地方・地域ごとに勢力図の異なる高校受験塾業界
東京近郊などでは多数の名門の中高一貫校の存在から中学受験は珍しい事ではなく、中学受験塾も一般的ですが、日本全体で見るとほとんどの地方において、高校受験塾の方が多数見受けられます。
そうした高校受験塾は、地域によって地元に根付いた塾や、人気のある塾が違います。日本のそれぞれの地方にどのような塾があり、いくつかの都道府県に展開している塾の中でも地域によって人気のある塾はどこなのかを見ていきましょう。
高校受験塾が、塾業界全体の売上の6割以上を占める
首都圏において塾といえば中学受験塾の印象が際立ちますが、中学受験がメジャーではない地域においては、塾というと高校受験塾を示す場合がほとんどです。
文部科学省「平成28年度子供の学習費調査」では、公立の中学校に通う生徒の通塾率は68.9%で、1人あたりの塾費用(平均)は年間で29万4000円という結果が出ています。
対して、私立の中学校に通う生徒の通塾率は、高校受験が無いため54.8%と低めになっており、1人あたりの塾費用(平均)は年間で26万2000円です。
この調査結果に、全国の中学生の人数を踏まえて総額を求めると、公立中学生を指導する塾は年間約6347億円の売上があるということになり、また塾業界全体としての売上は約1兆円ですので、業界の売上の6割以上を高校受験塾が占めていることになります。
さらに、少子化の影響で人口が減少している中でも、塾業界全体の売上はここ10年ほどほぼ変動がありません。これは子供1人あたりの塾費用が増加しているためです。
年間で通塾のために使う費用を、5万円区切りで分けてその分布を見てみると、5万円未満、10万円未満、そこから5万円ごとに30万円未満まで、いずれも5%~8%前後ほどで、一般的な金額といえるべき相場が無く、幅広い価格帯があることが分かります。
学習塾費の金額区分 | 公立中学 | 私立中学 |
---|---|---|
~5万円未満 | 6.5% | 8.3% |
~10万円未満 | 6.1% | 7.6% |
~15万円未満 | 6.4% | 4.9% |
~20万円未満 | 7.6% | 4.5% |
~25万円未満 | 6.9% | 5.7% |
~30万円未満 | 7.7% | 5.5% |
(出典:文部科学省「平成28年度子供の学習費調査」)
都道府県ごとに特色から教育熱まであらゆる事が様々に異なる高校受験界隈では、地域差が大きく、それぞれの地方、地域ごとに有力塾が存在しており、全国どこでも高い評価を保っている塾というのはありません。しいて言うならば、いくつかの個別指導塾が全国的に教室を展開しているくらいです。
ここでは地域ごとの有力塾を紹介していきますが、企業的に母体が同じであっても、教室形態や地域によって塾の名前は違っている事が多いため、企業名と塾名がまぜこぜに挙げられる記述になっているので、塾はカギカッコでくくる事とします。
それぞれの塾のホームページには、「東進衛星予備校」「河合塾マナビス」「アルゴクラブ」「四谷大塚NET」など、他の企業の運営する教育サービスへのリンクが貼られていますが、これは、自社のサービスを他の企業にも提供する事で、権利の利用への対価や、システム使用料をもらうというやり方が塾業界の中で広がっているためです。
北海道:地元発の学習塾グループ2つが際立つ
1977年に帯広で開かれた練成会グループは、地域名を付けて塾名とした「札幌練成会」「函館練成会」「旭川練成会」などを展開しています。
東証1部上場の進学会は全国規模の学習塾グループですが、本部は札幌にあり、北海道では「北大学力増進会」という塾名で展開しています。積極的に大手企業との提携を進め、2008年には市進と提携する事で市進ウイングネットを、その翌年にはZ会と提携してZ会東大マスターコースを導入しました。
北海道大学への進学実績においては練成会が勝っていますが、難関高校受験については進学会が高い実績を持っています。
この北海道での2大塾を「秀英予備校」と「ニスコ進学スクール」の2塾が追っています。2005年に札幌に教室を開いた「秀英予備校」は、静岡に拠点を置く塾です。札幌市を中心に展開する「ニスコ進学スクール」のニスコグループは、個別指導塾「ニスコパーソナル」や「学習塾Cue」も運営している企業です。
東北:他地域からの2塾と地元塾が競合する
東北地方で広く展開している塾といえば、進学会、ワオ・コーポレーション、進学プラザグループが挙げられます。
北海道の項でも挙げた進学会は、東北地方では「東北大進学会」という塾名で展開し、東北でも優位に立っています。
