと考え、万引きをします。

 

そうなると、先生は自分の指導が間違っていたのかと自信を無くし、傷つきます。子供自身も傷はつきますが、これで先生には仕返しが出来たと思っています。このような復讐や仕返しは、万引きなどの反社会的な行為だけとは限りません。不登校になり、部屋に引きこもる事で復讐しようとする場合もあります。

 

こうすると、学校の成績は落ちて、進級や受験にも影響が出るリスクを、本人は分かっていて行っています。しかし、それ以上に親は、学校を辞めてしまったり、進級が出来なかったりして、世間に顔向けが出来ないような事になるのではないかと心配になります。これを狙って、子供は引きこもり復讐を図ります。

 

しかしここで重要な事は、これらの行為は、ほとんどが本人も気付かない無意識的な行動であるという事です。子供は、無意識的に親が一番嫌がる事をして、小さな頃から自分に関心を向けてこなかった親や先生に復讐しようとします。親の職業が学校の先生なら、学校に行かないという作戦を選びます。

 

また、社会的に地位の高い親の子供が、非行に走ったり、万引きをしたり、自殺を図るという事も、このような作戦を選び復讐したと考えられます。親が社会的に地位の高く、多忙な為に、家で子供と接する時間がほとんど無いので、子供に関心を向けている暇もありません。

 

一方子供は、そんな事情は関係なく、もっと自分に関心を持ってほしいと思っているのに、全然こちらを向いてくれないから、困った行動がエスカレートしていき、最終的には復讐という形になってしまいます。ここまでになってしまうと、解決するまでにとても大変な事になります。

 

復讐を選んだ子供に、親が罰を与えるのは逆効果となり、困った行動は悪化する

親を困らせる子供の困った行動は、無意識からくる行動です。特に、万引きをしたり、非行に走るなどの反社会的な行動も、わざと親を苦しめようと思う所からの行為ではありません。親を傷つけてやろうと思う無意識的な気持ちが根本にあり、そこから始まる行為です。

 

無意識である以上、子供に責任はないので、大人はそれを理解して助けてなくてはいけません。では、どのようにして助けてあげればよいのでしょうか。

 

まず、一番大切な事は、大人が例え子供がした行為に傷ついてしまったとしても、その素振りを絶対子供に見せない事です。そして、いつもと同じように明るく振る舞う事です。「あなたは親を裏切った。どれだけ親を苦しませたら気が済むの!」などと決して言ってはいけません。

 

また、「あなたなんて、もうお母さんは大嫌いよ。私はそんな子供に育てたつもりはない」とも言ってはいけません。これらの発言で、子供は「親を困らせる事が出来た。やったね。目標達成!」と無意識的に満足してしまいますので、このままその行動をとり続ける可能性が大きくなります。

 

逆に、親は傷ついたことを見せずにいれば、子供の無意識的な部分は、「この復讐は効果が無かった。残念。」と悟り、その時点で困った行動が収まる事も考えられます。ですから、例えば、不登校になった子供に対しても、「毎日毎日、あなたが学校に行かないからお母さんは憂鬱で仕方がない」などとは言ってはいけません。

 

反対に、極端な例えですが、「学校よりそんなに家が楽しいの?だったら行かなくてもいいよ」くらいの事を言った方が効果的です。

 

もう1つ、親が子供を困った行動から助け出すのに必要な事は、罰を与えない事です。学校に行かない、非行に走るという子供に対して、親はどうしても罰を与えようとします。しかし、親に自分への関心を持ってもらいたくて悪さをしているので、罰を与える事は現状維持どころかますます行動が悪化していきます。

 

例えば、不登校の子供に、「学校に行かないでいたら、将来まともな人間になれない」と親が言ったとします。これは子供に対して一種の脅しです。子供は不安になるし、そして親が心配しているのが分かります。そうすると、まともな人間にならなければ、親はもっと心配してくれるのだと無意識的に感じてしまい、行動を助長させてしまう事になります。

 

