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チーズの味や香りを決める熟成は、チーズづくりの最終・最重要ステップ

熟成中のチーズ

チーズの最大の魅力は、独特の香りとコクのある味わいですが、実はチーズは固めただけでは無味無臭なのをご存知でしょうか。チーズ内部で乳酸菌や酵素が働き、たんぱく質や脂肪を分解する「熟成」という工程を経て初めて、風味豊かなチーズが生まれます。

 

また、たんぱく質を分解することによって苦味成分が増加するのがチーズの宿命ですが、この苦味を制御するために、製造工程のスタート地点から様々な工夫を行っています。チーズの美味しさが、多くの要素が複雑に絡み合って作り出されている様子を見ていきましょう。

 

熟成は、チーズを美味しくする重要な工程

世界で長い間愛されてきた食品であるチーズの原材料は、牛やヤギ、羊などの乳と塩というシンプルなものです。まず、原料乳を乳酸菌で発酵させてから凝乳酵素を使い固めます。次に余分な水分を取り除き、型に詰めたら塩分を加え、熟成させるとチーズの完成です。

 

これらの工程を工夫して差別化することで、現在1000種類を超えるチーズが世界中で食べられていますが、その中でもフィニッシュワークである「熟成」がチーズの味・匂い・色を決定づけると言われています。熟成庫の中で水分をとばしながら、旨味成分を内部に増やしていく作業、それが熟成です。

 

熟成期間はチーズの種類に合わせて細かく設定され、中には数年をかけて完成されるものもあるほどです。熟成以外の工程は、8000年とも言われるチーズの長い歴史の中で効率化が図られてきましたが、熟成期間だけは太古の昔より変わっていません。いまだ人間が手出しできないこの時間が、私達を魅了するチーズの美味しさの鍵となっているのです。

 

チーズの旨味を引き出す熟成環境は、種類ごとに微妙に異なっている

熟成中のチーズに起こる現象は、主に水分の蒸発と、乳糖、たんぱく質そして乳脂肪のさらなる分解です。また同時に、分解によって生み出された成分と、チーズ内の他の成分とが再度反応します。これにより生まれる新たな化合物こそ、チーズの豊かな風味の主役となります。

 

なお、乳糖は乳酸菌がチーズ内部で生き続け、増殖するためのエネルギー源として利用されることで、また、たんぱく質(カゼイン)は乳酸菌やプロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)の働きにより分解されることで、それぞれ減少します。

 

乳脂肪が減少するのも、チーズ内部で分解されているからですが、これも乳酸菌、そしてカビから生まれる酵素であるリパーゼの働きによるものです。

 

なお水分については、熟成庫内で自然に蒸発していきます。ですので、エダムチーズなど表面にワックスがかけてあるタイプのチーズは、水分の蒸発がゆっくりである分、熟成に時間がかかります。

エダムチーズ

 

では、チーズの熟成はどのような環境で行われ、またどれくらいの時間がかかるのでしょうか?チーズの熟成に適した環境は「高湿度で涼しい場所」で、最も低温を好む青カビ系のチーズでは8℃、乳酸菌のみで熟成させるセミハードやハードタイプでは10℃〜12℃に設定されることが多く、高くても15℃程度が適正とされています。

※青カビ系、セミハード、ハードなどの定義については「世界で最も古く、最も愛される食品「チーズ」の世界にようこそ」を参照ください。

 

また、湿度についてはどのチーズの場合でも、90%前後と非常に湿った環境を必要としています。この環境は自然にできた洞窟内の環境と同じであり、人工的に造った熟成庫が広く利用されるようになった現在でも変わらない条件です。ちなみに貯蔵する場所のことを「カーブ」と呼びますが、これは「洞窟」を意味する言葉です。

 

主要なチーズの熟成の環境について、いくつか紹介します。青カビチーズの人気品種であるロックフォールは、現在でもフランス南部にあるロックフォール村の洞窟内で熟成が行われていますが、これは「ロックフォール」を名乗るための条件としてAOD(原産地名称保護)により義務づけられています。

ロックフォール

 

ロックフォール村の洞窟は、羊飼いが偶然チーズを置き忘れたことで青カビチーズが見出されたという逸話があるなど歴史が古く、また幅と深さがそれぞれ300m、長さは2kmにもおよぶ巨大なものです。現在も10社ほどのチーズ製造メーカーが、この洞窟を利用した熟成庫を使って製造を行っています。

 

熟成に非常に長い期間を要するのは、イタリアの代表的なチーズであるパルミジャーノ・レッジャーノです。最短でも1年、12ヶ月以上熟成することが必要ですが、さらに長期間にわたって熟成することにより、独特の旨味が増して行きます。