ワオ・コーポレーションは全国広範囲に800ほどの教室を持つ大阪に拠点を置く教育グループで、「能開センター」と「個別指導AXIS」を主要塾として、東北では岩手、宮城、秋田、福島に展開しています。
仙台に拠点を持つ進学プラザグループは、地域名を冠して「仙台進学プラザ」「いわき進学プラザ」「あおもり進学プラザ」といった塾名で教室を開いています。大学受験対策には東進衛星予備校を取り入れており、小中学生向けには「俊英四谷大塚」「仙台個別指導学院」などのブランドがあります。
福島では特に、静岡の秀英予備校のグループ会社である「東日本学院」「ベスト学院」が高い実績を持ちます。
関東:塾の種類も教室数も多い最激戦区
東京においては、高校受験では「早稲田アカデミー」「栄光ゼミナール」「市進学院」「サピックス」「ena」が優位で、私立高校受験では「早稲田アカデミー」が頭一つ抜きんでており、それに「市進学院」と「サピックス中学部」が続く形になっています。公立難関校に関しても「早稲田アカデミー」と「市進学院」は強く、西東京では「ena」も高い実績があります。
神奈川は「臨海セミナー」「中萬学院」「湘南ゼミナール」「ステップ」がそれぞれ100以上の教室を展開する激戦区です。
特に「臨海セミナー」は、東京や千葉、埼玉にも展開地域を広げており、それぞれの地域における最上位校への合格実績を伸ばしています。
「中萬学院」は英語教室から始まった、創業約60年の老舗塾で、特に神奈川東部での実績が目立ちます。地域密着型で、地域それぞれの教育の一端を担ってきました。
「湘南ゼミナール」は横浜や川崎近辺を基盤に展開しており、難関校受験で実績を伸ばしています。独自の「QE授業」という授業法が特徴的で、これはテキストを使用せず、講師が生徒に直接問題を出して答えさせるというものです。
「ステップ」は神奈川県内のトップ校に留まらず、東京学芸大附属高校への受験に強いという他にはない特徴があります。
埼玉は、塾業界全体においても最大手といえる「栄光ゼミナール」の発祥の地で、現在栄光グループが展開する校舎は、県立高校専門の「リテラ」や個別指導塾の「ビザビ」もあるため、埼玉県内だけで90以上にもなり、埼玉の広い地域で合格実績があります。
ですが県立最難関校への合格者数だけでいうならば「スクール21」の方が高い実績を持っている他、他にも「サイエイスクール」も埼玉の有力塾として、特に公立高校への受験指導に長けています。
東京でも有力な「市進学院」は千葉で始まったもので、現在も「市進学院」は千葉の有力塾です。千葉県内に「市進学院」だけでも50教室以上があるうえ、個別指導の「個太郎塾」の教室もあります。
県立高校への合格実績で「市進学院」に並ぶのが「京葉学院」で、千葉県内トップ校の県立千葉への合格実績でも両者互角といった勢力関係になっています。
「市進学院」「京葉学院」を追うのが、難関校専門進学塾の「誉田塾進学塾」で、教室数だけでいえばカリキュラムを縮小して通塾時間を減らすなどした「誉田進学塾ism」を含めても5教室だけと小規模でありながら、難関校への合格率に信頼がおけます。
茨城において最も多く展開し、高校受験の実績を持つのが、2012年に市進のグループ会社となった「市進グループ茨進」です。「茨進」に続くのが、進学プラザグループの傘下である「思学舎」で、本部は茨城県内でも教育熱心な傾向があるつくば市にあります。
栃木県と群馬県では、群馬から始まった「W早稲田ゼミ」が優位で、特に地元群馬での合格実績はずば抜けており、埼玉にも進出しています。「能開センター」も栃木、群馬、両県に展開しており、こちらは宇都宮での難関校合格実績を伸ばしています。
栃木では、長く「杉の子学習塾」という塾名で展開していたアカデミーグループと「開倫塾」が有力です。アカデミーグループは現在は「進学塾ACADEMY」「進学塾QUALIER」を展開し、特に宇都宮の最上位校への合格実績にめざましいものがあります。
群馬では、高崎に基盤を置く「うすい学園」が、県内トップ校への高い合格実績を持っています。
中部:いくつもの塾グループがあちこちで競合する
静岡と愛知で存在感を持つのが「佐鳴予備校」と「秀英予備校」です。
「佐鳴予備校」を運営するさなるグループは静岡から始まったものですが、東京に本社を据えて、九州でも「九大進学ゼミ」を開いています。自社で開発した映像視聴システムの「@will」を全国の塾に提供しています。
さなるは積極的に他塾と提携しているため塾業界全体においても強い影響力があり、2011年には、愛知の中学受験で有力な「名進研」もグループ入りしました。