脅しや罰を与える事ではなく、勇気を与えてあげる事が一番重要です。親が「学校に行かなくてもどうにかなるよ」と明るく振る舞えば、子供も勇気を持つことが出来ます。子供が理由なく学校を休み続けるのは心配になるのは当然です。でも、親が逆に、「学校に行かなくてもOK」と言う勇気を持つ事で、子供が変わります。

 

ただし、ここまでエスカレートしてしまった困った行動を、親の力だけで解決に結びつけるのは、親子関係が相当こじれてしまっている状態ですので、難しいかもしれません。難しいと感じたら、子供との関わり方や勇気づける方法を、専門家に相談してみる事をおすすめします。

 

「僕は何をやってもダメなんだ」という態度は、復讐よりもやっかいな困った行動

子供の困った行動は、初めはちょっとしたいたずらから始まります。それが、主導権を争う事に挑戦し、復讐へと発展していきます。実は、さらにはもう1つ上の段階へ発展することもあります。

 

復讐までして、自分の居場所が見つけられなかったとなると、子供自身が嫌になって、それ以上進まない事もありますが、ときには、自分の居場所を見つける為にさらなる上へ発展することもあります。

 

このような状況になると、悩みを頭できちんと整理して、専門家に相談できる状態ではなくなってしまうほどの絶望感に襲われます。「とにかくどうしていいのかわからない」という状況です。

 

それは、全ての事に対して、子供が無気力、無能力であると「装う」ことです。もちろん、実際は無気力でも無能でもありません。「僕は何をやってもダメな人間だ」と言う態度を装うのです。また、「僕は何もできないんだから、放っておいてよ」という態度で無能さをも装います。

 

不登校の子供を例にすると、学校へ行く行かないで、毎朝親と言い争う。学校に行くと言ってどこかで遊んでいる。休んで家の中や敷地内をうろうろしているなど、様々なケースがあります。親はどんなケースでも心配するのは当然ですが、これらの困った行動は、まだ初期の段階です。

 

不登校で最悪な段階というのは、家の中で親と顔を合わせる事が無くなる状態です。親が寝た深夜にテレビを見たり、音楽を聴いたり好きな事をして、親と顔を合わせるような昼間の時間帯は寝ています。また、親が部屋をノックしても鍵を開けません。鍵がかけられない部屋にいたとしても、親の呼び掛けには反応しません。

 

このような無気力、無能さを見た親は、「自分は何もあの子にしてあげられない」と絶望して、最悪は「この子を殺して私も死のう」と、心中を図るような状況に追い込まれるかもしれません。しかし、実際子供は、無意識を根底にして、自分の事はもうあきらめてと言う態度を「装っている」だけですから、いつでも立ち直る可能性はあります。

 

親は、このような子供の態度に翻弄されて、絶望的な気持ちに決してならない事、希望を捨てない事です。

 

親と顔も合せないほど無気力になった子供には、専門家の助けが必要である

親が深い絶望感や孤独感に襲われるほどの子供の困った行動は、親だけで問題を解決するのは不可能です。ちょっとしたいたずらや、悪いことをして目立とうとする第1段階、親や先生に口答えをして、主導権を奪おうと挑んでくる第2段階くらいなら、親もあまり絶望感が襲ってくることもありません。

 

子供も気力が残っているので、そのエネルギーをうまく生かして、親子の関係を良くすることは比較的しやすい傾向にあります。ところが、万引きや非行など非社会的な行動をする第3段階や、無気力、無能を装う第4段階となると、親の気力も少なくなるので、単に頑張ってと言われて、気力を取り戻すのは難しい事です。

 

まずは、親の気力を回復させる為にも、第3者的な役割を持つ専門家に助けを借りましょう。もし、子供が1ヶ月も2ヵ月も部屋にこもって出てこないとなれば、親としてはこの世の終わりと言わんばかりの絶望感に襲われ、どうしたらよいのか全く分からないという状況になっても無理はありません。1人で解決するのは限界があります。

 