パルミジャーノ・レッジャーノ

 

パルミジャーノ・レッジャーノの発祥の地であるイタリア・パルマのマーケットで多く見かけるのは、ヴェッキオと呼ばれる24ヶ月熟成のものです。更に、36ヶ月熟成のストラヴェッキオや48ヶ月熟成のストラヴェッキオーネといった長期熟成ものは、希少価値もあり、深い味わいが特徴の一級品として愛されています。

 

熟成環境の厳しい基準を守り、手間ひまをかけて旨味を引き出した長期熟成ものが人気なのは、他のチーズでも同じです。オランダの代表的なチーズであるゴーダチーズは、一般的には4〜5ヶ月熟成すると食べ頃を迎えますが、中には1年から2年という長期間熟成させ、濃厚な味わいを引き出すものもあり、プレミアムゴーダと呼ばれています。

ゴーダチーズ

 

スイス原産のハードタイプチーズ、エメンタールは他のチーズと比べて更に手間をかけた熟成を行っています。熟成は2段階に分けて行われますが、最初の熟成は、エメンタールチーズのアイコンとも言える「チーズアイ(丸い穴)」を作り出すために、温度20〜24℃、湿度80〜85%という比較的高温の熟成庫で3〜6週間の間寝かせます。

エメンタールチーズ

 

この一次熟成により、元々生乳に含まれていたプロピオン酸菌が増殖し、炭酸ガスが発生します。このガスがチーズの内部に閉じ込められることで、特徴的なチーズアイは形作られます。二次熟成はその後6〜12ヶ月の間、温度7.2℃以下、湿度85〜90%の熟成庫で行われます。

 

その他、表面から熟成が進んで行く白カビタイプ(カマンベールチーズ etc.)やシェーブル(ヤギ乳のチーズ)など、ソフトタイプで小型のチーズの熟成は、湿度管理に細心の注意が必要とされるなど、チーズの種類によって熟成の手法はまさに千差万別です。この繊細な作業が、それぞれのチーズの美味しさを最大限に引出しています。

カマンベールチーズシェーブル

 

熟成すると増えるアミノ酸とペプチドが、無味無臭だったチーズに味をつける

熟成に入る前のチーズのもとを「グリーンカード」と呼びますが、乳たんぱく質のほとんどを占めるカゼインは、この段階ではまだ無味無臭です。つまり、チーズ独特の旨味は熟成によって得られるものなのです。

 

チーズの熟成に関与するプロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)は、2種類あります。1つは「エキソペプチダーゼ」と言い、たんぱく質の端から順にアミノ酸を1つか2つずつ切り離していきます。もう1つは、たんぱく質を内部配列から大きく切り離す「エンドペプチダーゼ」です。

 

チーズの熟成における乳たんぱく質「カゼイン」の分解を化学的に説明すると、次のようになります。カゼインにまず作用するのはエンドペプチダーゼで、カゼインは大きく切断されます。次に、エキソペプチダーゼの働きにより、末端から順次アミノ酸が切り離されます。

 

チーズ内部にはこうして、切り離された

・遊離アミノ酸(結合が完全に切り離されアミノ酸単体となったもの)

・低分子ペプチド(結合が切り離されたが、単体とはならずいくつか結合が残っているもの)

が増えて行きます。すると、アミノ酸の味やペプチドの味がするようになるため、それぞれが混じった複雑な味わいが生まれます。

 

味わいのもととなる遊離アミノ酸は、熟成中にどれくらい増殖するのか、ゴーダチーズを例に見てみましょう。熟成前のグリーンカード中に含まれる遊離アミノ酸は100g中50mgほどですが、熟成中に増殖を重ね、食べ頃と言われる4ヶ月後には500mgに、そして8ヶ月後には1gを超えるまでになります。

 

チーズは熟成によって美味しくなるとするならば、それはチーズに含まれるアミノ酸の量が増加する為です。カゼインを構成するアミノ酸は20種類ですが、熟成後のチーズ内部で特に増えるのは、そのうちの4種類「グルタミン酸」「ロイシン」「リジン」「フェニルアラニン」です。これらがチーズの旨味を作り出しているのです。

 

チーズの旨味の正体は、昆布だしと同じグルタミン酸だった

アミノ酸には、それぞれ決まった「味」があるのをご存知でしょうか?カゼインを構成するアミノ酸が20種類であることは先ほども述べましたが、熟成により20種類それぞれが分離して遊離アミノ酸(単体のアミノ酸)になった場合、それぞれのアミノ酸固有の味が混じり合う状態になります。