「秀英予備校」も静岡発祥の塾ですが、現在は全国規模で教室を展開しています。
愛知では他にも、1953年創立の老舗「野田塾」や「明倫ゼミナール」も有力塾として挙げられます。
富山では「富山育英センター」が、新潟では「NSGアカデミー」が強く、どちらも県内において、教室数、合格実績双方で群を抜いています。2005年に「富山育英センター」は富山県内で初めての私立中学となった、片山学園中学校を開校しています。
石川県と福井県では、「能力開発センター」「能開個別ホロン」「東進衛星予備校」が両県にわたり有力塾として展開していますが、これらは兵庫に本部のあるティエラコムが運営するものです。
長野県では学校法人信学会が運営する「信学会ゼミナール」が強い存在感を持ちますが、この学校法人信学会は幼稚園から中学校、高校、予備校まで運営しています。
山梨県では地元名門塾の「甲斐ゼミナール」が優位で、県東部では「文理学院」も人気があります。
岐阜県では本部を大垣市にもつ東海プロセスサービスが展開する「志門塾」がある他、「螢雪ゼミナール」や「リード進学塾」も目立ちます。他にもさなるグループやティエラグループも展開しており、他よりも抜きんでているという塾はありません。
近畿:関東に次ぐ激戦区、個性も目立つ
大阪では「馬渕教室」をはじめ「第一ゼミナール」「類塾」「開成教育セミナー」が有力で、特に最上位校への合格実績では「馬渕教室」と「類塾」が競合しています。「第一ゼミナール」のウィザスは個別指導の「ファロス」も運営しており、「開成教育セミナー」の成学社も個別指導の「フリーステップ」を運営しています。
京都では名門塾の「成基学園」と「京進」が肩を並べており、これらの塾もそれぞれに個別指導塾の「ゴールフリー」「京進スクール・ワン」を運営しています。
滋賀でも京都の「成基学園」「京進」が強く、「開成教育セミナー」や「能開センター」も展開しているなど、他県から展開してきた塾がしのぎを削る地域です。
奈良は、大規模な塾というよりも、個性の光る塾が目立ちます。老舗の「稲田塾」は2012年に「馬渕教室」と経営を統合しており、現在は塾名も「馬渕教室」として展開しています。
「最大の塾ではなく最高の塾を目指す」をスローガンに掲げる「市田塾」は、スローガン通り、校舎数が多いというわけではありませんが、難関校への高い合格実績を持ちます。
公立高校受験以外にも小学校低学年を対象とする教育にも力を入れる「KECゼミナール」は、国立大附属中学への合格実績も伸ばしています。
三重は地元発祥の「eisu」がほぼ占有している状態になっています。「秀英予備校」も展開していますが、やはり「eisu」の圧倒的な優勢を覆すには至りません。
「eisu」の運営会社であるeisuグループは、愛知や静岡、さらに東京まで展開している他、「eドリル」というインターネットを使用した在学学習システムや、小学校低学年向けの学習システムで、図形感覚を鍛える「パズル道場」も国内広範囲に展開していて、塾業界全体への強い影響力を持っています。
和歌山では「能開センター」の展開もありますが、地元発祥の「GESエスビジョン」が公立トップ校への合格実績、校舎数、ともに県内首位をキープしています。
兵庫では「創造学園エディック」「能力開発センター」「開進館」「若松塾」などが並びます。
「創造学園エディック」は、学研塾ホールディングスの傘下で、運営は「創志学園グループ」によるものですが、この「創志学園グループ」は、IPU・環太平洋大学や、生徒数日本一の全日型通信制高校のクラーク記念国際高等学校も運営する大手教育グループです。
「能力開発センター」のティエラコムは、個別指導塾「ホロン」も展開しています。東進衛星予備校は全国に数多く校舎を持ちますが、ティエラコムの「東進衛星予備校」加古川中央校は、売上全国1位を10年以上保持し続けています。
「開進館」は、京大や東大などの最難関大学受験に強い名門塾「研伸館」を傘下にするアップが運営しています。「若松塾」は創立から50年以上、兵庫の教育を支えてきた老舗塾です。
中国・四国:中国の「鷗州塾」、四国の「寺子屋グループ」「土佐塾」
中国地方では、広島に拠点を据える鷗州コーポレーションが全域に「鷗州塾」「進学ゼミWIN」の校舎をかまえています。特に広島では校舎の数はもちろん、合格実績においても他塾を圧倒しています。
広島は広島学院をはじめとした名門の中高一貫校があるため、中国地方の中では特別中学受験に熱のある県です。中学受験対策塾では老舗「家庭学習研究社」が定番で、高校受験対策塾では「田中学習塾」が実績を伸ばしています。