また、例え専門家の力を借りたとしても、すぐ改善するような特効薬的な対処法はありません。ある程度は時が経つのを待つしかありません。学校や家庭で復讐したのに失敗し、居場所も見つからない上に、敗北と絶望を経験してしまったわけですから、徹底的に無気力で無能な人間を装うしか、自分の心を保つことができず、すぐ解決する事はありません。

 

ここまで来てしまった子供を、勇気づけて立ち直らせるには、相当な時間を要するものだと、親は覚悟してください。不登校になった子供で、親とも顔を合せないほど部屋に引きこもり、毎日ぐうたらしている、無気力を装った第4段階から、いきなり学校に行かせるようにするのは、まず無理です。

 

まずは、親子関係の修復が優先です。顔を合わせて話が出来る状態にすることです。そうすれば、親と顔を合わせていた第3段階まで下げる事が出来ます。次に、親に対してなぜ学校に行きたくないのかを、自分の意見として言わせるレベルまで持っていくことを目標にします。

 

ここまで来れば、自分から意見を言えて、学校に行かない事は、親や先生に対する挑戦ともいえるわけですから、第2段階まで下がった事になります。次に第1段階まで戻して初めて学校に行けるように仕向けます。

 

このように、決して焦らず、急がずに、どっしりと腰を据えて親は長い目で見て子供と向き合う事が大切です。自分の力で解決しようと思わず、専門家のアドバイスを受けながら取り組みましょう。

 

子供が無口な理由を親が判断間違えすると、鬱病につながる事もある

緘黙と言われるほどではありませんが、必要最低限の事しかしゃべらない口数のとても少ない子供もいます。しゃべる事が苦手で、うまくしゃべれないことを悩んで無口になっているという事であれば別ですが、当の本人が問題にしていなければ、好きで無口になっているだけかもしれませんから、親は心配する事はありません。

 

親からしてみたら、子供は元気に誰とでも話していて、いつもニコニコしていてほしいと思います。でも、別に無口でおとなしい子供がいても、世の中何の不思議もありません。問題は、親が無理にしゃべらせようとしてしまう事です。本が好きで、1人で静かに本を読んでいたいと思う子供もいます。

 

ところが、親の「子供は友達と元気に遊ぶもの」という勝手な思い込みで、無理矢理外に連れ出してしまう事があります。親は、友達と遊びながら社会性を身につけていかないと、いつも独りぼっちになってしまうと思っています。ところが、この子供にしてみたら、好きに静かにしているのですから、大きなお世話です。

 

子供の頃、同年代の友達とはほとんど遊ぶことなく、カエルや虫を捕まえて1人で遊んでいたという、進化論で有名なダーウィンもいます。ダーウィンの他にも、子供の頃はほとんどしゃべらなかった人で、やがて立派な大人になったという人もたくさんいます。

 

現在で例えると、ダーウィンは相当根暗な子供だとして、周囲から距離を置かれていたかもしれません。でも、このように、友達と元気に遊んだり、クラブ活動に励んだりする子ばかりが良い子に育つとは限りません。なので、「外に出たがらないし、1人で遊んでばかりいて、友達とあまりしゃべらない」という子供でも特に気にすることはありません。

 

ただし、無口な理由が無気力から来る場合もあります。一般的に言われる無気力とは、ただやる気がない、ただ怠けているという、「やればできるのにやりたくない」からくる様子を差しますが、ここで言う無気力とは違います。

 

例えば、鬱病は、会社に行って仕事がしたいのに、体が言う事を聞かずに起きられない。決して怠けたいと思って怠けているわけではない。そして鬱病になっていくことが無気力状態です。何かしたいと思っているのに出来ない状態を差します。

 

無気力でしゃべらないのは、しゃべりたくてもしゃべれないからです。このような子供には、親はしゃべる勇気を持てるような手助けをしなくてはいけません。先生に子供が無口だと言われたり、子供が無口だと普段から感じる親は、まず、「好きで無口でいるのか」「しゃべりたいけれどもしゃべれないから無口なのか」を、間違えずに見極める事が重要です。

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