 

20種類のアミノ酸のうち、苦味のあるものが8つ、甘味のするものは3つ、苦味と甘味両方を持つものが2つ、そして酸味を持つものが2つあります。

 

グルタミン酸は、「旨味」を作り出すアミノ酸としてよく知られています。グルタミン酸は、日本人研究者で当時の東京帝国大学理学部の池田菊苗教授が、1907(明治40)年に昆布だしの中から発見したアミノ酸です。しかし、グルタミン酸単体の味は酸味であり、このままでは昆布だしのような旨味には繋がりません。

 

グルタミン酸はナトリウムと結びつくことで、グルタミン酸ナトリウムになります。これこそが昆布だしをベースにした和食の深い旨味であり、これまでの塩味、甘味、苦味そして酸味に次ぐ第5の味覚として世界の料理界にもすっかり定着しました。

 

旨味についての研究も進んでいます。舌の表面にある味蕾(みらい)に、塩味や甘味など味覚を感知するセンサーの役割があるように、旨味を感じる受容体もあることが判明し、更に、胃粘膜にもグルタミン酸の受容体があることが分かってきました。グルタミン酸を摂取すると消化が促進されるといった、消化の新しい仕組みが解明されようとしています。

 

グルタミン酸を利用した、日本人になじみ深い調味料と言えば「味の素」です。味の素の創業者、鈴木三郎助氏は、グルタミン酸を発見した池田教授と共同で商品化を目指し、発見の翌年である1908(明治41)年にはグルタミン酸ナトリウム(グルタミン酸ソーダ)の製法特許を取得しました。

 

こうして、第5の味覚である旨味を料理に加える、画期的な調味料「味の素」は1909(明治42)年に誕生しました。現在では世界の50を超える国々で製造、販売されるなど、世界の食卓に定着しています。

 

チーズの複雑で奥深い味わいを分析していたところ、これが和食における旨味と共通の成分であるグルタミン酸ナトリウムであることが判明しました。最近の和食ブームを通じて定着した新語であるUmamiは、8000年とも言われるチーズの歴史の中で、世界中の人々を魅了してきた、奥行きのある美味しさと相通じるものだったのです。

 

チーズの熟成過程中に、単体のグルタミン酸はナトリウムイオンと結びつき、グルタミン酸ナトリウムになるため、酸味が旨味へと変化し、チーズが美味しくなるのです。つまり、熟成こそ美味しいチーズ製造の生命線であるということです。

 

チーズの美味しさは、旨味と苦味、そして甘辛味の絶妙な調和である

和食の基本である出汁とりに使われる昆布や、味付けの決め手となる醤油にも、グルタミン酸は豊富に含まれています。例えば醤油100mlに含まれるグルタミン酸は800mgにもなります。また、良い出汁がとれると言われる、有名産地の高級昆布の方が、一般的な昆布よりも多くのグルタミン酸を含んでいます。

 

これらの和食材の場合、グルタミン酸の含有量イコール旨味の強さだと言えますが、チーズの持つ深みを感じる旨味は、複数の成分がより複雑に絡み合って構成されています。

 

チーズに含まれるアミノ酸は先ほども述べたように20種類ですが、その大部分は苦味のアミノ酸です。つまり、チーズの旨味はアミノ酸以外の、塩や核酸系の旨味成分とアミノ酸との絶妙な組み合わせによって形作られています。複数の成分のうち、一体どれがチーズの旨味の決定打となっているのかを、どうすれば調べることができるでしょうか?

 

そのヒントになるのは、ズワイガニの旨味の秘密を明らかにした「オミッション・テスト」です。これは、食物の味の要素を明らかにする為に、広く行われている分析手法です。複数の成分を用いて「ある食物の味」を作り出し、そこから成分を一つずつ取り除きながらテイスティングを行うことで、どの要素が味の決め手かが分かるというものです。

 

ちなみに、ズワイガニの味は、なんと100種類以上の成分で構成されており、オミッション・テストを行った結果、その中でズワイガニらしい味の要素は、いくつかのアミノ酸に加え、リン酸カルシウムや食塩といったミネラル分、そしてイノシン酸という核酸系の旨味成分であることが判明しました。

 

このうち、味の決め手となるアミノ酸は4種類で、そのうち甘味のアミノ酸がグリシンとアラニン、苦味はアルギニン、そして旨味はグルタミン酸が担っていました。また、グリシン酸、グルタミン酸、イノシン酸を除くとカニは塩味が目立ち、美味しさは半減することも分かっています。

 