岡山でもやはり「鷗州塾」と、それに並び「能開センター」が最上位校への合格実績で競合しており、山口では「鷗州塾」と地元発祥の「宇部進学教室」が双璧をなす勢力図です。
鳥取では、校舎数と合格実績でともに「伝習館」が最有力塾となっています。島根では松江と出雲に「京大進学会」という塾名で進学会がいくつか校舎をかまえていますが、全体的に大きな塾が少ないといえます。
四国では「寺子屋グループ」と「土佐塾」が覇権を握っています。
愛媛は「寺子屋グループ」の拠点地で、県内で塾に通う生徒は大多数が「寺子屋グループ」に通塾していますが、そうした中で、東進四国の「東進スクール」も実績を伸ばしつつあります。
高知の「土佐塾」は創業60年以上の老舗で、塾以外にも、土佐塾中学校・高等学校も設置しています。
香川では「能開グループ」がここ30年ほどで定着し、地元塾としては香川西部の名門「湯口塾」も地域の信頼を得ている塾です。
徳島では四国進学会が運営する「シコシン」が圧倒的ですが、地元塾「学進スクール」も人気があります。
九州・沖縄:他地域の塾グループと提携した塾も存在感が大きい
九州では福岡に本部のある「英進館」が広い地域に教室を展開しています。地元福岡での人気は他塾の追随を許さず、他にも長崎や佐賀、熊本、大分においても際立った有力塾となっています。
九州では他にも「九大進学ゼミ」「全教研」「昴」といった塾も有力です。
2007年に「佐鳴予備校」のさなるグループ入りした「九大進学ゼミ」は、さなる九州として運営しています。
2013年に学研塾ホールディングスの傘下となった「全教研」は福岡の塾ですが、トップ校への合格実績で佐賀においても有力となっています。
「昴」は本部を鹿児島に持つ塾で、地元鹿児島と宮崎において、優秀な合格実績を持っています。
熊本で名門高校への合格実績において他塾を圧倒するのが地元塾の「早稲田スクール」です。
九州以外から参入してきた塾では、福岡では「秀英予備校」、長崎では「能力開発センター」、大分では「能開センター」があります。
沖縄では地元有力塾として「志学塾」「沖縄受験ゼミナール」「津田塾」「トリプル・アイ」が競合しています。
集団指導塾も個別指導ブランドを立ち上げる風潮
塾業界全体の風潮として、近年は個別指導塾の需要が高まり、シェアを伸ばしています。ここまでの項目で挙げたそれぞれの地方、地域の塾のうちの多くが個別指導ブランドを立ち上げているのに加え、全国的に展開している個別指導塾もあります。
柔軟性のある指導に優れている事が特徴でもある個別指導塾は、それぞれ受験の仕組みや特色、教育熱の異なってくるあらゆる地域にも比較的参入が容易で、特に地方の塾の勢力図において有力になりつつあります。
全国展開の個別指導塾チェーンの最大手は、フランチャイズ形式で全国に2000以上の教室をかまえる、明光ネットワークジャパンの「明光義塾」です。
拓人の「スクールIE」や、自分未来きょういくの「ITTO個別指導学院」も、「明光義塾」と同じような形で展開する個別指導塾です。
上記がフランチャイズ形式で運営しているのに対し、直営で教室をかまえているのがベネッセの「東京個別指導学院」やリソー教育の「TOMAS」です。
集団指導の大手塾の個別指導ブランドとしては、市進の「個太郎塾」、栄光の「ビザビ」、日能研の「ユリウス」、サピックスの「プリバード」などが代表格といえるでしょう。
個別指導塾と一括りにはしていますが、実のところは指導方法に違いがあり、全部が全部、マンツーマン、1対1で指導する個別指導塾であるというわけではありません。
マンツーマンを基本の指導法として全国に教室を持つのが、家庭教師のトライの「トライ」、SCホールディングスの「個別指導塾スタンダード」、KATEKYOグループの「KATEKYO学院」で、これらの塾はいずれも、家庭教師派遣を主軸としていた企業による運営です。また先述の「TOMAS」もマンツーマン指導で実績を高めています。
「明光義塾」や「スクールIE」「ITTO」「個太郎塾」「京進スクールワン」「トライプラス」「城南コベッツ」などの個別指導塾は、2人から5人の生徒に1人の講師がつく指導法がメインです。
個別指導は主要な教科でのみ行い、それ以外の教科では少人数授業や映像授業を用いた指導を行う事で授業料を削減するという方法もあります。
また、「自立型個別指導」と呼ばれる、生徒がパソコンの教材を利用して学習を自立的に進めるやり方や、生徒たちが各々課題に取り組む教室内を講師が見て回り、必要に応じて指導する「集団個別指導」とも呼べる塾も出てきています。
更新日:2023/05/31|公開日:2018/06/19|タグ:塾