旬を迎えたズワイガニの身は甘くなり、美味しさが増しますが、これもアミノ酸の働きによるものです。旬の時期になると増加するグリシンとアラニンは甘味のアミノ酸で、その一方で苦みのアミノ酸であるアルギニンが減少します。それにより、カニの身の甘味が強く、美味しくなります。

 

チーズの複雑で奥深い旨味も、オミッション・テストで解明したいところですが、これまでそういった化学的分析は行われたことはありません。カゼインに含まれる20種類のアミノ酸のうち、バリン、ロイシン、フェニルアラニン、リシンといった苦味系が熟成により増加しますが、同時に旨味のアミノ酸であるグルタミン酸もぐっと増えます。

 

つまり、熟成によりチーズの旨味が強くなる一方で、苦味も目立って感じられるということです。ただ旨味だけが際立つのではない、繊細で複雑な味わいとなります。これは言い換えると「大人好みの味」です。旨味と微かな苦みが調和した美味しさ、それはビールやコーヒーの美味しさと似ています。

 

苦いものが多いペプチドも、組み合わせ次第で予想外の味に変貌する

チーズを熟成する過程で乳たんぱく質カゼインは次々と分解され、アミノ酸とペプチドが作り出されます。ペプチドとは、アミノ酸が結合したものです。ペプチドを構成するアミノ酸の数は様々で、2つ、3つといった少量が結合したものから、分子量がもっと大きなものまで、数えきれないほどのバリエーションがあります。

 

ペプチドは、どのように生成されるのでしょうか?熟成中のチーズ内部では、プロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)が働き、カゼインを分解していきますが、存在場所(どこから来たプロテアーゼか)で分けると3種類に分類されます。

①原料乳に元から含まれるプラスミンに含まれるもの

②原料乳を固める時に添加した凝乳酵素キモシンに含まれるもの

③原料乳を乳酸発酵する時に添加したスターター乳酸菌に含まれるもの

これら各々がカゼインを分解するため、生み出されるアミノ酸やペプチドの種類が非常に多くなるのです。

 

チーズの種類によっては、3種類すべてのプロテアーゼによる分解が行われないものもあります。パルミジャーノ・レッジャーノやチェダーチーズといったハードタイプのチーズは、凝乳酵素で固めた後に余分な水分を排出する過程で55℃まで加熱するため、熱に弱いプラスミンとキモシンはほぼ活動できなくなってしまいます。

 

つまり、世界各地で製造され、種類が非常に豊富なハードチーズの差別化のポイントは、どのような乳酸菌を添加したかが大きく影響するのです。

 

カゼインそのものについても、世界各地で研究が進められています。遺伝的変異体を含めておよそ30種類の成分から成り立っているカゼインですが、チーズ造りにおいて、どのように分解するとどんなペプチドが生成されるかなど、チーズの出来映えを左右するようなメカニズムが今後解明されるかもしれません。楽しみに待ちたいと思います。

 

先ほども述べたように、ペプチドはアミノ酸同士が結合して出来たものですが、どのアミノ酸を組み合わせるとどんな特徴を持つペプチドになるか、その法則は未だ解明されていません。ですが、カゼインに含まれるアミノ酸はL体と呼ばれるもので、L-アミノ酸は単体で遊離したり、ペプチド結合すると苦みを持つという特性があることは分かっています。

 

不思議なことに、苦味のアミノ酸同士が結合したからと言って、必ずしも苦いペプチドになるわけではありません。意外なアミノ酸の組み合わせが、予想外の味を生み出した例があります。

 

「アスパルテーム」と呼ばれる人工甘味料を、ご存知の方もいるかも知れません。これは、1965年にアメリカの研究室で偶然発見されたジペプチド(2つのアミノ酸が結合したペプチド)で、同じ重さの砂糖と比べて200倍もの甘さがあります。

 

しかし、これは酸味のアミノ酸「アスパラギン酸」と、弱い苦みのアミノ酸「フェニルアラニン」とが結合したものです。

 

このように、単体のアミノ酸が持つ味とはかけ離れた味が生まれることもあるため、より美味しいチーズ造りを追求するためには、ペプチド結合の法則を解明し、応用していくことが期待されています。

 

乳酸菌由来の酵素が、チーズの苦みを消す大きな役割を果たしている

ペプチドの味は、アミノ酸の組み合わせ次第で変幻自在です。しかしペプチドは基本的には苦味系のものが多いため、熟成を始める前のチーズ内部に多く存在するペプチドも、苦いものが中心となります。ところが熟成が進むと、チーズは旨味が増し、苦味成分はあまり感じなくなります。

 

人が苦味を感じるメカニズムは、ペプチドの持つ化学的な構造と関わっています。アミノ酸はどれも基本的な構造は同じですが、側鎖と呼ばれる部分がそれぞれ異なっており、それが「味」も含めたアミノ酸の個性を決定づけています。側鎖に何が来るかで、甘いのか、苦いのか、旨いのかといった味が決まるのです。

アミノ酸の基本構造

※アミノ酸の基本構造など詳細については「チーズの栄養価と個性には、牛乳と乳酸菌が大きく影響する」を参照ください。

 

アミノ酸単体の場合は、側鎖で味が決まりますが、アミノ酸がいくつか結合したペプチドにおいては、末端付近にどのようなアミノ酸が位置するかが大きく影響します。苦味ペプチドの場合は、イソロイシン、プロリン、バリンなどの苦味系のアミノ酸が末端に連なっており、口にすると苦みを感じます。

 

Neyという研究者は1971年に、この苦味を数値化して予測する方法を発見しました。ペプチドに含まれる、アミノ酸側鎖の疎水性基の平均値が大きければ大きいほど、そのペプチドは苦くなるという法則です。この法則に基づけば、ある食品に含まれるペプチドの構造を見れば、その苦みのレベルを推し量ることが出来るわけです。

 

チーズ造りにおいて、苦味との戦いは避けて通れないわけですが、チーズの内部から苦味を減らしているのは、「アミノペプチダーゼ」と呼ばれるプロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)です。これは前述「エキソペプチダーゼ」の1つです(エキソペプチダーゼは、アミノペプチダーゼとカルボキシペプチダーゼの2種類から成ります)。

 

アミノペプチダーゼは、ある特定の乳酸菌から生まれます。その乳酸菌は熟成している間、チーズ内で増殖を繰り返し、やがて死にます。死滅した後の乳酸菌(死菌)は溶け、酵素を放出しますが、これがアミノペプチダーゼです。

 

アミノペプチダーゼは苦味ペプチドに作用して分解させますが、この時、ペプチドの苦味系のアミノ酸が連なっている端から順番に、1つずつアミノ酸を切り離すという特徴的な働きをします。これにより、チーズの苦味の原因が減らされて行き、チーズ内部に同時に存在している旨味や甘味をより強く感じることができるようになります。

 

チーズ製造において、苦味のコントロールは生命線とも言える重要な課題です。そのため、チーズづくりの最初のステップで原料乳に加えるスターター乳酸菌は吟味を重ねて厳選されています。乳酸発酵できれば何でも良いのではなく、熟成中にいかに多量のアミノペプチダーゼを放出する乳酸菌かという点で選び抜いているのです。

 

乳糖が、チーズを美味しそうな色に変える

チーズの原料となる乳には、糖分が含まれています。牛乳の成分中、固形分として最も多くを占めるのは「乳糖」ですが、チーズの製造過程でその90〜95%が取り除かれてしまいます。なぜなら、乳糖のほとんどがホエー(乳清)中にあるため、乳を固めてから余分なホエーを取り除く際に、一緒に排除しているのです。

 

ですが、チーズの中にほんのわずかに残った乳糖は、チーズの熟成において欠かせない存在でもあります。チーズ内部に留まってたんぱく質の分解を担う、乳酸菌の唯一の栄養源となっているからです。

 

また、乳糖がチーズの熟成で果たす役割は、もう1つあります。それはチーズを「美味しそうな色」に変えるメイラード反応を起こすことです。それは乳糖が、アミノ酸やペプチドと反応することによって、食品を褐色に変える化学反応のことです。例えば、焼き上がったクッキーが美味しそうなきつね色になるのも、メイラード反応の一つです。

 

色には味はありませんが、人が食べ物を味わう時、目から入る情報は非常に重要なファクターです。実際、様々な食品では、色素を用いて人工的に美味しく見えるように着色を行っています。チーズの中でも、レッドチェダーなどはベニノキから抽出したアナトー色素が添加されているものがあります。

普通のチェダーチーズレッドチェダー

 

さらに、メイラード反応で変化するのは色だけではなく、味にも変化をもたらすと考えられています。

 

飴色になるまで炒めたタマネギを入れたカレーにコクが生まれることや、琥珀色のビールの喉越し、後味の良さなど、私達の身の回りにはメイラード反応により味わいが格段に向上した食品が多くあり、チーズにも同様の効果を与えていると考えられています。

 

加塩すると、チーズ中のグルタミン酸と結びついて旨味に変わる

チーズを製造する過程で「加塩」という工程があります。これは、余分なホエー(乳清)を排除した後、型に詰めたカードに塩をまぶしたり、濃い食塩水に浸けたりすることで、余分な水分を取り除いたり、殺菌、そして乳酸菌・カビの活動をコントロールします。

 

実は、加塩の最も大切な役割は他にあります。それは旨味を作り出し、同時に苦みを抑えるという、チーズの味を決定づける重要なものです。熟成が進み、乳たんぱく中のカゼインが分解されてくると、遊離アミノ酸がたくさん生まれます。その中のグルタミン酸と塩(NaCl)が結びついて、グルタミン酸ナトリウムとなることで旨味を作り出すのです。

 

ただカゼインを分解するだけでは旨味は生まれません。単体では酸っぱいグルタミン酸と結びつくナトリウムイオンの供給は、美味しいチーズづくりには欠かせないものです。

 

また、塩味には、少量の甘味や旨味を際立たせる効果があります。みなさんも、甘くないスイカに塩を振って食べたり、小豆を煮る時にひとつまみの塩を加えた経験があるでしょう。チーズの場合も同様で、塩を加えることにより、甘味や旨味がより強く感じられ、熟成によって増加してしまう苦味を覆い隠す効果も期待できます。

 

また、まだ詳しくは解明されていませんが、熟成によってチーズ内部に発生する様々なペプチドも、苦味を覆い隠す働きがあると考えられています。ペプチドは苦味を発するものだけではなく、甘味、酸味そして塩味のペプチドが存在しています。これらが相互に作用し合い、苦みだけが際立たない、深みのある味わいのチーズとなっています。

 

チーズの香りは、内部の分解、発酵、再結合の産物である

チーズの最大の魅力とも言える独特の香りは、どのように生まれているのでしょうか?世界中には1000種を超えるチーズがありますが、それぞれに個性的な香りがあります。エメンタールチーズは、よく「上質のクルミの香り」に例えられますが、ラクレットチーズのように、「ナッツの香り」そして「牧場の牛舎の匂い」という両極端な表現も耳にします。

エメンタールチーズラクレットチーズ

 

食品から香りが立ち上るのは、一般的にはその食品を加熱した時です。食品に含まれる遊離アミノ酸とブドウ糖とが、熱を加えることにより加熱反応を起こし、様々な香りが発生します。食欲をかきたてられるようなこれらの香りを「リアクション・フレーバー」と呼びますが、近年では人工的に香りを再現する技術が確立されてきました。

 

例えば、ステーキの焼ける香りはブドウ糖にシステインを加えて加熱、また、チーズが焼ける香ばしい香りはブドウ糖にイソロイシンを加えて加熱すれば再現できます。このように、ある特定の香りを生み出すアミノ酸が特定されてきています。

 

一方、チーズは個性的な香りを持っていますが、他の食品とは違い、加熱によって得られた香りではありません。チーズは、生きた乳酸菌や酵素、カビなどの働きによってカゼインを分解し、旨味を増やしていくため、これら菌類や微生物、酵素が死んでしまわないように熟成庫の環境を整える必要があります。

 

そのためチーズの熟成は、12℃前後という低温で行っていますが、チーズ内部では微生物が活発な活動を繰り広げています。加熱することなく、微生物が遊離アミノ酸に働きかけることで、あのチーズ独特の香りが生まれるのです。これはもはや化学反応であると言ってもいい現象です。

 

この現象をもう少し化学的に見て行きましょう。牛乳に含まれる主な成分は、たんぱく質、脂肪、そして炭水化物です。たんぱく質の主成分カゼインは、たんぱく質分解酵素によってペプチドやアミノ酸に分解されます。この後、特定のアミノ酸の分解によって、チーズの風味の元となるアンモニアや硫化水素が発生します。

 

脂肪は、リパーゼという消化酵素により分解され、遊離脂肪酸になります。そこに含まれるのがオレイン酸などの主要な脂肪酸や、酪酸などの揮発性脂肪酸です。チーズの主な原料乳である、牛、ヤギ、羊の乳を比較すると、この脂肪酸組成が大きく異なっており、それがチーズの風味の差別化にも繋がっています。

 

炭水化物のほとんどは乳糖で、チーズ内部に棲む乳酸菌の栄養源となっています。乳酸菌が乳糖をエネルギーに変えると、エタノールや炭酸ガスが発生、その後発酵を繰り返し、少量のアルコールとアルデヒドに形を変えます。そのうちのアルコールは脂肪酸と結びついて、エステルと呼ばれる化合物を生み出します。

 

チーズの香りの正体は、乳糖から得られるアルデヒドやエステル、そして脂肪酸とそこから発生するケトンです。これらの成分の微妙な組み合わせや配分の差が、それぞれのチーズの個性を表現し、食指を伸ばしたくなる香りに繋がっています。

 

チーズの複雑な香りを構成する成分は、多いもので約30種にものぼる

チーズの香りは、種類によって強さも様々です。特に青カビ系のゴルゴンゾーラやロックフォールなどは、チーズを食べ慣れていない人にとっては臭いと感じる場合もあります。チーズが放つ香りを化学的に分析してみると、熟成の間にチーズ内部で起こっていることが分かります。

ゴルゴンゾーラロックフォール

 

例えばゴルゴンゾーラチーズは、人工的に植え付けた青カビの力で分解を進めて行きます。青カビに含まれる脂肪分解酵素であるリパーゼは乳脂肪の分解を強力に進め、多くの脂肪酸を作り出し、それがさらにアミノ酸などと結合します。その結果生み出された香りの成分は実に30種類以上となり、複雑で奥深い香りを構成しているのです。

 

30種類以上もある香り成分の中でも、ブルーチーズを象徴する香りとされているのは「硫酸ジメチル」です。チーズは、それぞれメインの香り成分の特定が進んでおり、チェダーチーズの場合は「メチルメルカプタン」で、上質なクルミの香りに例えられるエメンタールチーズは「プロビオン酸」が香り成分の柱となっています。

 

チーズ以外にも、世界には強い匂いが特徴の食品が数多く存在します。匂いを測定し、数値化できるアラバスターという測定器を用いて調査したところ、世界で最も匂いの強い食品はシュール・ストレミングというニシンの缶詰です。水で薄めて測定しても数値は8070で、これは納豆の約18倍という非常に高い数値です。

シュール・ストレミング

 

この他にも、エイを発酵させた韓国のホンオ・フェや、缶詰の中で熟成させた、ニュージーランドのエピキュアーチーズ、日本の食品では焼きたてのくさやが有名です。これらもただ匂いが強いのではなく、多くの香り成分により構成されており、旨味と相まって、愛好家にとっては何とも言えないご馳走なのです。

ホンオ・フェエピキュアーチーズ

 

チーズの旬!チーズは種類ごとに食べ頃が異なっている

チーズは生き物です。熟成庫での熟成期間を終えたら完成するのではなく、その後もチーズの内部では乳酸菌が活動を続けており、たんぱく質や脂質を分解し、熟成を重ねて行きます。つまり、それぞれのチーズが最も美味しくなるタイミングを知り、逃さないようにするのがチーズを味わう上でのポイントです。

 

チーズは、ナチュラルチーズとプロセスチーズに大きく分類することができますが、プロセスチーズは全く異なる特性を持っています。プロセスチーズはナチュラルチーズと溶融塩を加熱して溶かし、再び冷やし固めた加工食品です。乳酸菌は死滅し、酵素も不活性化しているため、いつ食べても風味は変化しません。

プロセスチーズ

 

一方、ナチュラルチーズは、さらにフレッシュチーズと熟成型チーズとに分けることができますが、どちらも先ほど述べた通り、日々刻々と状態が変化して行く「生きた食品」です。

 

カッテージチーズやモッツァレラなどに代表されるフレッシュタイプのチーズは、乳の風味が強く残り、ソフトでなめらかな食感が美味しさのポイントですので、ぜひ出来立てを味わいたいものです。

カッテージチーズモッツァレラチーズ

 

熟成型チーズの食べ頃とされる期間は長く、2年以上にわたります。その中で、それぞれの好みのタイミングで味わいます。ゴーダチーズを例に取ると、1ヶ月熟成だとクリーミーでさっぱりした味わいですが、4〜5ヶ月熟成させると香りが強くなり、味にコクが出てきます。お酒に合わせていただくなら、長く熟成させたゴーダをおすすめします。

ゴーダチーズ(4ヶ月熟成)

 

ちなみに、ゴーダチーズにも長期熟成タイプがあります。12ヶ月から24ヶ月かけてゆっくり熟成させたものは、プレミアムゴーダとも呼ばれ、凝縮された旨味と芳醇な香りを楽しみたい方に、ぜひ試して欲しいと思います。

ゴーダチーズ(500日熟成)

 

長期熟成タイプのチーズと言えば、イタリアのパルミジャーノ・レッジャーノが有名です。このチーズは、12ヶ月の熟成の後、品質検査を行い、合格すると品質を保証する焼き印が押されます。多くはその後も更に熟成が行われ、18ヶ月〜24ヶ月程度熟成してから市場に出荷されます。中には48ヶ月以上熟成するものもあるほどで、長期熟成が美味しさの証なのです。

パルミジャーノ・レッジャーノ(3年熟成と5年熟成)

 

長期熟成タイプのチーズを手に入れる機会があれば、ぜひチーズの表面や断面を観察して下さい。白い結晶のようなものが付着していることに気付くはずで、口にするとシャリシャリした歯触りがあります。一見塩の結晶にも思えますが、これは、チーズを長期熟成することによって現れるもので、「チロシン」というアミノ酸の結晶です。

パルミジャーノ・レッジャーノ

 

熟成中のチーズの内部では、旨味系アミノ酸であるチロシンが増えていきますが、チロシンは水に溶けにくい性質を持っているため、表面から水分が蒸発を続けて乾燥する過程で結晶化します。この結晶はいわば、チーズが熟成して旨味成分で満たされてきたことの証明です。表面に結晶が見えるチーズには、迷いなく手を伸ばして正解です。

 

チーズの熟成は、部位によって進度が異なっています。例えばカマンベールなどの白カビチーズは、表面に白カビを吹き付けてから熟成させます。白カビがカゼインを分解することで熟成されるので、まず外側から、そして徐々に内側に向かって熟成は進んで行きます。

カマンベールチーズ

 

カマンベールの食べ頃は一般的に熟成から4〜8週間です。少し若いものだと、円盤形のチーズ中心部にはやや硬い部分が残りますが、中心まで完全に柔らかくなる頃には、表皮に近い部分の熟成が進みすぎてしまいます。そこでカマンベールをいただくときは放射状にナイフを入れ、異なる熟成度合いの部位を一度に楽しめるように切り分けてみましょう。

 

チーズの熟成度や食べ頃を機械で測定する研究が進んでいる

およそ8000年という古い歴史を持つチーズですが、いよいよテクノロジーを駆使して「食べ頃」を調べる時代が到来しました。様々な食品の味を数値化できるセンサーが開発されており、生産や出荷の場面で活用されています。私達も、スーパーマーケットで果物を選ぶ時に、糖度表示を参考にして選んでいますよね。

 

また、外側から見ても正確に分からない、チーズの熟成具合や食べ頃を判定するために、テラヘルツ光を利用した分析手法の研究が進んでいます。テラヘルツ光は電磁波の一種ですが、様々な波長のテラヘルツ光を調べる対象に照射し、どの波長の光がどのように吸収されるかを観察することで、その内部情報が詳しく分かるというものです。

 

この情報をもとに、いずれは様々なチーズの品質や食べ頃を判定できるようになるかもしれません。それだけではなく、研究の分野においても活用され、非常に複雑なたんぱく質の構造を解明する手掛かりとなることが期待されています。

 

テクノロジーの進化を期待しつつ、さしあたっては、チーズソムリエが常駐する専門店でチーズを選ぶことをおすすめします。「熟成管理士」の資格を持つチーズソムリエは、いわばチーズの専門家です。それぞれの好みに合わせて、食べ頃のチーズを提案してくれるはずです。

 

根気強くチーズの熟成を待てる経済的な豊かさが、チーズ産業興隆の条件となっている

チーズは、一部のフレッシュチーズやプロセスチーズを除き、食べ頃を迎えるまでの適正な期間を熟成に費やす必要がある食品です。種類によっては数年にわたり、チーズ熟成のために設えた特別な部屋に寝かせるため、原材料費に加え、高額な人件費と設備投資を要します。飢餓の問題を抱えるなど経済環境が厳しい国に向いている産業とは言えません。

 

また、アメリカのようにファストフード産業が大きく成長した国では、ピザ用シュレッドチーズの需要があまりに大きく、長期熟成型のチーズ製造まで手が回らないという現状もあります。アメリカ国内で生産されるのは、ピザ用のモッツァレラチーズがほとんどとなり、熟成型チーズは輸入に頼るというアンバランスが起きているのです。

 

確かに、目の前にチーズがあっても、好みの熟成度になるまで何年でも楽しみに待つというのは、本能的な食欲が満たされた人の道楽とも映ります。チーズは世界中で作られ、食べられているとは言え、生産国、輸出国のランキング上位は、一部の経済的に豊かな国ばかりなのも頷けます。

 

これまでのところ、チーズの熟成期間だけは古代から変わらず、まさに神の領域とされてきました。しかし現在では、添加物を工夫したり、熟成させる際の温度設定を微妙に変化させることにより、熟成期間を短くする技術が開発され、製造現場に取り入れられています。また、チーズをより早く食べ頃にするための研究にも期待が集まっています。

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